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 __バンッ。


 突然ノックもなしに自室の扉が開けられる。



「お前がリュカだな?」

「…そうですが…」


 俺は後ろ手に【遮蔽網】を展開しクロと持ち物を隠す。クロは既に【隠ぺい首飾り】をつけているが念のため二重で術を掛ける。



「…こいつ、元気そうではないか…?」

「…おかしいですね…鑑定員の報告では”重傷者”となっていたのですが…」


 二人の男が俺を無遠慮に見ながら話している。俺はどうやら仮病を疑われているらしい。


「腹の傷はまだ痛みますが、ご覧になりますか?」


「見せてみろ」

「はい」


 

「……確かに重傷者ではあるようだな」

「…そのようですね」


 腹の傷はもう抜糸をしても良いところまできたと思うのだが、二人の男は顔を背けた。

 こういった傷を見るのに慣れていないようだ。



「オレクス様。こちらがこの者の鑑定書でございます」

「…見せろ。『下級冒険者』…『下級錬金術師』か…」


 オレクスと呼ばれた男の方が洋紙を捲る音が部屋に響く。

 隣の眼鏡の男はもしかすると鑑定員の上席者なのかもしれないとふと思った。


「…まったく、ルゼ様も困ったものだ。こんな平民のガキのために島の長である俺を動かすなど…」

「……オレクス様」

 


「……ちっ、」

 オレクスが眼鏡の男に洋紙を押し付ける。


「お前はルゼ様に同行することが決まった。荷物を持ってついてこい」


「…え?」



「何をぼうっとしているのですか?すぐに支度に取り掛かりなさい。……全くこれだから奴隷は…」

 眼鏡の男がぴしゃりと俺に言い放つ。俺は最後の言葉も聞き逃さなかった。



 俺がルッジェーロに同行する…?

 海上から【伝書バト】でも遣わされたのだろうか。今はまだ昼下がりだ。



「行きますよ」

「…はい」

 

 廊下にはオレクスたち以外に数名の信者がいた。今ここで抵抗するとヨハンに迷惑を掛けそうだ。俺はおとなしくオレクスたちに従った。

 

 今度は一体どこへ連れていかれるのだろうか。俺は前かばんに入っているクロの頭を優しくなでた。





「ルゼ様がお見えになるまではこの部屋で待機だ。間違っても逃げようなどとは思うなよ?」


 信者のひとりが俺に向かって言い捨てる。

 俺がコクリと頷いたことに信者たちは満足したようだ。

 

「さすがにこいつじゃ無理だろう」

「それもそうだな、ハッハッハッハ!」


 そして信者たちは笑いながら扉の鍵を閉めた。

 

  

「…しかし、ルゼ様は一体このガキの何がお気に召したんだろうな?」

「ルゼ様はこう…気まぐれなところがあるからな…さっぱり解らん」


 オレクスと眼鏡の男がいつの間にかいなくなったことで、信者たちは部屋の前でベラベラと話し始める。

 隠す気もない会話は俺の耳に筒抜けだった。



「…『高度と思しき錬成物を多数確認』と書いてあるが…まさかコイツが造ったわけじゃないよな?」

「鑑定書を見ただろう?どうせ盗みでもはたらいたのさ、平民のガキが【魔法のかばん】など買えるわけがない」

「あぁ…だから腹を刺されたのか」

「そうに違いない。奴隷になるような奴らは、底抜けに間抜けなのさ」

「おいおいおい、どの口が言うんだ?お前だって……」


 

 好き勝手話していた信者たちの声が段々と遠ざかっていった。

 持ち場に戻ったようだった。



 俺は扉の外に気配がないことを確認すると、【遮蔽網】を展開した。

 そしてクロを前かばんから下ろしその横に寝転がった。



「んーーー…」

 俺は思いっきり背伸びをする。

 気づけば朝から動きっぱなしだ。少し疲れた。



 どうやら俺は管理棟の一階にある小さな部屋に押し込められたようだ。

 この小さな部屋には鉄格子の窓と小便用の桶しかない。さしずめ懲罰房のようなものだろう。

 

 


 さて、どうしたものか…

 俺はぼんやりと天井を見つめた。


 ”気まぐれな”ルッジェーロは俺のことを忘れてはいなかったらしい。

 一度剣を交えたくらいで俺の何が奴の気に召したのだろうか。


「まぁ、俺はルッジェーロについていくつもりは微塵もないけどな」


 俺はもう既に【銀のピアス】を破壊しているし、【独裁者の指輪】からの干渉も感じない。つまり今の俺は本来の力をいかんなく発揮できる。この部屋の扉だって簡単に出られるし、ツィアーノのような街中ではないにしてもこの島でルッジェーロを撒くことは簡単に思えた。



「でも絶対にポクルは捕まえないとな」

 

 まったく、一体どうしたらあんな危険な奴が育つのだろう。一度ロロのお師匠様にお会いしてみたいものだ。それに、フルゥとヨハンだ。他の隷属されてしまった人たちもそのままにはしておけない。俺はアルトのように騎士団ではないけれどのうのうとこの島を去ることはしたくない。


 

 …そういえば、ロロたちは今頃どの辺りにいるのだろうか。

 昨日話したときは準備が出来たらすぐに出発すると言っていたが…

 念のため一度【ツウワ】してみるか。



「くーん…」

 


「…どうした?クロ」

 【魔法のかばん】を漁っていると、クロが俺の腕をちょんちょんと触れる。

 これはクロが何かをして欲しい時の合図だ。


「…もしかして、お腹が減ったか?」

「わふぅ…」

 当たりのようだ。


「そうだよな。とっくに昼は過ぎてるもんな…」

 

 この島に来てから食事はヨハン頼みだ。コインを持たない俺は大食堂に行くことが出来ない。

 俺は我慢できるタチなので気にならなかったが、クロはまだ子犬なのだ。


「じゃあ、錬成するか」

「わふ?!」

 

「何が食べたい?肉でいいか?」

「わん!!」 




 


   ―ガチャ。



「「!」」  

 俺とクロが同時に振り向く。



 俺もクロも肉のことで頭がいっぱいだった。なので扉の鍵が回されるこの瞬間まで俺たちは扉の外の存在に気が付くことはなかった。


 ディノの時はこういう失態はなかったが、やはりこの体はまだ幼い。目の前のことにどうしても集中してしまうのだ。俺は何とも不甲斐ない気持ちで扉を開けた人物に目を向けた。

 


「…犬の声が聞こえた気がしたが…まぁ良い。久しぶりじゃのう」

「……」


「…どなたですか?」

  

 俺たちの前に姿を現したのは杖をついた白髪の上品な老人と……俺の同室者であるヨハンだった。ヨハンは何故か目を合わせてくれないし、老人は俺のことを知っているようだが俺は全く記憶になかった。



「おお、そうかそうか。お主はまだ意識がなかったからな、儂のことは知らなんだ」

 『儂の名はフィヨルドじゃ』と、老人が手を差し出す。


「あ、この傷の縫合をしてくれた方ですね。その節はお世話になりました」

 俺はその手を握り返した。

 まさかこんなところでお礼を言うことになるとは思わなかった。そう言えばニヴラの姿が見えない。どこにいるのだろう。

 

「…ほう。何とも肝の据わった子どもじゃ。お前が言っていた通りじゃな。ヨハン」

「……」


 フィヨルドに話し掛けられたヨハンだったがコクリと頷いただけだった。



「…もしかして、抜糸をしてくれるんですか?」


「そのつもりじゃったのだが………その前に『処置』をする必要があってな」

「処置?」


「そうじゃ。ひとまず診療所へ来て貰おうかの」

「それは有難いです。ですが、信…ではなくて、あの人たちは良いんですか?僕はこの部屋から出るなと言われているのですが」


「監視者のことならば問題はない。そ奴らにこの場所を教えて貰っておる。それに、そもそもこれはポクル様からの命令でもあるからのう」


 どうやら現島の長であるオレクスよりもポクルの方が偉いらしい。にしても、また移動か。指令系統は一体どうなってるのだろう。ルッジェーロとポクルだとポクルの方が立場が上なのか?



「さぁ、さっさと行くぞい」

「あ、はい…」


 俺はクロが入った前かばんを肩にかけると、フィヨルドの後ろを歩くヨハンを見た。ヨハンは俯いていて表情を窺うことは出来ない。


 結局、診療所につくまでヨハンが口を開くことはなかった。






「まずはこの薬を飲むのじゃ」

 フィヨルドから薬をひと粒手渡される。


「これは何の薬ですか?」

 生憎今は【鑑定鏡】も掛けていないので調べようがない。



「なに、()()()()()強い睡眠薬じゃ。これから抜糸を行うのでな」

「なるほど。ありがとうございます」


 俺は診療所の地下にある部屋に案内された。恐らく手術用の部屋なのだろう。消毒液の臭いが充満しているし、医療用ナイフやら注射などが台の上に準備されていた。

 

 それと少ししか見ることが出来なかったが、ベッドがある地上階には多くの患者と数名の看護人がいた。ヨハンはあの中でいつも働いているのだろう。看護人はバタバタと忙しそうに動きまわっていた。



「あの、少しお聞きしても良いですか?」


「…何じゃ?時間がないから手短にな」


「貴方は僕の腹の傷のことを何だと聞いているんですか?」

「聞いてはおらぬ。どうせルゼあたりが”気まぐれ”でやったのだろう」

 

 『ミリオに治させればいいものを…』

 フィヨルドはそうつぶやくと小さくため息をついた。



「じゃあ、もう一つ」

「…まだあるのか?」

 フィヨルドが少し苛つき始めたのが解った。


「薬草小屋で育てられている薬草は店で売られているものよりも上質でした。何か秘訣でもあるのですか?」

「儂は長年薬草を研究しておる、あれくらい造作もないことじゃ」



「…あぁ。だからなんですね。あの『()()()』の満月草も見事なものでした」

「!!」

 驚いたフィヨルドが俺を睨みつける。


「【カブト花】や【ヤカイソウ】は初めて見たので比べようがありません。あれらも『治療』に使う薬草なんですか?」

「はて…知らぬ名じゃな」


「あれ?貴方は自分が監督なさっている小屋で育てられている薬草のことも知らないんですね」

 この話題についてフィヨルドは一切認めるつもりはないようだ。しかし初めの余裕しゃくしゃくな態度は消え失せていた。


「…ヨハン。この者はちと妄言癖があるようだな。”あの薬”も追加で処方してやれ」

「……」


「…まったく、最近のお主は一体どうしてしまったというのじゃ…」

 フィヨルドが深いため息をついた。




「さぁおしゃべりはここまでじゃ。その薬を飲め。それから抜糸を行う」

 フィヨルドが俺に近づく。


「…そんなの、嫌に決まってるじゃないですか」

 こんな怪しい薬だれが飲むか。俺はその薬を【魔法のかばん】にそっと入れた。



「……優しくしておれば…つけあがりおって……!!!」

「優しくされた覚えはありませんけどね」



「ちぃっ…お前はもう少し痛い目をみる必要があるようじゃな!!!」 

 フィヨルドはポケットから小型の銃を取り出すと、その銃口を俺に向ける。




「フィヨルド先生もうやめてください!!」


 すると、ずっと黙り込んでいたヨハンが俺をかばうように立ちはだかった。



「どけヨハン!!どのみちこ奴はポクル様の『実験体』になるのじゃ、多少傷がついたところで些末なことじゃ!!!」

「どきません!まだ年端もいかない子どもではないですか!」



「ええいッ、どかぬか!!お前から撃つぞ?!」

「っ、」

 


 【魔法のかばん】には【弓〈超級〉】が入っているが、取り出して矢をつがえている暇はない。ならばこの場で【ダガー】を錬成して__




 ―――バンッッ!!!!!



 

 地下室の扉が勢いよく開け放たれる。そして()()()()()()が通り過ぎていくのを俺は見た。



「ぐ、ほッ…ぁ?!」


 次の瞬間、フィヨルドの身体が壁に打ち付けられ握られていた銃がどこかへ飛んでいく。それと同時に俺は【ダガー】を錬成し横たわるフィヨルドの首に突き付ける。


 だが既にフィヨルドは白目をむいて口から泡を出していた。俺は【縄】を錬成しフィヨルドをさっさと縛り上げた。


「ニヴラ。助かりました」

 俺は頼れる相棒に向かって頭を下げた。  


「ぎゃっぎゃっぎゃ!」

「わんわん!!」

  


「……いったい…なにが…」

 

 【隠ぺいの首飾り】のせいでヨハンにはニヴラとクロの姿は見えていない。二人の声が聞こえているだけだ。なので目の前で一体何が起きたのか理解できないようだった。



「ヨハン大丈夫?」

 俺は床に座り込んでいるヨハンに手を差し出す。

 


「あ、あぁ。俺は何ともないが…」

 ヨハンが俺に引っ張られながらゆっくりと立ち上がった。



「お前…この島で錬成出来るのか……?…というか、さっきの身のこなしは…」

「僕はこう見えて冒険者だって言っただろう?」


「……そう…だな…」

 

 ヨハンはニブラとクロの声がする方を見ていた。






「ヨハン。僕と一緒に島を出よう」


 『何もしない』とロロと約束していたが、成り行きでフィヨルドを捕まえてしまった。もうこれからどうなるか解らない。俺は今のうちにヨハンの本当の気持ちを確かめておきたかった。



「……でも…」

「悪いのは全部ポクルと”あの人”だ。完全に君たちは被害者だ。そうだろう?」


「……」

「ヨハン…」

 




  「「「男ならさっさと決めぬか馬鹿者がーーー!!」」」




「「!!」」


 【隠ぺいの首飾り】を外したニヴラがヨハンの前に現れる。 


「……は?え、竜……しゃべ…る……?」

 ヨハンが目を白黒させている。


「ニヴラは小さいけど、色々と凄い竜なんだ」

「……なるほど…」 


 

「それに貴様は医者なのだろう。貴様が今すべきことは何だ。お前の前に誰がいる」

 ニヴラは朝からずっとヨハンを見守ってきた。だからきっとニヴラにも思うところがあるのだろう。



「…俺が……すべきこと…」

「そうだ。いくら貴様が悔やんだところで時は戻らぬ」


「………そう、なんだよな…」

 

 暫く俯いていたヨハンは、顔を上げ俺の目をじっと見つめた。 

 

 ヨハンの目に不安の色はもうない。ニヴラが何を話しているのか俺には良く解らなかったが、ヨハンは少しだけ気持ちの整理がついたようだった。



「あのさ、ヨハン。腹の抜糸をお願いできるかな?」

 俺は無様に床に転がされているフィヨルドを見た。



「あぁ……任せておけ」

 『前は尊敬してたんだけどな』と、ヨハンは小さな声でそうこぼした。


「はぁ…?こんな穢れた糞爺の何を尊敬する?」

 ニヴラは心底解らないという顔でフィヨルドを見た。



「ぷ、はははは…!そう…なのかもな…」

 

 ヨハンの笑顔は、どこか晴れ晴れとしていた。

 

 ヨハンはもっともっと笑った方がいい。ヨハンの趣味は何だろうか。この島をでたら、話したいことが山ほどある。

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