028 グリフォンの親子丼③
山を登って約三時間。
ようやくセーフティゾーンに到着した。
「ハハハ、足が棒のようだ」
「ヘトヘトにゃあ……」
「お腹がペコペコですわ……」
俺たちはへろへろになりながら腰を下ろした。
山の中腹にあるこの場所は、ありがたいことに平地になっている。
地面は石畳で舗装されており、風除けの石壁もある。
この整地も含めて、先人たちが整備してくれたのだろう。
だが、冒険者の数は少なめだった。
たった2パーティー、計8人しかいない。
地下19階が最高の休憩場所だから、そのせいだろう。
大半の冒険者はここで休まず、素通りしていくのだ。
「お! シュウジじゃん!」
「ここのセーフティゾーンで屋台を開くのか? 勇気あるなー!」
「グリフォンが襲ってくるから気をつけろよー!」
休んでいた冒険者たちが、俺を見るなり親しげに声をかけてきた。
名前は知らないが、顔は知っている。
常連だ。
「グリフォンなら、ここに来る途中で襲ってきたぜ」
「マジ?」
「ああ。だが、うちのアリスが返り討ちにした」
俺は親指で背後のアリスを指した。
「おー!」
「すげーな、アリスちゃん!」
「可愛い見た目に反して俺たちよりずっとツエー!」
冒険者たちが感嘆の声を上げる。
アリスは「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。
「じゃあ、俺とミャオは屋台の準備だ。アリス、卵は頼んだぞ」
「お任せください! ですが、その前に何か食べ物を……!」
アリスのお腹がぐぅぐぅと鳴った。
「そういうことなら、新しい魔導具を試してみるか」
俺は最低限の形で屋台を展開し、調理台に魔導レンジを置いた。
シズルの会社からテストを頼まれたものだ。
見た目も機能も、基本的には電子レンジと同じだ。
魔石の質に比例して性能が良くなるそうだ。
「食材は……これで試してみるか」
俺は冷蔵庫を開け、冷凍室から〈ダンジョンねぎま〉を取り出した。
串打ちどころか火入れまで終わっている状態だ。
自分用に残しておいたものだが、アリスにプレゼントしよう。
「耐熱皿にねぎまをセットして……スタートだ!」
魔導レンジには『スタート』というボタンしかない。
時間や出力は指定できず、そういったことは機械が決める。
料理人としては気に食わない部分もあるが、まあいいだろう。
チンッ♪
スタートを押してから、わずか数秒で温め終わった。
「「「早っ!」」」
居合わせた誰もが同じ反応を示した。
しかし、レンジの扉を開けてみると――。
ジュワァ!
うまそうな香りとともに、熱々のねぎまが姿を現した。
「すごいな、完璧じゃないか」
電子レンジの加熱も、実はそれなりに腕の差が出る部分だ。
加熱が足りないのは論外として、加熱のしすぎも問題になる。
特に、ちょっとしたことで味が大幅に劣化する魔物料理では難しい。
――が、この魔導レンジは完璧だった。
しかも熱いのは料理だけで、皿はまったく熱くなっていない。
「いただきますわ!」
アリスは皿を手で持ち、ダンジョンねぎまを口に運んだ。
「んふぅー!」
その反応だけでわかる。
ダンジョンねぎまの味は劣化していない。
「さすがはシズルの工房だ。今回もいい仕事をしているぜ」
シズル曰く、魔導レンジは俺のおかげで生まれた製品らしい。
どう貢献したのかは不明だが、その言葉に偽りはないだろう。
なぜなら、前世にもこのような製品は存在していなかったからだ。
「小腹も満たされましたし、これで頑張れますわー!」
アリスは岩場を駆け上がり、山頂を目指して去っていった。
さすがに目的地が山頂なら、迷うこともないだろう。
その後ろ姿を見送りながら、俺は本格的に屋台を展開した。
ミャオもその作業を手伝った。
「シュウジ、ここでは何をメインにするんだ?」
「やっぱりロックウルフの魔肉を使った肉料理か?」
興味津々な様子で、冒険者たちが集まってきた。
「いや、〈グリフォンの親子丼〉だ」
「「「グリフォンの親子丼だと!?」」」
その場にいた全員が驚愕して目を見開いた。
「まあ、今日限りだけどな。グリフォンはボスだから、そう易々と調達できない。しかもセーフティゾーンにまで襲ってくるような場所ならなおさらだ。客足も期待できないし、明日には別の階に行く予定だよ」
俺が答えると、冒険者たちが「じゃあさ、じゃあさ!」と食いついてきた。
「俺たちにもその親子丼を食わせてくれよ!」
「アリスちゃんがいない間、代わりに守るからさ! もちろんメシ代も払う!」
俺の言葉を聞いて、他の冒険者たちも「俺も頼む」と手を挙げた。
一瞬にして、その場にいた8人の冒険者全員が親子丼を求めてきた。
「オーケー。アリスが近くにいない以上、俺としても助かる提案だ。代金はまだ決めていないが、護衛代としていくらか割り引かせてもらうよ」
「よっしゃー! 今日限定のメニュー! しかもグリフォンの親子丼とか最高だぜ!」
「19階じゃなくて20階で休むことにしたのは正解だったな!」
冒険者たちが歓声を上げる。
こうして俺は、そこにいた2つのパーティーと臨時の護衛契約を結んだ。
「さて、屋台の準備はできた。安全も確保できたことだし、アリスが戻ってくるまでの間に最低限の仕込みをしておくか」
アリスが帰ってきたら、すぐに親子丼を提供できるようにしておきたい。
そう考えた俺は、休む間もなく作業を始めた。
まずはグリフォンの肉だ。
筋肉質で硬いため、繊維を断ち切るように、小さめの一口大に切り分けていく。
さらに包丁の背で軽く叩き、組織を壊して柔らかくする。
「シュウジ、なんで肉を叩いてるのにゃ?」
横で手伝いをしていたミャオが、不思議そうに尋ねてきた。
「触った感じ、弾力が強すぎたからな。そのままではゴムのような食感になりかねない。こうしておくと、割り下がしみ込みやすくなるし、食べたときの食感も良くなるわけだ」
「おー! なるほどにゃ!」
叩いた肉をボウルに入れ、少量の酒と醤油で下味をつける。
「次は玉ねぎのスライスだな」
今回は、事前に持ち込んだ玉ねぎを使う。
ダンジョン野草にも代用品はあるが、今は持っていなかった。
ということで、スーパーで買った玉ねぎをスライスした。
それが済んだら、肝心の割り下だ。
出汁、醤油、みりん、砂糖を絶妙なバランスで配合する。
それを鍋でひと煮立ちさせると、香ばしい匂いが立ち込めた。
「美味しそうな香りがするぜ……!」
「丼モノはつゆが命だよなー!」
周囲の冒険者たちがゴクリと喉を鳴らした。
「これで完成だ。あとはアリスが卵さえ持ち帰ってくれば――」
「シュウジさーん!」
タイミングよく、アリスの声が聞こえてきた。
その声に反応して、全員が声のした方へ顔を向けると――。
「お待たせしましたわー!」
アリスが嬉々とした笑みを浮かべながら斜面を下ってきていた。
その左手を見て、俺たちは目が点になる。
「ついでにもう一匹、狩ってきましたの! これでたくさん食べられますわー!」
道中で倒した個体より大きなグリフォンを、軽々と持ち上げていたのだ。
そして、そのグリフォンの腹の上には、巨大な卵が山積みにされていた。
まるでダチョウの卵のようだ。
「怪力すぎるだろ……」
思わず苦笑した。
ミャオや冒険者たちも呆然としていた。
何にせよ、材料は揃った。
これで〈グリフォンの親子丼〉が作れるぞ!
評価(下の★★★★★)やブックマーク等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。













