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「…お前何してんだよ?そんなに汗だくで…」

 部屋に戻って来るなり、同室者が怪訝な顔で俺を見ている。



「えっと…精神統一、みたいな?」

 

 錬成を試みていたのだが、それをヨハンに言うのは何故か憚られた。

 なんせここでは錬成及び力の行使は『一部の者』にしか許されていないらしい。

 当然のことながら新参ものの俺は一部の者ではないので、錬金術を使うことが許されていない。

 というか、純粋に錬金術を使うことができなくなっていたわけだが。



「はぁ?どこの修道士だよお前は……」


 俺は大量の汗をかきながら床の上で胡坐をかいている状態だ。

 ちなみに暑かったので上半身だけは裸になっている。


「あはは……あれ?もう夕方?」

「違う。今は昼だ」

 ヨハンがやれやれといった表情で笑う。

 初めて会ったのは昨日だが、ヨハンは俺のことをよく理解してくれた。



「そっか。ヨハンはどうしたの?」

「お前と昼飯を食べようと思って帰ってきた」


「そうなの?ありがとう」

「どういたしまして。傷口が悪化するから、汗をかくような激しい運動はやめろ。いいな?」

「はい。ごめんなさい」


 この親切で多忙な同室者はもはや俺の主治医兼世話人と化している。

 ヨハンと俺を同室にしてくれたこの采配だけはこの組織に感謝しているといっても過言ではない。 



「着替えたら行こうぜ。席なくなっちまう」

 ヨハンがタオルと服を手渡す。


「わかった」

 俺はありがたくそれを受け取った。

 





 


 そして俺は、着替えながら数時間前の出来事を思い出していた。


 すぐそこに俺の大切な荷物があるというのに、俺はポクルから何ひとつ取り返すことが出来なかった。

 いつの間にか現れた戦闘奴隷によってポクルの部屋から追い出された俺はなんとか自力で自室まで戻り、それからずっと錬成を繰り返していたのだった。



 あともう少しで、この()()()壊せる。俺はそう確信していた。


 ここに連れてこられてからというもの、錬成呪文を唱える度に俺の頭の中には分厚いこの”鉄の壁”とも言える阻害物が現れ続けた。もちろんこれは想念的な話だ。ただ確かに、錬成式が顕現しようとするのを『何かに』阻まれ続けていた。

 

 それでも、この数時間で大分その壁を()()ことができたと思う。ここまでくるのに何百回錬成を試みたのかは覚えていない。



 さすがのリュカ()も氣力を使い果たしたのだろうか。頭がボーッとする。 

 






 そういえば、俺はポクルからコインを貰いそびれてしまった。あの嘘つき男め。

 『医者見習いは他より儲かるんだ』とヨハンがこっそり教えてくれたので今日も俺はお言葉に甘えさせてもらうことにした。

   


「…え?ポクル様?お前本当にその人に会ったのか…?」

 ヨハンは信じられないという顔でピラフを食べている。 


「うん。そう名乗ってたよ」

 俺はサンドイッチにかぶりつく。  

 ルーシュの作るサンドイッチが、とても恋しい。 



「…なんでも、ポクル様はこの島の基礎を造ったとてつもない天才らしい。俺は勿論会ったことはないがな」

「へぇー」


「…何だよ、その適当な返事は。本当に凄い人なんだぞ?」



「僕、あの人嫌いだから」 


 あの自分勝手で邪悪な笑顔を思い出すだけで、心の底から嫌悪感が湧き出てくる。

 あんなに腹ただしかったルッジェーロの存在すらも霞んでいる。

 今なら俺はルッジェーロとも友達になることが出来るかもしれない。




  ―ガタンッ!!!


「ちょ、お前?!……そんなこと他の奴の前では絶対に言うなよ…?!」

 ヨハンが急に立ち上がると周囲を見渡した。


「…あ、ごめん」

 失言に気が付いた俺は素直にヨハンに謝罪した。


 錬成のし過ぎで思考力も低下していたらしい。ヨハンには悪いことをしてしまった。 


「まったく…」

 ヨハンは小さくため息をつくと、と肩をすくめてから席に着いた。


「ごめんヨハン。気を付ける」

「…そうしてくれ。俺はもう……」


「…なに?ヨハン」

「…あ、いや、すまん。何でもない」


 ヨハンは今何を言いかけたのだろうか。あまり聞かれたくなさそうだったので、俺は食べかけのサンドイッチを口に入れることにした。




「理解に苦しむが…お前普通に歩けるもんな…」

 ヨハンはしげしげと俺の腹辺りを見ている。


「うん、問題ないね」

「…そうか。じゃあ、鑑定員から休養宣告を貰ったことだし、気分転換に散歩でもしてきたらどうだ?」

 『また大汗かかれたら心配だ』とヨハンは困った顔で笑う。


「それはいいね」

 俺はひとまずヨハンの提案にのることにした。俺もさすがに今は錬成を続ける気にはなれない。



 それに、ポクルを徹底的に倒すためには、この島のことをもう少し知る必要があると思っていたところだ。何せ俺はこの離島に来てから、フルゥ、ヨハン、鑑定員、ポクルとしか話していないのだ。俺は残りのサンドイッチを食べ終え、ヨハンと一緒に食堂を後にした。





 秋の風が心地いい。


 俺は自室がある生活棟を出て、海岸沿いの道を歩いていた。

 謎に包まれたこの島にもちゃんと秋はくるらしい。


 海では子どもたち数人が楽しそうにはしゃいでいる。

 ここが”奴隷の島”でなければ純粋に微笑ましく思えたのに。



 ヨハンによるとこの島は一周50000エル(50km)ほどあるらしい。徒歩だと半日以上掛かるらしい。

 

 なんでそんなことを知っているのかヨハンに聞くと、『俺はけっこう好奇心旺盛なんだ』とすこし恥ずかしそうに教えてくれた。もしかしたらヨハンもこの島から脱出を試みたことがあるのかもしれない。その後に何があったのか考えることはやめにした。

 




「いたーーーー!!!こんなところにいたのかよ―――!!」





「!!」

 暗い気持ちになりかけた俺の耳に、明るい声が飛び込んできた。

 


「フルゥじゃないか」

 そんなに急いで、いったい何事だろう。

 俺はフルゥのところまで来た道を戻った。


「探したよーー…!!」

 フルゥは腰に手をあてて肩で息をしている。



「え、ごめん。僕に急用?」

 


「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど…顔を見に行ったらいないからさ、勝手に心配しちまったんだ」

 額の汗をぬぐいながらフルゥが照れ笑いをする。


「そっか。心配してくれてありがとう、フルゥ」

 純粋な心配ほど嬉しいものはない。


 出会ってまだ数回しか話していないけれど、フルゥは本当に優しい子なのだと思う。 

 こんな過酷な境遇で優しさを持ち続けることはそう簡単ではない筈だ。

 少なくとも俺は自信がない。


「…礼を言われるようなことじゃないよ。今日は休みだったから、アタイが暇してたのさ」


「それでも嬉しいよ。気にかけてくれてありがとう」 

 

 俺の心は単純なもので、すっかり元気を取り戻していた。

 




「…そういや、アンタ散歩なんかして良かったのかい?」

「うん。ヨハンが勧めてくれたんだ」

 そういって俺が傷口を見せようとすると、『それはいい!』とフルゥに拒否される。


「ヨハン先生が良いっていうなら安心だ!リュカはまだちっこいのに、本当に丈夫なんだなー!」

 まるで獣人族みたいだ、とフルゥが笑う。


「そうなんだよね」

 リュカの身体は錬金術以外も何かと才能が豊富だ。

 何といってもリュカは俺と違って当代の大賢者になり得る器だからな。ある程度のことは何でもできてしまうのだ。親友のアルトのように。




「ここからは森に入るんだね」


 海岸沿いを二人でしばらく歩いていると、分かれ道に突き当たる。

 どうやらこの先の道は森の中にしかないようだった。


「そうなんだ。右側の海側は鉱石加工場で、左側の山側は薬草小屋に向かう道だよ!」

「両方とも僕が行っても大丈夫なのかな?」


「…うん。アンタなら問題ないと思う」

「それは良かった」


 俺の全身を二回確認したフルゥにお墨付きをもらった。きっと俺の地味さなら潜入しても問題にならないという判断に至ったのだろう。男前のジェドやらヴォルフやらクリスの顔を思い浮かべ勝ったような気分になっていたが、次の瞬間に少し落ち込んだのは言うまでもない。

 



「じゃあ、まずは薬草小屋に行ってみようかな」

 俺は気を取り直してフルゥに告げる。


「わかった!そこで採れた薬草は、フィヨルド先生のところでも使われるんだ」

「じゃあ、薬草小屋の指示はフィヨルド先生が?」

「そうみたいだね。フィヨルド先生はね、本当にいい先生なんだよ!」 

「そうなんだ。僕も会ってみたいな」

 

 『楽しみにしてな!』とフルゥが誇らしげに言った。








「ここが薬草小屋だよ!」

 

 フルゥの案内にしたがって林道を進んでいると、少しだけ開かれた場所にたどり着く。




「ここが…」

 俺は歩みを止め、フルゥの後ろ側でひっそりと建っている薬草小屋を見上げた。


 俺が思っていたよりもどこか小さく感じた。

 何せこの島の住民に行き渡るような量の薬草を育てる必要があるだろうと俺は考えていたからだ。


 しかしこれだとこの前依頼で行った”ゴブリン小屋”より少し大きい程度の広さしかない。

 ということはきっと、本土での仕入れに依る部分が大きいのだろう。



「ここでは何を育ててるの?フルゥ」


「ええと、診療所で使う草だから…めぐすり草とか、満月草とか、いさいらずの葉だったと思うよ?」

「なるほどね」


「アタイも入ったことないから詳しいことは解んないけどね!」

「フルゥはこの島にいる間は採掘場が多いの?」

「そうだね。それか、鉱石加工場が多いね。ほら、アタイ獣人族だろ?人族より力も体力もあるのさ!」

 そういうと、フルゥは自分の二の腕を力強く叩いた。




 どうやらこの島での『仕事内容』は基本的には固定らしい。

 それに加えて奴隷たちは”定期的に”にこの島へ戻されるのだという。『理由は解らないけどね』とフルゥは悲し気に笑った。

 

 ツィアーノでは色々と複雑な思いがあるだろうが、それでもフルゥは町にいることを好ましく思っているようだった。フルゥは当面の間はツィアーノへ送られる予定はなかったのだが、たまたま最近ツィアーノの屋敷へ送られた。そこへ偶然にも俺たちが訊ねてきたのだと、フルゥは小さな声で教えてくれた。



「ちょっと入ってみていいかな?」

 正面扉は開いたままだ。何かしらの策が張ってあるのだろう。


「監視員もいないし…うん、大丈夫そうだね!アタイはあそこの女の子(同室者)と少し話をしてきていいかい?なんだか今朝具合が悪そうだったんだ」


「わかった。僕は薬草を見てくるね」

「…あ、リュカはしないと思うけどさ、薬草を持っていこうとしたらいけないよ?」

「勿論しないけど、何で?」

「ここから無断で持ち出そうとすると、大きな警鐘が島中に流れるんだ!!それからは……」

「無事じゃ済まなそうだね…」


 『そうなんだよ』とフルゥは心底恐ろしそうな顔をした。ポクルが造った何らかの錬成物なのだろう。俺はフルゥと一旦別れ薬草小屋の中へ向かった。 



「ふむ…」

 俺はしゃがんで元気に育っている薬草たちをじっと見つめた。



 フルゥが言っていたように小屋の中では確かに普通の薬草が植えられていた。

 大きな天窓から差し込む日の光を浴びて、どの薬草もとても元気に育っている。



「…誰もいないな」


 今はここで仕事をしているのは外にいたフルゥの同室者の女の子だけのようだった。

 収穫時期はまだ先のようなので他のところに人を回しているのだろう。 


 俺は立ち上がり、まずは薬草を調べることにした。

 



「特に何もない…」

  

 隅々まで薬草をみてまわったが、怪しい薬草はひとつも見つからなかった。

 むしろ、とても丁寧に管理されている良い薬草ばかりだ。日頃丁寧に作業している姿が目に浮かぶ。


 次に俺はこの大部屋自体を調べてみることにした。

 


 

 

 …しかし、やっぱりこれといって何も見つからない。

 執務室のような部屋は見つけたが、さすがにそこの鍵は閉められていた。


「…あれ?」

 大部屋にいくつか付けられた扉を開けていると、渡り廊下に繋がる扉を発見する。

 この渡り廊下は建物の後ろ側に位置しているようだったので外からは全く気が付かなかった。

 

 俺は大部屋を後にし渡り廊下を進んでみることにした。

 するとすぐにこじんまりとした小屋にたどり着いた。

 


 倉庫か何かだろうか…?

 

 人がいたら面倒だと思ったが、中から人の気配はしない。

 俺は扉に手を掛けそっと開けてみた。すると……


「……なんだこの部屋は」

 


 ランプの明かりだけがぼんやりと灯っている。


 この小屋の中だけ、まるで夜のようだった。

 目が暗さに慣れてくると、小屋の真ん中に地下へと続く階段が目に入った。



 「そういえば、満月草も育てていると言っていたな…」

  満月草は日の光を嫌う。

  かなり徹底して管理しているのだなと、俺は感心してしまった。

  


 …まぁ、いちおう見ておくか。

 『地下室なんてダンジョンみたいだな』と俺が少しだけワクワクしたのは、ここだけの秘密だ。




 地下室に着いた途端、俺はぎょっとすることになった。

 

「…いや、広すぎないか…?」


 満月草を育てるためとは言え、あの畑の規模はさすがに広すぎるだろう。

 フィヨルド先生はそんなに満月草が必要なのだろうか。


 ここからでは暗くて良く見えないが、かなり奥まで薬草畑は続いているようだった。

 

 


「え、また…?」

 

 階段を降りると両端の壁に沿って薬草の補完棚がずらっと並べられていたのだが、その先にまたもや小屋を見つける。

 何故わざわざ地下に小屋を作る必要があったのだろう。

 

 俺は忍び足で小屋にそっと近づいた。

 


 そして、扉につけられた小さな窓から中を覗いてみると…


「…居眠りしてる」

  

 幸いなことに小屋の中にいる男はすやすやと眠っていた。

 仕事中に寝るのは感心しないが、あの鑑定員といい、こういったズボラな男に助けられているのも事実だった。



「これは調合室のようだな…」

  

 この小部屋の唯一の窓である扉の十字格子窓から中を覗いてみると、椅子に座り眠りこけている男の向こう側に調合台が見えた。

 そして調合台の上にはガラス瓶やすり鉢などの調合道具が見える。


 こんな暗いところで調合しなくても良いだろうに。

 調合は風や水は大敵だが日の光は殆ど関係ないはずだ。

 

 俺は少し疑問に思いつつ、小屋の前をそっと通り過ぎた。





 そして、近くに植えてある薬草をじっと観察する。


「…これは普通の満月草だな」

 あの”ゴブリン小屋”で見たものと同じだ。

 …いや、それよりもかなり上質な満月草といっても良いだろう。



 でも、あそこの白い花はなんだ…?

 

 ここから少し離れた畝に見たことのない白く美しい花が咲き乱れている。


「あっちの薬草も見たことがない気がする」


 俺の薬草の知識は一般教養の範囲内だ。なので知らない薬草があるのは至極当然だ。



 …ま、少し触れるくらいなら大丈夫だろう。

 好奇心がうずいた俺は”謎の薬草”の畝に回り、その薬草に触れようと手を伸ばした。

 

 その時だった。


 


  《【コク…草】 【複…品】》 


 今まで視ることが出来なかった錬成式が、突然頭の中に浮かび上がる。


 …え………今の………

   

 この島に来てから、いや、銀のピアス(隷属の耳飾り)を付けられてから、俺は錬成式を視ることができなくなったのだろう。部屋の中で錬成を何百回も繰り返したことで確かな手ごたえは感じていた。しかしまさか、この小屋で錬成式が浮かび上がることになろうとは思わなかった。何故なら基本的に薬草は錬成して造るようなものではないのだから。

 


 

「………ふぅー…」

 


 喜びで叫びたい衝動をなんとか落ち着かせ俺は目の前の謎の薬草の錬成式にもう一度向き合う。

 そこで視えてきたものは__


≪【コクリコ草(複製品)】 〈種類:魔薬〉 〈作用…≫



「……なるほど…”魔薬”か……」 

 俺もかつてディノの時代で一度だけ魔薬草を見かけたことはあったが、それ以来魔薬草を見たことはなかった。魔薬草とは、その名のとおり国から栽培を禁じられている薬草群だ。元々は魔人族の国で発生したものとされている。それが、こんなにも大量に。


 魔薬草が禁止されている所以それは、人に害を為すこと、加えて、依存性が高いという理由だ。俺が今触れているのは【コクリコ草】という魔薬草。作用としては”強い鎮静”、”一時的な健忘”などがあるらしい。

 

 一気に、雲行きが怪しくなってきた。

 俺は嫌な予感を感じつつ今度は”白い花”を視てみることにした。




「……【ヤカイソウ(複製品)】…」

 どうやらこちらも魔薬草だった。

 

 この美しい花には『悪夢を見せる』作用があるようだ。島外に輸出している可能性も考えられるが、この島の奴隷たちに使()()()()()()()可能性があることにしがみ付きたい。やっと錬成式を視ることが出来たという喜びがこんなにもすぐに打ち消されることになろうとは。


「…フィヨルド先生が知らないわけないよな」


 ここの指示はフィヨルド先生がしているとフルゥは先ほど話していた。それに『良い先生』だともフルゥは言っていた。


 ヨハンもこのことを知っているのだろうか?

 胸の奥がズキリと痛んだ。


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