25 秘密
…正面口に一人、裏口にも一人。
屈強な男が大層なロングソードを地面に突き刺し、睨みつけるように立っている。
鎧こそつけていないが見るからに戦闘経験のある人間だ。
あんな男が立っていたらカタギの人間はわざわざ近づこうとは思わないだろう。
とは言えこれでは『大切なものを隠してます』と言っているようなものだが、ここは屈強な男たちの力技に頼ることにしたらしい。逆に考えれば、そうしないといけない理由があるとも考えられる。俺はこの問いの答えを考えながら注意深く周囲を探索した。
……お、
すると、俺は幸運にも二階の厠の窓が少しだけ開いているのを見つける。小柄なリュカならば通れるだろう。俺は厠の中に誰もいないことを確認し、そっと壁に足をかけ一気に上った。
「・・・・・・・・・」
人の声が響いている。
ここからは少し離れたところに人がいるようだ。
別棟の中に無事潜入した俺は、厠の扉をそっと開けた。廊下を慎重に進むと、突然広めの水場が出現する。鉱石を洗う場所なのだろうが、ダイヤでもあるまいし、わざわざ室内で行う作業でもない気がする。
俺は少し違和感を覚えつつも先ほど造った【鑑定鏡】で周囲を視てまわる。しかしこれといって怪しいものは特に見つからない。
なので俺は次の部屋へ向かった。
「…なんだ?」
先ほどとは打って変わり、この部屋の中は木の箱で埋め尽くされていた。
俺はそっと木箱の一つに近づき蓋を開けてみる。
すると、中に入っていたのは.....大量の空の魔石だった。
隣の木箱も開けてみる。
「こっちもか…」
隣も、その隣も、見渡す限りの木箱には、驚くことに目一杯の魔石が詰められていた。
空の魔石といえども1つ1000ギルはくだらない。
これらを全て買ったとなると、”あの方”はかなりの資産家ということになる。それに加えてこんなに大量に輸入できるとなると、魔人族の国にも仲間がいるとみたほうがよさそうだ。
……これは?
俺は床に落ちていた”赤い石”を手に取った。
すると、頭の中に錬成式が浮かび上がる。
≪…【ニヴルヘイムの石】 ≫
『ニヴルヘイムの石』は文字通りニヴルヘイムでしか採れない珍しい赤い岩石だ。別名、”怨嗟の石”と呼ばれるこの石は、呪術や禁忌の魔法に用いられると謂われている。
1000年前の大戦で決戦の地となったのが、現魔人族の国にあるニヴルヘイムという緑豊かな場所だった。今はもう荒れ地と化したその場所で幾千の命が散ったと言われている。そしてその幾千の者たちが流した血で染まったのがこの”怨嗟の石”なのだとされている。
「…何でこんなものが…」
『・・・・・・・・・』
「!」
人の声が近づいてくる。俺はすぐさま部屋の隅に身を潜めた。
「…ったく、まーたこんなに魔石を運んできたのかよ……ご苦労なこって…」
「…こら。文句を言わないの」
「文句も言いたくなるだろ?俺たちがいくら頑張ってあの石の複製品をを造ったって、お給金が増えるわけじゃないんだ」
「それは…まぁ、そうだけど…」
「だろ?奴隷から解放してくれるっつーなら、もっと頑張って複製の精度上げたっていいんだけどな」
「ちょっと!誰かに聞かれたらどうするの…?!」
「あいつらだって同じこと言ってたぜ?この特別棟で働かされてる奴は優秀な奴しかいないからな」
「だからって、滅多なこと言うもんじゃないわ。…ほら、早く運びましょう」
「”あの方”の悪口とか言わなきゃ、さすがにこのピアスも反応しないだろ。一体どこのどちら様ががこんな恐ろしいピアスをを造ってくれたんだろうな?はははー」
「……やめなさい」
「あーあ………子どもに会いてーなー…」
「……ほら、行くわよ」
_パタン。
「……」
ここでは”あの方”に心酔している者が殆どだと聞いていたが、そうではない者もいるようだ。
今の男は確かに言っていた。
ここには『優秀な錬金術士しかいない』と。
それは確かにそうだろう。
空の魔石から怨嗟の石の【複製品】を造るとなると、確実に上級錬金術士級が必要になる。
そして、この別棟ではその錬金術士たちの錬金術が必要不可欠……
「……だから俺もここで錬金術が使えたんだな」
先ほどの薬草小屋もそうだった。つまりこの辺りには、【銀のピアス】の効力を弱める『何か』があるということになる。
…ということは
「……今ならこのピアスを破壊できるかもしれない」
いや、今なら絶対に出来る。生活棟でだって錬成できそうな予感はしていたのだ。俺ははやる気持ちをぐっと抑え、人差し指を口元に寄せた。
「 【創造の神ケイオスよ。我が名はリュカ。我が血に流るは貴方の『意志』。今こそ其の力を我に与え給え】 【我が身を縛り付けるは此の【隷属の耳飾り】 【我は〈此の干渉〉を〈否定する〉】 】」
__パキンッ.....
「……取れた…」
床には、朽ちた銀のピアスが転がっていた。
俺はゆっくりとしゃがむと、朽ちたピアスに触れた。
≪呪殺の石…】 【コクリコ草】 【カブト花】…… 【敵意感知】…≫
【銀のピアス】の材料は、この島の奴隷たちの手によって造られていたわけだ。そして注目すべきは【呪殺の石】だ。こんなもの物語上の創造物だと思っていた。
【呪殺の石】とは、ニヴルヘイムの石を数百と使って造られると謂われている禁忌の錬成物だ。本物の【呪殺の石】だったならば、リュカですら打ち消すことは出来なかったのかもしれないが、生憎使われているのは複製品ばかりだった。
そして普通の銀のピアスに付け変えた俺は、奥の大部屋へと進む。先ほど魔石を取りに来た二人組が入っていった部屋だ。
中には白いローブを着た錬金術士たちが6名いた。そして、錬金術士が詠唱を始めると台に乗せられた空の魔石が紅く染まっていく_
俺はその瞬間をこの目にしかと焼き付けたのだった。
……あとは、【銀のピアス】の効力を打ち消す『何か』の正体だ。
俺は絶対にそれを見つけなければならない。外にいる見張りたちはそれが『何か』知っているのだろうか。尋問するのもやぶさかではないが、今ここで戦闘をするのは気が進まない。フルゥとの約束もある。
……近づかずに…調べることが出来るもの………
少し前に………
「……”【探索器】”だ…」
裏山で”癒しの石”を探したときに…ロロが使っていたアレだ……!
さすがはロロ、持つべきものは稀代の天才錬金術士のお師さまだ。俺は今ここにはいない偉大な師匠に向かって心の中で深く頭を下げた。
*
そして今俺の手には、無事に出来上がった【レーダー】が握られている。
探索の対象物は、【銀のピアス】の効力を打ち消す『何か』。
対象物を具体的にイメージすることはやめて、その作用にのみ焦点を当てる。
この【 レーダー】の感知距離は30エルに設定した。
これで部屋の外にいても隅々まで感知することができる。
さて、俺ならそんな大事なモノをどこに隠すだろうか。
多少の目途はたててから動きたいものだが……
「お、」
俺は手元の【レーダー】が反応していることに気づく。
……二か所?
それに加え、【 レーダー】は小屋の外側を指しているようだった。
俺は対象物が一つで、かつ、室内にあると思い込んでいた。
だって、大切なものを外に置いたりしないだろう、普通は。
どれほど巧妙に隠しているというのだろうか。『それ』があれば、この島からの脱出が誰でも可能になりそうだ。きっとこの棟にいる優秀な錬金術士たちなら『それ』の存在に気づいているはずだろうに。
釈然としない俺だったが、廊下に誰もいないことを確認し再び戸外へ戻ることにした。
無事厠の窓から脱出した俺は、【レーダー】が指し示す方へ向かっていた。
外にそれらしき様な物があっただろうか。
さっきは気が付かなかったが…。
さすがに足音は【遮蔽外套】では消せないので、俺は慎重に歩いた。
……え?
【 レーダー】を見ていた俺は、ここであることに気づく。
………まさか……
【レーダー】が指し示す先にいたのは、二人の屈強な男たちだった。
俺は半信半疑で男の一人にそっと近づく。
そして限界まで近づいたとき、【鑑定鏡】を付けた俺の目が男の手に『あるもの』を視つけた。
≪【英雄王の指輪】≫
…おいおいおいおい、今度は【英雄王の指輪】だと……?
ここは児童書の世界なのか。本当に勘弁してくれ。
そう思いながらも、視つけてしまったものを気のせいにすることなど出来ようもなかった。
【隷属の耳飾り】 【英雄王の指輪】 【独裁者の指輪】
これらは元々、子どものときに誰もが読んだことのある『勇者ウィルの物語』に出てくる伝説の道具の名前だ。『もしかしたら、どこかの王族が隠し持っているかもしれない。』庶民の間ではそんな夢物語のように伝えられていただけだった。
『勇者ウィルの物語』では、人族の勇者ウィルが各国で旅の仲間を増やしていき、最終的に悪魔に乗っ取られた悪い王様を倒す、という大筋だったはずだ。
……じゃあ何か?
”【独裁者の指輪】”でもあるというのか?
【独裁者の指輪】は、【隷属の耳飾り】の効力を増幅させてしまう忌まわしき道具として作中では描かれていたのだが……それじゃあまるで…
「…じゃあ…生活棟にあるのは……」
考えすぎだと一笑に付すことができないところまで来てしまっているのが恐ろし過ぎる。
俺はいったん考えるのを止めて、森の中で体制を整えることにした。
*
「そろそろ戻らないとな…」
朱色の空に藍色が見え始めている。
ヨハンがそろそろ部屋に戻って来る頃だろう。
俺は鉱石化工場を離れ森の中のオークの木の上に腰かけていた。
ポクルがあと数日以内に本当に【銀のピアス】を上回るものを造り出すかはわからない。
しかし、ポクルならやりかねないとも思える。
俺には時間がない。ヨハンに心配を掛けてしまってたとしても今ここで俺にはやらなくてはならないことがある。
「【創造の神ケイオスよ。我が名はリュカ。我が血に流るは貴方の『意志』。今こそ其の力を我に与え給え】 【我が〈声〉を〈遥か遠く〉へ運ぶは〈風の化身〉か〈時の門番か】 【イーグル】を 我が手に】」
そして次の瞬間、俺の手にはレイさんの伝書バトである【ポウ】よりも少し大きな【イーグル】が姿を現した。
「よろしくな」
「ピー」
俺は手の上にちょこんと座っている【イーグル】の頭を優しくなでた。
【懐中時計】と【伝書バト】を掛け合わせて造った俺の新たな【ツウワキ】だ。
ポウのように普通の伝書バトとしても使えるが、イーグルの首からぶら下がっている小型の【懐中時計】を使えば【ツウワキ】としても使うことができる代物だ。
俺の身に何かあったとき、自由に動ける仲間が今の俺には必要だった。
「…よし。まずはロロだな」
本当は、すぐにでもルーシュに無事を知らせたい。ルーシュはちゃんとご飯を食べられているだろうか。天真爛漫なルーシュだが、ああ見て繊細なところも結構ある。
しかし今俺が真っ先にすべきは、天才ロロへの報告だ。ニヴラから状況を聞いたロロは絶対に動いてくれている筈だ。もしかするとクリスやレイさんとも連携を取ってくれているかもしれない。
「…よし、」
俺は逸る気持ちを抑え、まずはロロに呼びかけた。
「【………ロロ?】」
ポクルに奪われてしまった【ツウワキ】はロロと一緒に造ったものだ。だからもしかするとこの【ツウワキ】はロロに繋がらないしれない…なんて。この島にきて俺も大分弱気になったものだ。
……繋がってくれ…
俺は祈るようにロロの応答を待った。
「【…………リュ…カ…?】」
__ロロだ。
「【ロロ?】」
「【……えっ……ホントに……リュカなの~…?】」
「【…うん。僕だよ】」
ロロの後ろの景色が見慣れた我が家に見えたのは、きっと気のせいじゃない。
「【っ、ふ、え~~~~~ん!!!!バカバカバカ~~~~……!!!!】」
ロロの目から涙がポロポロと零れ落ちる。
「【…ごめん。ロロ】」
いつもマイペースなロロがこんなにも取り乱しているのは初めてだった。
齢31になろうとしている俺が不覚にも泣きそうになってしまったのはロロには内緒だ。




