34 居候
「こいつはメルだ。見りゃ解るが、獣人族だな」
ギルド内のレイの執務室に呼び出された俺とヴォルフだったが、まさかこんな可愛らしい少年を紹介されるとは。
俺たちは思わず顔を見合わせた。
「…よろしくおねがします」
透き通るような銀髪がサラリと流れ、これまた随分愛らしい犬耳がひょっこりと顔をだした。
「あ、クロ、」
すると、クロがとてとてとメルに近づく。
「…クロさま?」
メルがクロに気づき、コテンと首をかしげる。クロはふるふると首を横に振った。
「…じゃあ、クロ」
「ワン!!」
メルに名を呼ばれたクロは嬉しそうにメルの頬を舐めた。
今の謎の微笑ましいやり取りの意味をニヴラがいれば通訳して貰えたのに。
今日はロロにくっ付いてどこかへ行くらしい。
「俺の古い友人の子でな。お前らと同じ歳だし、うちで暇そうにしてから連れてきた」
「いや、軽いな!」
ヴォルフは今日も元気いっぱいだ。
「宜しくねメル。僕はリュカだよ」
「俺はヴォルフだ、宜しくなー」
「…よろしく」
表情こそ変わらないが、メルの尻尾はゆらゆらと揺れていた。
「…というわけで、お前ら三人は来年の『集団討伐』に参加してもらうことにした」
「え…?来年、ですか?」
「冒険者登録の時に、五年くらい掛かる奴もいるって聞いたぞ?」
「そりゃあかなり極端なケースだ。大体優秀な奴ら…例えばクリスは、二年で集団討伐に到達しただろ?」
「あ、そうでしたね」
「お前らはまだちびっ子だがとんでもねぇ才能を持ってやがる。だが圧倒的に実践が足りない。俺が一年間徹底的に見てやるから、とっとと昇級しやがれ」
「褒められてんのかこれ?」
「…わかんない」
「そういえば、登録一年後でないとパーティは組めないんじゃなかったんですか?」
「そのことだが、お前らはパーティじゃない。俺が一人で三人同時に育成するってだけの話だからな」
「なるほど。そうことになるんですね」
「でもよー、一年しか時間がねーって…実際どうすんの?さすがに長期外泊はテオさんに渋られそうなんだけど…」
「確かに時間がかかる依頼の評点が高いのは確かだ。だが、長く時間が掛かるから高評点な訳じゃない」
「…あぶないこと?」
「そうだな。高評点依頼を大まかに分けると、①危険度が高い依頼、②緊急性が高い依頼、③希少性が高い依頼、④遺跡系の依頼、⑤貴族や王宮からの依頼、って感じだな。あとは普通に、依頼達成の速さ、正確さ、被害の少なさ…とかの基本評点が加算されていく」
「…で、だ。お前らは今日から俺が決めた依頼をこなしてもらう」
「え?!すげーラクじゃん!」
「毎回依頼受付審査を受けなくて良いってことですか?」
「そうだ。が、完了報告はお前らが行け。ま、所詮これは特例措置だからな。口外すんなよ」
「…お父うえにも?」
「というか、お前らの家には既に許可をもらってる」
「…まじ?テオさん何も言ってなかったんだけど…」
「ルーシュもそうだ」
「理解のある親に感謝しろ。勿論俺にもな」
「…ありがとう?」
「何で疑問形なんだよ…」
「お前らが将来何になりたいのかは知らねーが、冒険者になったからにはこの一年は死ぬ気で冒険者業に捧げろ。そんでうちのギルドの評価と俺の評価を国一番にしろ」
「最後の何だよ?!俺たち関係ねーんだけど!」
「いいじゃねーのそんくらい。お前らの無駄に多い才能を俺たちにも還元してくれや」
「…がんばる」
メルの事情は解らないが、メルの瞳は静かに燃えていた。
きっと強くならなくてはならない理由があるのだろう。
「うん。皆で頑張ろう」
獣人族はやはり少し幼く見える。
俺はついメルの頭を撫でてしまったが、メルに嫌がられることはなかった。
*
「というわけで今日は、最近巷で大量発生している魔鼬を駆除するぞ」
俺たちはツィアーノからプストル平原に移動していた。
プストル平原はツィアーノの外に色がる見晴らしのいい平地だ。
「魔鼬はサイズも小さく無害そうな見た目をしているが、菌をまき散らす厄介な害獣だ。最近何故か急激に増えたようで、特にプストル平原の畑の被害が甚大らしい。駆除依頼が後を絶たない状況だ」
「なるほど。魔鼬の敵と言えば猫や鷲、鷹などですよね。そちらの数が減ったんでしょうか?」
「生憎ここら辺の生態調査は行われてないから不明だが、可能性としてはゼロじゃねぇな」
「…でも鷲はつよいよ?」
「自然界の中ではそうだね。となると、魔獣の仕業かもしれないね」
「待て待て。今日俺たちはとりあえず魔鼬を出来るだけ多く駆除すれば良いんだろ?」
「そうだ。ま、原因までわかりゃあ評点はかなり加算されるがな」
「…で、どうするのキミタチ?ん?」
「うわ、ずるっ!急に他人事だよ!!」
「うーん、魔鼬は夜行性だからね。それまでに巣穴を見つけなくちゃね」
「お前はほんとマイペースな…」
「そういえば、メルは武器を使うスタイルなの?僕は主に弓が得意で、ヴォルフは魔法が得意だよ」
もしもの時連携するために互いの戦闘スタイルは確認しておく必要がある。
「…グローブつかう」
「ちょっと見せて貰ってもいい?」
「…うん」
俺は【魔法のかばん】から【鑑定鏡】を取り出した。
「…なるほど、素晴らしいグローブだ。お父上から頂いたの?」
「…そう」
メルがコクリと頷く。
「材料は…デスワームの皮膚か。…え、この魔石凄いね?威力を増幅させる攻撃性、衝撃を拡散させる防御性、魔法防御性…完璧だ。あ、でも、指先にオリハルコンの爪でも仕込んだら更に面白いね。あ、ねぇヴォルフ。空の魔石に【反射魔法】とか【 重力魔法】って込められるよね?」
「おい。メルが驚いてんぞ」
「あ、ごめん。でも、ちょっと改良してみたくなったら言ってね」
「…そんなことできるの?」
「うん。僕は錬金術士だし、ヴォルフはとても優秀な魔導士だからね」
「天才児どもがわちゃわちゃしやがって…」
「わふわふ」
レイさんが楽し気に俺たちを眺めていたことを知っているのは、隣にいたクロだけだった。
それから数分後__
「…ここが最近被害にあった畑か」
せっかくのイモが殆ど食い荒らされ、獣の糞尿の臭いが周囲に立ち込めていた。
「おーおー…ひでぇなこりゃ…」
「…おいももったいない」
ただ、畑の周りにコイン程度の穴が多く見受けられる。あれらの穴を辿れば魔鼬をすぐに捕獲できそうだ。
「ん…?」
「どうしたのヴォルフ?」
【鑑定】していたヴォルフが何かに気づいたようだ。
「異様な魔痕がちょこちょこ紛れてんな…」
「……」
「メルも違和感を感じる?」
「…変なにおいする」
「それはどういうこと?」
「どの魔獣にも大なり小なり魔力が流れてんだろ?でもこれは、普通の魔鼬の魔痕じゃねぇ」
「…魔鼬のにおいとちがう」
「なるほど…」
二人に依るとどうやら普通の魔鼬に紛れて異質な魔鼬も紛れ込んでいるようだった。
さて、これはどう考えるべきか。
「まず先に、クロに魔痕が歪な奴らの巣に案内してもらおうぜ」
「…そうだね。魔鼬の行動範囲はそんなに広くないはずだ」
「…クロ、このにおい」
「ふんふんふん…」
「クロ、メル、頼んだ」
「…うん」
「ワン!!」
それから更に数分後、クロの足が急に止まる。
「クロ、この辺りなの?」
「ワン!!」
クロが誇らしげにちょこんとお座りをする。
「まぁ、絶好の隠れ家ではあるな」
レイが辺りを見回す。
たどり着いたのは平原の中にポツンとある、何の変哲もない低木だらけの藪だった。
「…こっちだ」
すると、メルが何かに気づいたのか藪の中へと入っていく。
「同じ臭いかは僕には解らないけど、この辺りもかなり臭うね」
「だな。まぁ、魔痕もあるからここで間違いねーだろ」
いったいどれ程の数の魔鼬がいるのだろうか。
「…穴あったよ」
「やるじゃねーかメル!」
「…ん」
銀色のしっぽが控えめに揺れる。
そして俺たちは、藪の中で数十か所の穴を発見することになる。
「…おっしゃ、手っ取り早く土ごと燃やすか?」
「駄目だよ、ヴォルフ。ギルド提出用に爪でも持ち帰らなきゃ」
「…ぜんぶ?」
「全部だよ。評点も報酬も減っちゃう」
「えーーーー?!めんどくせーーー!!」
「…レイさんいっこいくら?」
「100ギルだな。頑張れよ~」
「…土ン中だからな…雷は向いてねーし、水は後処理がめんどいし…結局一体ずつ回収しなきゃなんねーしなー…」
「…穴ほる?」
メルの尻尾が大きく揺れている。
「…それも良いけど、やっぱり魔鼬自身に出てきてもらおう」
「だーかーらー、どうやってだよ?」
「『燻煙』だよ。魔鼬が苦手とする匂いだ。普通の煙だと、穴の中で死んじゃう可能性が高いからね」
「…くんえん?」
「肉をスモークするときに木のチップを使うでしょ?その時出る煙のことだよ」
では、
「【スモークチップ】 【銀皿】 【火鉢】を我が手に」
次の瞬間、俺たちの前に大量の【スモークチップ】と【銀皿】、そして【火鉢】が現れる。
「…どうじにいっぱい錬成…?」
「メル。こいつの錬金術は別格だから、他の奴と比べても時間の無駄だ」
「…わかった」
「こんな感じで火鉢の上に銀皿を置いて、皿の上にチップを一握り置く。最後に火鉢の発火材にヴォルフが火をつけてね。あ、全部同時にだよ?その後、風魔法で穴に煙を入れ続けてね」
「えぇぇぇ…すげぇ簡単に言ってくれるじゃん…」
「…ヴォルフもすごい…」
無表情のメルの瞳がキラキラと輝く。
「…それで、出てきた魔鼬をこの【魔法の檻】に入れていこう。この檻はいわば【魔法のかばん】のようなもので、生物を生きたまま捕獲出来る。そして質量、大きさは無視されるよ。勿論時間に限りはあるけどね。あ、っと、この作戦で大丈夫ですか?レイさん」
「あぁ。やってみろ」
レイさんがコクリと頷いた。
そして、二か所の穴を除き、全ての穴の前に火鉢がセットされた。
「おーし、準備はいいかお前ら!」
空高く浮かんだヴォルフが叫ぶ。
「…うん」
「ヴォルフ気張れよー。あ、メル、お前も【身体強化】しとけ」
「…わかった」
火鉢のない一方の穴の前にはメルと念の為レイが。
「…大丈夫?クロ」
「きゅーん…」
火鉢のないもう一方の穴の前には俺とクロが待機だ。しかし、魔鼬の糞尿臭やらスモークチップやらの臭いにクロはたまらず俺の服に顔を突っ込んでいた。
「じゃ、行くぞ! 【無数の炎】!」
ーーーーーボッ!!!!
途端、全ての火鉢から煙が立ち上がる。
「からの、【風の壁】!」
放たれた空気の塊が煙を逃すことなく穴の中へ送り続ける。
ーーーーーードドドドドドド....!!!!!!
「来るぞメル!」
「…うんっ」
「「「キィィィィィッ!!!!!」」」
耳ざわりな奇声と共に無数の魔鼬が勢いよく飛び出す。
しかし、それと同時に吸い込まれるように【魔法の檻】の中に魔鼬が吸い込まれていく。
「…すごい数だっ…」
「メル!絶対手を離すなよ!」
「クロ、洩れた奴は頼んだぞ!」
「ワ、ワンッ!!」
*
「…ま、こんなもんか?」
「凄い数でしたね…」
【魔法の檻】の中で魔鼬たちが暴れまわっている。
「…やっぱりこいつらほぼ全部変だぞ!」
【魔法の檻】を眺めていたヴォルフが突然声を上げる。
「…毛の色は他の魔鼬と同じ黄褐色だね。でも、瞳の色が蒲公英色だ」
「魔鼬の瞳の色は黒。突然変異なのか…?」
レイさんも詳しいことは解らないようだった。
「天然ものにしては魔力が気色ワリィことになってるけどな…」
ヴォルフは腑に落ちない顔で【魔法の檻】をジッと見ていた。
その後ほどなくして俺たちは畑の方に戻り、同じ方法で魔鼬を捕獲した。
捕獲した魔鼬は数百体にものぼった為、解体作業は夜中まで掛かってしまった。
そしてその半数以上は異質な魔鼬であった。
ギルドもさすがに閉まっている時間なので、俺たちはツィアーノにあるレイさんの屋敷にお邪魔することとなった。
―翌朝。
「いい匂いすんな~」
ヴォルフは既に着替えを済ませているようだった。
「…ねむい…」
「…頭すげーことになってんぞ。リュカ」
ヴォルフに促されしぶしぶ顔を洗いに行くと、同じくまだ眠たそうなメルに出くわす。メルはレイさんの家に居候しているらしく慣れた手つきで俺の世話をしてくれた。
「…まぁまぁまぁまぁ!可愛い子が二人も増えてゴートンも喜ぶわ!」
一階に降りると、小柄なおばあさんが嬉々として俺たちのところへ寄ってきた。
「ドニさん、俺の子じゃないからな…?」
『やめてくれ』と言わんばかりにレイさんはげんなりしている。
「おはようございます。リュカといいます」
「ヴォルフです」
「リュカに、ヴォルフね!私は通い家政婦のドニよ、よろしくね」
ドニさんはにっこりとほほ笑んだ。
「…このスープうま!」
席に着くなり、ヴォルフは夢中で野菜スープを口に運んでいる。
「…もぐもぐもぐ」
その隣でメルの頬がはち切れんばかりに膨らんでいる。この子は中々の食いしん坊のようだ。
「お前ら、朝飯食ったらギルドに報告に行くぞ」
レイさんは新聞に目を通しながらコーヒーを口に含む。
「はい。多少でも被害が減ればいいですね」
「こればっかりは地道に追跡調査を行うしかねーな」
確かにそれはそうだ。
一昼夜で解決するような問題ではない。
「…もし良ければ、何か魔鼬を撃退すようなものを造りましょうか?」
「お前の気持ちは受け取っておく。そんな依頼が来たときは、そうしてやってくれ」
そう言うとレイさんは俺の頭を強めに撫でた。
*
今日も朝からツィアーノのギルドは大賑わいだ。
俺たちは冒険者で賑わう室内を潜り抜け、完了報告待ちの冒険者の列に並んだ。
「フィリップさん、おはようございます」
「あれ、リュカじゃないか!朝早くから頑張ってるね~!」
「ようフィリップ。お前は朝からやかましいな」
「え……レ、レイさんっ?!レイさんが遠征もないのにこんな朝早くから来所してるだって…?!」
「…おいやめろ。俺がいつも遅刻してるみたいじゃねーか」
そうして、結局俺たちは今回の依頼の報酬として50000ギルを貰うことが出来たのだった。
思わぬ報酬の額に、俺たちはかなり浮足立っていた。
「正確な数字を数えてる暇なかったから、ちょっと驚いちゃったね…」
「それな!下級依頼とは思えねー額だぜ」
「…そうなの?」
「下級依頼は基本的に安いからね。例えば、街中の探し物とか、お使いとかはそうだよね。おおよそ1000ギルくらいかな」
「薬草採取だって、希少なやつじゃなきゃ全然安いもんなー」
「…レイさん考えてくれた?」
「…あんな遊び人みてーな感じで実は仕事できるとか、なんか腹立つ…」
「じゃ、三人で均等に分けて、端数はじゃんけんしよっか」
「ノアとティナに何買ってやろっかな~♪」
「…ドニさんとゴートンさんなに好きかな…」
その後レイさんに聞いたのだが、生かしておいた数匹の異質な魔鼬は王都の生物院に送られたようだった。
魔鼬は一年に一度、基本的に10頭未満の子を産むのだが、驚くべきことにあの異色の魔鼬は年に五度子を産み、驚くべきことに単為生殖に操作されていた。
一体誰がどんな目的で『魔力操作』をしたのかまで突き止めることは出来なかったが、俺たちは思わぬ追加の報酬と評点を手に入れたのだった。




