025 浅層の集大成③
「魔肉って不思議でさ、雑に調理しても香りはいいんだ。でも、完璧に調理しないと味が落ちる。今の状態だと、匂いはいいのに味はまずいという摩訶不思議な食べ物になってしまう」
冒険者にとっては常識だ。
しかし、シズルは冒険者ではないため「へぇ」と感心していた。
「次はこの肉を煮込むとしよう」
表面を焼いて旨味を閉じ込めた肉を、別の圧力鍋へ移す。
醤油、みりん、酒、砂糖、〈ネギ生姜〉の根茎を合わせた煮汁を注ぎ込む。
「こいつをフルパワーで10分加圧する!」
加圧が終わると、減圧して煮汁を小鍋に移す。
さらにそれを少し煮詰めると、とろりとした照りダレになる。
このタレを肉に絡めたら、艶々と輝く厚切りのチャーシューの完成だ。
「ちなみに、この時点ではもう美味くなっているよ」
「本当? シュウジくん、先にチャーシューだけ食べさせてよ!」
シズルが身を乗り出す。
アリスが「そうですわ!」と便乗する。
「応じたいところだが、まずはラーメンを食ってもらいたいからダメだ」
俺は笑いながら断ると、最初に使った圧力鍋の蓋を開けた。
「次はスープの仕上げだ」
鍋の中から香味野菜を取り除き、スープだけを別の大寸胴へ移す。
ここからが勝負だ。
俺は火力を最大にし、スープをガンガンに沸騰させた。
「あんなに煮立たせて大丈夫なのですか? スープが濁ってしまいますわ」
「それでいいんだ、アリス。これを『乳化』って言うんだよ」
スープの中で脂と水分が激しく攪拌されて混ざり合う。
次第にスープは透明感を失い、とろみのある白濁した黄金色へ変化する。
これこそが家系ラーメン特有のクリーミーでパンチのあるスープの正体だ。
「並行して香味脂を作るぞ!」
小鍋でレッドボアの脂身を弱火で溶かす。
さらに〈ネギ生姜〉のネギを入れて香りを移す。
仕上げに、隠し味として『バターグラス』を少量溶かし入れた。
「これでスープに艶とコク、そして芳醇な香りが加わった。いよいよ麺だ」
今回のラーメンは、製麺も自分で行う。
まずはボウルに強力粉と薄力粉を入れる。
比率は9:1といったところか。
さらにそこへ塩を少々、そして――。
「こいつを入れる!」
――マンドラゴラの粉末を投入した。
「マンドラゴラ入りの麺……本当に大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫だ、俺のテクニックを信じろ」
かんすいを溶かした水を少しずつボウルに回しかける。
手早く混ぜてそぼろ状にし、ひとまとめにした。
「おりゃ! そりゃ!」
全体重をかけて掌で押し、折り畳む。
この工程を何度も繰り返すことで、麺に強いコシが生まれるのだ。
「ふぅ……!」
製麺はまだ続く。
生地をしばらく寝かせた後、麺棒で伸ばし、包丁で切り出した。
「家系だから3ミリほどの中太麺にしておくか」
仕上げに手でギュッギュッと揉み込み、麺に縮れをつけた。
この縮れが、濃厚なスープに絡んでくれる。
「これで必要なものが揃ったな」
俺は深呼吸をすると、丼を並べた。
ここからはスピード勝負だ。
温めておいた丼に、特製の醤油ダレを入れる。
さらに熱々の香味脂を小さじ二杯。
続けざまに白濁した濃厚な豚骨スープを一気に注ぐ。
乳化したスープとタレが混ざり合い、食欲をそそる茶褐色に染まった。
「うおおおおおおおおお!」
同時進行で茹でていた麺を平ざるで湯切りする。
チャッ、チャッ、と鋭い音が響き、湯気が舞う。
その麺を丼に滑り込ませ、菜箸で整える。
次にトッピングだ。
厚めに切った特大チャーシューを二枚。
「家系といったらこれも外せないよな!」
そう言って取り出したのは〈ダンジョンほうれん草〉だ。
見た目も味もほうれん草そのものである。
「あれ!? ほうれん草が茹で上がっているにゃ!?」
「いつの間に茹でたの!?」
「気づきませんでしたわ!」
女性陣が俺の手際に驚いている。
「いつも屋台で荒くれ者たちの相手をしているんだ。この程度の並行作業はお手のものだぜ!」
〈ダンジョンほうれん草〉を盛ると、半分に切った味玉を添える。
最後に海苔を載せたらトッピングの完成だ。
しかし、調理はまだ終わっていない。
「いくぜ!」
俺は網じゃくしに、塩味をつけて細かく刻んだ背脂を乗せた。
それを丼の上で振る。
チャッチャッチャッ!
雪のように真っ白な背脂が、茶色いスープの上に降り積もっていく。
みんな大好き背脂チャッチャだ。
仕上げにブラックペッパーといりごまを振りかけて――。
「完成! これが浅層の集大成、シュウジ特製家系魔物ラーメンだ!」
「「「おー!!」」」
三人の歓声が特区の空に響き渡った。
濃厚な豚骨醤油の香りと、背脂の甘い匂いが湯気となって立ち上り、鼻腔をくすぐる。
その暴力的なまでのビジュアルに、誰もが言葉を失い、喉を鳴らした。
「さあ、冷めないうちに食ってくれ!」
俺は自分の分も用意し、四人でカウンターを囲んだ。
「「「いただきます!」」」
まずはレンゲでスープを一口。
ズズッ。
「うめぇ……!」
レッドボアの力強い旨味、醤油ダレのキレ、そして背脂の甘み。
それらが口の中で爆発し、脳を刺激する。
「んんっ! おいひぃにゃー!」
ミャオが口の周りを脂でテカテカにしながら、一心不乱に麺を啜っている。
「な、なんですのこれ!? めちゃくちゃ美味しいですわ! こってりとしていて濃厚なのに、全然くどくありません! それにこの麺……噛むたびに小麦の香りと共に、不思議と食欲が湧いてきますわ! 食べても食べても、もっと食べたいという欲求が止まりません!」
アリスもお嬢様らしかぬ勢いで麺を口に運んでいた。
「それがマンドラゴラの効果だ」
マンドラゴラには滋養強壮の効果がある。
今回のような使い方をすると、食欲増進効果も追加される。
「こってりスープに負けない風味と、最後まで飽きさせない食欲のブースト。これが俺のラーメンだ!」
「なるほど、計算され尽くしていますのね……!」
アリスは感服したように頷き、再び丼に顔を埋めた。
隣のシズルを見ると、彼女は静かに、しかし確かな衝撃を受けているようだった。
スープを飲み、麺を啜り、ふう、と熱い息を吐く。
「シズルはどうだ? 初めての魔物料理を食った感想は?」
俺は自信に満ちた顔でシズルを見た。
「……信じられないわ」
シズルがぽつりと呟く。
「これが本当に魔物料理なの? 私が今まで食べてきたどのラーメンよりも……そう、三つ星のラーメン店よりも美味しい。あまりにも乱暴でありながら、それでいて繊細……これほど奥深いラーメンは初めてよ」
「お口に合ったようで光栄だ」
俺も自分の作った一杯に大満足していた。
浅層で培った経験と知識、その全てがこの一杯に凝縮されている。
文句なしに「浅層の集大成」と言える料理になった。
「これで思い残すことなく次に行けるな」
俺は丼を両手で持ち、スープを完飲した。
「次って?」
シズルが尋ねてくる。
「決まっているだろ?」
俺はニヤリと笑った。
「地下20階――中層だ!」
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