29 同室者
「…お前…ほんとに6歳か…?」
ヨハンは左耳に付けたばかりの普通の銀のピアスに何度も触れる。
「そうだよ。僕は人より少し錬金術が得意なんだ」
「”少し”では…ないだろうこれは……お前実は…国王の妾の子か何かだったりするのか……?」
「そんなわけないでしょ。僕の顔を見てよ」
王族は総じて見目がいい。妾なんて以ての外だろう。
「見た目はまぁ……ふつうの可愛らしい男の子だな」
「…ありがとう。ヨハン」
冗談のつもりだったのだが、ヨハンに気を使わせてしまったようだ。
「本当にこれでで俺たち奴隷を操っていたのか?錬成失敗も?」
「主な原因はそれだね。もう自由に話せるでしょ?」
「……そう、なのか?」
「手始めに、『ポクルのろくでなしの馬鹿野郎』とか言ってみる?」
「…今はやめておく」
―コンコン..。
その時、診療所の地下室の扉が控えめに叩かれた。
「…」
ヨハンが俺の方を見る。
「大丈夫」
俺が頷くと、ヨハンも同じように頷いた。
フィヨルドは猿ぐつわを付けて奥の自室へ放り投げてあるし、【遮蔽網】も展開している。
そして、何故かフィヨルドの傍にはニヴラとクロがいる。どうやら二人はフィヨルドに興味があるわけではなく、フィヨルドの部屋にある『珍しい品物』に興味があるようだった。俺もこんな状況でなければ二人に混じってお宝探しをしたかった。
「今開けます」
ヨハンは扉に近づくと、扉の鍵を開けた。
「ホルンです。失礼します」
部屋の外にはルーシュと同じくらいの年の看護人が立っていた。
「ヨハン先生…え、処置中でしたか…?」
看護人がベッドに腰掛ける俺を見る。
「あぁ、もう終わった」
俺は先ほどヨハンに抜糸をしてもらったところだった。ヨハンはとても上手だと思う。全然痛みはなかった。
「気が付かずに申し訳ありません…!」
「いや、このくらいの処置はひとりで十分だ。抜糸をしただけだからな」
「さすがはヨハン先生です。…あ、フィヨルド先生はどちらにいらっしゃいますか?」
「フィヨルド先生は席を外しているんだ。どうした?」
「先ほどフィヨルド先生宛に【伝書バト】が届いたのです」
「わかった。預かっておく」
「ありがとうございます。ヨハン先生」
そして看護人は丁寧に一礼すると、地上階へ戻っていった。
地下室は防音になっているらしい。今の看護人の様子からして地下室での騒ぎは気づかれていないようだ。何のための防音設備なのかは考えないことにした。
「…誰からだろうか」
「…うーん。とりあえず開けてみよう」
【伝書バト】は首から小さなかばんを下げていた。
ヨハンがそのかばんを開けてみると、折り畳まれた手紙が出てきた。
「差出人の名前は…書いてないな。じゃあ、開けてみるぞ」
「うん」
ヨハンが手紙を開こうと封蝋に手をかけた。
すると次の瞬間、小さな雷がヨハンの右手を襲った。
「いっ、?!」
ヨハンはたまらず手を引っ込める。
そしてひらひらと手紙が床に落ちた。
「次は僕がやってみていい?」
落ちた手紙に向かって手を伸ばす。
「…ああ。だが、気をつけろよ」
「うん」
俺は折り畳まれた手紙をしっかりと掴んだ。この時点ではまだ雷は発生しない。
この手紙が『普通』の手紙ではないことは確かだが…
俺は【鑑定鏡】を付けようと【魔法のかばん】に手を伸ばした、その時だった。
俺の頭の中に、【手紙】の錬成式がパッと浮かびあがった。
「…なるほど」
この【手紙】はやはり錬成物だったようだ。
そして、触れる分には問題ないようだが、いざ開けようとすると、本人”以外”は拒絶される条件が付けられていた。
「何か解ったのか?」
「大方解ったよ。さぁ、フィヨルド先生に手伝ってもらおう」
「…え?眠りキノコを飲ませてるから、まだ当分起きないぞ…?」
「大丈夫。眠っていても問題ないよ」
「…?」
「…なんじゃ、やはり貴様も見に来たのか?!」
「わふわふ!」
処置室の奥にあるフィヨルドの自室へ移動すると、クロとニヴラが俺たちのところへ寄ってくる。
「残念ながら違います。それに、さすがに盗ったらだめですよ?」
「いいや。糞爺の手元にあっては名品たちが悲しんでおる。だから我輩が救い出してやるのだ!ぎゃっぎゃっぎゃ!」
「わふ…?」
「…やっぱり…竜が流暢に喋ってるんだよなぁ……」
ヨハンは自分の両頬をつねっていた。
まだニヴラの存在を疑っているらしい。無理もないと思う。
「この手紙を本人に開けて貰います」
「ほう?」
「わふ?」
「どういう仕組みなのだ?リュカ」
「見るが早いと思いますよ」
そして俺は、意識の無いフィヨルドの親指を拝借すると、封蝋にぐっと押し当てた。
「「!!」」
すると、音もなく瞬く間に封蝋は消え去った。
そして、折りたたまれた手紙がひとりでに開かれる。
俺たちは手紙を覗き込むと、そこにはこう書き記されてあった。
『身体の氣穴に【呪殺の石】を埋め込むという案は理にかなっているとは思う。しかしながら僕はその方法は推奨しない立場だ。僕の方も新たな呪具を鋭意製作中であるので、勝手な真似は慎むように。 ポクル』
「やっぱりポクルからか……」
にしても、なんと残虐なことをするつもりだったのか、[[rb:あの爺 > フィヨルド]]は。
医者という肩書すらも疑わしい狂人ではないか。
「…………うそだろ」
ヨハンに限っては、あまりの衝撃に顔面蒼白だった。
もう五年もフィヨルドの助手をしているのだ。さすがの俺もかける言葉が見つからなかった。
「……ヨハンは知らなかったのかな?」
「……そうだな。いや……さすがにこれほどとは思わっていなかった、が正しいだろう。魔薬草に手を出していたのは知っていたんだからな」
「…ヨハン。フィヨルドの筆跡が解るものを探してほしい」
「…え?あぁ…わかった」
「…これで大大丈夫か?患者の治療の指示書だ」
「ありがとう。これで十分だ」
俺はヨハンからそれを受け取ると、フィヨルドの筆跡を”複製”した【手紙】を錬成する。
「こんな返事で大丈夫かな?」
俺が考えた無難な内容の手紙をヨハンに見せる。
「あぁ、良いと思う」
ヨハンがコクリと頷いた。
そして俺は廊下で待機している【伝書バト】に”偽装”の手紙を渡す。
手紙を受け取った【伝書バト】は満足そうに頷くと、軽やかに飛び立っていった。
「…あ、そうだ。フルゥにも知らせなきゃ」
俺はもう生活棟の部屋に戻ることはないだろう。なのでフルゥには診療所にいることを伝えなければならない。俺は【魔法のかばん】の中から【イーグル】を取り出した。
「イーグル、おはよう」
俺はイーグルの頭を優しくなでる。
「…ピー」
イーグルが目を覚ましたようだ。
目をぱちくりしている。とてもかわいい。
「…え、子鷲…?かばんから……?」
ヨハンがイーグルに恐る恐る触れる。
「イーグルは僕の【伝書バト】なんだ」
「ピー」
「【伝書バト】…?本物の子鷲かと思ったぞ…」
「…さぁ、イーグル。頼んだよ」
俺はイーグルの足に手紙を巻き付けた。
「ピーー!」
イーグルは俺に向かって敬礼をすると、扉の外へ力強く飛び立っていった。
*
「…少し、俺の話を聞いてくれるか?」
ヨハンが湯気が立ち上るコップを俺に差し出した。
どうやら紅茶をいれてくれたようだ。
「うん。聞かせてほしい」
俺はそれを受け取ると、コクリと頷いた。
「…俺はな、フィヨルド先生たちが何をしているのか知っていながら……止めなかったんだ」
ヨハンは診察用の椅子に腰かけると、ぽつりぽつりと心のうちを打ち明け始めた。
「……それは…仕方がないことだと思う。だってそれは…この島の全員を敵に回すようなものじゃないか」
「…気休めでもありがとうな。…薬草小屋の地下に『ヤカイソウ』があっただろう?」
「うん…他にも色々あったよ」
「さすがだな。『ヤカイソウ』はな、少量ならば短時間の睡眠薬となる反面、悪夢を見せる作用を併せ持つんだ」
「うん。聞いたことがある」
「……いいか?この島の住民はな…知らない間に『ヤカイソウ』やら『毒草』やらの入った飯を食わされていたんだ。そんなこと、信じられるか?」
「……どういうこと?」
「……俺たち奴隷は定期的にこの島の外で労働することは、知っているか?」
「…うん。それはフルゥに聞いた」
「島の外に出た時は『必ず』悪夢を見るんだ。だが島の中にいるときは悪夢を『全く』見ない。……これが何故だか、もう解るよな?」
「……島外の食事にだけ『魔薬草』を混ぜて……脱走を抑制した、ってこと?」
「そんなところだ。俺たち奴隷は知らず知らずのうちに刷り込まれていたのさ。島外は俺たちにとって『恐ろしい場所』であって、島だけが『安息の地』なんだ、ってな。ははは…」
「まるで悪魔の所業だね。同じ人間だとは信じられない」
「……その通りだ。だが、例外があったんだ」
「例外…?」
「例えこの島にいたとしても、脱走を仄めかすような言動があった場合、そいつの飯にはもれなく『ヤカイソウ』やら『ドクソウ』やらが混入することになる。その言動はこの島にとって”禁忌”だからな」
「何で個人の言動が筒抜けなの?この島には見張りが全然いないじゃないか」
「…お前は素直だな。それに、フルゥと俺としか接触がなかったのがお前にとって幸いだったんだろう」
「…どういうこと?」
「奴隷の中に”監視者”が紛れてるってことだ」
「!」
「…まぁ、お前は賢いからな。下手なことにはならなかっただろうけど」
「ヨハンはどうしてそこまで知ることができたの?」
「それは幸か不幸か、俺が医者見習いだったからだろう。……今から二年くらい前だ。あれはお前の前の同室者がいた時だった」
「僕の前の同室者…」
「初めは奴隷になったショックで、そいつは殆ど口を開かなかった。お前くらいなもんだぞ?ペラペラと普通に話している奴は」
「ヨハンは前にも言ってたよね」
「二月ほど経った頃だろうな。そいつは、『こんな島早く出ていきたい』と言うようになったんだ。元々は能力のある奴だったんだろう、他にも色々と不満を言っていた。俺はまだ”あの方”とこの島を信じていたから、罰当たりなことを言ってるな、くらいにしか思っていなかった」
「この島を信じるって、どういうこと?」
「この島はな、”あの人”とポクル様によって創られた『理想郷』なんだと俺たち奴隷は教えられてきた。だから、俺たち奴隷はむしろ、『選ばれた人間』なんだって、な」
「…何だよそれ」
「馬鹿みたいだよな?けど、あの頃は俺も疑ってはいなかったんだ……何故だろうな…」
「…」
「それから間もなくして、そいつは体調を崩し始めた。その時の俺は食事に”何か”が混ざっているなんて考えもしなかったが、何故そいつは島外労働者と同じ症状なのか、妙に気になり始めた。だから俺は……フィヨルド先生の部屋に忍び込んだんだ」
「!」
「そして……フィヨルドとオレクスが診療所の地下室で話しているのを……まだ13の俺は聞いてしまった……ってわけさ」
「ヨハン…」
「俺は絶望したよ。島外労働者の病は『島外の伝染病』なんかじゃない。病の原因は『魔薬草』だったんだ。しかもそれを育てているのは、よりによって医者だったんだぜ…?こんな滑稽な話があるかよ」
「……」
「そして、失意の俺が部屋に戻ったとき……前の同室者はもう、いなかったよ。あとで別の島へ送られたのだと聞いたが、本当のところは解らずじまいだ」
これで昔話は終わりだと、ヨハンは静かにそう言った。
「話してくれてありがとう。ヨハンの勇気に…最大の感謝を」
ヨハンはずっとこの島でひとりで戦っていた。誰にも言うことができない中でひとりで懸命に。
挙句の果てに、師だと慕っていた者は人の皮を被った悪魔だった。
気が狂っても仕方のない状況だったと思う。
それなのにヨハンは医者見習いとして必死で生き抜いてきた。ヨハンが無事に生き延びてくれたことが、今は何よりも嬉しかった。
「……え、おい…何泣いてんだよ?」
「だって…」
俺は慌てて目を擦る。しかし、涙が溢れて止まらない。中年になると涙腺が緩むらしいから仕方がないと思う。
「…ありがとうな。リュカ」
ヨハンは小さな声でそういうと、俺の頭を優しくなでた。
「…で、これからどうするつもりだ?定刻通りなら、あと一時間ほどでルゼ様は到着しちまうぞ?」
時計は夕の五時をさそうとしていた。
きっと空は藍色に染まり始めているだろう。
「それに、監視者もそろそろ迎えにくるかな?」
「そうだな。ルゼ様の機嫌を損ねることは死んでも避けたいだろうからな」
「あ、そうだ。ヨハンにお願いがあるんだ」
「なんだ?」
「診療所にフルゥという獣人族の女の子がくる。その子をここで匿って欲しいんだ。その子は信頼して大丈夫だよ」
「それは解ったが……お前はどう動くつもりなんだ?俺たちはどう考えても足手まといになるぞ」
「うん…申し訳ないけど、僕は自分の身を守るので手一杯になるだろうね。でも、大丈夫。僕の仲間がこの島に来るから」
「……………は?」
「…あ、ごめん…その、もっと早く言うつもりだったんだけど…」
「おいおい……おいおいおいおい……??!!一体どういうことなんだそれは?!」
「あ、えっと……」
「……というわけなんだ。だから僕は【イーグル】が戻り次第仲間に【ツウワ】してみるね」
「……………頭で理解はしたが……気持ちが追い付かないというか………お前の才能は最早人の領域ではないというか……」
「あ、ごめん。その…内緒にしてくれる?錬金術のこと」
「あぁ。その方がいいと思う」
ヨハンがコクリと頷いてくれた。
_タタタ・・
「…足音が聞こえる」
俺は、咄嗟に壁に耳を当てた。
「…は?ここは防音室だぞ?」
「あぁ、本来僕は少し耳が良いんだ。結構な大人数がこちらに向かってる」
「…お前は本当に……しかし、残念ながらお前の仲間ではないだろうな」
「そうだね。それに僕の仲間なら、あんな足音は立てないと思う」
「何だよそれ…王家お抱えの”暗殺者”じゃあるまいし…」
「監視者が来たら、ヨハンは抵抗せずに僕を引き渡してほしい」
「…それは、本当に最善なのか?俺はまだ治療中だと言い張ることも出来るんだぞ?」
「うん。さっきも言ったけど、僕はまだ自分の身しか守れないから」
「…そうか。なら信じるぞ。リュカ」
「ありがとう。ヨハン」
―-ドンドンドン‼!!
それから間もなくして地下室の扉が激しく叩かれる。
「直ちに開けろ!!」
誰かが大声で叫んでいる。
「はい、何でしょう?」
落ち着きを払ったヨハンが扉の鍵を開ける。
「おい、医者見習!フィヨルド先生はどうした?!約束の時間をとうに過ぎているではないか!!!」
「それは大変失礼しました、オレクス様。フィヨルド先生はどうやらポクル様のところのようです」
「……ちぃッ、こんな時に…!」
「…オレクス様、時間がありません」
先ほどの眼鏡の男も一緒だったようだ。無遠慮に俺を見る態度は変わらないらしい。
「ルゼ様が少しばかり早くご到着になったのだ!ルゼ様はお前をご所望だ、早くしろ!」
すると、オレクスが連れてきた戦闘奴隷が俺の腕を強引に掴んだ。
「大変恐縮なのですが…この患者は抜糸をしたばかりですので、荒事はどうぞお控えください。さもなくばまたすぐに……腹の傷が開きましょう」
「…頭の片隅にいれておく」
オレクスの顔が青くなった気がするのはきのせいだろうか。
オレクスが戦闘奴隷を一瞥すると、腕を掴む力が弱まった。
「…?」
それと同時に、俺の肩に別の重みが加わった。
俺がふと目線を下に向けると、俺を見上げるクロとばっちり目が合った。
「……」
…クロはいったいいつの間にかばんに入ったのだろう。短時間のうちに身のこなしが上がっている気がするのは気のせいだろうか。
敵の本拠地のようなところにクロを連れていっていいのだろうか。少し悩んだ俺はフィヨルドの部屋の前にいるニヴラに目を向ける。するとニヴラは『クロは連れていけ』と言わんばかりに顎をしゃくった。
ニヴラがそう思うのならその方が良いのだろう。俺はコクリと頷いた。
ヨハンとフルゥを頼みます。
俺は心の中でそう念じながら、ニヴラをじっと見つめた。
俺の気持ちがニヴラに伝わったのかは解らないが、ニヴラは不敵に笑ってみせた。
さぁ、久しぶりのご対面だ。ルッジェーロ。




