41 特別依頼 その三
新緑の季節がやってきた。青々と茂る草の合間に、黄金色のタンポポが顔を覗かせる。
「レイさーん、もうすぐかー?」
愛馬アンヴァルに跨るヴォルフが、前を行く我らが育成官に尋ねる。
「おー。間も無く見えるんじゃねーかー?」
レイさんは愛馬ジルファの上で器用に地図とコンパスを見比べている。
どうやら見渡す限りの草原が広がるこの大地に、ポツンと小屋が一軒建っているらしい。その場所が今日の俺たちの目的地だった。
「…見えた」
丘を越えると、一足先に気が付いたのは愛馬オルフェーヴルに跨るメルだ。俺たちの1キロメートル程先に小屋が”二軒”建っているのが目に入る。
「ロロがもう一軒建てたのかな?」
『ぐぅ…』
俺の股の間で丸くなって眠るのはクロだ。出発した頃はソティラスと一緒に走っていたが、三十分程で早々に切り上げるとソティラスの上に飛び乗ってきた。クロは何だかんだまだ二歳なのでしょうがない。
さて、いよいよ今日の依頼が始まる。小屋が近づくにつれ、口角が自然と上がっていくのを感じていた。
「ようこそ”レニエス男爵領”へ~~~!!!」
「ぎゃっぎゃっぎゃ!!」
俺たちを出迎えてくれたのは、ロロとニヴラとローブを着た見知らぬ男だ。『~ようこそレニエス男爵領へ♪~』と書かれた明るい垂れ幕がなんともロロらしい。
ところで、ロロの反対側で垂れ幕の端を持つこの男は誰だろう。じっと見つめていると、ひょろっとした長躯の男が俺たちの前に一歩踏み出た。
「皆さんどうも。俺は『ランス辺境伯領研究院』所属の錬金術士ポムスです」
「ポムスくんは錬金術士協会の南地区の会長サンでもあるんだ~。今日はお手伝いに来てくれたの~!」
ロロが嬉しそうにポムスの腰あたりを叩いている。二人の身長差がなんだか微笑ましい。
「レイさんお久しぶり」
ポムスはレイさんに手を差し出す。
「よぉポムス。相変わらずボサっとしてんな~はっはっは」
レイさんはそれを握り返した。
最近知ったのだが、レイさんはランス辺境伯領の前兵団長だったらしい。意外というよりも納得の方が大きかった。今回もきっとその繋がりなのだろう。
「レイさんは相変わらず賑やかな顔してる」
「え、それ褒めてる?」
確かに、ポムスの長い前髪は完全に目元を覆っていた。
「君がレニエス男爵のお弟子さんのリュカだね。噂はかねがね」
「はい。どうぞ宜しくお願いします」
ロロがここへ呼ぶくらいだ、ポムスの事は少なからず信頼しているのだろう。俺は親しみの気持ちを込めて手を握り返した。
「君がメルメルだね~?!初めまして~~!リュカの錬金術のお師匠のロロだよ~!」
ロロはメルの両手を握ると、ぶんぶんと上下に振った。
「……よろしく」
メルは少々あっけに取られていたが、そのうちに尻尾が緩やかに揺れ始める。この二人は初対面だったようだ。
「…じゃ、ロロ会長。挨拶も済んだし、俺は研究所に籠る」
「よろ~~!」
そう言うと、ポムスは大きい方の小屋へと向かってさっさと歩き出した。何ともマイペースな男のようだが、不思議と悪い気はしなかった。
ナハロ村から馬で南西に進むこと二時間。真っ新な平原に、小さな小屋と大きな小屋が一つずつ佇むこの場所に辿り着いた。厩舎などはまだ当然整備していないので、ソティラスたちはその辺で自由に遊んでいる。
というのも、この場所にはかつて『カヤック村』という集落が存在していたのだが、度重なる水害によってこの村は誰も住むことが出来なくなりやがて廃村となってしまった。
100年程前まではランス辺境伯領だったのだが、廃村化により王直轄の公領へと譲渡された。しかしこの度、レニエス男爵の領地として明け渡される事となったのである。
ランス辺境伯領による地道な治水工事のお陰でこの100年間『テムズ川』の氾濫は起きていない。テムズ川とは、外海からヴァルキルを越え、セントラルがある内海まで流れる広大な川のことだ。
「…うちのがきんちょ共に『指名依頼』だなんて、さすがお目が高いじゃねぇの」
「ふふふん~♪ボクもリュカたちも大助かり~♪カンペキな作戦なのだ~~」
まさにロロの言う通りだった。指名依頼は所謂『特別依頼』にあたるもので、難易度や特殊性が高いためにギルドからの評点が多く加算されるだけでなく、報酬額も当然高い。俺たちにとっても今回の依頼は良いこと尽くめなのだ。
「…そんで、今日は何をすりゃ良いんだ?まーーじで何もねぇけど…」
今日の依頼内容は『レニエス男爵領でのお手伝い』という事しか聞いていない。ロロを見れば、口元を両手で覆って楽し気に目を細めている。
「……では発表します~…」
ロロが何処からか小さなくす玉をさっと取り出す。
「…『ゴーレム』を造って~…『自動化農園』を作ろ~~~!!」
すると今度は、くす玉の中から『がんばろう!』と書かれた小さな垂れ幕が姿を現した。
「ゴーレムだぁ…?!そんなのつくれるのかよ…?」
「『ゴーレム』って…魔人族の国にいるあれか、石のでっかい人形みたいなやつ…?」
俺とメルは聞き馴染みのない言葉に首を傾げたが、ヴォルフとレイさんは知っているらしい。
「さっすがレイさん~~大正解~!!とりあえず今日は~野菜畑と~薬草畑をいくつか完成させることが目標かな~~?」
『つくれるよ~~』と、ロロはヴォルフに向かって自信満々に親指を立てた。
「だから~ヴォルフはボクと一緒にゴーレムをいっぱい作ろうね~~!」
「面白そうじゃねーか!」
「それと~、メルメルとクロにはこの辺りの生態調査をお願いしたいな~~!」
「…わかった」
『まかしとけー!』
「リュカは~ぐるっと囲むカンジで塀を造ってもらっていい~?高さは3メートルくらいかな~?」
「了解、ロロ」
ロロは俺たちに向かってテキパキと指示を出していく。
「んじゃ、俺はメルたちに付いていくわ」
「ありがとレイさん~~!」
「…あ、ねぇロロ。ところであの大きな方の小屋…『研究所』では何をするの?」
早速散り散りになりかけたところで、気になっていた事をロロに訊ねた。
「えっとね~、とりあえずは『ポーション』を造ることが目的だね~!」
「『ポーション』?」
これまた聞かぬ言葉だ。
「いわゆる”癒しの石”みたいな回復アイテムのことだね~!癒しの石を安く売ってたら~ノウス国から抗議がきちゃってさ~なはは~~!」
「そりゃそうだろうな…」
あっけらかんとしているロロとは対照的に、レイさんは器用に片眉を上げた。
確かに、完成度の高い模造品を造られてしまったのでは癒しの石自体の価値が下がってしまう恐れがあるのは間違いない。それ程までにロロの技術は高いのだ。
「…あ、忘れてた~~!」
ロロが突然、ポンっと手を叩く。
「…今回の報酬はね~~なんと〜【瞬間移動錬成陣】なのだ~~~!!!」
ロロは声高に言い放つと、【魔法のかばん】から二枚の”紙”を取り出した。
「それってもしかしてこの前の……」
俺には紙に描かれた”模様”に見覚えがあった。
「そうそう~!師匠の家に行ったときに使ったヤツの簡易版だね~~!」
「えっ、色々と大丈夫なの…?」
あの時は扉に直接描かれていた。というか、門外不出の技術だと言っていた気がするのだが…
「師匠にちゃーんと許可をとったよ~!リュカが【鍵】と【遮蔽】を掛けてくれれば問題ないって~~!」
「そうなの?」
持ち主しか使えないように【鍵】と【遮蔽】を掛ければ良いのだろうか。それとも俺たち三人と、あとレイさんと…
「…リュカはボクの自慢の弟子だけど~、また”あんな事”が起きないとも限らないからね~~」
ロロは俺にだけ聞こえる声で困ったように呟いた。
ロロが言う”あんな事”が十中八九バレアス島の事を指しているのは間違いないだろう。確かに、”首謀者たち”は誰一人捕まっていない。ただ、奴らに俺がまた狙われる理由はない気がするが、用心しておく事に越したことはない。
「片方の錬成陣を壊すと消えちゃうからね~?あとでちゃんとお駄賃もあげるから安心してね~!」
「え、俺の分は?」
「あっ、忘れてた~~!」
ロロの隣でレイさんが大袈裟に肩を落とす。いつもならその場で造りそうなものだが、ロロですら簡単に造れる代物ではないらしい。
「マジか………」
「……さすがリュカのお師匠…」
ヴォルフとメルが爛々とした目でロロを見つめていた。
俺たちは【瞬間移動錬成陣】をロロから一組ずつ受け取ると、それぞれの【魔法のかばん】に大切にしまった。これを使う時が来ないことを願うばかりだが、出来れば幸運な状況で使いたいものだ。
錬成陣に触れた時に頭の中にふと錬成式が浮かんだが、俺はひとまず視ないふりをしたのだった。
*
「ゴーレム造り気になるな…」
…しかし、俺は塀造りをせねば。
ロロとヴォルフのやり取りに後ろ髪を引かれつつ、王宮測量士が引いてくれたであろう【消えない線】を辿ると縦1000メートル、横1000メートルほど距離がある事が解る。つまり面積で言うと1平方キロメートルはある事になる。田畑の一区画は大体20メートル×50メートルなので……ともかく、好きなだけ田畑を作ることが出来るのは間違いない。
ロロがこの敷地全てを農地にするつもりなのかは解らないが、領主が一人でどうこうするにはどう考えても広過ぎる。洪水によって木もなぎ倒されてしまったようでここ一帯は見渡す限りの草原だ。少し植林しても良い気がするし、なんなら酪農も出来そうだ。しかし、ゴーレムに牛やヤギの世話が出来るのだろうか…
「…まずは塀造りだな」
ロロに依ると付近のテムズ川の氾濫によって1メートルほど家が浸かったらしい。なので、念の為に3メートルの高さに設定したのだろう。
となると、素材は何が良いだろうか。レンガは耐久性や対候性にも優れているが、強度にやや不安が残る。他方で石はこう泥で隙間を埋めて積み上げていくので、横からの力、つまり耐震性に乏しい…
結局悩んだ俺は、『ロマンコンクリート』で塀を造る事にした。材料は、火山灰、石灰、火山岩、海水だ。自然界で手に入れ易いこれらの材料を混ぜ合わせることで、強固な壁を作る事が出来るのだと聞いたことがある。加えて、更に強度をあげる条件を錬成式に組み込めば完璧だろう。
俺は気合を入れると、人差し指を口元に寄せた。
「…【ロマンコンクリート】の【塀】を我が手に」
まずは幅一メートル、高さ三メートル、長さ五メートルの塀がなんなく出現する。
「これを基本の型にして、門のスペースも考慮して……あと791個か……」
自分の言葉に途方の無さを感じたが、距離としては四キロメートル。訓練走なら大した距離ではないと自分に言い聞かせる。俺は短く息を吐くと、全身の氣力を活性化させた。
そして、一時間半後__
「…腹が減った」
地面にゆっくり腰を下ろすと、【魔法のかばん】からサンドイッチを取り出した。
俺は無事、約800個の塀を完成させた。始めはポツンと小屋が二つ建っているだけだったが、堅牢な壁に囲まれた領地は中々に圧巻だ。俺は少しぼんやりとする頭で塀を見渡した。
ただ、塀の周囲の日陰具合が気になる。採光用に飾り窓を設けても良いかもしれないが、まぁ、後でロロと相談すれば良いか。
「…よっと、」
サンドイッチをのんびりと食べ終えると、やや重めの腰を持ち上げる。
あとは、門だ。鍵は領主のロロに造って貰う事にして、扉の素材は鉄、木材、石……どれが良いだろう。門塔風にしてみると、雄々しい塀と相まって風情があって良いと思う。
そう思い立つが否や、俺はまずは塀よりも高さのある側塔を扉の両側に錬成する。そして、アーチ形にくり抜いたロマンコンクリート造りの壁を結合させた。そして、壁に”レニエス男爵領”と彫られた金の門標を埋め込めば、ひとまず完成だ。
道が整備されている訳でもないこんな外れの土地に来る者もいないだろうが、いきなり現れた『石の要塞』を不審に思う者もいるかもしれない。なので、最後は中が見える意匠の鉄の門扉を設置する事にした。
「なかなか良い感じじゃないか?」
まるでいっぱしの城門だ。この中に城があっても何らおかしくない。俺は満足気に頷くと、残りの南門、西門、北門を設置しに意気揚々と向かったのだった。
「さっすがリュカ~~!!これなら2000年ぐらいもつね~~!!」
ロロが嬉しそうに北門の側塔をパシパシと叩く。
ロロが途方も無い事を言っているが、洪水程度の衝撃ならば問題ないのは確かだ。魔法攻撃や物理攻撃を直接し掛けられない限りはある程度持ち堪えるだろう。
「…で、ゴーレム造りの方はどうなの?」
俺はワクワクしながら周囲を見渡した。
「いい感じだよ~!主成分は鉄と金を混ぜて”合金”にしてみた~!」
「合金なら錆び難いし、石よりも軽いね」
「そうなんだよ~!畑を踏みつぶされたら困っちゃうからね~~」
「確かにそうだね」
「…このコはボクが造った【耕すクン一号】で~、あっちで作業してるのがその兄弟たちだよ~!」
ガシャンガシャンと音を立てながら、【耕すクン一号】は俺の前で停止する。背丈はレイさんぐらいだろうか。緑のガラス玉が二つ填められた頭部と、胸部、腹部、そして、少し長めの上肢と少し短めの下肢が何とも言えず愛らしい。
奥にいるゴーレムたちに目を移せば、鍬を振り上げせっせと土を耕している。またあるゴーレムは、肥料を投入し、畝を作っていく。連携の取れた見事な動きだ。
「ロロ、触っても良い?」
「もっちろ~ん!」
再び【耕すクン一号】に視線を戻した俺は逸る気持ちを抑えつつ、【鑑定鏡】を装着し無言で佇む【耕すクン】のヒンヤリとした硬い腕にそっと触れた。
「…なるほど」
どうやら、ゴーレムの胸には『核』が、つまり、ロロの氣力を込めた”錬成石”が埋め込まれているようだ。これが動力源となり、あとは錬成式に素材と細やかな条件が何層にも渡り組み込まれていた。
「”自動系”錬成物の精度は~とくに術者の氣力によるところが大きいからね~~」
『何年ぐらいもってくれるかな~』と、ウキウキとした様子でロロが言う。
錬成石が手に入れば俺にもゴーレムが造れそうだ。錬成石は魔人族の国で採れる魔石とは異なり、この国で手に入れる事が出来る。ただしその場所については俺も詳しくは知らない。
「…そう言えば、ヴォルフは?」
ロロと一緒にゴーレム造りを任されていた友の姿が見えない事に今更気付く。
「ヴォルフはあっちにいるよ~~」
ロロが指をさした方に目を向けると、大きい方の小屋の陰にヴォルフの姿を見つける。
「【耕すクン】とは違うゴーレムがいるね」
【耕すクン】の色はシルバーだ。しかしヴォルフの周りにいるゴーレムたちはそれぞれに色がついていた。
「あのコたちは~ボクとヴォルフの合作の『警備用ゴーレムちゃん』なのさ~~!!」
「なるほど、警備用か。通りで【耕すクン】よりも大きい訳だ」
赤いゴーレムαは【火属性】、青いゴーレムβは【水属性】、茶色ゴーレムγは【土属性】、緑のゴーレムはδ【風属性】、黄色のゴーレムεは【雷属性】なのだという。
ロロが造った【合金ゴーレム】を元にして、ヴォルフが魔法を込めた『魔石』がそれぞれに埋め込まれている。基本的には物理攻撃が第一選択のようだが、いざという時に魔法を使えるようにしたらしい。よもや戦争でも始めそうな準備だと俺が言えば、魔人族ではそのように使われている事が殆どなのだとロロは教えてくれた。
「今はね~『成長促進』の”魔法陣”を考えてくれてる~~」
「魔法陣?」
ヴォルフは魔法は得意だが、魔法陣についてはからっきしだと言っていた気がするのだが…
「ダイジョブダイジョブ~~『今日から君も魔法陣の達人☆』あげたし~!ヴォルフだし~~!!」
「随分と俗っぽい題名の本だね…」
「なんでも~魔人族の国ですっごい売れてるらしいよ~~?」
「へぇー…」
魔法書を出すくらいだ、研究者であることは間違いない。しかし、一体どんな著者なのだろう。本の中身もさることながら、それと同じくらい著者の人柄が気になる。
「…さーて~、ボクたちも次のお仕事だよ~~!!」
ロロは突然奇妙な細長い棒を二本【魔法のかばん】から勢い良く取り出した。
「え、何それ?」
「ふふふ~…これはね~【ダウジング・ロッド】なんだよね~~!!」
「ふむ?」
ロロ曰く、この直角に曲がった棒を操作する事で地下水脈を探し出すことが出来るのだという。見るが早いとロロがロッドを胸の前で構え前後左右に動かし始めたが、なるほど、中々に地道な作業のようだ。
しかし、見守ること数分。
「はわわ~~~!!」
「!!」
ダウンジング・ロッドの先端が、くるくると回転し始めたではないか。ロッドの反応を注意深く観察していると、どうやら領地の左上の辺りで最も激しく回転している。
「この地下に水脈があるってこと?」
「そうみたい~~!川も海も近いから~ゼッタイあると思ったんだよね~~!」
「じゃあ、まずは溜め池を作らなきゃね」
「あ、ボク良いもの造ったの~~!」
そう言うとロロはポケットの中から小さな黒い球状のものを取り出し、俺の手の上にそれを乗せた。
「…【ロロ特性掘削ボム】?」
「そ~~!先端の紐に火をつけると~、10秒後にバクハツするんだ~~!!」
なるほど、威力の程は解らないが、ロロを見ればダイジョブ~~と言っているから、きっと大丈夫なのだろう。俺も少し疲れてきたし、考えることを放棄してさっさと紐に着火した。
「逃げろ~~~!!」
ロロが俺の手を引いてパタパタと走り出す。
そして、
――――ボンッッ!!!!!
結構な衝撃波が俺たちを襲う。ロロが取り出したオリハルコンの盾が無ければ、ちょっと吹っ飛んでいたかもしれない…。
「どうかなどうかな~~?」
「…あ、穴はちょうど良さそうだね」
先ほどボムを置いた場所に戻ってみると、なんとも立派な穴が出来上がっているではないか。深さは俺の身長程度だろうか、縦横の長さは10メートルはありそうだ。うーん、さすがロロという他ない。
「…おい、なんだ今の音は?!」
すると、寝惚け眼のニヴラが小屋の中から飛び出してきた。姿が見えないと思えば、コイツ小屋の中で昼寝していたのか。俺はパタパタと浮いているニヴラを捕まえると、そっと抱きしめた。
「さぁ、ニヴラもお仕事ですよー」
「…はぁ?」
「見たいなぁ、ニヴラの『ドラゴンブレス』」
「えっっ、見たい〜〜…!!!」
ロロの大きな眼鏡が、心なしか輝いて見える。
「ぐぬぬ…」
ニヴラが恨めしげに俺を見上げてくるが、俺は素知らぬ顔で目を逸らした。
『何故我輩がそんなことをせねばならぬのだ!』とか思ってそうだが、この状況でそんな事を言えばロロが落胆するだろうことが目に見えている。ニヴラとしてはその状況にも腹が立つに決まっている。
『ドラゴンブレス』とは竜騎士が乗るワイバーンがやるあれだ。空気の塊を思いっきりぶつける【風魔法】みたいな攻撃だ。
俺は今、無性にあれが見たかった。
「……小僧貴様…覚えておけよ…?!」
ニヴラは早々に観念したらしい。俺の腕を振り解くと宙に飛び出した。
「この穴の下に地下水脈があるんです、そこに到達する威力でお願いします!」
俺の説明を聞いているのかいないのか。ニヴラは更に顔を歪めてから、口をパカッと開ける。すると、次第に風の粒、いや、”光の粒”が、ニヴラの口元に集約していく。
…はて、ワイバーンの『ドラゴンブレス』はこんな感じだっただろうか。もっとこう、空気を目いっぱい吸い込んで、一気に吐き出すような大技で…
首を傾げる俺などお構いなしに、光の粒はやがて”光の塊”と相成る。するとそれをいきなりニヴラは目にも止まらぬ速度で吹き飛ばした。
―――ドオオオオオオオンッッ!!!!!!
轟音と共に、先程のボムの倍以上の衝撃波が俺たちを襲う。俺とロロは咄嗟に地に伏せる事で何とかそれをやり過ごす。
―――――ゴゴゴゴゴゴ.....
今度は、地中から何かがせり上がってくるような振動が一帯に響き渡る。
そして次の瞬間、
――ドンッッッッッ!!!!!!
突き上げるような衝撃と共に、”何もの”かが空高く噴き出した。
「冷たっ…」
頬にあたるそれは、間違いなく『水』だ。ニヴラは俺の注文通りに地下水脈を当ててみせたのだった。
宙に浮かぶニヴラは小さなため息を一つつくと、さっさと小屋の中に戻っていった。あんな凄い技を披露しておいて自慢しないなんてちょっと格好良いじゃないか。俺は少しだけニヴラを見直した。
「ニヴラさますっごーーい~~~!!!」
「…さっきから何してんだよ…って、池が出来てんじゃねーか!!」
水柱の勢いが段々と弱まってくる。池の水は今は濁っているが、時間が経てば透き通るだろう。出来たばかりの溜め池の傍でロロが喜びの舞をしていると、ヴォルフが慌ててやって来た。
「…ロロが水脈を発見して、ニヴラがそれを掘り当ててくれたんだ」
「揃いもそろって規格外だな…」
俺もそう思うので頷いておいた。水脈なんてこうも簡単に掘り当てられるものじゃないのだ普通は。
今回は運も良かったのだろう。
「それで、魔法陣の方はどうなの?」
「おう。もういけるぜ」
ヴォルフはロロに貰った本を片手に自信ありげに笑った。
「え~なになに~~?!」
これもまた術者に依るところだが、魔法陣は壊されない限りその力が半永久的に発動される。ヴォルフの膨大な魔力量ならば素晴らしい魔法陣が出来るに違いない。喜びの舞を踊り終えたらしいロロが俺たちの傍にやって来た。
「…この石板に魔法陣を刻む」
どうやらヴォルフは、基本型の【火炎魔法】と【光魔法】を組み合わせるようだ。野菜は温度や光を調節することで促成栽培が可能になるので理に適っているが、後はその火力の加減だろう。
ロロと何やら話し込んでいたヴォルフが、口元に人差し指を寄せた。
「【魔を司りし神の名は…】」
ヴォルフは詠唱をしつつ魔法陣を描いていく。不思議な幾何学模様だ。そしてそれらの線が繋がるとき、一瞬魔法陣が輝いて見えた気がした。
【耕すクン】たちがせっせと耕してくれた畑は今のところ全部で8つだ。魔法陣があるなしでどの程度差が出るか知りたいとロロが言ったので、4つの畑の四隅にだけ魔法陣が描かれた石板を埋めた。
その後俺たちは、新たなゴーレムである【植えるクン一号】と共に、ナス、ピーマン、トマト、トウモロコシの種をそれぞれの畑に植えたのだった。
「うまく育ったらテオさんに買い取ってもらうんだ~~!」
「それは良いアイデアだね」
ロロは商売にあまり向いていないので、信頼できる人に任せた方が良いだろう。
俺はロロの話に頷きつつ、【水やりクン一号】の後ろ姿を眺めていた。【水やりクン】が巨大なジョウロを手に溜め池に向かって歩いていく姿は殊の外あいらしく、俺の疲れが少しだけ癒されたように感じた。
*
気付けば、空は橙色に染まり始めている。
薬草畑まで何とか作り終えた俺たちは、小さな小屋の前に来ていた。
「さすがに疲れたわ~」
俺の隣でヴォルフが目いっぱい背伸びをする。
「そうだね。体は元気なんだけど…」
俺も首をコキコキと鳴らした。
「二人ともお疲れさま~~!!今日はボクの『別荘』に泊まっていってね~~!!」
ロロは元気いっぱいにそう言うと、小さな小屋に向かって手をかざした。
「まずは【分解】して~~…」
次の瞬間、小さな小屋が”砂塵化”する。これは、錬成物を自然に還す工程だ。
小屋の中にいたニヴラは慌てて俺の肩に飛んできたが、ニヴラがぎょっとしていたのが少しだけ可哀そうであり、可愛らしくもあった。
「…そして~、【マシュマロ・ツリーハウス】を我が手に~~!!」
ロロが唱え終えるや否や、突如として三本の巨大な大木と共に、何ともあいらしい小屋が木々の間に姿を現した。
「むふふ~~カンペキ~~~~」
ロロが満足そうに腕を組んでいる。
「なんか、奇怪な形だな…」
「そう?お菓子みたいで、可愛らしいじゃないか」
丸みを帯びた白い壁に格子付きの大きな窓が填められ、その上には板チョコを合わせたようなとんがり屋根がちょこんと乗せられていた。
ロロの後ろに続いて螺旋の階段を上ると、ツリー・ハウスの入り口だ。扉も丸っこくてかわいらしい。
扉を開けると、まずは台所付きの広々とした居間が広がる。そして、居間を通り抜けると廊下に突き当たる。そこには三つの扉があり、更に廊下を曲がった先には浴室と厠があった。
「ここがボクとニヴラさまの部屋~~!」
一番奥の扉を見れば、”roro's room”と彫られた花柄のプレートが掲げられている。後の二部屋は客間ということらしい。
「あのね~~、ごめんだけど~、相部屋なの~…」
『これ以上部屋を増やしちゃうとカワイクないんだよね~』とロロはひとり力強く頷いている。いわゆる、”造形美”というやつだろう。まぁ、解らないでもない。
「屋根裏もあるし、全く問題ないよ」
何なら、俺たちは三人で一部屋を使って、レイさんが一人で部屋を使えば良い。一人ずつベッドがあるだけで十二分だ。
「……あ、ポムスさんの部屋はどうしよう…」
俺はひょろっとした長躯の男の存在を急に思い出す。
「『研究棟』にも仮眠室があるからダイジョブ~~!」
「それは良かった」
「あと、隣に『執務棟』も造らないとね」
ロロはもう貴族の一員だ。いつ何時来賓があるとも限らない。
「そのうち~~」
これに関してはロロはあまり乗り気じゃなかった。
「戻ったぞーーって、何だこの小屋は…?!」
レイさんが戸惑う声が、下から聞こえてくる。
「あ~~お帰り~~!!」
ロロは窓を開け放つと、レイさんたちに向かってぶんぶんと手を振った。
「…どうでしたか?」
レイさんもメルも自分の背丈以上はありそうな魔牛を担いでいるし、クロの全身も土で汚れていた。これで新築のツリー・ハウスに入るのは憚られる。なので俺たちも再び地上に降りてきていた。
「こいつと、魔猪と魔狐くらいだな。あとは魔兎を見かけた」
「ナルホド~~」
ツィアーノ近郊の畑のような魔鼬の大量発生は見られなかったようだ。とはいえ、塀の中に畑が出来たことで魔獣が増えていく可能性は大いにある。
「あと、テムズ川の畔に慰霊碑があったから花を手向けておいた。白いカーネーションの花輪はお前か?」
「うん、そだよ~~!レイさんもありがとね~~!!」
代々のランス辺境伯によって治水工事が進められた事で、この地はようやく水害に打ち克つに至った。
依然として見渡す限りの草原が広がってはいるが、かつては『カヤック村』の他にあと二つ村があったらしい。きっとそれらの跡地も、ランス辺境伯領へ譲渡される日は近いだろう。
「…ごはん」
メルの口から今にも涎が零れ落ちそうだ。メルは担いでいた魔牛を地面に置いた。
「ははは…手伝うよ、メル」
血抜きは既に済ませているようだった。メルが慣れた手付きで魔牛を解体していくので、俺は切り取られた部位を小さいブロックにカットしていく。
「それ今日のゴハン~~?!」
「…うん。みんなで食べよ」
ロロは【魔法のかばん】の中に魔牛のブロックをいくつか入れる。そして、今晩の献立は『魔牛のステーキと魔牛シチュー』だと言った。それを聞いたメルとニヴラとクロは大喜びだ。
「…ボクは晩御飯の用意しちゃうから~、みんなは先におフロどうぞ~~!」
そう言うが否や、ロロは螺旋階段を上っていく。
「…うおっ、立派なもんじゃねぇか!」
いつの間にかツリー・ハウスの隣に【露天風呂小屋】が造られているではないか。水は隣の溜め池から引き、水管に埋め込まれた【発火石】を通過することで湯が出来る『加熱方式』のようだ。加えて、小屋を囲むように植えられたモミジの木が何とも良い味を出していた。
魔牛解体の後片付けを済ませた俺たちは、お言葉に甘えてみんなで風呂を頂く事にしたのだった。
*
春の夜風が気持ち良い。
洗い場で体を流し終えた俺とクロも、岩造りの湯船に浸かった。ニヴラはレイさんに洗って貰っていたので先に湯船に浸かっている。
皆で風呂に入る事など今までなかったので、脱衣所では少しバタついた。愛らしい顔の割にメルの体はかなり出来上がってるだとか、対してヴォルフの体は薄過ぎるだとか、やれレイさんの体が逞し過ぎるだとか。果ては、メルが俺の腹の傷痕に興味津々になってしまったり。
「…おいメル、泳ぐなっ」
珍しく髪が下りているレイさんがメルを捕まえる。髪を下すと途端に若返って見えるが、そんなことを言った日には『武勇伝』が始まりそうなので、俺は寸でのところで口を噤んだ。
六人で入っても狭くは感じさせない広さがあるので、メルひとりの時ならば泳げるだろう。
「露天風呂サイコーかよ…」
おじさんが言いそうな事をヴォルフが言っているのが少し笑える。目の合ったヴォルフに睨まれたが。
「…そう言えば、ナハロ村の『裏山温泉宿計画』はどうなったの?」
きっとそこにも露天風呂が作られるに違いない。
「宿の図面は完成したみたいだけど、建築業者の選定に悩んでるみたいだな」
「そっか。僕に手伝える事があったら言ってね」
「おぉ。テオさんが喜ぶわ」
もうすぐ俺がリュカになって一年が経つが、俺たちも、俺たちの周りも、少しずつ変わってきている。ロロなんて貴族になってしまった。俺も弟子として振る舞いを変えるべきなのだろうか…
「…うーむ?」
「何だ、どうしたリュカ」
こういった事は経験がないので俺にはさっぱり解らない。俺は頼れる大人であるレイさんに聞いてみることにした。
「…別にお前はロロの侍従でも使用人でもねぇからなぁ」
「それはそうなんですよね」
「ま、ロロの方は色々とやる事が増えるだろうな。領主は民が納めた税金の半分を国へ納める事になっているから、ロロもこれからは総収入の半分を国へ上納しなければならねぇ」
「貴族も大変なんですね…」
「…めんどい」
いつの間にか隣にきていたメルが訳知り顔で頷いている。つい忘れがちだが、メルはれっきとした辺境伯の子息なんだよな…
「何にせよ、ここがロロにしか作れない領地になるのは確かじゃね?」
「それはそうだね」
俺はヴォルフの言葉に力強く頷いた。
「…やぁやぁ。俺も入れておくれ」
抑揚のない男の声が、こちらに近付いてくる。
「おお、ポムス。酒は?」
「残念。酒は買ったものに限る」
長い前髪の下で、ポムスがクスリと笑った。
空には春の星空が広がっている。
贅沢なこのひと時を、俺は仲間たちと共に楽しんだのだった。




