21 目を開けると
「っ、……」
…いてぇ…
「あ、無理しない方がいいよ…!」
半覚醒の俺の耳に聞き慣れない声が聞こえる。俺はゆっくりと目を開けた。
「大丈夫かい?少しうなされていたようだけど…」
「…君は…」
そこにいたのは、心配そうに俺を見つめる獣人族の少女だった。
「アタイはフルゥだよ。ツィアーノの屋敷の前で会ったの覚えているかい?」
「…もちろん」
あんな衝撃的な光景を忘れるはずがない。
そういえばあの男とはどうなったのだろうか。
聞きたいことは山ほどあるが…
「フルゥ。ここは……どこですか?」
あの屋敷の中の一室なのだろうか。
それだといささか不用心に思えるし、ギルドを甘く見過ぎだとも思う。
「…ここがどこだかはアタイもわからないんだ。解ってるのは、ここが誰かが所有する『離島』だってことだけだね」
「離島……」
まさか、離島とは。
屋敷ではないとは思っていたが、それには俺も驚いた。
「…まぁ、どうせアタイはどこにも逃げられないから、ここがどこであろうと関係ないんだけどな!」
フルゥが乾いた声で笑う。
「…それにアンタもそれつけられちまったんだな…」
フルゥが悲し気に俺をじっと見つめた。
「…ピアス?」
あの時の金属音はこれだったのか。
まったく人の身体に勝手にこんなものつけやがって……
………ん?
俺は【銀のピアス】に触れてみたが錬成式が乱れていて解らない。
今までこんなことはなかったのだが…
しかしこのピアスが【隷属の耳飾り】であることは、何故か俺には確信があった。
「ここにいる奴らはみんな”それ”をつけてる。だからきっとそれが原因なんだよ……!」
「みんなつけてるんですか?【隷属の耳飾り】がそんなに大量に……?!」
ここに何人の奴隷がいるのかは解らないが、恐らく10人20人の話ではないだろう。
この平和な時代においてまだ前時代的なことが平然と行われているなんて、どう考えても許せない。
「れいぞくの……何だって?」
「あぁ、いや。何でもないです……」
今は、言うべき時ではないだろう。
「それよりアンタ、名前は?」
「僕はリュカだよ。こう見えて冒険者なんだ」
ここでは年齢に関係なく奴隷はみんな対等らしい。なので俺は話し方を元に戻すことにした。
「そうだったのかい!小さいのにしっかりしていると思ったら…」
フルゥの笑顔がどんどん消えていく。
「…アタイの正体がわかっちまったんだろう?」
「まだ推測の域をでてないけど…なんとなく予想はついた、かな」
「そう……だよな」
俺は正直に話した。
この子は賢く逞しい。きっといつかはばれることも覚悟して生きてきたのだろう。
「…今はその話は置いておこう。まずはここから出ることが先決だよね」
「え、リュカはここから出る気なのかい…?!」
「もちろん。腹の傷も出血は止めてくれたみたいだし、これなら問題なく動けるよ」
「やめときな!アンタそんなことしたら、今度こそルゼ様に…」
「ルゼ様?」
いったい誰だそれは。また新しい敵か?
「アンタに傷を負わせたあのイカレ野郎さ!本当はそう呼ばなくちゃならないんだ」
「確か、『ルッジェーロ』と呼んでたよね?」
「そうだね。アイツとアタイはこう見えて同い年でね、たまに昔のクセが出ちまうんだ」
「…ごめん、フルゥはいくつなの?」
アリッサは10歳の設定だったはずだが、どうみてもルッジェーロは10歳には見えなかった。
「アタイかい?アタイは16だよ」
「…え?」
「あははは!どうせもっと幼く見えたんだろう?」
「…ごめん」
ルーシュと同じ年とは正直思えない。
髪を短く切ってなお更だ。
「いいさ。獣人族ってのはどうも幼く見えちまうみたいなんだ」
フルゥは屈託のない顔で笑った。
「フルゥはここで何の仕事をしているの?」
どうやらメイドの仕事というわけではなさそうだ。
今は汚れたブラウスとズボンを履いているし、顔も泥で汚れている。
「採掘場で石を分別したり、磨いてるよ。これは罰なんだ、アタイはルゼ様に立てついちまったからね」
「それって……僕のせいだよね、ごめん」
「それは違うよ!アタイが好きにやったことさ」
「…フルゥはとても優しい人なんだね」
「…やめてくれよ。アタイはそんなんじゃない」
「けど…”あいつら”とは一緒になりたくないとは思ってる」
「”あいつら”って、誰?」
「ここにいる”仲間”たちのことさ。ここにいる奴らはあの方にに心酔している奴ばかりだ」
「『あの方』はルッジェーロが言っていた”あの人”と同じ人?」
「そうさ。あの方が絶対に何か握ってる。アタイはそう確信してる」
「ま、これのせいで詳しくは話せないんだけどな……」
フルゥがまた銀のピアスに触れた。
「…じゃあ、また顔を見に来るよ!」
『顔を見れて安心したよ』とフルゥは穏やかに笑った。そしてフルゥは採掘場へと戻っていった。
「…さぁ、どうしたもんか…」
俺はひとまず今後の作戦を考えることにした。
フルゥから大まかな情報を得ることは出来た。
俺に監視がついていないのは、恐らく”銀のピアス”のおかげだろうとフルゥは言った。
どうやらフルゥは物心ついた頃から奴隷だったらしい。
そして銀のピアスが付けられてからは、逃げることはおろか、銀のピアスのことも、奴隷に関するようなこも全く話すことが出来なくなってしまったと悔しそうに語っていた。
「どんな奴が首謀者なんだろうな……きっとニヴラが言う”穢れし魂”なんだろうが…」
時間が掛かってもいい。絶対に首謀者を俺は倒す。
俺が無理なら、ジェドさんとかレイさんに頼もう。
きっと手伝ってくれるだろう。
さて、まずは俺の荷物だ。どうやら誰かに全部奪われてしまった。
俺が今着ているのはフルゥが着ていたようなブラウスとひざ丈のズボンだ。
もちろんこれは俺の服ではない。
「…耳飾りもか…」
”黒犬”に貰った大切な耳飾りも外されていた。
俺の錬成物はロロの勧めで【鍵】を掛けてあるのでとりあえずは大丈夫だろう。
リュカ以上の錬金術の使い手がいるなら話は別だが、そうでなければ『なんだか凄そうな道具だな…』程度の認識しかされないし勿論使うことも出来ない。
「よっと、」
俺はベッドから起き上がり、部屋を探索することにした。
俺は二段ベッドの下段に寝かされていた。この部屋は二人部屋のようだ。
ベッドにつけられた階段を上ると、上段のベッドには時計やら難しそうな本などが置かれていた。
そして質素な机と椅子、それとそれぞれの鍵付きの私物入れ。
もちろん俺の私物入れは空だ。
必要最低限の物しかこの小さな部屋には置かれていなかった。
「洗濯は各自でするんだな」
俺は洗濯物がひらひらと揺れているバルコニーへと向かった。
「見渡す限り海だ」
潮風が俺の鼻を掠める。
同室者が干したであろう洗濯物をくぐると、青々としたまあるい地平線が見えた。
「…脱出には時間が必要だな」
俺もさすがに航海はしたことがない。
ヴォルフのように風魔法が使えるなら空を飛んでいけるかもしれないが。
フルゥによると俺は丸一日眠っていたらしい。
くわえてこの島に移動するのに一日掛かったことも聞いている。
帆船はだいたい時速5000エルだ。
なので距離としては本土からあまり離れていないと俺は踏んでいる。
「さて、錬成してみるか」
探索し終えた俺はひとまず床に腰を下ろした。
「【創造の神ケイオスよ。我が名はリュカ。我の血に流るは貴方の『意志』。今こそ其の力を我に与え給え】」そして主文だ。「【〈クリヲラ〉を見渡す【地図】を我が手に】」
「…あれ?」
【地図】が…造れなかった…?
…じゃあ、
「【ツウワキ】」
嘘だろ…?
「【弓〈並〉】…」
「……何でだ…全然造れないじゃないか」
これにはかなり困惑した。
これまで俺が錬成を失敗したことなんて一度もなかった。
「……ふむ」
しかし、回数を重ねるごとに手応えが増している気はする。それにここではきちんと詠唱したほうが錬成が安定しそうだ。いつもは簡略化したり、無詠唱で錬成していた。
それにしても…
「…腹減ったな」
俺は丸二日間何も食べていない事を思い出す。思い出すとさらに腹が減る。
とりあえず、錬成はおいておこう。俺は再びベッドに寝転んだ。
「ルーシュ大丈夫かな……クリスも心配だな……」
上段のベッドの床面を眺めながら、置いてきた仲間をおもう。
…クロとニヴラは…まぁ大丈夫だろう。
それに大事になってなきゃいいが……
平民の子どもの冒険者が一人失踪したぐらいでギルドも大事にはしないと思うが、俺の周りには俺を心配してくれる人が沢山いる。
俺の頭の中には怒り狂うジェドの姿と、”二週間監禁される”俺の姿が浮かんでいた。
「…まずは、伝達手段だな」
とりあえずは俺の荷物を回収することが第一目標だ。
ではあるが、フルゥに同室者が帰ってくるまでは大人しくしとけと言われたので俺はもうひと眠りすることにした。
*
「えっ…もう起きたのか…?」
「…あぁ、うん。おかげさまで」
俺が長めの昼寝から目覚めると、ちょうど同室者が帰ってきたところだった。
「お前は結構な怪我人なんだけどな…まぁいい。俺は医者見習いのヨハンだ」
ヨハンの耳にも銀のピアスが光っている。
俺よりも少し年上に見える三白眼の男の子だった。
「僕はリュカだ。よろしくヨハン」
俺はヨハンと握手を交わした。
ヨハンは自分の机に荷物を置くと、俺のそばに座り込んだ。
「傷の方はどうだ?」
「痛みはあるけど、血は止まってるよ。君が縫合してくれたの?」
「いいや、それはフィヨルド先生がやった」
「そうなんだ。今度お礼を言いたいな」
「近いうちに会えるさ。その傷は軽くはないからな」
「……それにしても、傷の事といい…お前は随分と落ち着いてるな?」
「どういうこと?」
「いや、なに。ここに来たばかりの奴は、子どもであろうと大人であろうと、大抵憔悴しきっているからな」
「あぁ、僕はまだ6つだけど、少しばかり色々と丈夫なんだ」
「何だそりゃ…」
ヨハンが楽しそうに笑った。
この子はもっと笑ったほうがいい気がする。今さっき会ったばかりだけど、そんな気がする。
「あの、帰ってきたところ悪いんだけど、食べ物を少し譲ってもらえないかな?」
「あぁ、飯がまだだったな。ちょうどいい、俺が大食堂に案内しよう」
「大食堂?」
「あぁ。食事はみんな大食堂でとることになっているんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「お前にこれを一枚渡す」
「コイン…?」
「あぁ。詳しくは後で説明する」
「解った。ありがとう」
「おう」
*
「おお…」
大食堂は大人から子供まで多くの人で賑わっていた。
ヨハンによるとこの大食堂には500ほどの席があるらしい。
「さっきのコインなんだが…」
俺が食い入るように周りを見ていると、ヨハンが気を使って話を止める。
「あぁ、ごめん。聞かせて」
「…非現実的だよな、こんな光景」
ヨハンは何とも言えない表情で周りを見ている。
「…そうだね。この規模は…騎士団くらいじゃないかな?」
「…そうかもな」
ヨハンは少しだけ笑った。
「さっきの話だが、労働や学習の対価としてコインが配られるようになっている。食堂ではコイン一枚で好きな物が食べられるわけだ」
「なるほど」
「なんだかここは教育機関というか、訓練機関というか…なんかそんな感じに見えるね」
「言い得て妙だな。俺たちは確かに奴隷だが、”あの方”は俺たちに健康的な生活と、生きていく術を学ばせてくれるのさ」
「……なるほどね」
絶対にそればかりではないだろうが、今はそういうことにしておこう。
深く考えると怒りで飯がのどを通らなくなりそうだ。
「…ま、聞きたいことは山ほどあるだろうが、とりあえず飯を食おうぜ」
「そうだね。僕もお腹がペコペコだ」
カウンターで注文するとものの数分で料理が提供された。
味も普通に美味しかったので少し拍子抜けだった。
「あー、食った食った」
「ヨハンはけっこう食べるね」
「医者はああみえて体力使うからな」
大食堂の帰りに共同の風呂場などを案内して貰ってから俺たちは部屋に戻った。
「…僕はここで何をさせられるのかな?」
床に寝転んでいるヨハンに話し掛けた。
「お前はルゼ様預かりだからな…俺も詳しいことはわからん」
「そうなんだ。ねぇ、ルゼ様ってどんな人なの?」
「ルゼ様は”あの方”に一番近いと言われている方だが、主に警護部門を任されているようだ」
「なるほどね…」
「…お前はまともそうに見えるが……いったい何をしでかしたんだ?」
「うーん、少し危ない依頼に手を出しちゃった…みたいな感じかな?」
クリスには本当に申し訳ないことをしたと思っている。
「依頼ってことは…冒険者なのか?」
「うん。成りたてだよ」
「立派なことだな…俺の弟も冒険者になるんだと息巻いていたよ」
ヨハンは今15歳で、10歳の時にここへ連れてこられたのだという。
もともとは中部の田舎町で暮らしていたらしい。
「俺は風呂に行ってくるが、お前はどうする?」
「僕は体を拭いて終わりにしようかな」
「それもそうだな。後で消毒液を持ってきてやる」
「ありがとう。助かるよ」
…学生時代の寮生活のようだな。
今日はフルゥとヨハンという普通の子としか接触していないからだろう。
【隷属の耳飾り】を付けさせられ軟禁されているという現実が薄れ、少々毒気を抜かれてしまった。
…でもやっぱりここは…気持ちが悪い。
ここにはたくさんの人が不法に捕らえられている。
不法に捕らえられているのに、ここでの生活に満足している人も大勢いる。
何が正しいのか解らなくなる。
俺は無性にみんなに会いたくなった。
__その日の真夜中
俺はあまりに嫌な夢を見たので目が覚めてしまった。
クリスやレイさん、ジェドやロロが俺を殺そうとする夢だ。
そんなことあるはずもないのに。
俺は酷く嫌な気分で二度寝を決め込んだのだった。




