20 判断
「つーか、写真と違いすぎんだろ…!」
「そうですね…」
俺たちは建物の脇に隠れ洋紙に目を通しているアリッサを盗み見た。
あの褐色の肌と銀髪は獣人族に間違いない。
確かに、これでは見つからなくとも仕方がないわけだ。
「どうみてもあの女獣人じゃねーか…ってことはなんだ?ビリーさんも獣人…?」
「いや、ビリーさんは人族で間違いないでしょう」
俺は昼間に会った酒臭いビリーの顔を思い出す。
顔のつくりは面影がなくもないが、そもそも肌の色も髪色も全く違うし長かった髪も肩の上で切られている。
その上顔には化粧が施され貴族のメイドのような上質な給仕服を着ていた。
「じゃあアリッサは人族と獣人族のハーフだったわけか!」
それなら理解できると、クリスは頷く。
「それか全くの赤の他人だったのかですよね」
「…は?そりゃあどういうことだ?一緒に暮らしてたんだろ…?」
「今となってはそれすらも怪しいというか…家族ですらない可能性もあります」
「はーーー?んだよ、そりゃ?!」
クリスはまったく訳がわからないといった表情になる。
「今はまだ全部推測ですけど…」
二人の関係性はこれから解るはずだ。
それは俺たちが真相にたどり着けばの話だが。
「……」
それよりも、俺は色を変えた方法が気になっていた。
さっきから俺には心当たりがある気がして仕方なかった。
ディノだった時に、確か聞いたはずなんだ。
『許されない愛』
『エルフの国』
あと…
「おい、そろそろあの女動き出すぞ…!」
クリスが焦り始める。
そしてそのとき偶然、クリスの後ろに姿をあらわした”月”が俺の目に入った。
月…
『満月草ってあるでしょう?』
…ポーラ…?
『エルフの国には、肌の色と髪の色を変える技術があってね……』
俺はあの時、ポーラから『秘密の話』を聞かされたんだ。
「…”満月草”…だ」
「満月草だぁ?!満月草がどうしたんだよ!」
クリスがアリッサを目で追う。
「満月草で…肌の色も髪色も、変えることが出来るんです……!」
「…はぁ?満月草は病気の治療薬じゃねーの…?」
「基本はそうなんですが、『満月の夜』にある量の満月草をのむと、一定期間そういった変化が起こるらしいんです」
「へぇ!すっげーなソレ!」
「やっと思い出せました!」
…となると、親子を『装って』依頼にきた冒険者たちをあの家に招き入れていたわけか…。
そして、また『薬』だ。
『ビリー親子』は相当よからぬことをしていたのかもしれない。
「…僕が話を聞いてみます」
「…確かに、チビのお前の方が怪しまれないかもな」
クリスも俺と同じ考えだったようだ。
「けど、油断すんなよ?」
「はい。行ってきます」
俺は今まさに歩き始めようとしたアリッサに向かって、そっと近づいた。
「あの、」
「何だい?」
アリッサは不思議そうに首をかしげた。
「僕お姉ちゃんと離れちゃって…」
「ありゃ、そうなの…?」
アリッサはどうやら俺の身を心配してくれているようだ。
アリッサは手にバスケットを持っているのできっと遣いに出されたのだろう。
アリッサに遭遇できたのは本当に幸運だった。
だからこそこのチャンスを絶対に逃すわけにはいかない。
「これが僕のお姉ちゃんなんだけど、知ってるかな?」
俺は胸ポケットから『ビリー親子』の写真を取り出した。
「うーん、どうかな…」
自信のなさそうなアリッサが、俺からそれを受け取る____
「!!!」
―ガンッ!!
アリッサが、思わず地面にバスケットを落とす。
「え、お姉さん、大丈夫…?」
俺はアリッサが落としたバスケットを拾い手渡そうとした。
「……」
しかしアリッサは酷く狼狽えていてバスケットを受け取ってくれない。
「…もしかして、お姉ちゃんを知ってるの?」
この反応は『肯定』だ。
俺は畳みかけるようにアリッサに質問した。
「ア、タイは…ッ」
アリッサは手で顔を覆い震えだす。
立っているのもやっとのようだった。
「あの、大丈夫…?」
さすがに見かねた俺がアリッサの肩に触れようとした。その時だった
「これって、どういう状況ー?♪」
「…?!」
「ルッ…ジェーロ…」
どこからともなく、”ルッジェーロ”と呼ばれた男が俺たちの前に現れた。
その男は月の光を背中に受けなんとも薄気味悪い存在に思えた。
「ごめんねボク?この子これでも仕事中なんだ♪」
男はどことなく軽薄な口調だ。
顔の造形がひどく整っているために薄ら笑いが恐ろしく感じる。
「ご、ごめんなさい」
俺は写真をポケットにしまうと、一旦その場から離れることにした。
…なんだあいつは…?
綺麗に切り揃えられた銀髪に透き通るような白磁の肌。
さらにはヴォルフと同じ深紅の瞳。
そして煙草を吸う手にはいくつものタトゥーが刻まれていた。
「…ただものではなさそうだな」
俺は追跡がないことを確認してから、クリスたちのもとへ戻った。
「おい、アイツなんなんだ?!」
クリスはアリッサよりもあの男の方が気になるようだ。
確かにそれは俺も同じだ。
「…全然隙がありませんでした。アリッサも何かを知っているようでしたが…」
「あいつが来ちまったんじゃな…ったく、何が何だか…!!」
クリスが自らの頭をかき回す。
「とりあえずレイさんに相談しに行こうぜ」
「はい。そうしましょう」
これはアリッサの捜索どころではない。
ひとまず自分たちの安全を確保することが優先だ。
「…ねぇ♪」
「「!!!」」
「どこのレイさんかなー?僕にも詳しく教えて欲しいな♪」
…いつの間に…?!
俺たちの後ろには、店の前にいたはずの怪しい男が堂々と佇んでいた。
「……」
俺はルッジェーロから間合いを取りながら片手剣シミターの柄に手を掛けた。
「てめえ…いつの間に…!」
クリスもルッジェーロに警戒しながら背中の愛斧フランキスカに手を掛ける。
「アハ♪やっぱ仲間がいたんだねー♪」
ルッジェーロが楽し気に漆黒の双剣をくるくる回す。
「ねぇ、君たち冒険者だよね?何が目的なの?」
軽薄な口調だがなかなか鋭い。
不覚にもルッジェーロの目には俺が不審者として映ってしまったようだ。
「人を探してるだけです」
俺は正直にそう答えた。
「ふぅん?じゃあ僕にも見せてよ、胸ポケットの中の写真♪」
「どうぞ」
いったいどんな反応が返って来るのだろう。
俺は覚悟を決めてルッジェーロを見つめた。
「あー…君たちは、侵入者確定だね♪」
――キィンッッッ!!!!!!
ルッジェーロの双剣と俺の剣がぶつかり合う。
「やっるー♪どんだけ目がいいの君♪♪」
…コイツ速い!!
「救援依頼を願いします!!!」
俺はルッジェーロから繰り出される斬撃をさばきながら背後のクリスに向かって叫んだ。
「リュカてめぇっ、…!!」
クリスは即座に全てを理解したようだ。
しかしクリスは自分が取るべき行動を解っていてもすぐに動けずにいた。クリスは、本当に優しい子なのだ。
「小っちゃいのにやるじゃんー♪」
「それは、どうも」
「でも僕はぁ『あの人』と違って子どもでも容赦しないよぉ♪」
ゾクッ..._
「__クリスさん!!」
コイツは絶対に危険だ。
クリスたちを、レイさんの元へ…!
「うおっと?!」
「ぎゃあ?!」
俺はニヴラが入ったかばんをクリスに向かって放り投げ、それをクリスは見事に受け取った。
「ニヴラ!」
俺を睨みつけるニヴラと目が合う。
「…頼みます」
ニヴラならきっと解ってくれるはずだ。
「ぐ、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
途端、ニヴラの体が膨れ上がる。
そして、クリスとクロをその鋭い爪で掴むと同時に路地裏を抜け出し空高く舞い上がる。
「え、え、え?!」
「わふーーーー??!!」
―――――ゴォォォォォォォ‼‼‼
「あっつ!!!」
ニヴラはルッジェーロに向かってドラゴンフレイムを放った。
比べるまでもなく火力は以前見たようなものではない。
「えーーー?!ナニあの竜!欲しいんだけどー!!!」
しかしルッジェーロは無詠唱の水魔法でそれを打ち消した。
「…」
ニヴラは興味のなさそうな顔でルッジェーロを見た後、黄金の瞳で俺を睨みつける。
そして俺に背を向け、悠々と飛び去って行った。
「…あの、僕もそろそろお母さんのところに帰っていいですか?」
心配事が減った俺は幾分余裕が出てきた。
俺もさっさとこの場から退避しなくては。
「アハハ♪僕が送ってあげっよかー?」
「遠慮しときます」
こんな底知れない男の相手をするのは今の俺には荷が重すぎる。
数秒あればいい。
数秒あればこの路地裏を抜けて人ごみの中に紛れられる。
無詠唱魔法を警戒しながら俺はルッジェーロの隙をうかがった。
「…もうやめてッ!ルッジェーロ!!」
アリッサが俺たちのいる路地裏に駆け込んできた。
「…あーあ。うるさいのが来ちゃったよ…」
するとルッジェーロが心底嫌そうな表情を見せた。
「小さな男の子じゃないか!アンタが手を出す必要なんてないだろ?!」
アリッサは拳を握りしめルッジェーロに向かって叫ぶ。
「…おいおいおいおいフルゥ?お前は誰に指図してんのか解ってんのか、あ”ぁ”?」
途端、下卑た笑みを浮かべていたルッジェーロが突如豹変する。
「っ、?!」
ルッジェーロに『フルゥ』と呼ばれたアリッサが恐怖で後ずさった。
「お前が生きてんのは”あの人”の気まぐれだろうが♪僕からしたら、お前なんかいつ死んでも構わねーんだからなぁ”♪♪」
そう言うや否やルッジェーロが剣の切っ先をフルゥに向けた。
「…やめろ!」
俺はルッジェーロを睨みつけたまま、フルゥを背にかばう。
「え?騎士さまなの??かっこよすぎない?♪♪」
ルッジェーロが最高に下卑た顔で楽しげに笑った。
「…かばってくれて…ありがとうね……でもアタイは……どうせ……」
フルゥが無意識にその小さな耳にそっと触れたのを、俺は視界の端に捉えた。
…まさか……
【隷属の耳飾り】か…?
ディノの時代では既に奴隷制度は廃止されていたはずだ。
まさか現代においてまだ馬鹿けた制度が続いているというのか?
腹の底から沸き起こる激しい怒りに囚われた俺は目の前の男の動きを見逃してしまった。
ザシュッ‼‼‼‼__
「ぐ、っぁ…?!」
ルッジェーロの双剣が俺の腹を引き裂いた。
「っつ、」
俺はたまらず足をつく。
「大丈夫かい?!あぁ…なんてことを…!!」
「僕がいるのに考え事したらダメじゃない?♪」
ルッジェーロが俺の手から剣を取り上げる。
「見た目は全然タイプじゃないけどー♪君のこと気に入っちゃったぁ~♪♪」
ルッジェーロの双剣には神経毒が仕込まれていたらしい。
俺はもう、指の先さえ動かすことが出来なかった。
「おやすみ。リュカ♪」
ルッジェーロが俺の体を押さえつける。
…ク…ソ…
―カチンッ....
耳元で金属音がした。
そして俺の意識は、そこでぱったりと途絶えた。




