016 スライムの葛切り②
何かが足に当たっている。
肉眼では何も見えないが、たしかに何かがある。
ぷにぷにしているのだ。
「何だろう」
俺は体を屈めて、川底から透明なぷにぷにを持ち上げた。
「ぷにーっ!」
「おっ、スライムだ」
スライムは浅層全域に生息するモンスターだ。
酸性の体液を飛ばしてくるが、それにさえ気をつければ弱い。
「シュウジさん! 生きた魔物を手掴みするなんて危ないですわ!」
アリスが慌てて火魔法を発動する。
巨大な火球が俺に向かって飛んできた。
「うおっ!」
俺はスライムを放り投げ、川に潜って攻撃を回避する。
スライムはアリスの火球を受けて蒸発した。
落ちた魔石が川底に沈んでいく。
「スライムよりお前の魔法のほうが危ないって! 丸焼きにされるところだったぞ!」
「す、すみません、わたくし、手加減ができないもので……。ま、まあ、何かあっても回復魔法とポーションでどうにかなりますから……!」
俺は苦笑してため息をついた。
「それよりも、川底にスライムがいっぱいいるぞ」
「本当ですか!?」
「ああ。俺のいる辺りはスライムだらけだ。全く見えないけど、どこに足を置いてもスライムに当たる」
「だったら早く川から出ないと! 危険ですわ!」
「大丈夫だろう。こいつらがその気なら、俺はすでに足を溶かされているさ」
「たしかに……。そういえば、どうしてスライムは何もしてこないのでしょうか?」
「わからないが、暑さに弱いんじゃないか? そもそも川底にいること自体が異常だし」
通常、スライムは陸地で行動している。
森の中をぴょんぴょん飛び跳ねていたり、草原に転がっていたりする。
集まって川底にいるというのは、初めて見る光景だった。
「大将、スライム料理に挑戦にゃー?」
ミャオが川に流され、俺の前を通過していく。
仰向けの大の字で浮かんだまま、遠ざかっていった。
「スライム料理か……」
「わたくしは反対ですわ! スライムを食べるなんて、聞いたことがありませんもの!」
「食欲をそそる見た目じゃないしな。だが、この暑さにはちょうどいいかもしれん。他に魔物が見当たらないし、プランBへ移る前に試しておこう」
ということで、俺は川底のスライムを持ち上げた。
そして、そのスライムを――。
「アリス、頼むぞ! それ!」
――アリスに向かって放り投げる。
「わわっ! なんと雑な! ですが、お任せ下さい!」
アリスは剣を抜き、スライムを突き刺した。
「ぷにーっ……」
スライムは可愛らしい断末魔を上げて絶命する。
「とりあえず五体くらい持って帰ろう。それ、それ、それ!」
「えいっ! やーっ!」
俺がスライムを投げて、アリスが剣で貫く。
それを繰り返し、アリスの剣にスライムの串団子が出来上がった。
◇
セーフティゾーンに戻ってきた。
屋台を展開して、一体目のスライムをまな板に置く。
残りは食材庫に放り込んでおいた。
「うーむ、どうしたものか」
スライムを眺めながら頭を捻る。
普段なら何かしらの料理が浮かぶが、今回はパッとしない。
とりあえず体の端を少し切り取り、口に含んでみた。
「おそろしく不味いな……」
泥水のような味だ。
ただ、スライムの冷たさはいい感じだった。
「シュウジさん、スライムを生で食べたのですか!?」
アリスがぎょっとしている。
「ああ、そうだが?」
「毒があったらどうするのですか!?」
「それなら大丈夫だ。前にガストンか誰かに、スライムは生で食えると聞いていたんだ。まあ、聞いていなくても毒の有無は勘でわかるけどな」
「勘って……」
「経験からくる勘さ。そう外れないよ」
普段であれば、話しながら手を動かしている。
しかし、今回は右手に包丁を持ったまま固まっていた。
やはり閃かない。
「大将、食材じゃなくて保冷グッズとして使ったらどうにゃ?」
「保冷グッズ?」
「そうにゃ! このスライム、ずっと冷たいままにゃ! おかげで快適にゃー!」
ミャオはスライムを縦に伸ばして首に掛けていた。
「言われてみれば、ずっと冷たいままだな」
こうも気温が高ければ、冷たい水もぬるくなるものだ。
しかし、スライムは川底にいたときと変わらぬ冷たさを維持している。
「……! もしかして、スライムって温度が変化しないんじゃないか?」
「「えっ」」
「ずっと冷たいままっていうのは、つまりそういうことだろ? だったら……!」
俺はフライパンに油を引き、スライムを炒めてみた。
「これでも冷たいはずだ!」
炒め終えたスライムをまな板に戻す。
「シュウジさん、スライムから湯気が出ていますが……」
アリスが指摘してくる。
「たしかにそのとおりだが、それは表面に付着した油が加熱されたから……かもしれない!」
俺はスライムの表面をカットした。
断面に触れてみると――。
「やっぱり本体は冷たいままだ!」
――スライムは炒める前と同じ冷たさだった。
「味はどうだ……!」
一口サイズに切り分けたスライムを口に含む。
「これは……!」
「美味しいにゃ!?」
「いや、何の味もしない……!」
ミャオが「なんだそりゃ!」とずっこける。
「ですが、大きな発見ではございませんか?」
「そうだな。生では不味かったスライムが、炒めれば無味になった。そのうえ、温度と食感は維持されている」
アリスの言うとおり、これは大きな発見だ。
「もう少し食材の研究をしてみよう」
それから俺は、半日かけてスライムを研究した。
途中で客が来たものの、研究中につき休業だと告げた。
その結果――。
「スライムの特性は完全に把握した」
夜、俺は研究を終えた。
「お疲れ様ですわ、シュウジさん!」
「大将、結果を教えてにゃー!」
アリスは耐熱魔法を使い、ミャオはスライムの上に寝転んで涼しそうだ。
首筋に汗を流しているのは俺だけである。
「結論から言うと、スライム自体の味は、どうやっても無味が限界だ。砂糖水で煮たりハチミツに浸けたりと試してみたが、表面にしか味は付かなかった」
それが俺の答えだった。
「にゃんだってー!?」
「すると、スライムで料理をするのは難しいですわね……」
「いや、そうとも限らない」
「「え?」」
「表面には味が付くから、それでカバーできる。わらび餅みたいな考え方だ」
「なるほど……!」
「にゃるほど……!」
二人が納得する。
「あと、スライムの特性として、温度が変わらないのも大きい。それは熱くならないだけじゃなくて、冷たくならないことも意味している。冷蔵庫に入れても、キンキンに冷えることはないんだ」
二人は「それがどうした?」と言いたげな顔で、「ふむ」と唸った。
「要するに、スライムのアイスは作れないってことだ」
「ここまでの特性をまとめると、作れる料理の幅がだいぶ狭そうですわね……」
アリスは顎をつまみながら言った。
「そうだな。だが、選択肢が少ないだけでゼロではない。ということで、試しに作ってみよう」
俺はスライムを細長く切った。
そこに手持ちの黒糖と砂糖で作った黒蜜をかける。
「これで完成、スライムの葛切りだ!」
葛切りとは、本来は葛粉を原料とした料理である。
そのため、厳密には俺の料理を「葛切り」と表現するのは間違いだ。
しかし、そこはご愛敬ということで。
「見た目は綺麗ですわね。匂いも美味しそうですわ」
さっきまで顔をしかめていたアリスが、ゴクリと喉を鳴らした。
涼しげな見た目と、甘い黒蜜の香りが漂う。
「無難に想像どおりの味だと思うぜ。無味のスライムに黒蜜をぶっかけただけだしな」
「三人で食べるにゃー!」
俺は「おう」とうなずき、スライムの葛切りを三つの小皿に分けた。
「では、実食!」
「いただきますわ!」
「いただくにゃー!」
三人で同時に葛切りを口に含む。
「うん、普通に美味しいな」
「ひんやりしていて最高にゃー!」
「ですが、今までの料理に比べると感動が少ないですわね……」
「まあ、スライムの特性的に仕方ないさ」
と、言ったときのことだ。
突然、俺たちの体が光った。
淡い光に包まれたが、「なんだ!?」と驚いた頃にはすでに消えていた。
そして――。
「これは……!」
光が収まった瞬間、体に異変が生じた。
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