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料理の巨匠、ダンジョンで魔物メシを提供する ~危険地帯で屋台を開いた結果、冒険者の胃袋を掴んでしまいました~  作者: 絢乃


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018 スライムの葛切り④

 屋台の前に四人組が立つと、周囲の空気ががらりと変わった。

 彼らの口ぶりを聞く限り、俺の店について何も知らないようだ。


 俺がダンジョンで屋台を始めてから、およそ一ヶ月。

 自分で言うのもなんだが、冒険者の間ではかなり知れ渡っている。

 特区外周の商業エリアを歩けば必ず声をかけられる程度には有名だ。


 だからこそわかる。

 四人組が世俗に疎いほどの“ガチ勢”だということが。

 見た目だけではなく、実力も本物なのだろう。


「たしかに耐熱バフのある魔物料理を提供しているのはうちだけど……あんたらは?」


 俺が問いかけると、常連客の一人であるガストンが、呆れたように肩をすくめた。


「そうか、シュウジは料理人だから知らないのか」


 ガストンは男たちを一瞥し、声を潜めて教えてくれた。

 彼らはAランクの冒険者パーティーであり、リーダーはレックスという男らしい。

 普段はもっぱら深層に籠もりっきりで、狩りに明け暮れているらしい。


「それなら、深層へ向かう道中に何度かうちの屋台を見ているんじゃないのか? ほぼ毎日セーフティゾーンで営業しているが見覚えないぞ」


「SランクとAランクの冒険者は深層直通ゲートを使えるから、浅層や中層をスルーできるんだ」


「へぇ、そんなものがあるのか」


 なら、中層のセーフティゾーンにある俺の店を知らなくても無理はない。


「そこの君、紹介の手間が省けて助かるよ。俺がリーダーのレックスだ。店主、あんたに頼みがある。耐熱バフのある魔物料理とやらについて詳しく教えてくれ」


 レックスが前に出た。

 その物言いは単刀直入だった。


「スライムで作った葛切りだよ。そのままだと無味だから黒蜜をかけて食べる。耐熱の効果時間は約12時間。価格は一つ1,550円」


 俺が淡々と説明すると、レックスは即座に反応した。


「三倍払うから、作れるだけ作ってくれ。何個でも買う」


 その言葉に、屋台の周りで食事をしていた他の冒険者たちが一斉にどよめいた。


「三倍!?」


 誰かが素っ頓狂な声を上げる。

 1,550円の三倍といえば、4,650円だ。

 それを「いくらでも」と言い切る財力に、周囲は呑まれている。

 うちの従業員たちも例外ではなかった。


「これは大儲けですわ!」


 アリスが目を輝かせて身を乗り出す。


「大将、今日はボーナスちょうだいにゃ!」


 ミャオに至っては、すでに売上が確定したかのように尻尾をピンと立てて喜んでいる。

 だが、俺は首を横に振った。


「悪いが断る」


「なぜだ?」


 レックスが眉をひそめる。

 金銭的な条件で断られるとは微塵も思っていなかったのだろう。

 俺は真っ直ぐに彼の目を見て答えた。


「うちは屋台で、金儲けより客を笑顔にさせたくてやっている。だから大金を積まれても買い占めには応じられない」


 金が欲しくないと言えば嘘になる。

 だが、特定の客だけに商品を独占させてしまえば、他の腹を空かせた冒険者たちに行き渡らなくなる。

 それは俺の目指す屋台の在り方ではない。


「なるほど。それは失礼した。それなら――」


 俺の言葉を聞いたレックスは、わずかに目を見開いた後、口元に薄い笑みを浮かべた。


「――そちらの可能な範囲で譲ってくれ。詫びとして定価の五倍で買わせてもらう」


 再び周囲から悲鳴のような驚きの声が上がる。


「五倍!? さっきよりも上乗せしやがった!」


 一歩も引かない金払いの良さに、野次馬たちは騒然としている。


「価格は定価の1,550円でいいよ。一人五人前ずつ提供しよう。あんたらのパーティーは四人だから、計二十人前で31,000円だ」


 俺が値段を告げると、レックスは意外そうに瞬きをした。

 それから、満足げに頷いた。


「わかった。すまない、店の雰囲気を台無しにしてしまって」


「いや、かまわないさ。あんたは駄々をこねているわけじゃない。他の客も迷惑に思っていないから気にしないでくれ」


「そういうことならお言葉に甘えさせてもらう。金はカウンターに置けばいいのか?」


「現金払いならそうだ。スマホ決済にも対応しているよ。それと、売る前に質問がある」


「ん?」


「うちは出来たてを提供するのが基本だ。だから魔物料理の賞味期限はわからない。今すぐ食わなかった場合の効果は保証できないけど、それでもかまわないか?」


 彼らの目的は料理の味ではなく効果にある。

 間違いなく約12時間おきに一個のペースで食べるはずだ。

 その場合に、品質を維持できるかは不明だった。


「それなら問題ない」


 レックスはそう言うと、何もない空中に手を伸ばした。

 すると空間に小さな穴のような歪みが生まれ、そこから革の財布が落ちてきた。


「このように、俺たちは収納魔法を使えるからな」


 その光景に、屋台の周囲は再び沸き立った。


「収納魔法だと!?」


「さすがはAランク!」


「すげぇ、初めて見たぞ……」


 感嘆の声が漏れる中、俺はアリスに視線を向けた。

 収納魔法を実演されてもピンとこなかったのだ。


「収納魔法があれば賞味期限は関係ないのか?」


「はい。収納魔法で異次元空間に保管されている間は、経年劣化が一切起きません。シュウジさんが使われている食材庫の上位版ともいうべき、便利な魔法ですわ」


 アリスの説明によれば、収納した瞬間から時間が停止するらしい。

 出来立ての熱々をしまえば、いつ取り出しても熱々のままだというわけだ。


「それは便利だな」


「ただ、収納魔法にはいろいろな制限があります。ご使用の際は注意が必要ですわ」


「まあ、俺が使える日は一生こないだろうけどな」


 俺は笑いながらスライムの葛切りを作り始めた。

 手間のかからない料理ということもあり、あっという間に二十人前が揃った。

 半透明の麺がつるりと光を反射し、黒蜜の甘い香りが漂っている。


 それをテイクアウト用のどんぶりに入れる。

 このどんぶりは、皿が間に合わない時に使うものだ。

 まさか本当にテイクアウトで使う日が来るとは思わなかった。


「へい、お待ち!」


 どんぶりに蓋を閉めて、カウンターに並べた。


「助かるよ」


 レックスは代金を支払い、商品を次々と亜空間へ収納していく。

 俺はその様子を眺めながら、ふと思いついたことを口にした。


「もし必要なら、今後は自分たちで作るといいよ。他の魔物料理と違って簡単だからさ」


「俺たちでも作れるのか?」


 レックスが手を止めた。


「余裕だよ。仕留めて間もないスライムを加熱して、表面の熱くなっている部分をトリミングしてから細切りにするだけだ。黒蜜は市販のものでもいいし、他の味がいいなら蜂蜜か何かかければいい」


「加熱方法や加熱時間は?」


「スライムの場合は適当でいいよ。加熱時間が短すぎると不味くなるけど、長すぎても特に変わらない」


「なるほど。たしかにそれなら俺たちでも作れそうだ」


「あ、ここのスライムは乱獲しないでくれよ。うちが商売で使うから」


「はは。わかっている。まさか製法まで教えてもらえるとは思わなかった。本当にありがとう」


 レックスは快活に笑うと、収納魔法で新たな物を取り出した。

 それは巨大な肉塊だった。

 ずっしりとした重量感が、カウンター越しにも伝わってくる。


「これはダークネスミノタウロスの肉だ。適当に焼いて食おうと思ったが、世話になったお礼にプレゼントさせてくれ」


 その名称が出た瞬間、周囲の冒険者たちが息を呑んだ。


「ダークネスミノタウロス!?」


「深層にのみ棲息している強敵じゃねぇか……!」


 当然、俺には初耳の魔物だった。


「これは……かなり美味そうだな」


 肉質は非常にいい。

 深みのある紅色の赤身に、大理石のような美しいサシが網の目のように走っている。

 最高級の牛肉も裸足で逃げ出すほどの、圧倒的な美味のオーラだ。

 T字の太い骨がワイルドさを演出しているのも気に入った。


 もっとも、魔肉なので調理が雑だと味は不味いはず。

 レックスたちは、とことん味に対するこだわりがないようだ。


「また縁があったら寄ってくれ」


 レックスは肉を置くと、仲間たちを引き連れて颯爽と去っていった。

 Aランク冒険者の背中は、来た時よりも幾分か軽やかに見えた。


「毎度あり!」


 俺はカウンターに残された肉塊を見つめ、思わず口元を緩めた。


(ダークネスミノタウロスのTボーン……スライムの葛切り二十人前との引き換えにしてはお得すぎたな)


 貴重な食材だから大事に調理させてもらおう。


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