020 ミノタウロスのTボーンステーキ②
「先に言っておくが、ダークネスミノタウロスのTボーンステーキはプレミア価格での提供になるぜ」
俺は集まった冒険者たちに釘を刺した。
「あとアリス、提供するのは一人前だけだからな」
「えっ、わたくしだけ制限付きですの!?」
「お前だけじゃなくて全員だ。数に限りがあるから、おかわりするなら別のメニューにしてもらう。なるべく多くの客に行き渡らせたいからな」
「仕方ありませんわね……」
アリスは不満そうに頬を膨らませるが、納得していた。
「それでシュウジ、そのプレミア価格っていくらだ!?」
最前列にいた常連の剣士が、ごくりと唾を飲み込みながら尋ねてくる。
俺は腕を組み、脳内で適正価格を弾き出した。
「35,000円ってところだな」
提示した金額に、場が一瞬静まり返る。
「35,000円……! さすがにこれまでとは桁が違いますわね……!」
アリスが目を見開いて驚きの声を上げた。
たしかに、今までの料理は1000円~2000円が主流だった。
よほど高いメニューでも3000円程度に抑えていた。
しかし、今回はワケが違う。
今の俺たちでは、どうやっても自力で調達できない食材だ。
個人的には35,000円でも安いと思っていた。
「どうする? キャンセルするか?」
俺が問いかけると、冒険者たちが叫んだ。
「そんなわけねぇ! 俺は食うぜ!」
「金ならあるんだ! 俺だってキャンセルしねぇぞ!」
「ダークネスミノタウロスの肉をシュウジが調理するなら、35,000円だって惜しくねぇぜ!」
「もちろんわたくしもキャンセルいたしませんわ! まかないなので無料ですから!」
桁違いの価格でも、キャンセルする者はいなかった。
「はいよ」
俺は食材庫からダークネスミノタウロスの魔肉を取り出した。
レックスにもらった時は塊だったが、今はカット済みだ。
今日に備えて、昨日のうちにノコギリで切っておいた。
一枚あたり500グラムだ。
それを調理台に積み上げる。
骨付き肉特有の野性味あふれる断面は、見る者を圧倒する迫力があった。
さらに俺は、食材庫からもう一つの重要なアイテムを取り出す。
〈バターグラス〉だ。
これは俺が勝手に命名したダンジョンの野草である。
浅層の草原エリアによく生えている、白くて丸い根茎を持つ植物だ。
一見するとただの芋だ。
しかし、熱を加えると上質なバターに似た芳醇な風味を放つ。
魔物料理との相性が抜群なので、俺はバターの代替として愛用していた。
「いくぜ、調理開始だ!」
俺の掛け声とともに、屋台がライブステージへと変貌する。
まずは常温に戻しておいた肉の両面へ、高い位置から塩を振る。
粗めの岩塩が肉の表面で踊り、赤身の旨味を引き出す準備が整う。
そのまま10分ほど放置し、浸透圧で肉の表面に水分が浮いてくるのを待つ。
待っている間も手を緩めない。
分厚い鉄のフライパンを火にかけてカンカンに熱する。
火力は最大だ。
さらにそこへ、ダークネスミノタウロスの脂身を投入する。
これはトリミングした際に生じたものだ。
ジュワアアッ!
脂身が熱された鉄肌に触れ、瞬く間に透明な油へと変わっていく。
牛脂ならぬミノタウロス脂だ。
同種の脂を使うことで、肉の風味を損なうことなく、より濃厚なコクをプラスできる。
肉が馴染んだ頃、フライパンから白い煙がうっすらと立ち上り始めた。
「よし」
俺は肉の表面に浮いた水分を拭き取った。
仕上げに黒胡椒をたっぷりとまぶし、熱々のフライパンへ滑り込ませる。
ジュウウウウウウウウウッ!
爆発したかのような激しい音が、セーフティゾーンに響き渡る。
一気に立ち上る蒸気とともに、肉の焼ける香ばしい匂いが周囲へ拡散した。
「うわあああ……こ、これは……!」
「匂いだけで酒が飲めるぞ!」
客たちが鼻をひくつかせて、ジュルリと舌なめずりする。
「たまりませんわぁ!」
アリスも恍惚とした表情を浮かべていた。
「まだ俺の調理は終わっていないぜ!」
強火で表面を一気に焼き固めた。
褐色に色づいた肉の壁が、内部の肉汁を逃さない堤防となる。
片面が良い色に焼けたら、裏返して同様に焼き付ける。
両面に焼き色がついたところで、俺は火力を少し落とした。
「ここからが仕上げだ!」
バターグラスを投入する。
刻んでおいた白い根茎が、フライパンの空いているスペースに滑り込む。
ジュワワワッ!
熱に触れたバターグラスが即座に溶け出す。
乳製品のようなまろやかな香りが魔肉の荒々しい香りと混ざり合う。
その香りは、暴力的なまでに食欲を刺激した。
俺はフライパンを傾け、溶け出した脂とバターグラスのエキスをスプーンですくう。
そして、それを肉の上から回しかけた。
アロゼだ。
熱い油を肉にかけ続けることで、間接的に火を通すフランス料理の技法である。
「おお……おおぉ……!」
「なんという……やべぇ……!」
冒険者たちの語彙が消失する。
連中の視線は、スプーンの動きに釘付けだった。
「よし!」
頃合いを見て肉をバットに取り出し、アルミホイルを被せて休ませる。
余熱で中心までじっくりと火を通し、暴れている肉汁を落ち着かせる時間だ。
その間に、肉の旨味が残ったフライパンでソースを作る。
酒、醤油、砂糖を加え、肉汁とバターグラスの脂が混ざった液体を一気に煮詰める。
ふつふつと泡立つ液体がとろみを帯び、飴色の輝きを放ち始めた。
特製ソースの完成だ。
最後に、休ませておいた肉をまな板に戻す。
包丁を入れ、骨に沿って肉を切り離し、食べやすい大きさにカットした。
ロゼ色に輝く断面が顔を出し、溢れ出る肉汁がまな板を濡らす。
それを骨と共に皿へ豪快に盛り付け、熱々の特製ソースを回しかける。
ジュワッ、という音と共に、醤油の焦げる香りが鼻孔をくすぐった。
「お待ち! ダークネスミノタウロスのTボーンステーキだ!」
カウンターに皿を置くと、客たちからどよめきが上がった。
「い、いただきますわ……!」
一番手のアリスが、震える手でフォークを突き刺す。
分厚い魔肉を口へと運び、咀嚼した瞬間――。
「んふぅ!」
アリスの口から、色っぽい吐息が漏れた。
彼女は目を見開き、頬を紅潮させて身悶える。
「な、なんですのこれ……! A5ランクの霜降り肉のような柔らかさがありながら、決して脂っこくありませんわ!」
アリスの実況に、周囲の冒険者たちがごくりと喉を鳴らす。
「それに、魔肉ならではの力強い風味が微かにありますけれど……通常なら臭みと感じるはずのそれが、シュウジさんの完璧な火入れとソースによって、野性味というスパイスに昇華していますわ!」
何を言っているかよくわからないが、冒険者たちは「うおおお!」と歓声を上げた。
「シュウジ! 俺にも早く食わせてくれ!」
「何をしているんだシュウジ! 俺の分はまだか!」
大興奮の冒険者たち。
俺は「落ち着け」と苦笑しながら、連中の分も作った。
「うめぇ! なんだこれ、力が湧いてきやがる!」
「これが35,000円? 安いもんだぜ、こんなの!」
その後も、客の注文はTボーンステーキばかりだった。
旺盛な需要に応えて俺も必死にフライパンを振り続ける。
しかし、今回の食材には限りがあった。
「悪いな。売り切れだ」
申し訳ないなと思いつつ、待っていた冒険者たちに宣告する。
「なっ……嘘だろ!?」
「クソッ、もう少し早く並んでいれば……!」
「俺のTボーンがあああああ!」
売り切れを告げられた冒険者たちが、頭を抱えて悔しがる。
すると、配膳や接客を忙しくこなしていたミャオが残念そうに言った。
「ミャオも食べたかったにゃ……」
猫耳をぺたんと伏せ、なんとも悲しそうだ。
そんな彼女に対し、俺は「安心しろ」と笑った。
「ミャオの分は別にとってある」
「えっ!?」
ミャオの猫耳がピクリと反応し、顔がぱっと輝く。
「本当かにゃ!?」
「まかないは雇用契約に含まれているからな。あとでちゃんと作ってやるよ」
「やったー! さすがは大将にゃー!」
ミャオが両手を上げて飛び跳ねる。
可愛らしい猫の尻尾もぴょこぴょこと左右に揺れていた。
そんなこんなで、地下19階での営業初日は大成功に終わった。
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