36 悪魔
「……というわけなんだよね。それで、これがその卵なんだけど…」
「ふんふんふん…!」
クロが必死に妖精の卵の匂いを嗅いでいる。
「ほうほう~!ニワトリの卵より大きいね~…でもダーウの卵よりは小さいかな~?」
ロロに依ればダーウは獣人族の国に生息する最も大型の鳥だ。
「”妖精”なんて本当にいるのかな?ロロ」
「む~~…この大陸のどこかにはいるんじゃないかと謂われてるけど~…」
「…【鑑定】はまだしてないんだよね~?とりあえずココアどうぞ~」
「ありがとう。ロロとニヴラに話してからにしようと思って」
一夜明け俺はクロを連れてロロの店兼住居に来ていた。昨日の夜はあの卵から何かが生まれてきやしないかと、恐々としながら眠れぬ夜を過ごした。
「その怪しいお爺さんも一体何者だろうね~…」
「不気味だったよ…あんな経験は初めてだ」
なにせ街中で忽然と屋台ごと人が消えてしまったのだ。
「確かにリュカの言うとおり【幻覚魔法】の可能性はあるよね~。でもそうじゃない可能性もある~…」
「…そうだよね……ニヴラは何か解りますか?」
「……」
ニヴラを見れば珍しく黙りこくっている。俺とロロは顔を見合わせた。
そして、静かに、ニヴラはその重い口を開いた。
「…まずその卵は『妖精の卵』ではない。それは、『ヴィゾフニル』、四大霊獣の子孫の卵だ」
「……え…?」
「え~~~~…?!」
「何で……四大霊獣の卵が……」
「そんなのぜったい悪い話に決まってる~~…」
「次に…妖精はいる。我輩も以前エルフ族の古い森で見かけたことがある。だがその後どこに行ったかは、知らぬ」
「………本当にいたんだ…」
あの爺さんが言っていたことは本当だったらしい。
「……絶滅しちゃったんですかね~?」
「いや、違う土地に移り住んだと風の噂で聞いた。恐らく転々としているのだろう」
「妖精族の生態とか興味しかない~…!」
「最後に、恐らくその爺は人ではない」
「ヴァンパイアとか、アンデット系の魔獣だったってことですか?」
「違う。腐っても貴様が魔獣ごときに化かされる訳がない。貴様は四大霊獣が子孫、クロの主なのだぞ…?その強力な加護は絶対的な守りとなる」
「…僕はクロの主だったの?」
「わふ~…??」
「…そんなことも知らなかったのか貴様は…?クロも呆れておるわ!」
そう言われても、俺はクロの言葉が解らないんだよ。
「…えっと、”加護”があるというのは、様々な事への『耐性』が高いって認識で合ってますか?」
「まぁそんなところだ。話を戻すが、恐らく爺は悪魔だろうな」
「今度は悪魔……?」
「悪魔はあらゆる生物の魂を『穢れし魂』に変える力を持つ面倒な奴らだ」
「『穢れし魂』……イメストラがそうでしたね」
「そうだ。悪魔は心の隙間に入り込み深層たる魂まで侵食していく。その成れの果てが『穢れし魂』だ」
「じゃあ反対に、『善き魂』とは何ですか?」
「そもそもあらゆる生物は生まれた時はみな『善き心』しかない。しかし成長していくにつれ『悪の心』…例えば、何かを憎む気持ちが芽生えてくる。つまり『善き魂』とは、『善き心』と『悪の心』を統制できる者のことを指す」
「……それって逆に『悪の心』に染まりきることもあるってことですよね~…?」
「その通りだ。どうあるかは己が信念に懸かっている。何を『悪』とするのかも己が決めることだ」
「…じゃあ『悪魔』は何処にいるんですか?僕は今まで見たことも聞いたこともありませんでした」
「悪魔はそこら中に潜んでいる。ただ人には見つけ難い」
「うーん……頭が爆発しそうだな…」
さすがに情報量が多すぎて混乱する。
「何をぼーっとしておる。とっとと魔人族の国に行くぞ」
「……え、まさか……」
「これも何かの縁だ。ヴィゾフニルが子孫『レーヴァテイン』に、我が子を届けに行ってやるとしよう」
*
「この【秘密の扉】は僕の家と師匠の家を繋いでてね~。師匠のシュタインは今魔人族の国に住んでるんだ~」
ロロに案内されたのは狭い地下室だった。
ニヴラもこの部屋には入ったことが無いらしい。キョロキョロと見渡している。
「こんな凄いものがあっただなんて…さすがだよ」
見た感じでは何の変哲もない普通の扉だ。
そう言えば、結局ロロのお師匠様は一体どんな人なのだろう。一瞬あの男の顔が浮かんだが、頭を振ってやり過ごした。
「この技術はまだ師匠とボクしか知らないの~。他の人に知られると大変だから~、ゼッタイ内緒~!」
「うん、わかった」
こんな便利な技術が知られたら、間違いなく王族や貴族に奪われてしまうに違いない。
俺たちがいるナハロ村から魔人族の国エストまで30000000エル離れている。
ニヴラの飛行能力を以てしても、往復で一週間は掛かってしまう。そこで俺たちは今回この【秘密の扉】を使わせて貰うことになった。
「準備はいい~?」
「うん。いつでも大丈夫」
魔人族の国はここより寒いらしいので、俺はフード付きのコートをばっちり着込んだ。
「師匠はちょっと変わってるけど~悪いヒトじゃないから~。よーし~、じゃあ出発だ~!!」
ロロが元気よく扉を開ける。
扉の向こう側の景色は光に照らされてまだ見えない。
俺たちはロロの後に続いて光の中へ足を踏み入れたのだった。
*
「……着いた?」
ここはロロの師匠の家なのだろうが室内には誰もいない。
すると、
「師匠~~っロロだよ~~!!」
「わふ?!」
ロロが突然大声をあげたのでクロが驚いて飛び上がる。俺とニヴラは何となく予想がついていたので先に耳を塞いだ。
ーートントントントン...
誰かが階段を下りてくる音が聞こえる。
_ガチャッ、
開け放たれた扉の先には、真ん丸な眼鏡を掛けた小柄な男が立っていた。
「ロロだー!久し振りー!!」
「師匠久しぶりだね~!!」
ロロとシュタインは手を取り合いくるくると回り始めた。
「…あっっ、そちらがニヴラさま…?!」
俺の肩に乗っていたニヴラがビクッとする。
「そうだよ~。で~こっちが弟子のリュカと~クロだよ~!」
「うわぁっ、竜とか久し振り過ぎて感動なんだけどぉー?!そっちの狼ちゃんもかっっわいーーー!!」
シュタインの歓迎に驚いたクロは俺の後ろにさっと隠れていた。
「君がロロの弟子のリュカ君だねー?宜しくー!」
「宜しくお願いします。心ばかりですが良かったら召し上がってください」
俺は持ってきた紙袋をシュタインに渡した。
「リュカの家はパン屋さんなんだよ~!」
「そうなんだー!パン好きー!ありがとー!」
「…で、今日はお友達に会いに来たんだよねー?はい、どうぞー」
少し落ち着きを取り戻したシュタインが温かい飲み物を淹れてきてくれた。俺たちは有難くそれを受け取る。
「そんな感じ~。でもボクはお留守番だから~師匠のお手伝いしてあげるね~」
「えっ、ホントにー?助かるよーー!今『飛行船』の研究しててさー」
「飛行船~?そりゃまたどうして~」
「実はさ~…」
俺たちはお茶とお菓子を頂きながら時間の許す限りシュタインの話に聞き入った。天才の発想力には本当にワクワクさせられる。俺も何か手伝えることがあればお手伝いさせて欲しいくらいだ。
「リュカ君も今度一緒に研究しようね~!あ、でも、どちらかと言うと戦闘タイプなのかなー?」
俺の背中の弓をチラっと見る。
「そう、ですね。最近は殆ど冒険者の仕事ばかりで、魔獣と闘うことが多いです」
「まだ小さいのに強いんだねー!『戦う錬金術士』か~…何か役に立ちそうな知見あったかなー」
シュタインが何やら考え始めた。その内容はとても気になるが、俺たちもそろそろ出発しなくてはならない。
「…じゃあ気を付けてね~!風邪ひかないようにね~!」
「いってらっしゃーい!」
巨大化したニヴラを見たシュタインが大興奮したことは、今は割愛しておく。ロロとシュタインは俺たちの姿が見えなくなるまで手を振ってくれたのだった。
「…ふふふ…"ロロのお師匠"って感じでしたね」
「数倍喧しくはあるがな…」
ニヴラもシュタインの扱い方に戸惑っていたようだが、あの人は好奇心の塊だ。そこに悪意は微塵もない。
「レーヴァテインがいるウラール山脈までは一時間ほどで着く。その間卵をしっかり見ておけ」
「わかりました」
そう言えば『足手まといになりそうな気がするから~』とロロ自ら留守番を買って出たのは少し意外だった。ニヴラも否定しなかったので今回は人が少ない方が良いのだろう。
「…良いかリュカ。万が一貴様が疑われたとしても堂々としていろ」
ニヴラの声がいつになく真剣だ。
こうなった以上怪しまれて仕方ない。俺自身も昨日の事は夢なんじゃないかと疑った。しかも相手は『四大霊獣』、伝説の魔獣ときたもんだ。
「もし怒らせちゃったら…助けて下さいね?」
「はっ。男なら自分でどうにかしろ」
ニヴラが楽し気に笑った。
「ぐぅ…」
クロは卵が入った籠を抱えながらスヤスヤと眠っている。さて一体どんな夢を見ているのだろうか。
*
「ウラール山脈に突入する!一気に気温が下がるぞ!」
「さ、寒い…!!」
「わふ?!」
突然のブリザードにクロが飛び起きる。
「ニヴラッ!少し飛び難くなるかもしれないけど【シールド】を張っても良いですか?!」
「勝手にしろ!」
このままでは凍死する。俺は即座に指輪型の【シールド】を錬成する。真ん中の飾りの太陽の向きを変えるとその状況にあったシールドを展開できる。
「今は、”風防”…!!」
最低限の空気だけシールド内に循環させるようにすれば、徐々に体感温度が上昇する。
「これでひとまずは大丈夫…さぁ、クロも今の内にこれを着るんだ」
俺はかじかむ手でクロに犬用のコートを着せた。そして籠の中の卵も更に毛布で包んでやった。
「これで卵も寒くないな」
「ワン!」
「ニヴラは大丈夫ですかー?!」
「この程度の寒さ我輩には何の問題もないわ!」
ブリザードが吹き荒れる中ニヴラは速度を落とすことなく進んでく。
「凄いなぁニヴラは…」
「わふわふ」
竜というのは、本当に規格外の生物だ。
「さぁしっかり掴まれ!」
ニヴラは速度を緩め段々と高度を下げていく。
あたり一面白銀の世界だ。これでは魔獣も殆ど冬眠しているだろう。
そんな中、山の中腹に光が見えた。
ニヴラはその光に向かって飛んでいるようだった。
「あそこがヴィゾフニルの住処ですか?!」
「そうだ!間もなく着陸する!」
そして程なくして、ニヴラはゆっくりと雪の上に着地した。
「よっと」
卵を抱えニヴラの背から飛び降りる。
「……立派な神殿だ…」
今の巨大なニヴラがすんなり入れる程に大きい入口が正面に見える。そして、屋根を支える柱の太いこと。いかに人間がちっぽけか思い知らされる。
「来るぞ」
ニヴラが何かを察知したらしい。
すると次の瞬間、立つこともままならない程の突風が神殿の中から噴き出す。
そして、『それ』は突然、俺たちの前に現れた。
「ニヴルラヘイム…我が友よ…」
燃えるような美しい深紅の羽に、鋭い金色の瞳。漆黒の嘴の奥から地の底から湧き上がるような低い声が発せられた。
「お前が何故我が子と共にいるのか、聞かせて貰おうか?」
なんという、威圧感。
クロが隣にいてくれて良かった。
「久しいな、レーヴァテイン。お前の子は偶然見つけたのだ、我が”弟子”がな」
"弟子"…?
何だその設定は。俺は聞いていない。
「我が弟子…?そのフェンリルの子孫がか…?」
「違う。人族の子リュカが、我が弟子だ」
「……ハッハッハッハッハ!!誰も寄せ付けないお前が弟子を取るだと?しかも人の子……嘘も大概にしておけ!」
レーヴァテインの激しい怒りが俺たちに向けられる。
「嘘ではない。こ奴はこの齢でフェンリルの子孫の主…この耳飾りの意味を忘れた訳ではあるまい」
「………ならば何故お前の弟子が我が子を見つけた?一体どこでだ」
「リュカ。話せ」
「はい。四大霊獣が御一人、レーヴァテイン様にお目に係れるなど光栄の極みにございます」
「…一つでも嘘をついてみろ…頭から喰ろうてやる」
レーヴァテインは目を細め忌々しそうに俺を睨み付けた。
「……先ずは貴方様のご子息様をお傍に御連れすることをお許し頂けますでしょうか」
「………よかろう」
金色の瞳からほんの僅かに怒気が薄れる。
「おぉ我が子よ………なんと……辛い思いをさせてしまったことか………」
レーヴァテインは両の翼で我が子を受け取った。
「……それで、どこで我が子を見つけた?」
「人族の市場で”得体の知れぬ爺”からご子息様を預かりました。昨日の事でございます」
「その話……真だろうな…?」
「我が師匠ニヴルラヘイム、そして、フェンリルが子孫クロに誓って、真でございます」
「……ふん。では”得体の知れぬ爺”とはどういう意味だ。人の子」
「はい。僕がご子息様をお預かりした直後、爺は店ごと姿を消しました。ものの数分のことで御座いました」
「その爺は恐らく『悪魔』だ。何か心当たりはあるのか、レーヴァテイン」
「…悪魔だと?心当たりなど在る訳がない」
「では一体何があったレーヴァテイン。お前ほどの者が、みすみす我が子を奪われるわけがなかろう」
ニヴラは責めるでもなく、ただ問うた。
「……あれは、満月の夜だった」
やっと帰ってきた我が子に慈愛の眼差しを送り、レーヴァテインは静かに話し始めた。
「我は臣下の祝いの席に呼ばれ、家を留守にしていた。無論、我が子の守りは信頼のおける臣下に任せていた。しかし…我が上機嫌で家に戻ると………臣下は既に命尽き………我が子は忽然と姿を消していた…」
「……我は夢中で国中を探した。エルフの国、獣人の国まで足をのばした……しかしまさか人族の国に連れ去られていたとはな……何と不甲斐ない」
レーヴァテインは怒りに身を震わせた。
「何か手掛かりは残っていなかったのか」
「そもそも限られた者しか我が家には入れぬよう魔法陣を張っている」
「…なるほどな」
ニヴラはそっと、目を閉じた。
「………まさか貴様……我が種族を疑っているつもりではあるまいな……」
「お前が何も無かったと言ったのだろうが。いつまで目を背けているつもりだ」
「国を出たお前に何が解るニヴルラヘイムッ…!!!」
「国を出たからこそ視えるものがある」
「…チィッ………少し見ない間に丸くなりおって……」
「お前は何もかも背負い過ぎだ。レーヴァテイン」
「……ともかく此度のことは礼を言う。この恩はいずれ必ず返そう、人の子よ」
「そのお言葉だけで僕には十二分で御座います。ご子息が健やかに育たれますよう心から願っております」
ニヴラのあの言い方は、臣下の中に『裏切者』がいることを示していた。
きっとレーヴァテインも初めからその可能性に気づいていた筈だ。
しかし子どもの居場所が解らない以上、臣下たちの協力は必要不可欠。
レーヴァテインも随分苦しんだに違いない。
「用は済んだ。帰るぞ」
「はい」
「ワン!!」
このような僻地だ。もう会うこともないだろうが、達者でやって欲しいと思う。
俺は心の中で卵に別れを告げた。
《…ありがとう》
「……?」
…誰の声だ?俺は周囲を見渡してみるも、やはり俺たち以外に誰もいない。
「なんと……」
「……」
どうやら、レーヴァテインとニヴラにも今の声が聞こえたらしい。
《またね》
「……」
卵から聞こえた…?
いや、まさかそんなことがあるわけないか。
そう思いながらも俺は、姿の見えない声の主に向かって頷いてみせた。
「…人の子よ」
「はい。レーヴァテイン様」
「お主には、これを渡しておく」
「これは…」
差し出されたのは、美しい深紅の尾羽だった。
「貰っておけ」
ニヴラがそう言うのならそれが良いのだろう。
「有り難う御座います。大切に致します」
レーヴァテインは静かに頷いた。
「さらばだ。我が友とその弟子よ」
厚い雲の隙間から陽の光が射仕込む。
もうシールドは、必要なさそうだった。
ここからは出来次第アップしてまいります。。




