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「リュカー!」
「フルゥ」
裏手の渡り廊下から大部屋へ戻ると、ちょうどフルゥに出くわした。地下室で厄介なものを見つけてしまったので思ったより戻るのに時間が掛かってしまった。
「あ、ごめん。ちょっと…用を足しに…」
「あぁ、そうだったのかい」
「あら、この子は…?」
フルゥの隣には先ほど外にいた同室者の子が立っていた。
「この子は療養中でね。いっしょに散歩をしていたところなのさ」
フルゥはなかなか嘘がうまかった。
「そうだったのね。私はフルゥの同室者のソフィよ」
「こんにちはソフィ。僕はリュカだよ」
確かにソフィの顔色はどことなく悪い。目の下の隈も一日二日で出来るようなものではなかった。
「ソフィ、あまり無理したらいけないよ?」
「えぇ。ありがとうフルゥ」
『帰りにフィヨルド先生の所へ寄るわ』と、ソフィは小さな声で言った。
「…何か怪しいものでもあったのかい?」
ソフィの姿が見えなくなってからフルゥが口を開いた。
「…そうだね」
俺はひとまず肯定したが、俺が見たものをフルゥに話すことは憚られた。
知ってしまうことで危険を引き寄せることがあるからだ。
それに、フルゥの同室者が『地下室』のことを知らない可能性がないわけではない。ならばわざわざ不安を煽るようなことをいうべきではないだろう。
「…聞きたいのはやまやまだけど、今は遠慮しておこうかな」
「フルゥ…」
俺がしばらく逡巡していたためか、フルゥはこの話題を追求することを止めたようだ。フルゥには申し訳ないが今の俺にとっては有難かった。
「…あのさ、」
俺は先に歩き出したフルゥに向かって声をかけた。
「なんだい?」
フルゥが振り向く。
「この島を出たら……僕の話聞いてくれる?」
俺はフルゥの顔をじっと見つめた。
「……それは…色々と楽しみだな!」
フルゥは少しキョトンとしてから、泣き笑いのような顔で笑った。
俺は今の言葉の中に『俺がこの島を出るときは君も一緒だ』という想いを込めた。少しでもフルゥに伝わっていると良い。
「次は鉱石加工場に行きたいな」
この島で採れた鉱石を奴隷たちに加工させて安価で利益を出す。まさかそれだけではないだろう。
そもそも『あの方』は何の為に銀のピアスをポクルに造らせたのだろう。こんなにも惨いことを実行できるのだ。あらゆる意味で余程の人物に違いない。
「わかった!森を突っ切って行った方が断然早いんだ。こっちだよー!」
『海の香りと高炉の炭が燃える臭いがするだろう?』とフルゥが指をさす。しかし俺にはそこら中から香ってくるアカマツの良い匂いしかわからない。
「すごいね。コンパスも無いのに、迷わないの?」
「アタイは獣人族だからね、人族よりも鼻がいいのさ!」
フルゥの小さな尻尾が左右に揺れる。そういえばフルゥはヤマアラシの獣人らしい。小さな耳もピョコピョコ動いていて、とてもかわいらしい。
*
「…さ、ここが鉱石加工場だよ!」
森を抜けると先ほどの薬草小屋の何倍も大きな石造りの小屋と、その隣にはレンガ造りの高炉が何個か立てられていた。小屋の屋根から飛び出したいくつもの煙突から絶え間なく煙が立ち上っている。
「フルゥはここではどんな仕事をしてるの?」
「そうだね、アタイはむこうの山の採掘場で採れた鉄とかをそこの高炉で溶かして、インゴットを作っているよ!」
「それは、随分と大変そうな仕事だね…」
フルゥはなんて事のないように笑っているが、女の子に任せるには随分な力仕事ように思う。
「そんなことはないよ!アタイは元々ものつくりが好きだからね」
「へぇ、そうなんだ」
「あぁ!そういえば、職人が近いうちにナイフの作り方を教えてくれるって!」
「それは楽しみだね」
生き生きとしているフルゥを見ていると俺まで嬉しくなる。
「中を見てもいいかな?」
「もちろん!みんな自分の仕事で忙しいから、誰が入ってこようがお構いなしさ」
「それは良かった」
「…ここは職人が加工する部屋だね!」
「うわ、大分暑いね…」
俺は室内のあまりの熱気に眉をひそめる。
ある職人はハンマーで熱された鉄塊を叩き、またその向かい側の職人は鋳型に銀を流し込んでいた。
「そうだね。ここの窯は常に1000度以上あるからね」
「それじゃあ夏場は大変だね」
「そうだねぇ。だからみんなで休憩時間に海でひと泳ぎしてるよ!」
それはさぞこの過酷な島で良い息抜きになるだろう。
ここから海はどのくらいだっただろうか。
俺はふと、窓の外に目を向けた。
「……ん?」
…なんだあの小屋は?
この窓から海を見ることはできなかったが、こことは明らかに違う造りの小屋が向こう側に立っているのが見えた。
「ねぇフルゥ。あっちの小屋は何の工場なの?」
俺は少し離れたところにある木造りの小屋を指さす。
「あー………あっちは解んないんだよな。あの棟だけいつも見張りがついてるし…」
『あいつらなんか嫌な感じだよな』とフルゥが愚痴る。
「…なんだか、あからさまだね」
「…まぁ、どう見ても怪しいよな。でもさ、好奇心は…身を亡ぼすって言うだろう?」
フルゥが力なく笑う。
「……僕、ちょっとだけ覗いてこようかな」
「え?!やめた方がいいよ!前に遊び半分で覗きに行った奴はいたけど…っ…」
フルゥが、口を噤む。
「僕は大丈夫だよ。だからフルゥは先に帰ってて」
フルゥの様子からして、以前に何かあったのかもしれない。
しかし、あんなものどう考えたって怪しいことをしているに決まっている。
罠の可能性もない訳ではないが、ここが街中でもあるまいし、罠を重ねて俺たち奴隷を欺く必要もないだろう。
「…どうしても行くってんなら、アタイも行くよ」
フルゥがぐっと両の拳を握りしめる。
「フルゥ…」
「…いや、今回は僕一人で行くよ。僕はこれでも冒険者だし、潜入は得意なんだ」
「けど…!」
「なんだ、どうした?」
「あ、…」
さすがに職人たちも俺たちの様子を不審に思ったのか、俺たちの方を見ている。
フルゥは『ごめん、何でもないんだ』と心配そうに近づいてきた職人に伝えた。
俺たちは一度外に出て、小屋の前に置かれた長椅子に腰掛けた。ヒンヤリとした森の風が火照った身体を冷ましてくれる。
フルゥは俺の隣でぎゅっと目を閉じて考えている。俺は静かにフルゥの言葉を待った。
「…そうだよな。リュカはこんなにチビなのに、ルゼ様ともやり合える奴だもんな…」
「フルゥ…」
なんだかルーシュに心配されているみたいだと、俺はふと思った。フルゥはもしかしたら自分の姉妹と俺を重ね合わせているのかもしれない。俺は何となくそんな気がした。
「じゃあ、一つだけ約束してくれないか?」
フルゥは決意が宿った目で俺を見る。
「うん、何?」
「アンタが捕まった時は、絶対にアタイの名前も出すこと」
「!」
…これは、一本取られたな。
俺だってみすみす見つかるつもりもなかったが、これではより気合を入れざるを得ない。俺の安全を願ってくれるフルゥの気持ちを無下にすることは俺の本意ではない。
「…うん、わかった。約束するよ」
「約束だよ?リュカ」
「うん。約束だ」
「っよし!……じゃあ、またな!」
「うん。またね」
フルゥは俺に向かって笑顔で手を振ると、生活棟へと戻っていった。
*
フルゥと別れた俺は、森の中の茂みに隠れていた。
野生の動物は多少いるようだが人の気配はない。俺にはここで絶対に試さなければならないことがある。
「…よし、」
俺はもう一度周囲を確認し誰もいないことを確かめる。
そして大きく深呼吸してから、右手の人差し指を口元に寄せ、目を閉じた。
「【創造の神ケイオスよ 我が名はリュカ 我が血に流るは貴方の『意志』 今こそ其の力を我に与え給え】 【〈わが身を覆い隠す〉は〈闇〉か〈光〉か】 【〈全てのモノ〉から我を〈遮蔽する〉】 【外套】を我が手に】」
_パサッ…
俺はしっかりと、目の前の『ソレ』を掴んだ。
「……できた…」
俺の手にはまぎれもなく【遮蔽外套】がしかっりと握られていた。それを見た途端心臓が”ドクン”と飛び跳ねる。そして、全身の脈が速くなるのを俺は確かに感じた。
……やっと……これで…みんなに………!!!
俺は喜びでそこら中を転げまわりたい気持ちを、ぐっと我慢した。
次々にの大切な人たちの顔が頭に浮かんでは消えていった。
早く俺の無事を伝えたい。早く、みんなに会いたい。
俺は思いのほか精神的に追い込まれていたらしい。
まだ一週間も経っていないというのに情けないものだ。
「…なんだけど…」
高揚する気持ちの うらで、俺はある可能性について気づいてしまったのだ。
『ある可能性』。それは、”鉄の壁”の効力を引き上げる『何か』の存在だ。
何故なら、この森に来てから俺は錬成時に感じていた”鉄の壁”の気配を全く感じなかった。それはつまり、生活棟にはあって、ここにはない『何か』があるということになる。
それが何であるかはまだ見当がつかない。しかしこの見張りが付けられた小屋に入れば何かが解る気がする。俺は今錬成したばかりの【遮蔽外套】をそっと頭から被った。この【遮蔽外套 】を被れば俺の姿は完全に風景と一体化する。
「念のため【眠り粉】でも造っておくか」
俺は必要なものを一通り錬成してから見張りの立つ別棟へと向かった。




