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42 遠出 その①

「雨も見飽きたな…」



 新緑の季節が終わりをつげ、窓の外では恵みの雨が降り続いている。近頃は晴天をめっきり見なくなった。



 今は昼下がりの午後で、俺は久し振りにロロの雑貨店の店番をしている。ロロはというと、ゴーレムの様子を見に領地へ出掛けていた。天気が悪いこともあって客足は殆どなく、パチパチと雨が窓に当たる音だけが店内に響いていた。



 

「…いいなぁ~」


 ふとカウンターの下を見ると、【レイフウキ】の前を陣取るクロが、丸くなって気持ち良さそうに眠っている。ニヴラの方も、クロの腹にぴっとりと体をくっ付けて静かに寝息を立てている。


 

 気になっていた歴史書を読もうと開いても一向に読む気にならないし、コーヒーを飲んでもまったく目が覚めない。


 

 睡魔に抗うことを諦めた俺が、ウトウトとしてきた、その時だった。




 ―バンッッ!!!!



「?!」


 入口の扉が勢いよく開けられると同時に、フードを深く被った人物が店に飛び込んできたではないか。


 そして、



「兄上!!!!」



  

「………はい?」


 声は、若い男だ。青年が俺の方を見ながら、何故か『兄上!』と叫んだ。

 



「ここに兄上がいる事は解っているのです!!兄上はどちらでしょうか?!」


「えっ?!」


 カウンターに詰め寄る彼が必死なことだけは伝わってくるが、話が一向に見えてこない。もちろん店内にお客はいないし、リュカに弟などいないし……




「…ちなみに、お兄さんの名前は何ですか?」



「『ニヴルラヘイム』です!!!」



「!!!」


 それって、ニヴラの本名じゃないか。そう言えばニヴラは”擬人化”出来るなどと自慢気に言っていた。という事は、この青年も竜……


 どうしたものかと思いつつ、俺がちらっとカウンターの下を覗くとニヴラとぱっちり目が合う。



「……」

「……」


 …いや、出てこないのかよ!



「あっ!そこに匿っているのですね?!」


「え、あ、ちょっと…?!」


 青年の剣幕は凄まじいものがあった。俺の手ぬるい制止などものともせず、青年が軽々とカウンターを飛び越えようと手を掛け...




「喧しいわ『アルノラド』!!!」



「あ、兄上!!!」



 ニヴラは不機嫌さを少しも隠すことなく、カウンターからニョキっと顔を出した。青年はニヴラを見るなりフードをさっと取り払うと、サファイア色の煌めく髪と共にあどけなさの残る端正な顔を覗かせた。

 


『えっ、なになに?!』

 クロがここにきてやっと目を覚ましたようだ。周囲をキョロキョロと見渡している。




「何故ここへ来た。アルノラド」


 ニヴラはゆっくりとカウンターの上に着地すると、目の前の青年を睨み付けた。



「…っ、…ニヴルラヘイム大兄が文を返して下さらないからで御座います…!!」


 


「我輩は自由の身だ。とやかく言われる筋合いもない」


「現竜王が床に臥せられてもう一月が経つのですよ?!」



「……」

 …二人の温度が違い過ぎやしないだろうか。それに今、『竜王』という言葉が聞こえた気が… 




「万死の床に臥している訳ではあるまい」


「それはっ、エルフ族の聖女が尽力しているからであって…!!」



「…ちょーっと待って下さい!どうぞ裏でゆっくりお話をなさってください」


 間違いなく只事ではない話が展開されている。一応ここは店頭だ、アルノラドを居住スペースの方へ案内しようとしたのだが…



「こ奴と話すこと等ない」

「え、でも…」


 ニヴラはこう言っていても、アルノラドの差し迫った顔を見れば一目瞭然だ。二人は兄弟なのではないのか。何故こんなにも思いの程が違うのだろうか。



「この通りです『先王』……どうか、一度だけ国へお戻り頂けませんでしょうか…?先王の御力が必要なので御座います……」


 アルノラドが床に膝をつき必死に懇願する。しかし、ニヴラは黙って見下ろすばかりだ。 




「……ゾグラティス兄上…いえ、『ゾグラティス国王補佐』は聞く耳を持ちませんが、僕は”悪魔”の仕業だと考えております」


 ニヴラが、ぴくりと反応する。



「聞けば、ヴィゾフニルの王(レーヴァテイン)の御子を攫ったのも、悪魔の仕業だというではありませんか。これが全くの偶然だと、言い切れますでしょうか…?!」


「ならば、現竜王と悪魔が接触した証拠はあるのか」


「…証拠は、御座いません。ですが僕はっ………どうしても……嫌な予感が拭えないのです……!」




『ニヴラー。おこってるのかー?』


「怒ってなどいない」


 二人の言い合いを黙って聞いていたクロが、カウンターからひょっこり顔を出す。



「も、もしや、フェンリルのご子孫様ですか?!」


『そうだぞ、クロでいいぞ!』


 さすがは竜というところか。アルノラドは【鑑定(アナライズ)】も無しにクロの正体を理解したようだ。



『アルにいちゃんは、ニヴラにたすけてほしいんだよな?』

「……はいっ」



『でも、ニヴラはたすけたくないのか?』

「そういう訳ではない」



『???』


 クロが首を傾げていてとても可愛い………じゃなくて、クロはニヴラの言葉の裏にある気持ちを計りかねているようだ。勿論俺にもニヴラの気持ちなど解らないのだが。


 ただきっと、ニヴラにも思うところがあるのだ。いつもより幾分意固地な気はするが、ニヴラは理由も無しに弟の願いを無下にするような男ではない。



「…もしや、そちらの方が付けているのは、『フェンリル王の証』で御座いますか…?!」


 アルノラドが俺の左耳の耳飾り(黒い宝石のイヤーカフ)に気が付いたようだ。……というか、『フェンリル王の証』って何だ。そんな言葉初めて聞いたぞ。



『そうだぞ!いちおうオレがおうさまだけど、リュカはオレのあるじだからな!』


「リュカの事はクロの『王兄』とでも思っておけ」


「なるほど、承知いたしました!」


 アルノラドがキラキラとした目で俺を見始めたではないか。この耳飾りを何故か【鑑定鏡】で見たことはないが、やっぱり余程の物らしい。粗雑に扱った覚えもないが少しだけ背筋が震えた。



「…というか、クロって王様だったの…?」

『あれ?いってなかった?』


 フェンリルの子孫で、魔狼…いや、”霊獣狼”の王…?そう言えば、クロの親って何処にいるんだ?裏山で会った狼たちは一体誰だったんだ…?


 クロと話せなかったが故に、俺はこれまでクロに尋ねようともしなかった。今となって次から次へと疑問が溢れてきたが、俺は頭を振ると、ぎこちない竜の兄弟に視線を戻したのだった。



    *


「…えっ?!お二方に何も話しておられないのですか…?!」


 アルノラドがアイスティーを慌てて机に置く。


「ふん。我輩が誰であろうと、こ奴らとの関係に支障はない」



 ロロには悪いが、店はクローズにさせて貰った。俺とクロは強引にニヴラを奥へと押し込み、恐縮するアルノラドをダイニングチェアに座らせた。



「…先程は取り乱してしまって申し訳ありませんでした!僕はアルノラド、現竜王家の末子です」

 アルノラドは俺たちに向かって何度も頭を下げた。



「ニヴルラヘイム大兄は現竜王家の長子であると同時に、先王でもいらっしゃるのです。現竜王には次兄の『クルヌギア』がその座についております」



「『先王』…ですか……ニヴラは常々偉そうだと思っていましたが、本当に偉かったんですね…」

「もっと普通に敬えぬのかお前は!!」



「偉いなんてもんじゃありません!ニヴルラヘイム大兄はそれはそれはお強く、稀代の賢王で」


「やめておけ。こ奴は『ワイバーン』と『竜』の違いも解らぬような奴だぞ」

「え、」



「ええっ、そうなのですか?」

「あ、なんか…すみません……」


 ……ワイバーンと竜って一緒じゃないのか?……ちょっと待ってくれ、凄く居た堪れないのだが。



「いえ、人族からすればそうなのかもしれませんね」

 アルノラドは玉を転がすように笑った。



 アルノラドに依れば、竜族には三種類あるのだという。一つ目が俺たちがワイバーンと呼ぶ『飛竜』だ。竜騎士が乗るのもこの飛竜ということになる。前足が翼になっていて、後ろ足が二本ある。寿命は500年程で、竜族の中では低位に位置され最多数種となっている。


 二つ目は『(ドラゴン)』で、四つの足に加えて翼を持つ種類だ。寿命は1000年程らしく、竜族の中では中位に位置される。火竜、水竜、風竜などの属性がある。


 三つめが、現竜王家を筆頭とする『古代竜』だ。古代竜は四霊獣ニーズヘッグの末裔であり、寿命は2000年程だという。竜族の中では希少種であると共に最高位であり、唯一擬人化することが出来る。



「『古代竜』って、本当に存在していたんですね。伝説なのかと思っていました」


「純粋な古代竜は、我ら現竜王家といくつかの家だけですからね、無理からぬことです」



「確か…飛竜には様々な体色がありましたが、古代竜は皆青い鱗に…金色の瞳なのですか?」


「そうですね。古代竜の鱗は基本的には青系統ですが、瞳の色は様々です。中でもニヴルラヘイム大兄の瞳の色は特別なのです!」

 誇らし気にそう話すアルノラドの瞳は、美しいピンクゴールドだった。




「……あの大変失礼ですが、リュカ様はおいくつでいらっしゃるのですか…?人族の方の年齢は、僕たちには解り難くて…」


「そうなんですね。僕は7つです。人族の成人は16ですので、まだまだ子どもです」

 因みにアルノラドの姿は人間でいうところの13、4歳くらいに見える。



「なんと…!!お若いだろうとは思っていましたが…!」


「アルノラド様はおいくつでいらっしゃるのですか?」



「成竜して200年程経ちましたので、僕は500歳ほどでしょうか。ニヴルラヘイム大兄は800歳くらいだと思いますよ」


「そうなんですね…」


 言っている事は理解できるが、規格が違い過ぎて良く解らない。竜族の歴史は一体どうなっているんだろうか。



『こだいりゅうってすっげーながいきなんだなぁ!』


「本当にね。クロなんてまだ2歳なのに…」



『それはじんぞくのかぞえどしだろ?おれは19さいだぞ!』


「えぇぇぇぇぇ……?!」


 ……ちょ、ちょっと待ってくれ。確かに犬の歳の数え方は人のそれとは違うと聞いていたが……19だと?ロロと同じくらい……それだとまた意味が違うような…


 


「脱線し過ぎだ馬鹿者どもがーーー!!!」




「も、申し訳ありません大兄!!!」


「そんなに怒らなくても良いじゃないですかニヴラ。さてはお腹が減ったんですか?」

 

 とは言え、随分話し込んでしまった感はある。壁時計を見れば、短い針は”6を指していた。




「なんと、それは失礼致しました!料理長に声を、」


「そんな者はこの家におらぬ」


「で、では、大兄のお食事は一体どなたが…?」

 

 可哀そうな程に蒼褪めてしまったアルノラドは、正真正銘の王弟殿下だ。人族の庶民の暮らしなど知る由もないだろう。ニヴラも意気地が悪い。

 


「今日は不在ですが、いつもはこの家の者が用意してますのでご安心下さい」

「そ、そうなのですね…!」




「今日はロロもいないし、飯を食いに行くぞ!」

 そう言い出した途端、ニヴラがウキウキとし始める。



「あぁ、ベニスの食堂ですか?」

「そうだ。今日はお前の驕りだからなリュカ!」


「はいはい」



「『オゴリ』…?」


 そう言えば、竜族の文化では物々交換なのだったか。後でアルノラドにも説明してやるとしよう。




   *



 扉を開けた途端、焼けた肉の香ばしい匂いが俺の鼻を掠める。村一番の食堂は今日も賑わいを見せている。


 中央の丸い机では家族連れが食事を囲み、カウンター席で酒を酌み交わす男たちは楽し気に話をしている。店員たちは忙しく動いていたが、”看板娘”が俺たちに気付いてくれたようだ。



「あ、こんばんは。ベニス」


 俺の顔を見つけるなり食堂の看板娘はニコリと涼やかに微笑んだ。ベニスはルーシュとはまた違った美人で、くりっとした猫目と口元の右下のほくろが印象的な女の子だ。



「いらっしゃい。リュカと…」

 ベニスが少し言葉を詰まらせる。


 無理もない。俺の後ろには、フードを深く被った怪しい男が”二人”もいるのだから。



「…ゆっくり話が出来る席が良さそうかしらね?」


「助かるよ。ありがとう」


「いいえ」



 ルーシュの親友であるベニスはこう言った気遣いが自然に出来る子なので助かる。もう一人の親友であるターニャがこの場所にいたならば、根掘り葉掘り聞いてきたに違いない。



 俺たち4人を二階の個室へと案内してくれたベニスは、やや釣り目がちな瞳を伏せ『ごゆっくり』と微笑み去っていった。





「…何だリュカ、我輩の美しさがそんなに気に入ったのか」


 俺の前に座る”絶世”の美丈夫が、偉そうに鼻を鳴らす。



「いや、まぁ……驚いてはいます」



「ニヴルラヘイム大兄の眉目秀麗さは、留まることをしりませんからね!」

 アルノラドはまるで自分事のように誇らし気だった。



 背丈はレイさんやジェドよりも高く、組んだ脚が机に入りきらないのが何とも腹立たしい。煌めくサファイアの髪は今は一つに結ばれているが、結いを解けば腰まで届くほどだった。



 ニヴラが顔を動かせば、少し長めの前髪がさらりと流れる。豊かな睫毛に縁どられた金色の瞳が愉し気に細められ、筋の通った高い鼻の下で薄い唇が弧をえがいた。



「この姿は仮の姿だ。貴様よりも幼くなる事も、ゴル爺よりも歳を取る事も、容易い」


「それは、『竜魔法』というものですか?」

「そうだ」


 先日の『ドラゴンブレス』も”竜魔法”だったという訳か。ニヴラが元の大きさに戻ったら威力はどうなってしまうのだろう。それに、魔人族が使う魔法と違いがあるのだろうか…




「……これが人族の食事…!!」


 アルノラドの興味は自慢の兄の美しさからメニュー表に移ったらしい。正面に座るクロと一緒に料理の絵を食い入るように見ていた。



『じんぞくのメシうまいんだぞ!とくにやいたにく!』

「そうなのですね、それは楽しみです!」



 結局俺はチキンソテーと堅パンのセットを、クロは骨付き焼き鶏の大盛りで、ニヴラたちは魔牛のステーキ(上級)とシチュー・堅パンセットを注文したのだった。




「……それで、竜王様が倒れられた原因が悪魔の仕業だと思ったのは、どうしてなのですか?」  


「リュカ様は我々古代竜が”神に最も近い種族”と言われている事はご存じですか?」

 アルノラドはカトラリーを静かに置くと、上品に口元を拭った。



「…そうなのですか?勉強不足ですみません」


「あ、いえ、何が言いたいのかといいますと、神に近い存在が故に、一度『穢れ』てしまうと『浄化』するのに時間が掛かってしまうのです。ましてや竜王陛下を穢す事が出来る者など…」




「……悪魔の始祖である()()()しか考えられません」


「『悪魔王』……?」

 名前の通り悪魔の王なのだろうが、そんなものまで実在するというのか…?

 


「…悪魔王か。随分と久しい名だな」

 ニヴラがクスリと笑った。



『あくまおうってなんだ?わるいやつか?』


「…悪い奴です、恐ろしい程に……」

 アルノラドはぶるりと身を震わせた。



「…でも、何故悪魔王は竜王陛下を狙ったのでしょうか。敵対していた訳でもないですよね?」


「さぁな。奴の考えなど勘繰るだけ無駄だ」



「なっ、ニヴルラヘイム大兄は悪魔王と対峙したことがおありなのですか…?!」


「あれは我輩が竜王に成り立ての頃だ。無論、竜魔法で追い払ってやったがな」

 ニヴラは事も無げにそう言い捨てた。



「そう…なのですね……」

 

 すると、アルノラドは何かを考えるように押し黙った。




「…『悪魔王』はどんな姿形だったんですか?」


「初めのうちは侍従に化けておったが、去り際の顔は……そうだな、貴様のような平凡な面をしておった」


「なんだか意外ですね。相場では絶世の美男子でしょうに」


「くくく…人族は夢見がちだからな。まぁ、あれが本当に奴の面なのか確証はない」



 ニヴラが竜王に成ったのは今から500年前。ニヴラが300歳で成竜した時だという。父王から玉座を受け継いで間もなくではあったが、ニヴラの”心眼”はごまかせなかったようだ。



「【鑑定鏡】で僕にも視えるでしょうか?」


「魔法に長けた竜族でも気付く事は出来なかったが……」 

 

 ニヴラは、それ以上何も言わなかった。



 以前依頼で遭遇した”シェイプシフター”はあろうことか『アルト』の姿を真似てみせた。今思い出しても、見目はアルトそのものだったと思う。それでも、俺の心と体が全力であのアルトを否定した。あの時の確信を言語化する事は今でも難しい。


 悪魔王が()()()()の変化の術を使うのは間違いない。果たして俺に見破る事が出来るのだろうか…




 …そう言えば、『穢れ』によって現竜王は床に臥せているとアルノラドは言っていた。穢れとは自然現象的な一種の『毒』や『呪い』のようなモノだと考えられているが、悪魔は自在に『穢れ』を操ることが出来、あまつさえ、イメストラ(悪代官)のような『穢れし魂』に変えてしまうらしい。なんとはた迷惑で、恐ろしい奴らなのだろう。

 


「…エルフ族の聖女様が、竜王陛下を治療して下さってるんですよね」


「はい。口惜しいことに、穢れを取れるのは聖女だけですから……」



「はっ。聖女にも当たり外れが居るだろう」


「そ、それはそうですが……!今回の聖女はあの『エウラリア様』のお弟子様なのです、素晴らしい方ですよ?!」


「どうだかな」

 


 聖女様なんて俺たち庶民にとっては雲の上の存在だ。『神力』という特別な力を生まれながらに授けられた聖女様たちは、各国の王宮で丁重に扱われている。そして時折発生する『穢れ』を浄化して下さるのだ。




「それで……」


 すると突然、アルノラドが真剣な面持ちで兄を見た。




「ニヴルラヘイム先王は、僕と一緒に国へ来て下さいますか?」

 

 店に飛び込んできた時のような頼りなさはそこには無い。まさに一国の王弟殿下として強い覚悟を持ち、アルノラドは先王を見つめた。  

 



「………条件が三つある」


 ニヴラは小さな溜息をひとつ吐くと、アルノラドに向かって言い放つ。



「は、はいっ!!出来得ることならば、何なりと!」

 アルノラドの頬が興奮で赤く染まった。



「第一に、”こいつら”を連れていく」


 ニヴラの意外な言葉に、俺とクロは顔を見合わせた。



『ニヴラのいえにつれてってくれるのかー?!』


 クロは喜んでいるが、竜の住処はノウス国(エルフ族の国)だ。ナハロ村からレーヴァテイン(魔人族の国)の宮殿へ行くような、途方もない時間が掛かるのだが…

 


「お二人には是非ともお越し頂きたいくらいです!」

 


「第二に……おいリュカ。()()を出せ、古代竜の国など遠過ぎるわ」



「もしかして……」


 【瞬間移動錬成陣】の事を言っているのか?



「ちょっとニヴラ。ロロにちゃんと許可を取ったんですか……?」


 まさかこんなに早くあの陣を使う事になろうとは思わなかった。最良の選択だとは思うが、もう俺の手元を離れてしまうなんて寂し過ぎる。




「ふん。あ奴が我輩の願いを聞き入れない訳があるまい」


「……」


 …それは確かにそうかもしれない。


 寧ろ、『えぇぇ~っ??!!ニヴラさまの国に行きホウダイ~??!!』と、ロロが泣いて喜ぶ姿がありありと脳裏に浮かんだ。



 

「最後に、我輩が来たことを竜王以外に()()()漏らすな」


 これには、口を噤まざるを得なかった。


 ニヴラの表情はいつも通り偉そうで平然としていたが、美しい金の瞳だけはやけに静かだった。



「承知致しました大兄、約束は必ずお守りします。では大兄の事は"人族の医者"とでもしておきますか?」


「それで良い。おい、リュカ。我輩を"ゴル爺"にしろ」


「え、」


 …簡単に言ってくれるじゃないか。それに、何だその顔は。先日の意趣返しのつもりじゃあるまいな。

 

 

 俺は視線を落とすと、思考を巡らせた。


 

 出来ない事は、ない。但し、ニヴラに背丈を調節して貰う必要はある。触れられた時にばれてしまうからだ。それに匂いだ。俺にはゴル爺の匂いは解らない。



「うーん、見た目だけでも良いですか?」


「仕方あるまい」


 『まだまだだな』と言わんばかりのニヴラの顔は気に食わないが、実際その通りなので文句は言えない。


 俺は氣力を活性化させると、人差し指を口元に寄せた。


「…【幻影の首飾り】を、我が手に」


 ゴールドチェーンに繋がれた満月の飾りが、俺の掌の上できらりと輝く。



「出来ました。付けてみて下さい」


 ニヴラは無言で首飾りを受け取ると、迷う事なく首に回した。



「な、なんと………」


 アルノラドが口元を手で覆う。どうやら彼から見てもニヴラはゴル爺に成ったようだった。


「良さそうじゃのう」

 "ゴル爺"はいつものように大らかに笑った。


「声まで…!これでは誰も大兄だと気付かないでしょう…」



「さぁて、100年振りに我が故郷へ行くとしようかの」


 


 ヴィゾフニルの国の次は、ニーズヘッグの国か。四霊獣のうち既に三霊獣と出会ってしまった訳だ。



 『ソティラスがスレイプニル(霊獣馬)だったりして』などと頭を過ったが、そんなに都合良く続く理由もないか。


 欠伸をし始めたフェンリルの子孫を抱き寄せると、未だ見ぬ相棒の故郷を想像してみるのだった。


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