022 アリスとデート②
俺は前世で料理の修行をしていた際、世界各国の民族料理を研究していた時期があった。
その過程で、原始的な生活を営む集落に滞在した経験がある。
電気もガスもない環境で、現地の人々と狩猟や採集をして過ごした。
そこで叩き込まれたサバイバル技術が、ここで役に立つ――。
「アリス、置き石漁をするぞ」
「オキイシ、リョウ……ですか?」
「ああ。必要な準備をするから手伝ってくれ。俺は丈夫な枝を集めるから、アリスは大きめの岩を集めてくれ」
「わかりました!」
俺たちは手分けして作業を開始した。
アリスの怪力にかかれば、漬物石サイズの岩も小石と変わらない。
ニーズに合った岩が次々と運ばれてくる。
「置き石漁ってのは、囲いの中に魚を誘導し、出口を岩で塞ぐ漁法だ」
「なるほど。理屈はわかりましたが、そう簡単にできるのですか?」
「アリスの怪力と俺の頭脳を駆使すれば余裕だ」
まずは魚を追い込むための囲いを作る。
アリスと協力して、浅瀬に岩を積んだ。
「よし、囲いの準備はできた。俺が魚を誘導するから、合図したら出口を大岩で塞いでくれ」
「お任せください!」
俺たちは川に入り、上流側からバシャバシャと水面を叩いた。
魚たちは驚き、逃げ場を求めて自ら囲いの中へ飛び込んでいく。
「今だ! アリス、やれ!」
「えいやっ!」
アリスが大岩を出口に置いた。
魚たちは逃げ道を失い、囲いの中で右往左往している。
「あとは手で掴むなり剣で突き刺すなりして捕まえるだけだ。どうだ? 大漁だぜ!」
「すごい! すごいですわ! これほど簡単に魚を捕まえられるなんて!」
囲いの中で動き回る10匹以上の魚を見ながら、アリスが感嘆の声を漏らした。
「近くで見ると、思っていた以上に美味そうだな」
魚のサイズにはばらつきがあるものの、平均は30センチほどだ。
いい感じに丸々と太っていて、脂の乗り具合に期待が持てる。
鱗の輝きも美しく、間違いなく鮮度は抜群だ。
「さて、こいつらを捌くか。包丁を持ってきておいて正解だったぜ」
俺は囲いの中から手掴みで魚を捕らえると、その場で締めた。
このサイズの魚を締めるときは、眉間を指で強く弾くだけでいい。
いわゆるデコピンだ。
「シュウジさん、魚を締めるのってどうしてなんですの?」
「簡単に言えば味の劣化を防ぐためだ。魚は暴れてストレスを感じたり、窒息して苦しみながら死んだりすると、ATPが大量に消費されるんだ」
「えーてぃーぴー?」
「アデノシン三リン酸といって、要するに旨味成分の源だ」
「なるほど!」
俺は説明しながら全ての魚を締めていく。
「そういえばシュウジさん、包丁以外には何もありませんわよ? それこそ、まな板ですら……。やはり食べるのは難しいんじゃ?」
「問題ないさ。あと、まな板はアリスに作ってもらう」
「わたくしですか!?」
「おう。あそこに太い木があるだろ?」
俺は近くの木を指しながら言う。
「あの木の幹を輪切りにして、樹皮を剥いてくれ。それをまな板の代わりにする。あ、ここにはテーブルがないから、かなり厚めにカットしてくれよ」
「わかりましたわ!」
アリスは目的の木に近づくと、一呼吸置いてから剣を抜いた。
次の瞬間、目にも留まらぬ速さで剣を振るった。
水平に二度、迷いのない太刀筋で木をカットする。
切られた木は、ワンテンポ遅れて倒れた。
「シュウジさん、樹皮の剥き方がわかりませんわ!」
アリスがカットした丸太を持ってこちらを見る。
「樹皮に対して縦に切れ込みを入れたら、ツルツルっと簡単に剥けるよ」
俺が説明すると、アリスはそのとおりにした。
「本当ですわ! なんだか気持ちいいですわね!」
俺は「ふっ」と笑った。
「あとは火だな」
「それなら、わたくしにお任せくださいませ! 魔法で解決しますわ!」
アリスが得意げに胸を張った。
大きな胸も「任せろ」と言いたげに揺れている。
しかし、俺は首を横に振った。
「お前は手加減できないから却下だ」
「ですが、それではどうやって……」
「火熾しは自力でするよ。代わりに薪を集めてくれ」
「自力で火熾し!? そ、そんなことが可能なのですか!?」
「まあな。無人島で数日を凌げる程度のサバイバル能力はある」
「なんと!?」
ということで、俺はきりもみ式で火を熾すことにした。
木の板に押し当てた棒を高速回転させて発火させる方法だ。
地味で根気のいる作業だが、コツさえ掴めば難しくはない。
「重要なのは回転速度と押し付ける力、そして何より諦めない心……!」
かつて教わったことを口にしながら木の棒を回し続ける。
シュルシュルシュル……と摩擦音が響き始める。
やがて、摩擦点から微かな煙が立ち上り始めた。
焦げた木の匂いが漂う。
俺は慎重に木の棒を回し続け、生じた黒い木屑の粉――火種を、あらかじめ用意しておいた枯れ草の塊へと移す。
そして、優しく息を吹きかける。
ボッ。
小さな炎が枯れ草に燃え移り、明るい光が生まれた。
あとはその炎を消さないよう、小枝などを投じていくだけだ。
「焚き火ができたぜ」
「すごいですわ! 本当に魔法や着火道具を使わずに火を……! シュウジさん、あなたは一体何者なんですの!?」
「知ってのとおり料理人さ」
その後の作業に苦労する要素はない。
アリスが切り出してくれた即席の丸太まな板で魚を捌く。
内臓を取り出して血合いを洗い流した。
「塩があればいいが、残念ながら持参していない。素材の味で勝負だ」
枝を削って作った串に魚を刺す。
口から中骨に沿うようにして尾まで通す。
身が波打つように串を打つのが、均一に火を通すコツだ。
「あとは串に刺した魚を、焚き火を囲うように設置して、遠火でじっくり火を通したら完成だ!」
俺は焚き火の周りに串を突き立てた。
炎に直接当てず、熱気で炙る――いわゆる「遠火の強火」だ。
これなら輻射熱で中までふっくらと火が通る。
「わぁ、美味しそうですわ!」
「絶対に美味いぜ!」
パチパチと薪が爆ぜ、じりじりと魚の皮が焼けていく音がする。
やがて脂の乗った皮が狐色に変わり、香ばしい匂いが漂い始める。
嗚呼、食欲が刺激される。
「よし、焼けたぞ。熱いから気をつけろよ」
「いただきます!」
アリスが串を受け取り、豪快にかぶりついた。
パリッという皮の弾ける音が響いた。
「んんーっ! 美味ですわ! 皮はパリパリで香ばしいのに、中の身はふわふわ! それに、なんといっても脂の乗り具合……噛むたびにジュワッと旨味が溢れてきますわ!」
アリスが目を見開いて声を上げる。
「はは、大絶賛だな」
俺も自分の分を口に運んだ。
「これは……予想以上に美味いな」
余分な水分が抜けて魚の旨味が凝縮されている。
普通の川魚では味わえない脂の強い風味が、いい味を出していた。
「シュウジさん、もっとお魚を食べましょう! わたくし、このお魚ならいくらでも食べられますわ!」
「やめろ、魚が絶滅しちまうだろ」
俺たちは焚き火を囲み、串焼きを堪能した。
川のせせらぎと鳥の声、そして美味しい魚。
これ以上の贅沢な休日はないだろう。
「「ごちそうさまでした!」」
完食後、俺たちは特区へ戻ることにした。
しっかりと後始末を済ませてから、その場をあとにする。
「シュウジさん、今日はお付き合いしてくださりありがとうございました。とても楽しかったですわ」
特区へ戻る道中、夕焼けに染まる空を見上げながらアリスが言った。
「こちらこそ、いいリフレッシュになったよ。たまにはこういうのも悪くないな」
「ふふっ。これは明日、ミャオさんに自慢しないといけませんわね」
そう言って悪戯っぽく笑うアリスは、このうえなく幸せそうだった。
ミャオが悔しがる顔が目に浮かぶようで、俺もつられて笑みをこぼした。
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