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料理の巨匠、ダンジョンで魔物メシを提供する ~危険地帯で屋台を開いた結果、冒険者の胃袋を掴んでしまいました~  作者: 絢乃


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019 ミノタウロスのTボーンステーキ①

 地下18階での営業は、2日で終わることにした。

 屋台で提供できるメニューが〈スライムの葛切り〉しかなかったからだ。


 もちろん葛切りを食べて耐熱状態になれば、他の料理を美味しく食べられる。

 だが、食べる気になるかといえば別の話だ。

 たとえ冷房の効いた快適な空間でも、真夏におでんを食う気にならないのと同じだ。


 しかし、俺が地下18階の営業をやめれば、冒険者の活動に支障が出る。

 熱波が続いてるためだ。


 そこで、〈スライムの葛切り〉の製法を広めることにした。

 自分たちで作って食べてもらえれば、俺が作らなくても問題ない。

 先日、レックスに製法を教えたのも、この展開を想定していたからだ。


 そんなわけで、翌朝――。


 俺たちは撤収準備を始めていた。

 三人で協力して、リアカーへの積み込み作業を進める。

 怪力のアリスがいるため、作業は楽だった。


「それにしても大将は太っ腹すぎるにゃ。ミャオなら他の冒険者に製法を教えずに独り占めするにゃ!」


 ミャオは積み荷の紐をきつく縛り上げた。

 その隣で食器を梱包していたアリスも、手を止めて同意する。


「スライムの葛切りはたしかに誰でも作れますが、そこへ至るまでにシュウジさんは何時間も研究していましたのよ? それを無償で皆に教えるなんて、お人好しが過ぎますわ」


 二人の言い分はもっともだ。

 レシピ開発にかけた労力を考えれば、対価を求めてもバチは当たらない。

 だが、俺は苦笑しながら首を横に振った。


「かまわないさ。味自体、感動するほどのものでもなかったしな。わざわざ独占しなくても他の料理で稼げばいい。それに、ここで冒険者たちに恩を売っておけば、ますます利用してもらえるだろ?」


 俺はあくまで商売人としての計算高さを装ってニヤリと笑ってみせた。

 損して得取れ、というやつだ。


「そこまで考えているとは! さすがですわ!」


 アリスは、驚いたように目を丸くした。


「大将は戦略的にゃー!」


 ミャオが感心したように猫耳をピコピコと動かす。

 俺たちは撤収作業を終えると、ホワイトゲートに向かって歩き出した。


 まずは一度、特区に戻る予定だ。

 調味料や消耗品の補充など、次の営業に向けた準備を行う。


 次回の出店場所は未定だが、メイン食材は決まっている。

 レックスにもらった〈ダークミノタウロスの肉〉だ。

 ノコギリでカットしてTボーンステーキにしようと考えていた。


 ◇


 次の日。

 俺たちは新天地を求めて地下19階にやってきた。

 浅層の最下層に位置するエリアだ。


 ゲートをくぐってすぐに見えたのは広大な湖だ。

 空には太陽が燦然と輝き、水面は宝石のように煌めいている。

 この湖は、南国を彷彿とさせるヤシのような木々に囲まれていた。


 木々のそばには大型のトカゲやフラミンゴ型の魔物がいる。

 しかし、目が合うと争いを避けるようにそそくさと茂みの奥へ消えていった。

 魔物の中には、こうした戦闘に消極的なものも存在している。


 もちろん、魔物は魔物だ。

 油断して不用意に近づけば、手痛い反撃を食らうことになる。

 適度な緊張感を保つ必要があった。


「ここが噂の地下19階か。たしかに皆が勧めるわけだ」


 俺は周囲を眺めながら呟いた。

 実は多くの冒険者から「営業するなら地下19階がいい」と言われていたのだ。


 それは、魔物がこちらを避けるから……ではない。

 ホワイトゲートとブラックゲートが並んでいるからだ。

 そのうえ、セーフティゾーンはこの湖畔である。


 これ以上ない最高の立地だ。

 当然、多くの冒険者が休憩に利用していた。


 テントを張って休息を取る者、武具の手入れをする者、あるいは湖に向かって釣り糸を垂らし、のんびりと釣果を待つ者もいる。

 これまでのどの階層よりも活気があり、どこかピクニックのような明るい雰囲気が漂っていた。


「お! シュウジじゃん!」


「ようやく地下19階に来てくれたか!」


「ちょうど魚を釣ったところなんだ、これで何か作ってくれよ!」


 冒険者たちが俺を見て歓声を上げる。

 俺は歓迎ムードに頬を緩めつつ、手で制するジェスチャーを送った。


「待て待て。まずは屋台を展開させてくれ」


 俺は苦笑しながら、ミャオやアリスに指示を出して屋台の準備に取り掛かった。


「いや、待てないぜ!」


「俺たちも手伝うから早く魔物メシを食わせてくれ!」


 待ちきれない冒険者たちが、自発的に手を貸してくれた。

 おかげで、いつもよりずっと早く設営が完了した。


「コンロの火力も問題なしっと」


 準備は万端だ。

 俺はエプロンの紐を締め直し、高らかに宣言した。


「よーし、営業を始めるぞー!」


 俺の声に応えるように歓声が上がった。

 次の瞬間には、屋台の前に見事な行列が出来上がっている。

 以前は我先にと争っていた連中だが、今は自発的に整列していた。

 その方が効率的だと学んだのだ。


(さすがは常連たちだ。まるで軍隊のように統率されている)


 俺は満足げに頷くと、カウンターの前に立つ最初の人物に視線を向けた。


「さて、最初の客は……」


「わたくしですわ!」


 元気よく手を挙げたのはアリスだった。

 彼女は当然の権利だと言わんばかりに、行列の先頭で胸を張っている。

 纏っている白銀の軽鎧の内側で、豊満な胸が揺れていた。


「お前は従業員だろ!」


「まかないの時間ですわ!」


「まだ営業が始まったばかりだろ! ……まあいい、座れ」


 食い意地の張ったアリスを止めるのは骨が折れる。

 俺は諦めて彼女をカウンター席へと促した。


 アリスは嬉々として椅子に腰を下ろし、期待に満ちた瞳で俺を見つめてくる。

 その目は、獲物を前にした肉食獣のように輝いていた。


「で、何を食いたい?」


 俺が尋ねると、アリスは待っていましたとばかりに即答する。


「決まっておりますわ!」


 アリスはどこからともなくナイフとフォークを取り出した。

 そしてそれを握りしめ、高らかに叫んだ。


「ダークネスミノタウロスのTボーンステーキですわ!」


 まかないと言いながら最高級の料理を注文してくる。

 その厚かましさに俺は苦笑した。


「レックスからもらった肉がまだ残っているのか!」


「なら俺もダークネスミノタウロスのTボーンステーキだ!」


「俺もだ! 深層の魔物なんてこんな機会でもなきゃ食えないしな!」


 他の冒険者たちもミノタウロスの魔肉を求めてきた。

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