017 スライムの葛切り③
スライムを食べたことで体に生じた異変、それは――。
「暑さが……消えた……!?」
俺は思わず、自分の掌を見つめながら声を漏らした。
先ほどまで肌を焦がすようだった熱気が、嘘のように遮断されている。
まるで、見えない薄膜が全身を覆い、外気から守ってくれているような感覚だ。
先ほどまでは、立っているだけでも体力を削られる暑さだった。
それが今では、エアコンの効いた室内にいるかのような快適さだ。
「本当にゃ! スライムから離れても熱くないにゃー!」
ミャオがぴょんぴょんと飛び跳ねて歓声を上げる。
彼女の額に浮かんでいた玉のような汗も、すっと引いていた。
「え? わたくしは変わりありませんが……」
首を傾げたのはアリスだ。
彼女は涼しい顔で、不思議そうに俺たちを見ている。
無理もない。
アリスは最初から暑さを感じていなかった。
自身の『耐熱魔法』を展開して暑さを無効化しているからだ。
「どうやらこの葛切り、耐熱魔法と同じ効果があるようだ」
俺は確信を持って断言した。
「シュウジさんの料理には以前から回復魔法やポーションと同じような効果がありましたが、まさか耐熱魔法まで再現できるとは……!」
アリスが驚いている。
「大将の料理はもはや魔法にゃー!」
「この葛切りに関しては、俺じゃなくても簡単に作れるけどな」
なんにしても思わぬ発見だ。
灼熱地獄のような地下18階を往来する冒険者は絶対に喜ぶ。
美味しく食べて、水分補給もできて、そのうえ暑さまで無効化できる。
需要がないはずがない。
「よし、明日からここで営業を始めよう!」
二人は力強く頷いた。
俺はプランA――この場所での滞在販売――を続行することに決めた。
◇
その日は地下18階で野営することにした。
〈スライムの葛切り〉の耐熱効果がいつまで続くか検証するためだ。
結果、効果時間は半日程度と判明した。
アリスによると、通常の耐熱魔法は6時間で効果が切れるそうだ。
魔法の倍の持続力が、たった一度の食事で手に入る。
魔力の節約にもなるため、その有用性は計り知れない。
かなりの需要が見込めそうだ。
次の日――。
午前10時前。
準備中にもかかわらず、屋台の前には多くの冒険者が詰めかけていた。
異例の事態だが、想定していたことだ。
というのも、今回は初めて俺から宣伝したからだ。
宣伝方法はシンプルだ。
常連客のクラークとガストンに、メッセージを送って頼んだだけである。
ダンジョン内でも、専用のアプリを使えば外部との連絡が可能だ。
「あちぃ、シュウジ、早くしてくれ!」
先頭に並んでいる男が、顔を真っ赤にして叫ぶ。
全身から滝のような汗を流し、今にも熱中症で倒れそうな表情をしている。
「本当に効果があるんだろうなー? なかったら恨むからな!」
別の冒険者が、疑いの眼差しを向けつつも縋るように言った。
彼らの苛立ちは限界に近い。
この灼熱の中で待たせているのだ、無理もないだろう。
「待たせたな! 営業を始めるぜ!」
俺は手早く準備を整え、高らかに宣言した。
近くの川で調達した大量のスライムを手際よく調理する。
「なっ……! スライムをフライパンで炒めるだと!?」
「別の鍋ではスライムを茹でているぞ!」
「俺たちに熱々の料理を食わせるつもりか!?」
冒険者たちが驚愕している。
スライムの特性を知らないがゆえの反応だった。
「ほらよ、お待ち!」
俺はスライムの葛切りを屋台のカウンターに並べた。
冒険者たちは奪い取るように器を受け取り、勢いよく掻っ込む。
「冷たっ! さっき加熱していたのにどうなってんだ!?」
「それよりも本当に暑さが消えたぞ!」
「すげぇ!」
さっきまで苦悶の表情を浮かべていた連中が、驚愕に目を見開く。
全身から噴き出していた汗が止まり、呼吸が整っていく。
「これなら地下18階でも快適だぜ!」
「なんなら中層の灼熱地帯にも行ってみようぜ!」
「つーか、スライムの葛切りって普通にうめぇ!」
「やっぱりシュウジは魔物料理のプロだぜ!」
あちこちで絶賛の声が上がる。
喉越しの良さと程よい弾力、そして何よりこの環境下で得られる圧倒的な涼感。
それは砂漠でオアシスを見つけたような感動だったに違いない。
最高の反応だ。
「料理の効果は約12時間だ。耐熱魔法の倍は持続するから、快適な狩りを満喫してくれよな!」
俺は冒険者たちに向かってサムズアップを決めた。
耐熱装備は、高価なわりに用途が限られている。
もちろん耐寒装備も同様だ。
だから、大半の冒険者は快適な気候のエリアを好む。
しかし、その常識も俺の料理で一変した。
今後は灼熱地帯で狩りをする者も増えるだろう。
「ところでシュウジ、この葛切りはいくらなんだ?」
ガストンが近づいてきた。
彼の言葉によって、周囲の喧騒が少しだけ静まる。
皆、この葛切りがいくらなのか気になるのだ。
「ちょっと割高ですまないが……」
俺はそう前置きをしてから価格を告げた。
「1,550円はほしい。移動費と材料費、あと人件費もいるんでな」
一瞬の沈黙。
そして、爆発するようなツッコミが飛んできた。
「相変わらず安すぎだろ!」
ガストンが呆れたように叫ぶ。
「1,550円って、都心のスイーツ店と大差ない値段じゃねぇか!」
「地下18階まで出張ってきてくれてその価格で本当にいいのかよ!?」
「むしろこっちがすまなく感じるっての!」
他の客たちも笑う。
彼らからすると、俺の提示額が価格破壊レベルだったようだ。
「これでも一般的な飲食店よりは遥かに利益率が高いんだぜ」
〈スライムの葛切り〉の材料費は100円未満だ。
スライムは無料なので、必要なのは黒蜜の原料費だけだ。
そこに光熱費とミャオの人件費を上乗せしても、せいぜい200円程度。
場所代は無料なので、あとはアリスの食費と危険手当くらいだ。
「さすがはシュウジさん、今回も大成功ですわね」
アリスが穏やかに微笑みながら、空になった器を回収していく。
「大将は商売上手にゃー! ミャオが見込んだだけあるにゃー!」
ミャオも尻尾を嬉しそうに揺らしながら、客たちの間を縫って給仕を手伝っている。
二人の笑顔と、客たちの満足げな表情。
それを見ていると、俺も笑顔になった。
そんな時だ。
「お、おい、あれは……!」
客の一人がホワイトゲートの方向に目を向けた。
それに反応して、俺や他の客たちも振り返る。
「ここか、耐熱バフを受けられる魔物料理を提供しているって店は。まさかダンジョン内に屋台があるとはな」
低く、重厚な声が響く。
賑わっていた冒険者たちが、道を空けるようにして左右に分かれた。
現れたのは、四人組の冒険者パーティーだ。
全員が30代と思しき男たちで、明らかに他の客とは雰囲気が違う。
身に纏っている装備の質も、素人目にわかるほどの差があった。
俺のような戦闘と無縁の料理人ですら、肌で感じ取れる。
こいつらは、只者ではない。
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