026 グリフォンの親子丼①
翌朝。
俺とアリス、ミャオの三人は、特区のダンジョンゲート前に集合していた。
リアカーも準備万端だ。
「よし、さくっと浅層を突破して中層に行くぞ!」
燦然と輝く太陽を見上げながら、俺は気合を入れるように声を張り上げた。
「がんばるにゃー!」
ミャオが元気よく拳を突き上げる。
「お待ちください、シュウジ様」
アリスがすっと俺たちの前に出た。
彼女はどこか得意げな表情で、懐から一つのクリスタルを取り出す。
透明度の高い水晶の中に複雑な紋様が刻まれ、不思議な輝きを放っていた。
「なんだ、それは?」
「ゲートキーですわ!」
「「ゲートキー?」」
俺とミャオは顔を見合わせ、同時に首を傾げる。
聞き慣れない単語だ。
「これをゲートにかざしますと――」
説明しながら、アリスは手に持ったクリスタルをゲートに近づけた。
その瞬間、黒いゲートの縁が赤く光り出した。
「――このように、中層直通ゲートになりますの!」
「直通なのか!?」
「はい! 赤く光っている間は直通状態ですわ! もちろん、ダンジョンから地上へ戻る際も、地下20階のホワイトゲートにこのキーをかざせば、地上直通ゲートになりますわ!」
「「おお!」」
俺とミャオは思わず歓声を上げた。
普通に中層を目指した場合、どう頑張っても数時間はかかる。
それがショートカットできるのは非常に大きかった。
「以前、SランクとAランクの冒険者は深層直通ゲートが使えると聞いたが、それもこの仕組みを利用するのか」
「その通りですわ! BランクとCランクの冒険者には、この中層直通ゲートキーが与えられますの!」
「なるほど。さすがはBランク冒険者だ。こんなに便利なものを持っていたとは」
「ふふん」
アリスが鼻を高くして、誇らしげに胸を張る。
「アリス、どうして今までこのキーを使わなかったのにゃ?」
感心する俺の横で、ミャオが首を傾げた。
「といいますと?」
「地下18階や19階で営業するとき、ミャオたちは地下1階から必死に移動していたにゃ。でも、中層直通ゲートを利用していれば、地下20階から少し移動するだけで済んだはずだにゃ」
「たしかに……!」
ミャオの言うとおりだ。
地下20階がどういう場所かは知らないが、それでも地下1階から歩くよりは短くて済むはずだ。
アリスの強さなら、中層の敵に苦労することもないだろう。
「どうしてなんだ、アリス?」
俺はアリスの方を見た。
おそらく彼女には彼女なりの考えが――。
「それはぁ……えっとぉ……!」
――なかった。
アリスの視線が、あからさまに泳いでいる。
冷や汗をかき、言葉に詰まっていた。
「ゲートキーの存在を今の今まで忘れていたのか」
「も、申し訳ございません……!」
アリスは深々と頭を下げた。
「やれやれ。まあ、過ぎたことはいい。今後はアリスのゲートキーに頼るわけだしな」
ミャオも「そうだにゃ」とうなずいた。
「今度こそ……いざ、中層へ!」
「「おー!」」
俺たちは中層直通ゲートに足を踏み入れた。
◇
ゲートをくぐった瞬間、肌を刺すような冷たい風が吹き抜けた。
「すごい場所だな……」
転送先――地下20階の光景に、俺は息を呑んだ。
そこは、標高数千メートルはあろうかという高山地帯だった。
足元にはゴツゴツとした岩肌が続き、見下ろせば眼下に雲海が広がっている。
空はどこまでも高く、遠くにはさらに巨大な山脈がそびえ立っていた。
「あまり端の方には行かないでくださいませ。不定期に突風が吹きますので、落下する危険がありますわ」
「ひぃぃぃ! 怖いにゃ!」
アリスの忠告に、ミャオが尻尾を逆立てて俺の背中に隠れる。
「まあ、足元を気にしていれば問題ないだろう」
道の端は断崖絶壁だが、道幅はかなり広い。
あらかじめ注意していれば、突風が吹いても大丈夫だろう。
「ところで、セーフティゾーンはどこなんだ?」
周囲を見渡すが、それらしい場所がない。
「前方の山の中腹にありますわ」
「OK。なら、山に登ってセーフティゾーンを目指そう」
場所が中層であろうと、俺たちのやることは変わらない。
セーフティゾーンで屋台を開くだけだ。
俺はリアカーを引きながら、岩場の道を進み始めた。
路面は平坦で、リアカーの走行には支障がない。
シズルの工房で改良しているため、見た目に反して軽かった。
「ガルァ!」
「グォォォ!」
周囲では魔物と冒険者が戦っている。
魔物はオオカミを中心とした中型の四足獣が多い。
他にはゴーレムもいた。
共通しているのは、どの魔物も岩属性ということだ。
例えばオオカミの場合、体から無数の岩が生えている。
ゴーレムに至っては、そもそも全身が岩の人型だ。
「お! シュウジじゃん! ついに中層まで来たか!」
「浅層とは一気に雰囲気が変わってびっくりしただろ!」
「また美味いメシを食わせてくれよな!」
戦闘中の冒険者たちが、俺に気づいて声を掛けてきた。
もちろん、中には戦闘に必死で話す余裕がない者もいる。
例えばガストンがそうだ。
見た目は誰よりも強そうだが、残念ながら見た目だけだった。
「ああ、期待しててくれ!」
俺は愛想よく手を振り、歩みを進めた。
「それにしても、景色が荒涼としているな……」
浅層は森や草原が多く緑に溢れていたが、ここは岩と土ばかりだ。
これは望ましくなかった。
「野草がないと料理できないにゃー」
ミャオが周囲を警戒しながら言う。
ピカピカの短剣を握りしめて、いつもより顔を強張らせていた。
「そういえばそうですわね。一度、ホワイトゲートで地下19階に行って調達しますか?」
一方、アリスは余裕そうだ。
警戒態勢は維持しているが、抜刀はしていない。
「いや、逆に奥を目指そう。中層の全てがこんな場所ってわけじゃないだろ?」
「はい。浅層のような野草が多い場所もございますわ」
「なら、そういう場所で営業をすればいい。ただし、今回だけは、中層進出記念としてこの階で屋台を開くとしよう。一日なら持ち込みの食材と適当な魔肉でどうにかなる」
「了解ですわ!」
「大将、荷車を増やすのはどうにゃ? 持ち込みの食材を増やせば、こういう場所でも長く営業できるようになるにゃ!」
「荷車の増設か……」
俺は振り返って、リアカーに連結されている荷車を確認した。
屋台を積んでいるメインも含めると、すでに三両編成である。
(金銭的には荷車の増設は余裕だし、合理的な判断ではあるが……)
少し悩んでから、俺はミャオの問いに答えた。
「できれば避けたいな。荷車が増えると小回りが利かなくなって入り組んだ場所で苦労しそうだ」
「なるほどにゃ!」
「それに、これ以上連結したら電車みたいになっちまう」
俺の冗談に、アリスとミャオが「あはは」と笑う。
その時だ。
「キェエエエエエエエエエエエエエエ!」
頭上から、空気を切り裂くような甲高い咆哮が響き渡った。
強烈な風圧が俺たちを襲う。
「魔物だ!」
俺は上空を見上げながら叫んだ。
太陽を背にして、巨大な影が急速に降下してきている。
鷲の上半身に、獅子の下半身。
そして、背中に強靭な翼を生やした怪鳥の名は――
「グリフォン! このエリアのボスですわ!」
アリスが剣を抜く。
穏やかな空気が一変し、緊張感が場を支配した。
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