30 やられたら、
俺が連れてこられたのは管理棟の最上階にある豪華な装飾が施された部屋だった。質素な生活棟とは別世界だ。部屋の奥は少し高くなっていて中央には高そうな椅子が置かれている。いわゆる『謁見の間』と言われるものなのだろう。
後ろ手に手錠を付けられた俺は両膝を床につけ中央の椅子に偉そうに腰掛けるルッジェーロを見ていた。
「久しぶりだね♪元気してたー?」
ルッジェーロは満面の笑みを浮かべゆったりと首を傾げた。綺麗に切りそろえられた銀の前髪がサラリと揺れる。
これは何と答えれば良いのだろうか。
「…はい。元気にしております」
「ふふふふ♪変わらないねぇ~その小生意気な感じ♪♪」
『正解』、だったらしい。
「…宜しいのですか?ルゼ様」
ルゼの傍らに立つ男の、エルフ特有の美しい顔が僅かに歪む。
「あの子はあれでいいんだよー?♪ミリオ」
『じゃないと、つまらないでしょ?』
ルゼはミリオに笑いかけると、スッと立ち上がった。
「ねぇ腹の傷はどう?あぁ、ミリオも戻ったことだし治してもらおっかー?♪」
「……」
名を呼ばれた当のミリオは眉ひとつ動かさずに俺を見張っている。ミリオは癒術士らしいが俺を治療する気があるようには全く見えない。
「お手を煩わせるほどの傷ではありません」
抜糸もしてもらったところなのだ、あんたが何もしなければ俺の傷は開くことはあるまい。
「そう?結構ざっくり刺したけどねー♪」
ルゼは蕩けるように笑った。
「……っ、」
一体何が面白いのだろう。得体のしれないものをみていた俺の後ろで小さく息をのむ声が聞こえる。
チラッと後ろを見ればオレクスの顔が一段と青醒めていた。
そしてその隣で眼鏡の男の頬が上気しているように見えたが、それは見なかったことにした。
「…で、ちゃんと馴染んだ?【銀のピアス】は」
ルゼがそっと俺の耳に触れた。俺の背筋が粟立っ。
「はい。ポクル様より『問題ない』とのご返答を頂いております」
オレクスが硬い声で述べる。
「ポクルが直々にー?へぇ、何でなのかなぁリュカ♪」
「僕などには預かり知らぬことです」
「じゃあもう一回戦ってみた方がいいかなー?そしたらソレが馴染んだかどうか一目で解るし♪」
ルゼはどこからか取り出した漆黒の双剣の切っ先を、楽しげに俺に向けた。
「…必要とあらば、お受け致します」
俺はじっとルゼを見上げた。
元より静かだった部屋の中が、更に静まり返る。
静けさを破ったのは、やはりルゼだった。
「ふふふふ……アッハッハッハッハ……!!!……やっぱり最高だねリュカはぁ~♪♪」
ミリオは腰につけた剣の柄に手を掛けている。
「まぁまぁミリオ、『新人』の調教はまた今度ねー?♪」
「…はい。ルゼ様」
ミリオは渋々剣の柄から手を離した。
「と言っても、僕もやらなくちゃいけないことがあってさ~」
ルゼが見せつけるように双剣を懐にしまう。
「リュカは僕の部屋の【ユピテルの鳥籠】に入れておいてねー。ミリオ」
「承知いたしました。ルゼ様」
「じゃ、いい子で待っててね♪リュカ」
そう言い残しルゼは俺の脇を通り過ぎていく。そして入口に控えていたオレクスたちを引き連れ、どこかへと去っていったのだった。
*
「入れ」
―ドンッ!!!
ミリオに押された俺は自分の足についた足枷に躓いて派手に転んでしまう。
「ッ、!」
俺は咄嗟に顔を引いたが、頬に何か”熱いもの”があたった。
「仕組みは解ったな。馬鹿な真似はするな」
どうやらこの無表情の男は本気でルゼを慕っているらしい。さっきまでの俺の態度が大層お気に召さなかったようだ。
そして俺が押し込められた『この檻』は触れると感電する仕組みになっていた。なんて悪趣味なものを自室においているのだろうかあの男は。手錠と足枷を付けられた俺はルゼの部屋の一室にある、大層な檻の中に入れられてしまったのだった。
「あの、一つだけ聞いても宜しいですか?」
「……」
ミリオは喋らない。俺は勝手に肯定と解釈した。
「僕はいつまでこの島にいられるのですか?」
「それを知ってどうする」
それは最もだ。
「せめてもの心の準備です。どうかこの馬鹿な子どもに情けを」
「……」
ミリオがじっと俺を見下ろす。
「…………明朝だ」
「承知しました」
この男にも良心の呵責というものがあるのか、単なる気まぐれなのか。
暴れられたら面倒だとは思っていそうだ。
さて、ルゼは随分と忙しいらしい。そして俺にも時間がないようだ。
「何もするな。解ったな」
ミリオは最終通告だと言わんばかりにそう命令すると、思いの他さっさと部屋から出ていった。あんな奴の一番の部下なのだ。きっとミリオも忙しいのだろう。
耳を澄ましていると、廊下に面した扉が閉まる音が聞こえた。少し間をおいてから俺はひとまず【防音網】を展開する。これで俺たちの声は外に漏れることはないし外廊下で待機している戦闘奴隷に気づかれることもない。
「…フルゥは診療所にちゃんと着いたかな?」
それに【イーグル】も一緒に戻っただろうか。
ヨハンは…ニヴラがいるから大丈夫だろう。
「わふわふ」
『きっと大丈夫だよ!』と言うように、クロが俺の頬を舐めた。
「っ、いて、」
「わふ?!」
どうやらさっき檻に当たったところを火傷したようだ。
クロが申し訳なさそうに俺を見ていたが今は撫でてやることも出来ない。
「まずは【ツウワキ】を造ろう」
俺はひとり頷く。
ミリオは明日の朝には出航すると言っていたし、この部屋にいつルゼが帰って来るかも解らないのだ。
そして、無詠唱錬で難なく俺の前に新しい【ツウワキ】が現れる。
「クロ、『ロロ』のボタンを押してもらっていい?」
「わふ!!」
クロがいてくれて良かった。クロは口と手で器用に蓋を開けると、まん丸の手でボタンを押した。
「【ロロ?】」
この檻の中からでもちゃんと繋がるだろうか。
「【………リュカ…?】」
程なくして、ロロの姿が【ツウワキ】に映る。
「【ロロ。繋がって良かった】」
ロロはどこかの部屋の中にいるようだった。
「【ボクもリュカに連絡しようと思ってたんだよ~!】」
「【それは良かった。ロロたちはもう出航したの?】」
「【もっちろんだよ~~!!…おおっと~、】」
ロロが机にしがみつく。波が高いようだ。
「【よく船を手に入れられたね?もしかしてテオさんの伝手?】」
「【ふっふっふっふ~…!!実は~ランス辺境伯の船を貸してもらっちゃったんだよね~~っ!!!】」
「【…え?ランス辺境伯の船だって?】」
「【そだよ~!!あ、ヴォルフが来たけど少し話す~?】」
「【ヴォルフもいるの?話したいけど、その前】」
「こ、困ります!ルゼ様に誰も通すなと…!」
「君は僕の言うことが聞けないの?」
「め、滅相もございません!」
「……」
部屋の外で何やら揉めている音がする。隣のクロも耳をピンと立てていた。
「【リュカ大丈夫~…?】」
ロロが心配そうに俺を見ている。
「【大丈夫だよ。だけど、ロロごめん。一度切るね】」
「【えっ、リュ】」
「【おいロロ、リュカだっ】」
切る直前にヴォルフの声が聞こえた。ヴォルフまで来てくれたのか。
みんなに会いたい。
俺は心の底からそう思った。しかしそれと同時に、ロロたちに会うことは出来ない可能性が急速に浮上してきた。ロロたちは一体どのあたりにいるのだろうか。それも気がかりだ。
「クロ、【ツウワキ】を【魔法のかばん】にしまってくれるか」
「わふ!」
そう間もなくして廊下に面した扉の鍵が開く音がする。
俺は即座に【防音網】を解除した。
「だから大丈夫だって。僕がルゼに【伝書バト】を飛ばしてあげるから」
「何卒……お願いいたします……!!」
少年のような声と疲れ切った男の声が近付いてくる。
そして、この小さな部屋の扉の鍵が開けられた。
「やぁ。昨日ぶり?」
「……」
自然と眉間にしわが寄るのを感じる。
俺が二度と会いたくない男が目の前に佇んでいた。
「ハハハ。そんなに嫌われちゃった?」
ポクルがおどけてみせる。
「…あぁ、そうだ。フィヨルドが馬鹿な真似をしていない?」
「……何の話でしょうか?」
十中八九『人体実験』の話だろうが、俺はとぼけておいた。
「知らないなら良いさ」
ポクルも深く追求することはなかった。ここでは話したくないのかもしれない。
そして、【ユピテルの鳥籠】に向かっておもむろに手をかざした。
カシャン...__
鳥籠の入り口が開いた。
「さぁ、行こっか」
この鳥籠もポクルが造った物なのだろう。鉄の足枷だけは外してくれた。そして俺には全く関係のないことだが、ルゼが怒り狂う様子が頭に浮かんでいた。
小部屋を出ると、入り口を塞ぐように銀髪の戦闘奴隷と黒髪の戦闘奴隷が立っていた。はじめに廊下にいた戦闘奴隷よりも格段に強そうに見える。俺は少しだけ脱走を考えたが、今はその時じゃない気がする。俺は大人しくポクルに従ってやることにしたのだった。
*
「ロロは助けに来てくれないようだね」
ポクルは自室のソファに腰掛け俺の【ツウワキ】を撫でている。『汚い手で触るな』と言わない俺を、誰か褒めてくれないだろうか。
「これは【伝書バト】の類のものだよね?」
『途中まで鑑定できるんだけどね』とポクルがつぶやく。
「……」
俺は無視を決め込んだ。
「悔しいことに…僕には使えないようだ」
【鍵】を掛けてあるからな。
しかし仮に【ツウワキ】が使われてしまったら一体どうなっていたのだろう。そうなると、俺はこんな風に悠長に構えてられなかったことは確かだ。リュカの才能に改めて感謝しなくては。
「……本当に君たちには腹が立ってばかりだ」
_ポイッ..
撫でるのを突然やめたかと思えば、ポクルは【ツウワキ】を奥へ放り投げる。そして【ツウワキ】が派手な音をたてて床に打ち付けられた。
「……」
俺は堪らずポクルを睨みつける。
「君は相変わらずそんな態度を取れるんだね」
ポクルが深いため息をつく。
そしてスッと机の上を指さした。
「僕は宣言通り新たな呪具を完成させたんだ」
机の上にあったのは、上品な”黒革のチョーカー”だった。
ポクルはゆっくりとそれを手に取る。
すると、俺の後ろにいる二人の戦闘奴隷がピクリと動いた。
「……」
何やら、嫌な予感がする。
「君は記念すべき”被験者”第一号だ」
「おめでとう」
ポクルは声高にそう言うと、”二回”手を叩いた。
次の瞬間、背後の戦闘奴隷の鎧がカチャリと音をたてた。
――くる…!!
俺は咄嗟に斜め方向へ飛び出し戦闘奴隷から距離を取る。
「そいつを捕らえろ!!!」
ポクルが叫ぶ。
「はッ!!」
銀髪の戦闘奴隷が俺に掴みかかる。俺はそれを躱し、手首を蹴り上げた。
「ぐあ?!」
銀髪の戦闘奴隷が怯む。俺はその隙に後頭部に回し蹴りを入れる。
「な、なんだと…?!」
ポクルは俺に武の心得があることを聞いていなかったらしい。どいつもこいつも情報収集がザル過ぎやしないか、ここの幹部連中は。胡坐をかき過ぎだ。
「グギャウッ!!」
「クロ?!」
突然クロが俺の手錠に喰らい付く。
「は…?!獣の声だと?!」
「いやしかし…姿が見えないぞ…?!」
戦闘奴隷たちが周囲をキョロキョロと見渡す。
「グゥッ…ギャウッッ!!!」
【隠ぺいの首飾り】を付けたクロの姿はポクルたちには見えていない。
クロは困惑するポクルたちを尻目にものの数秒で手錠の鎖を食いちぎった。
「だ、大丈夫なのか…?!」
俺は自由になった両手でクロの顔を包み込む。
「ワン!!」
クロは元気よくひと吠えした。
見る限り牙も大丈夫そうだ。四霊獣の力は本当に俺の理解を越えている。
「何をしている?!見えない獣を探してもしょうがないだろう!とっととリュカを捕らえろ!!!」
「っ、はッ!!」
ポクルの放つ怒気にあてられた黒髪の戦闘奴隷が俺に向かって詠唱の型をとる。
俺は即座にダガーを取り出すと、黒髪の戦闘奴隷の両肩に放った。
「ぐ、ぁッ?!」
黒髪の戦闘奴隷が堪らず膝をつく。
「調子に乗るなガキがッ!!」
銀髪の戦闘奴隷が俺に向かってブロードソードを振り下ろす。
―――ガキィィンッッ!!!!
戦闘奴隷のブロードソードと俺の即席の【バスターソード】が激しくぶつかり合う。
しかし、やむ無く力で押し負けた俺はひとまず後方へ飛びのく。
「グギャウ!!!!」
するとすかさずクロが銀髪の戦闘奴隷の足に噛みついた。
「ぐああああ?!」
鉄の鎖を嚙み千切るクロの牙だ。銀髪の戦闘奴隷があまりの痛みにのたうち回った。
「どいつもこいつも……!!」
ポクルが俺に背を向け引き出しに手を伸ばす。
俺は即座に【弓〈超級〉】を取り出し、ポクルに向かって矢を放った。
「ぐあああ…?!」
ポクルの肩に矢が突き刺さる。ポクルは悲鳴をあげながら倒れ込んだ。
俺はすかさずポクルをうつ伏せに押さえつけ、後ろ手に【手錠】をかけた。
「ぼ、僕にこんなことをして許さ、う、むッ?!」
大口を開けたポクルの口にヨハンが調合してくれた眠り薬の錠剤を投げ入れる。
「っ、な、何を飲ませた…?!」
ポクルの顔が急激に蒼褪めていく。
「さぁね」
誰が教えてやるものか。
お前も俺たち奴隷の気持ちを味わえ。
「絶対に許さ…むぐッ?!」
俺はポクルの口にさっさと【猿ぐつわ】を取り付けた。
そして、クロと一緒に転がっている戦闘奴隷を【ユピテルの鳥籠】に押し込み鍵をかける。誰かが開けてくれるように鍵は机の上に置いておいた。
そうこうしている内にやっと意識を手放したポクルを、俺は乱雑に麻袋に詰め込んだのだった。




