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38 休日 


 今日は年に一度の『祝祭日』。

 創造神によってこの大陸が創られたとされている日だ。


 今日は教会で創造神に感謝の祈りを捧げることから始まり、その後にバザーが行われる。

 バザーの後は、ナハロ村中の店がこぞって”祝いの品”を売り出す。


 元々の祝いの品とは、聖なる花であるヘレボルスをあしらったリースやキャンドル等のことであった。

 しかしこの場合の”祝いの品”とは、値段を割り引いた商品のことを指し、店側も買う側も幸せな気持ちで祝いの日を過ごそうという行事となっている。


 そして夜になると新年を祝う花火が打ち上げられる。冬の澄んだ空に打ち上げられる花火は、夏のそれよりもより鮮明に美しく見える。


 祝祭日の翌日は休日となるので、大人たちは夜通し飲み歩く。対して子どもたちは大人がいない夜を友だちと楽しむ、というのが慣例となっていた。


 


「こんにちはー」


 俺は今、クロを連れてゴル爺の家の前に来ていた。冬の冷たい風がびしばしと頬に当たる。


「おぉ、リュカか」

 ゴル爺がすぐに玄関から顔を出した。 



「ゴル爺こんにちは。ヨハンはいますか?」


「勿論おるぞ。…ヨハン!リュカが迎えに来たぞー!」


 ゴル爺が家の中に向かって叫ぶと、奥の方からバタバタと足音が聞こえる。

 


 そして暫くして、ヨハンが玄関に現れた。

「…リュカ、本当に来たんだなお前…」

 

 随分な言いぐさだが、既にヨハンはちゃんと外出用のコートを着込んでいた。


「…ゴルソン先生、本当に外出してしまって良いんですか?」

「よいよい。今までワシ一人で診てきたのだ、どうとでもなるわい」


 と言うのも、本来であれば今日は診療所の休診日だ。しかし今日は『祝祭日』。羽目を外した()()がくることが予想されるのだ。


「でも……」

  

「…リュカ、クロ。このわからんちんの仕事バカを早う連れて行け!」

「任せてください」


「わふー!!」

 クロがヨハンのズボンをぐいぐい引っ張る。


「…あっ、おい、クロ!」



「では、ゴル爺行ってきます」


「ほっほっほ。楽しんでおいで」

 ゴル爺がしてやったりという顔で満足気に笑っている。


 こうして、俺たちは半ば強引にヨハンを連れ出したのだった。

 




 ヨハンは今、医者見習いとしてゴル爺の診療所で住み込みで働いている。どうやらかなり充実した毎日を過ごしているようだ。


 というのも、ゴル爺は元々王宮治療院の医師をやっていたらしく、その医療技術、医療知識たるやフィヨルドとは比べものにならないのだとヨハンは言う。加えて薬学に関する知識も豊富ときたもので、『学べることが多過ぎる!』とヨハンは嬉しい悲鳴をあげていた。



「ヨハンってば、休みの日もどうせ外に出てないんでしょ?」


「いやぁ、勉強が忙しくてさ。そんな暇ないんだよな」

 ヨハンは満更でもない様子で頭を掻いている。


「…まぁ、気持ちは解らないでもないけどさ」

「だろ?お前なら解ってくれると思ったぜ!」


 方向性は違うが、俺たちは中々どうして考えが合うことが多い。俺がヨハンの立場でも恐らくそうした気がする。




「…そう言えば、ご家族にお返事は書いたの?」


 少し前にヨハンの実家から手紙が届いたのだと言っていた。来年にでも少し帰ってきたらどうか、という内容だったようだ。


「書いたよ。…でもなぁ……六年ぶりだし…」


 ヨハンはこのことをしきりに気にしていた。ご両親は兎も角、兄弟はきっと自分のことなど忘れていると。


 ヨハンの実家があるのは中部地方のミンヴェル村だ。今はもう()()コーネリウス侯爵家領ではなく、アドラステア公爵家の領地となっている。



「…もし良かったら、僕もついて行こうか?」


「え…本当か?……正直助かる。何を話せば良いかわからん」



「行く前にゆっくり考えればいいさ」


 ヨハンはそれもそうだな、と空を見上げて穏やかにそう言った。





「…で、お前の方はどうなんだ?」


「僕も変わらずだね。週の半分以上はギルドに行ってるよ」


「はー…まだ七歳だってのになぁ…。来年くらいに中級冒険者になってたりしてな。ハハ」


「ははは…」


 実はその予定で動いてます、と言いたいところだが、レイさんに口止めされている。


 俺はとりあえず笑って胡麻化すと、依頼中の出来事をかいつまみながらヨハンに話したのだった。



    *


 程なくして教会に到着する。

 いつもは子供たちの遊び場である教会の庭は、バザーの準備をする人たちで大賑わいだった。


 その様子を横目に聖堂に向かって歩いていると、見覚えのある後ろ絵姿を発見する。

 俺はその人物に向かって声を掛けた。


「フルゥー!」


 フルゥは一瞬ビクッとした後、勢いよく後ろを振り向く。

「…ありゃ!リュカにヨハン先生じゃないか!」

  

 フルゥは少し見ない間に修道服が板についてきたようだ。 


「今何してるの?」

 お祈りのお手伝いは良いのだろうか。



「あぁ、お祈り前にちょっとでもバザーの準備をしておこうと思ってさ」 



 フルゥはもの作りが好きだと以前話していたが、結局働く場として選んだのは、ナハロ村の教会だった。


 フルゥのご両親からの手紙はまだ来ていないようだが、いつか会いに行くよ、とフルゥは春の空のように朗らかに話していたのはまだ記憶に新しい。



 フルゥにどうして教会を選んだのか聞いてみると、『子どもたちの笑顔を守ってあげたいから』と強い意志のこもった目でフルゥはそう話した。フルゥの底なしの優しさに、俺はひとり感動してしまったのだった。



「フルゥは相変わらず働き者だな」

「動いてないと落ち着かないんだよーヨハン先生」



「そういえば、ヴォルフ来てた?」

「あぁ、テオさんたちと一緒に来てたよ!なんだか盛り上がってたみたい?」


 今日のヴォルフはテオさんというよりも、村長代理であるパースさんのお手伝いだ。

 パースさんたちのところは色んな炙り串を売り出すらしい。




「あ、フルゥ。仕事が終わったら、フルゥも一緒に村の方見に行かない?」

「え、良いのかい?!」

「俺もリュカに案内して貰うんだ」


「やったー!まだあんまり村の方って行けてなくってさ、気になってたんだよ!」

 フルゥのふわふわの尻尾が嬉しそうに揺れている。


「じゃあ、教会の仕事が終わったらうちで合流しよう」

「『パン工房ルーシュ』だね、了解!」




「フルゥお姉ちゃーーーん!」


 かわいらしい声と共に、軽やかな足音が聞こえてくる。


「ノア!」




「リュカお兄ちゃん、ヨハン先生、こんにちは!」

 ノアが元気いっぱいに挨拶してくれる。



「ノアこんにちは」

「こんにちはノア」



「ワン!!」

 クロが『オレもいるぞ!』と言わんばかりにノアに突進する。



「うわぁ、クロおっきくなったね!」

 少しよろめきながらノアがクロを受け止める。


「ワン!!!」

 クロの尻尾がちぎれんばかりに揺れている。



「…え…」


 いつも一緒だからなのだろうか。その変化に俺は全然気がつかなかった。主として反省せねばならない。

 

「うん!クロもお兄さんになってきたんだね」

 

 そう話すノア自身も、少しだけお姉さんになった気がする。





「…で、そんなに急いでどうしたんだい?ノア」


「あっ、神父さまがフルゥお姉ちゃんのことさがしてたよ!」

「ありゃりゃ、そうなのかい?」


「うん、こっちだよ!」

「教えてくれてありがとう。ノア」

 



「じゃあまた後でなー!リュカ、ヨハン先生!」

「またね!」


「おう」

「うん。お仕事頑張って」


 ノアは犬の獣人、フルゥはヤマアラシの獣人だが、仲の良い姉妹にしか見えない。


 こうしてフルゥは、ノアを軽々と抱え、あっという間に走り去っていったのだった。

 


    *




 聖堂は多くの村人で賑わっていた。

 壁の上方に埋め込まれたステンドグラスが太陽の光に照らされ、聖堂内を鮮やかに彩る。 


 ルーシュたちのように店の支度がある人達は第一部と第二部のお祈りに参加していた。

 対する俺たちは暇な身なので最後の部に参加するというわけだ。


 



「…皆さん、本日はようこそお集まり下さいました…」

 

 神父様のお話が始まる。


 少し低めの伸びやかな声がとても心地良い。

 


「……俺、今ちょっと感動してる」

 ヨハンがぼそっと呟く。



「…ヨハンはなかなか敬虔な信者だったんだね」


「ばーか。そういう意味じゃねーよ」

 ヨハンは声を殺して笑った。 



 きっとあの島(バレアス島)には創造神は()()()()()のだろう。

 ヨハンたちは少しずつ日常を取り戻している最中なのだ。 




「……では最後に創造神ケイオスに心からの感謝を捧げましょう」

  


 俺も敬虔な信者ではないが、今俺の隣にこうしてヨハンがいる奇跡には感謝している。

 俺は目を閉じ穏やかな気持ちで祈りを捧げた。

 



 さて、最後は讃美歌だ。

 シスターの演奏に合わせて全員で斉唱する。


 

「…あれ?」

「どうした?」


「教会の子が演奏するんだなと思って」


 演奏者はシスターではなかったらしい。

 ピアノの前に佇んでいるのは、言葉が出ない少年セイジュだった。

 


 セイジュが緊張した面持ちで椅子に座る。


 そして、そっと鍵盤に触れた。



「♪~…」


 雪解けを思わせるような優しい音色が、聖堂内を包み込んだ。


 

 おじさんになると感動の沸点が下がってしまうらしい。音楽のことは解らないがセイジュの演奏がじんわりと心に染みた。

 


 こうしてセイジュは、一年で一番の大舞台で最後まで立派に演奏をやり遂げたのだった。


    *




「…うーん、いい匂い」

「本当だ。そろそろ腹減ったな」


 外に出ると美味しそうな匂いが鼻を掠める。


 お祈りが終わったので丁度バザーが始まったようだった。



「ヨハンは嫌いな食べ物あるの?」

「俺は特にないかな。お前は?」

「僕も特にないかな」


 バザーでは教会だけでなく、ナハロ村の店、ツィアーノの商人、行商人など、様々な人が商品を用意している。食べ物だけでなく、中には遺跡の遺物なんかの掘り出し物もあったりして、毎年大盛況のようだ。



「おーい、リュカー!!」


 バザーをまわり始めたところで、聞き慣れた声が聞こえる。 


「あ、ヴォルフ」


 声の方を見れば、ヴォルフとサザが店頭に並んでいた。

 何とも珍しい光景だ。



「と、こんちはヨハン先生」

「よう、ヴォルフ」


 二人はバレアス島で既に顔を合わせているので顔見知りだ。



「ヴォルフのところは何を売って、」




  「リュカァァァ!!!!!」




「「!!!」」


 いつもより若干控えめではあるが、それでも十分近所迷惑だ。

 大声の主であるギークは今日も元気いっぱいに見えた。



「だぁぁぁぁ!!だからお前うっせーーーんだよ!」

「お前だって人のこと言えないじゃないか!!!」


「はぁ?!お前が全ての元凶なんだっつーの!!!」

「何を…??!!」


 ヴォルフとギークがお客さんをそっちのけで言い合いを始める。

 

 こら。お客さんが驚いているぞ。



「…やぁ、サザ。今日も大変そうだね」


「…あはは……慣れてるから……」


 サザは思いの外テキパキとお客さんを捌いているが、それでも一人ではまわらない。

 見かねたサザがヴォルフとギークに声を掛けると、眉根に皺を寄せつつ二人は営業に戻った。



 そして、俺たちの番が来る。 


「サザ、魔牛串を三本ちょうだい」

 炭火の上でジュウジュウと音を立てながら、肉が良い感じに焼けていく。

 

「…ありがと…」

 サザが仕上げにタレをかけた。



「…リュカ…冒険者は…どう…?」

「凄く充実してるよ。サザはどう?」


「…僕も…ギークと一緒に…頑張ってる…」

 


 パースたちはナハロ村の新たな取り組みとして、観光業の発展を考えているようだ。

 殆ど手つかずの裏山を開拓して温泉宿を作る計画らしい。


 ギークとサザは領立学園に入る前に、少しずつ村の運営について学び始めている。

 ギークは『俺の代でナハロ村を町にする』と、意気込んでいるそうだ。



 俺はまた一緒に狩りをしようと約束してから、サザに別れを告げた。



「はいヨハン。今日は僕の驕り」

「いや、なんでだよ」


「はぐはぐ」

 クロには串を取ってから紙皿に肉を入れてあげた。



「沢山お世話になったからね」

  バレアス島でヨハンに散々奢って貰ったが、俺はまだそれを全然返せていない。


「そんなのお互い様だろ」

  ヨハンはいつもこの調子なのだ。埒が明かない。



「…ま、今日は貰っといてやるか」

「うん。そうして」


 

 喧騒が心地良い。今日もナハロ村は平和だ。


 三人で食べた魔牛の串は、とっても美味しかった。




 その後、ノアからチョコクッキーを、フルゥからは暖かそうな毛糸の帽子を買ってからバザー会場をぶらりと見て回った。


 魔牛の串だけでは足りないので、肉屋のハンスさんのところでローストビーフ丼を食べ、菓子屋のサーラさんのところでイチゴのアイスクリームを食べた。


 そして最後にヨハンはゴル爺のお土産にダークグリーンのアンティークカップを購入していた。

 俺も一目ぼれした渋いウッドフレームの写真立てを大満足で購入したのだった。




    *



「ルーシュただいま」

「ワン!!」


 フルゥとの待ち合わせ時間の帳尻と休憩を兼ねて、俺たちはいったん俺の家に戻ることにした。



「あら、リュカお帰りなさい!ヨハン先生いらっしゃい!」

「やぁ、ルーシュ。邪魔するよ」


 うちのパンも今日は三割引きで売っている。

 本日の目玉商品の『リースドーナツ』も売れ行きは好調のようだった。 



「ターニャ、こんにちは」

「あら、こんにちはリュカ!」


 ターニャはまん丸の眼鏡と、おさげが似合うかわいらしい女の子だ。

 噂話が好きで、誰それがカッコイイだとか、誰それと誰それが恋人になったとか、そういった話をいつも楽しそうにしている。



 ちなみにイメストラの一件で村中に顔がばれてしまったジェドだったが、()()()()ではあることはばれなかったようだ。なのでジェドのことは『どこかの高貴な貴族様のお忍び』として女の子たちの間では処理されたらしい。



「ヨハン先生!ベニスとはもう食事に行ったの?」

「いや、ちょっと時間がなくて…」


「もしかして…ベニスみたいな『すましてる系女子』は苦手…?」

「いやいや、決してそんなことは…」



 食堂のベニスはどうやらヨハンのことを気に入ってるらしく、俺はルーシュ経由で色んなのろけ話を聞かされていた。当のヨハンにその気があるのかは解らないが、外野としては中々楽しい。



「あ、そうだ!良かったら聖夜祭を一緒に回りましょうよ、この後年が近い子たちで集まるの!」


「せっかくだけど、リュカとフルゥと約束してるんだ」

「あ、そうなんだー…」



「…なら、聖夜祭までは三人で回ろう。それで、聖夜祭はフルゥと一緒にターニャやルーシュたちと遊んで来たら?」


 せっかくのお誘いだ。

 七歳……いや三十路の俺よりも、年の近い子で行った方が断然楽しいだろう。



「え、でも、そしたらお前はどうするんだよ?」


「僕には大人の集いはまだ早いし、クロと家でのんびりしてる。きっとフルゥも喜ぶんじゃない?」


 フルゥの名が出たからか、ヨハンは悩み始める。

 自分だけなら断ったが、フルゥを考えると……などと考えてそうな顔をしている。


 そして、少し照れくさそうにヨハンは顔を上げた。

「……じゃあ、ご一緒しても良いか?」


「もちろん!さーって、ベニスに教えてこよーっと!」

 

 ターニャは勢いよく店から飛び出して行った。



「フフフ、もうターニャったら…!」

 ルーシュが楽しそうに笑っている。



「ルーシュ。僕の部屋にいるから、フルゥが来たら教えて貰っていいかな?」

「フルゥね!わかったわ」



 オヤツにいくつかパンを選び、ターニャが戻ってくる前に俺たちはそそくさと部屋に向かったのだった。

 




「ここがお前の部屋か。なんかイメージ通りだわ」


「そう?」


 壁いっぱいの本棚には、錬金術やら図鑑やら歴史書やら、様々な種類の本が並べられている。

 意外と天文学にも興味があったようで、美しい星座の絵がいくつか飾られていた。

 

 一応この部屋は『リュカ』の部屋なので、俺の私物は【魔法のかばん】にしまい、なるべく物を増やさないように部屋を使っていた。

 


「あ、今度ヨハンの部屋に遊びに行っても良い?」

「おういいぜ」


 ヨハンはゴル爺が長らく使っていなかった離れに住んでいる。

 バレアス島のときは整理整頓しているイメージだったが、今はどうなのだろう。楽しみだ。



「そう言えば、【イーグル(伝書バト)】は元気?」

 


 【イーグル】はもともと【ツウワキ】と【伝書バト】の機能を併せて造ったものだったが、ヨハンの申し出で【ツウワキ】の機能は【消去】している。曰く、便利過ぎて怖い、との事だ。


 【イーグル】はそもそもはバレアス島の時にヨハンに預けていたのだが、二人の相性がとても良さそうだった。なので俺はそのままヨハンに【イーグル】を譲ることにしたのだった。



「あぁ、元気だよ。あいつこの前実家に手紙を送ってくれたんだけどさ……」



 あの時(バレアス島)話せなかったことが山ほどある。

 俺たちは心行くまで色んな話をして過ごしたのだった。




    *



「リュカーーー!フルゥ来たわよーーー!!」



 ルーシュの大声が一番奥の俺の部屋まで届く。



「今行くー」


 俺は少し悩んだ末に、眠っているクロをだき抱えた。

 目が覚めた時に俺がいなかったら絶対にクロは拗ねる。可愛いが、面倒だ。


 すっかり寛いでしまった俺とヨハンは、気合を入れて腰を上げ、店頭へ向かった。






「リュカ、ヨハン先生!お待たせ!」

 

 フルゥは修道服からパンツスタイルの私服に着替えていた。スノーホワイトのセーターがとても良く似合っている。



「フルゥ。一日お疲れさま」

「さすがに疲れたんじゃないのか?」


「ちょっと疲れたけど、楽しかったから全然大丈夫!」



「さすがフルゥ、」


―ジリリリッ...

 その時、ポケットの中の【懐中時計(ツウワキ)】が突然鳴り始める。


「…あ、ごめん。ロロから”伝書バト”が来たみたいだ」


「ロロから?」

「うん。ごめん、ちょっと見てくる」


「おう」




 速足で自分の部屋まで一旦戻り、【ツウワキ】を開いてみると__



「【ええぇぇんリュカぁぁぁ~~...!!!】」



「【え、ちょっと、どうしたのロロ…?!】」

 

 我が師匠がいつにも増して取り乱しているではないか。一体どういう状況だこれは。



「【お店が忙しすぎてもお無理ぃぃぃぃ~!!!】」


「【あ……】」



 そっちに転んだのか。というのが直ぐに浮かんだ感想だった。


 というのも、元々俺はロロの店の手伝いをするつもりだったのだが、『せっかくだし、ヨハンをお祭りに連れてってあげたら~?』というロロの提案に俺は喜んで乗ったのである。


 とはいえ、最近客足が少しずつ伸びてきていたこともあって少し心配ではあった。まさかそんなにお客さんが来てくれるとは。恐るべし祝祭日。

 





「……本当にごめん」


 俺は二人のところへ戻ると、正直に全てを話した。

 あんな状態のロロを一人にはしておけない。それにお客さんも心配だ。



「いや、気にすることないって」

「そうだよ!師匠のところへ行ってあげて!」


「ヨハン…フルゥ……」


 二人なら絶対にこう言うと思っていた。

 それが余計に申し訳ないのだ。




「ふふふふ…話は聞いたわ!二人のことはどーっんと私に任せなさい!!」




「ターニャ…?」

 言っていることはとても頼もしい。しかしターニャの笑顔が、少し怖い気がする。



「パンももうすぐ売り切れるし、今日は思い切って店仕舞いにしちゃいましょうルーシュ!」


「…そうねぇ。客足も減っちゃったし、良い頃合いかもね」

 ルーシュが頬に手を当て頷く。


「…ということで、みんなで後片付けをして、早めに合流しましょう!どう?」



「さすがターニャ。名案だ」

 

 それは良い考えだ。そうしてくれると俺も安心して二人を残していける。


「フフフ。そうでしょうリュカ!」

 


「…申し訳ないんだけど、二人はそれで大丈夫?」


「あぁ。俺は構わない」

「アタイもさ。教会には同い年の子がいないから嬉しいよー!」


 二人は笑顔で了承してくれた。



「今度ぜったい埋め合わせするから」


「気にすんな。仕事頑張れよ」

「またねリュカー!」


 こうして俺は思いがけず突然に二人と別れ、急いでロロの元へ向かったのだった。



    *



「……」


 ものの数分で『雑貨屋ロロ』に到着する。

 

 窓から中を覗くと、十名ほどのお客さんの姿が見える。恐るべし祝祭日。完全に想定外だ。


 

「…よし」

 俺は気合を入れて扉を開けた。

 



 すると、


「(待ってたよおおおおお~~!!!!)」(小声)

 半泣きのロロが俺の胸に勢いよく飛び込んできたではないか。


「イッ、?!」

 ロロのおでこが俺の顎に直撃した。 

 


「と、とりあえずカウンターに行こう」

 俺は半べそのロロの頭を撫でつつ、カウンターの中に向かった。





「…こんなにお客さんがいるなんてね」


 いつもがらがらの店内とは打って変わり、何人ものお客さんが楽しそうに商品を見ている。

 

 何だろう。この人気雑貨店のような雰囲気は。

 祝祭日を彩るキャンドルの灯かりも中々いい味を出している。



「(でしょぉぉぉぉ~~?!)」小声

「ぎゃっぎゃっぎゃ!!」


 隣のニヴラは羽をぱたつかせながら、至極楽し気に笑っている。

 


「うぅ~……チョーシにのって『500ギル均一』なんて書いたばっかりに~~~…!!」


「…500ギル?!なんでまたそんなことを……」

 それじゃあいつもの半額以下ではないか。


「うーん~、祝祭日だから~?」

「……そっか」



「…よし。僕も手伝うから頑張ろう」

「リュカ~~!!!持つべきものは弟子~~!!!」

 

 書いてしまったものは仕方ない。

 それに、これに懲りてロロは今後こんな無鉄砲なことはしないだろう。



「ロロは少し裏で休憩してて。僕が店番するから」

「ふえ~~ん…ありがと~~~…」




「…ニヴラは少しくらい手伝って下さい。お金を受け取って、シールを貼るくらい出来るでしょう?」

 俺は笑ってばかりいるニヴラを睨んだ。 


「……(つーん)」

 


 ……こいつ無視しやがった!人前で話せないからって…





「…わふわふ」

「ぎゃー」


 俺がお客さんを捌いていれば、クロとニヴラが俺の足元で会話を始めている。  

 憎らしさを感じつつも、悔しいことに癒されている自分がいることに気づく。

 俺も少し疲れているようだ。



―カラン..


 扉の鐘が鳴る。新たなお客さんだ。



「いらっしゃいま……」



「よぉリュカ!来てやったぜ!」


「っ、クリスさん!」

 そこにいたのは可愛らしいそばかすの少年もとい、クリスだった。



「よ、リュカ」


「オリバーさんまで!」


 オリバーはクリスの親友で、肉屋のハンスさんの息子だ。

 クリスと違って冒険者活動はしていない。気のまわるとても優しい少年だ。

 

 

 クリスをロロの雑貨店に連れてくると以前約束したが、いつの間にかクリスの夏季休業が明けてしまっていた。その後も何かと都合が合わない日々が続いていたが、クリスは満を持して来店してくれたようだった。



「…なぁリュカ。これ500ギルって、やばくね…?」


 クリスの手にあるのは、【鑑定鏡(上級)】だ。

 他の店で買ったら、数万ギルはくだらないだろう。


「そうなんですよね……」

 


 薄々感じていたがロロは商売の才能があまりない気がする。

 ロロ自身があまりに簡単に造れてしまうから、市場価値的なものに鈍感なだけなのかもしれないが。



「これすげーんだよ!【消臭霧吹き】!これで親父のくせぇブーツをぶっ潰せる!!」


「これも中々だぞ?【自動粉砕機】。どんな食材も簡単にみじん切りが出来ちまう!」


 クリスとオリバーは大興奮だ。

 まぁ、気持ちは解る。シータ村(故郷)にこんな店があったら、俺は毎日通っただろう。




「…じゃ、また来るわ!」

「じゃあなリュカ」


 クリスもオリバーも沢山購入してくれた。

 棚の商品が結構無くなっている。


「はい。またお待ちしてます」




 

―カラン..


 また扉の鐘が鳴る。

 新たなお客さんだ。



「リュカ、こんばんは」

「こんばんは!」



「あ、いらっしゃいませ。モノレさんにシンシア」



 今度のお客さんは、薬屋のモノレさん親子だった。

 モノレさんはツィアーノのギルド職員フィリップさんの奥さんだ。 

 


「…ねぇリュカ。この【せっけん】って何かしら?」

 モノレさんが手に取ったのは、【レモン石鹸】だった。


「それは、体や手を洗うものですね。主に油と保湿剤と香油から出来ています」


「……な、なんてことなの…?!ここに薬草を混ぜたら、消毒も出来るじゃない…!!」

 モノレさんの目がキラキラと輝き始めた。

 

「確かにそうですね」

 さすが薬屋さん。目の付け所が素晴らしい。



「あかあさんっ、シンシアこれほしい!【いぬのぬいぐるみ】!」

「あら、可愛いじゃない」

 

 シンシアが抱いているのは、【おしゃべりワンワン(子ども用)】だ。

 止まっていればとても愛らしい縫い包みなのだが、動き出すと中々に奇怪なのだ。



「…シンシアその縫い包みはね、鼻を押すと、動いたり吠えたりするけど……大丈夫?」


「えー?!すごーーーい!!」

 シンシアはすぐに鼻を押した。



「【ワンワン】」


「ほんとにうごいたーー!!」

 シンシアが嬉しそうに縫い包みを追いかける。

 トコトコ歩く程度なので、危険はないだろう。 




「…また来るわ。ロロさんに宜しくね」

「バイバイリュカお兄ちゃん!」


「はい。またお待ちしてますね」



 こちらも満足して貰えたようだ。

 モノレさんとロロの共同商品が生まれる日も遠くないのかもしれない。



    *





「やった~~~~!!!!完売だ~~~!!!」


 あんなに商品でごった返していた棚が、今はすっからかんだ。

 恐るべし祝祭日。恐るべし500ギル均一。



「…良かったね。ロロ」

 さすがに俺もくたくただ。

 


「我輩はいい加減腹が減ったぞーーー!!!」

「ワンワン!!!」



 相棒二人が騒ぎ始める。

 確かに、時計を見ればもう夜の八時だ。



「何もしてない癖に…」

「おい、何か言ったかリュカ!!」




「ロロ、どうする?今日は外でご飯食べる?」

 

 いつもは店が閉まり始める時間だが、今日はどの飲食店も朝まで営業している。


「ボク人混みヤダからおうちで食べる~~」

「了解。じゃあ何か買ってこようか?」


 ロロは誰にでも馴れ馴れしく接する反面、実は一人で過ごす方が好きだったりする。

 


「食材はいっぱいあるから大丈夫だよ~~今日はリュカが好きなものを作ってあげちゃう~~!!」



「え、本当?僕ハンバーグが食べたい」


「オッケ~~!じゃあシチューもつけちゃおっか~~~!!」


「うわっ、最高じゃないか」


 ロロはこう見えて料理上手だ。曰く、凝り始めたら止まらなくなったらしい。

 とてもロロらしいと思った。



「じゃあ、僕は店内の掃除しちゃうね」

「よろ~~~~」





―カラン..



 暫く床掃除をしていると、扉の鐘が鳴る。

 鍵をかけ忘れてしまったようだ。



「あ、もう閉店で…」

 俺はパッと顔を上げた。



「よ、リュカ」


 

 そこにいたのは、珍しく私服姿の、目の覚めるような男前だった。


「…ジェドさん!」





「今日はどうしたんですか?」


「お前がここにいると思って。それとロロに差し入れ」



 ロロとジェドは意外と親交がある。

 ロロがランス辺境伯から仕事を受けていることも関係しているのだろう。


 それとここだけの話だが、ロロとジェドは俺が中級冒険者を目指して動いていることを知っている。レイさんが二人にも話して良いと言ってくれたのだ。

 


 そういえば、レイさんとジェドがどんな関係なのかはまだ聞けていなかった。

 二人とも揃って酷く嫌な顔をするのだ。あれでは聞けたもんではない。




「ロロが喜びそうですね」


 ジェドが袋から取り出したのは赤と白のワインだ。ロロはお酒が好きだと言っていたことを思い出す。



「だろ?」

 ジェドは口の端を少し上げて笑った。




「衛兵の飲み会?みたいなのは良かったんですか?」


 今日は祝祭日だ、何かしらの集まりはあっただろう。



「今日はしっぽり飲みたい気分だから断った」

  


 …そういうものか。

「…ジェドさんはまだ十七なのに、おじさんみたいなこと言いますね」


「……何故かお前にだけは言われたくないんだよな……」





「あっれ~~?”ジェラルド”さまがいる~~~」

 店と住まいを分ける帳から、ロロがひょっこりと顔を出す。

 


「…お前、わざとだろその呼び方。村の中ではやめろって言ってんのに…」


「でへへ~~。ロイさんは~~?」



「アイツは今日は夜番だ。ざまぁないぜ。ははははは!」


「うわ~~~ジェラルドさまヤな奴~~~」





「あ、リュカ~ご飯できたよ~~~!!ジェドも食べてく~~?」


「やった」

 通りでさっきからいい匂いがすると思った。



「お、いいのか?」


「うん~、いっぱい作ったから~~」

「ぎゃあ…」

「わふぅ…」



 相棒も限界のようだ。 

 俺は今度こそ扉の鍵を閉め、ジェドと一緒にロロの食卓にお呼ばれしたのだった。






__そして、一時間後。




「…ひゃっひゃっひゃ~~~ボクしあわせ~~~~っ」

 頬を真っ赤に染めたロロは、ご機嫌で空のワインボトルを抱いている。

 



「あいつ酒弱いんだな…」

 ジェドは顔色を変えることなくまたグラスを傾けた。


「みたいですね…」


 意外でもないが、幸せそうなロロを見るのは悪くない。これが外なら心配だが。



「お前は眠たくないのか?」



 ふと時計を見れば、夜の十時を回っていた。

 

「今日は不思議と大丈夫です」


 いつもなら寝ている時間だ。しかし今日は年に一度の祝祭日。村中の熱気を受けて、俺も少し興奮しているのかもしれない。 





     ―ドーンッ...!!!!




「…お、花火が始まったみたいだな」


「もうそんな時間なんですね」



 丸くなって眠るクロの傍でニブラが眠っている。

 

 ロロに毛布を掛けると、俺たちは静かに庭へ出た。

 




  ドーンッ...!!!!

    




「ジェドさんも聖夜祭に誘われたんじゃないですか?」


 外に出ると、村人たちの賑やかな声があちらこちらから聞こえてくる。

 ガハハと笑うおじさん達とは別に、若い男女の声も交じっていた。



「いや、俺はそういうのはいい」


「そうですよね…」

 

 ジェドは辺境伯のご子息様だ。火遊びなんて以ての外か。



「別に俺が貴族の跡継ぎだからじゃない」


「…そうなんですか?」




―ドーーン...!!!!




「……俺はもう、一生分の恋をしたからな」


 空高く舞い上がった花火が、ジェドの顔を照らす。



「だからもう恋はしない」


「……一生分の恋」


 それは一体どんな激しい恋だったのだろうか。生憎俺には経験のない話なので、想像すら出来ない。





「お前はどんな子が良いとかあんの?」


「僕はまだ…そういうのは解りません」



 とはいえ、俺の頭に浮かんだのはポーラの花のような笑顔だった。

 

 今この瞬間に元の時代に戻れるのなら、ポーラを思いっきり抱きしめたい。

 しかしもう、半年も経ってしまった。



 認めたくはないが……俺は心のどこかで、戻ることを諦め始めているのかもしれないとは思う。

 それ程までにここでの生活は色濃かった。




「…おーい」


「……あ、すみません」


「『そういうの解らない』の”間”じゃないんだよなぁ…」


「…深い意味はないんです。ははは」





「…お前、俺に何か隠してるだろ」


「…え?」

  

 俺はドキリとした。

 何なんだろう、このジェドの直観力は。

 カマかけなら大したものだ。



 しかし……


 隠してること………俺がディノであることくらいだろうか…後は二人の相棒のことか…



「うまく説明は出来ないけどな」


「…別に何も隠していませんし、今は何の事件も抱えていませんよ」




「…なら良いけど。お前が俺を頼らないのはどうにも許せないんだよ」

 

 ジェドが俺の目を見てはっきりと告げる。 



「前から不思議だったんですけど……何でそんなに気にかけてくれるんですか?」


 リュカがジェドの弟に似ているというのは聞いた。それに俺は今、ランス辺境伯から『特別保護対象』と認定されている。若い才能を守ろう的なことだと、ロロからは聞いているが…



「あの日、裏山でお前に会ったからかもしれないな」


「裏山って……もしかして”魔熊騒動”の時ですか?」


 クロと初めて出会った時のことだ。

 確かに俺はあの日ジェドに説教されたが……



「あぁ。傷付いたクロを抱えて一人で歩いてるお前を見てさ、『こいつは一人で全部背負っちまう奴なんだ』って、思った」



「…ジェドさん」


 ジェドの目にあの日の俺の姿はそう映っていたのか。俺は別にそんな大した奴じゃない。




――ドーン..



 間もなく、花火が終わりを迎えようとしていた。




「来年は誰と見てるんでしょうね」



「まぁ…女じゃないことは確かだな」


 ジェドの表情は読み取れない。




「でもたぶん…『恋』と『愛』って違いますよね」


 俺なんかが偉そうに言うのは間違っているとは思う。


 でも、幼い日に村一番の可愛い女の子を想った気持ちを”恋”と、大人になってからポーラと時間をかけて育んだ気持ちを”愛”とするならば、両者は明確に違うことは俺にも解る。





「僕はジェドさんが愛する人に会えるの、楽しみです」


 ジェドは一体どんな人を選ぶのだろうか。

 きっとジェドが選ぶ人なら、間違いのない人だと思えた。



「…どうだかな」


 ジェドは夜空に消えゆく花火を、じっと見つめていた。


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