021 アリスとデート①
地下19階での営業を開始してから数日が経過したある日のこと。
今日は休業することになった。
いつものように屋台を開く予定だったが、急遽、予定を変更したのだ。
理由はミャオだ。
冒険者ランクの昇格試験に挑戦すると言い出した。
現在の彼女はEランクだが、合格すれば晴れてDランクになる。
冒険者にとってランクは大切だ。
本人の意欲に関わるだけでなく、さまざまな恩恵を受けられる。
例えば深層直通ゲートが使えるのはSランクとAランクだけだ。
また、EランクやFランクに至っては、恩恵が皆無に等しい。
冒険者が受けられる『さまざまな恩恵』は、主にDランク以上が対象なのだ。
ミャオが不在ということもあり、店を休むことにした。
俺とアリスだけでも回せるものの、そこまで頑張る必要もない。
なにせ普段は労働基準法を無視したスタイルでやっている。
休める理由があれば、積極的に休んでおけばいいだろう。
そういうわけで、今日は休日である。
シズルと魅惑的な時間を過ごすか、それとも実家で泥のように眠るか。
そんな『性』と『惰眠』のどちらを貪るかで悩んでいたわけだが――。
「久しぶりにシュウジさんと二人きりですわ!」
――アリスと過ごすことになった。
悩んでいるところにお誘いの電話がかかってきたからだ。
『たまには屋台とは関係なく、純粋にダンジョンを散策しませんか?』
断る理由がなかったので承諾した。
こうして、現在はダンジョンの地下3階にいる。
装備は腰に差した愛用の牛刀のみ。ほぼ手ぶらだ。
屋台はシズルの工房にある。
使わないときは、メンテナンスという名目で預かってもらっていた。
荷車や魔導具が増えたことで、祖父の蔵には収まりきらなくなったのだ。
「やはりダンジョンはいいな。食材の宝庫だ」
地下3階の環境は、地下1階とよく似ている。
木漏れ日が差し込む明るい森林がメインで、さまざまな植物が自生していた。
「シュウジさんはいつも料理のことを考えていらっしゃいますわね」
アリスが手を口に当て「ふふ」と笑う。
「我が人生は料理そのものだからな。それに、これだけ食材が豊富だと市場に来ているみたいでテンションが上がるよ」
俺は足元に生えていた草を一本引き抜き、鼻に近づけた。
バターグラスだ。
根茎をバターの代用品として使っているが、葉の部分にも用途がある。
葉はからし菜のようなピリッとした辛味があり、小洒落た一品に最適だ。
「シュウジさん、いつもの癖で採取するのは結構ですが、今日は料理できませんわよ?」
「おっと、そうだった」
バターグラスを再び地面に埋め戻そうとする。
そのとき、草むらの奥に〈ネギ生姜〉があることに気づいた。
レッドボアの角煮を作った頃から愛用している野草だ。
魔肉の臭い消しには欠かせない。
「うお! 見ろよ、アリス、〈ダンジョンパイナップル〉があるぞ!」
頭上を見上げると、木々の枝に果実がぶら下がっていた。
名前の由来は見た目がパイナップルに酷似しているからだ。
味は糖度を極限まで高めたパイナップルのようで、とにかく甘い。
どろっとした蜜が滴るのも特徴的だ。
「果物はともかく、ダンジョンの野草が料理に使えるとは思いませんでしたわ。シュウジさんと出会う前は、どれもただの雑草にしか見えませんでしたのに……不思議ですわね」
アリスがしみじみと呟きながら、足元のバターグラスに目を落とした。
「仕方ないさ。ダンジョンの野草は調理に使って初めて輝く素材だからな」
ダンジョンの野草が真価を発揮するのは魔物料理だ。
原則として、魔物は適当に調理しても不味くて食えたものではない。
今のところ例外はスライムだけだ。
美味い魔物料理を作るには、極めて高度な調理技術が必要だ。
そして、その調理を支えるのがダンジョンの野草である。
「もうシュウジさんのいない冒険者生活には戻れませんわ! 美味しいご飯のない探索なんて、考えただけでもゾッとしますもの!」
「そういえばアリスって、俺と出会うまではずっとソロだったんだよな?」
「はい」
「今ならわかるけど、それって珍しいよな。Bランクのソロ冒険者なんて、他に見たことないぞ」
冒険者はパーティーを組むのがセオリーだ。
特にDランク以上ともなれば、チームで行動するのが基本である。
アリスは異例中の異例といえる存在だった。
「深い理由はありませんわ。ただ、わたくしと組むに相応しい人間がいなかっただけですの」
「かっこいいことを言ってくれるぜ」
俺は思わず苦笑するが、アリスの言葉には説得力があった。
実際、アリスはべらぼうに強い。
剣術は達人級だし、魔法の威力もそこいらの魔法使いを凌駕している。
欠点は極度の方向音痴ということくらいだ。
相応しい相手がいなかった、というのは強がりではなく事実だろう。
そんな雑談を交わしながら歩いていると――。
「水の音が聞こえるな」
「近くに川が流れているのでしょうか」
遠くから心地よい音が聞こえてきた。
「行ってみるか」
「はい!」
音のするほうへ近づいていく。
木々を抜けると、案の定、川が流れていた。
川幅は5メートルほどだろうか。
透明度の高い水面を覗き込むと、銀色の魚影がいくつも走るのが見えた。
魔物ではない、純粋なダンジョン魚だ。
「あの魚たち、美味そうだな。腹が減ったし、捕まえて串焼きにでもするか」
「名案ですわね。ですが、今は屋台がありませんから、調理器具が……それに、捕まえるといってもどうすれば? 釣り竿もありませんわよ?」
アリスが困ったように小首を傾げる。
当然の疑問だ。
しかし――。
「問題ない。俺に考えがある」
俺は断言した。
前世の記憶を駆使すれば、この程度の難局を乗り切るのは楽勝だった。
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