17 育成官と
「んじゃどれにする?」
「僕が決めていいんですか?」
「おう。俺の仕事はお前の補助と指導だからな。好きに動け」
「わかりました」
レイさんは俺が拍子抜けするほどあっさりしている。
育成官と聞いて俺はもっと厳しい上下関係みたいなものを想像していたので助かるが。
さてどれにするかな…。
学生ぶりの冒険者業に俺は正直浮足立っている。
学校を出てからは衛兵業一筋だったからな。
依頼中は細心の注意を払うが今は大目に見てほしい。
「薬草の採取か…」
「初依頼としては無難だよな」
レイさんが言う通りこういう採集系は無難なのだ。
もちろん依頼品の難度にもよるが危険度は低いし報酬も悪くない。
しかし、俺はあまり好みではない。
俺の好みは当然狩る系だ。
「うーん、たずね猫か…」
「俺は犬派だな」
「奇遇ですねレイさん。僕もです」
こういう探索系はクロの嗅覚がほしい。
ロロの【レーダー】のようなものも錬成出来るが今はレイさんの目もあるしうかつに使えない。
となると…
「…では、これにします」
「『薬草小屋のゴブリン退治』ね。何でこれにした?」
レイさんは顎鬚をさすりながら俺に問いかけた。
「一つめは、この依頼の緊急性が他の下級依頼よりも高そうだからです」
元来冒険者の基本は人助けだ。
報酬が安かろうが緊急性が高い依頼を優先するのは基本だろう。
「小屋のあたりは衛兵の範囲外だからな。んじゃ二つめは?」
「下級冒険者の僕にとっては近場の方が何かと都合がいいです。依頼がもし手に負えないようなものだったら救援願いを出す必要があります」
「そうだな」
レイさんが頷く。
「三つめは、近辺の魔獣の生態系の調査です」
「ほう?」
「当面はこの辺りで活動をしていくので、とりあえず小人系魔獣の最弱であるゴブリンの強さをみておきたいです」
「まぁ、読みは悪くねぇようだな。じゃあカウンターで受付してこい」
「はい!」
とりあえずの及第点といったところなのだろう。
学生時代の記憶と衛兵時代の記憶を総動員させて考えた甲斐があった。
「すみません。この依頼〈下級〉を受けたいんですけど…」
俺は少し緊張しながら受付の女性に話し掛けた。
「はい、依頼〈下級〉受託希望ですね。では冒険者証をお願いします」
「はい」
「ナハロ村のリュカさんですね…ありがとうございます。育成官はレイさんですね……依頼内容は『薬草小屋のゴブリンのせん滅』……」
「……」
…受けさせてもらえるだろうか。
この依頼はどちらかと言えば中級依頼よりだ。
レイさんがいることを加味してやや大胆にいってみたのだが…
「…レイさんがいれば問題はないでしょう。受託を認めます」
「ありがとうございます!」
「依頼主からの期限は定められていません。ですが、依頼完了時間が早いほどギルドからの評点は上がります」
「なるほど、わかりました」
もらえる評点はほしいからな、頑張ろう。
「ゴブリンの数は不明ですので十分にお気を付けください。そしてこれが薬草小屋までの地図です。ご健闘を祈ります」
「ありがとうございます」
「受託できました!これがその地図です!」
「おう」
レイさんは煙草の火を消してから地図を受け取る。
「プストル平原の南西方向ね」
「ここから馬で20分程でしょうか?」
「そうだな。お前馬は?」
「すみません。まだ用意できていなくて…。ギルドに馬を貸してもらって、」
「いや、準備運動がてら走っていくぞ。一時間と少しで着くだろ」
「はい。頑張ります」
「疲れたらおぶってやるよ」
「ありがとうございます?」
*
「…ふぅ…」
俺は次々に流れでる汗を布でぬぐう。
久しぶりに本気で走ったが以前よりも更に体力がついてきたようだ。
本の虫などとギークに言われていたがリュカの運動神経は悪くない。
「なかなかやるじゃねーか」
レイさんは汗一つかいていない。
フィリップさんに”体力おばけ”と言われるだけある。
「ありがとうございます」
「ぎゃっぎゃっぎゃ!」
ニヴラはレイさんの肩の上に乗って楽しそうにしている。
『この軟弱者めが』とか言っている気がする。
自分は飛んだり休んだりしていたくせに。
「思ったよりもしっかりした作りですね」
俺は息を整えてから少し離れたところにあるくだんの小屋を見た。
「どうやらこの小屋では満月草を育てていたらしい。満月草は日の光に弱いからな」
レイさんは煙草に火をつけてから依頼書に目を落とす。
「だから窓が殆どないんですね」
まず外から気づかれることはない。
ゴブリンにとって幸運だったわけか。
「さぁ、どう動く?」
「そうですね…」
「眠りキノコを使います」
「ほう?」
「ここは人里に近いですし、もしかしたら人が捕まっているかもしれません。なのでまずは眠り粉を散布します」
「最近の6歳って眠り粉持ち歩いてんの…?」
「今日は即席でつくります」
「ええ?」
ポカンとするレイさんをそのままに俺は風下へ移動する。
そして最近俺が造った【魔法のカバン〈中級〉】から眠りキノコと金網を取り出す。
〈中級〉ならば6歳の俺が持っていても怪しまれることもないだろうという算段だ。
眠りキノコを炙り水分を完全に飛ばしたら、それをすり鉢に入れ粉末状になるまですり合わせる。
「…できた」
ポーラの見様見真似だったが、うまくいった。
眠り粉を慎重に袋に移しレイさんのところへ戻った。
「眠り粉が出来ましたので煙突に移動します」
「おい、はえーな」
レイさんは少し驚いている。
俺に薬の知識があると思っていなかったようだ。
「…まぁいいか。気をつけろよ」
「はい」
レイさんは深く追及することはなかった。
俺は壁の出っ張りに足をかけ慎重に屋根まで上る。
上り終えた俺は下で待機しているレイさんの位置を確認する。
そして足音が下に響かないよう慎重に屋根を進み、煙突に向かって鉤縄を投げる。
俺は鉤が引っ掛かったことを確認してから煙突に足をかけ登っていく。
「ふー…」
煙突のてっぺんはなかなかの高さだ。
目の前には広大なプストル平原が広がっている。
『・・・・・・・・・・』
下から声がきこえる。
ゴブリンは複数名いるようだ。
「よし」
俺は眠り粉を煙突の中に流し込んだ。
そして待つこと十分__
「…そろそろ行きます」
「おう」
薬が効き始める頃だ。
地上に戻ってきていた俺は正面扉に近づきゆっくりと扉を開けた。
「…成功したみてぇだな」
レイさんは薬を吸い込まないよう鼻と口を覆っている。
「はい。ですが、」
俺は口布を抑えつつ背中のシミターの柄に手をかける。
満月草の周りに6匹のゴブリンが倒れている。
見渡す限りでは人はいないようだ。
_と、その時だった。
「「「グギャァァァァァ!!!」」」
「おでましか!」
レイさんは嬉しそうにクレイモアの柄に手をかける。
隣の部屋から3体のゴブリンが飛び出してきた。
俺は即座にシミターを引き抜く。
「ゴブリン3体倒します!」
「いけ!」
レイさんの号令をうけた俺は二歩でゴブリンの間合いに入り込み一体目の首を切り落とす。
「!!お前…」
レイさんが何か言っているがまぁ大丈夫だろう。
「グギャァァァァ!!!!」
「おら!」
続いてナイフを突き出してきたゴブリンの手を蹴り飛ばし怯んだところでゴブリンの側頭部に回転蹴りを入れた。
「グギャ、ッ…ッギャ!!!」
残る一体は小屋から逃げ出そうと扉に手を掛けた。
「逃がすか」
俺はすかさず【弓〈超級〉】を構え、ゴブリンの首に打ち込んだ。
「……なかなかやるじゃねーの」
レイさんは柱の陰から俺の動きを観察していたようだ。
「ありがとうございます」
俺は素直に誉め言葉として受け取っておいた。
「…こいつらもとどめを刺してしまっていいですか?」
もちろん床で寝こけているゴブリンたちも忘れない。
「いいぞ」
レイさんに許可を得た俺は残りのゴブリンをせん滅した。
ゴブリンは知能が低く意思の疎通も出来ないので生かしておいたからといって有用な情報は得られないのだ。
俺は【魔法のかばん】から【鑑定鏡】を取り出し、床に転がるゴブリンを視る。
「…この3体はゴブリン〈上級〉ですね」
「おう。眠っていた方の6体はゴブリン〈下級〉だった」
「このナイフ〈並〉はこの小屋にあったものですかね?」
「恐らくな」
魔獣か何かを追いかけていたゴブリンたちは偶然この小屋を見つけて居座ったのだろう。
今回の依頼は現時点では事件性は低いとレイさんは結論付けた。
俺も同意見だった。
「よいしょっと、」
その後俺たちはゴブリンの死がいを外へ出し小屋の中を掃除を行った。
当然後片付けも冒険者の仕事だ。
そして、ギルドの提出用にゴブリンの爪を人数分頂いてから俺はゴブリンの亡骸を焼き払った。
「ぎゃぁ……」
『ひどい臭いだ』とニヴラはげんなりしている。
そんなニヴラといっしょに俺は天に向かって狩人の祈りをささげた。
「…お前は躊躇がなさすぎやしないか?」
ひと段落して煙草に火をつけたレイさんが俺に問いかけてきた。
「もしかして”暗殺者”の子とか…?」
…話が変な方向にいっている。
「俺は今までたくさんの狩場を経験しました。それにレイさんもいらっしゃいましたし、大胆にいけました」
「いやいやいや、お前が『実は成人してました』って言っても俺は驚かねぇがな」
「あははは…」
…これは褒めて貰っているということでいいのだろうか。
俺は何も言えずに笑ってごまかした。
「お前なんで冒険者に登録したの?推奨はしねぇが裏稼業の方が段違いに稼げるぞ」
「や、やめてください。うちは姉しかいないので出来るだけ早く自立したいんです」
「…ふーん」
「嘘じゃないですよ」
レイさんに盛大に何かを疑われている。
俺は怪しい身の上では……いや、確かに怪しい…のか……?
「…ま、とりあえず今日の評点は合格点だ。喜べ6歳児」
「ありがとうございます!」
「初依頼を頑張ったリュカくんにご褒美をあげようじゃねーか」
「え、なんですか…?」
「「「帰りは俺がおぶってやろう」」」
「…え?」
思いのほか低い声が出てしまった。
少し期待したのに…
なんか、師匠から弟子に良い短剣とかくれる流れだと思ったのに…
「おいおい6歳児。こんな素敵なおじさんがおぶってくれるんだぞ??女なら泣いて喜ぶぞ???」
俺がどれだけもてるかお前知らねーの?とか何とか言ってるが俺は興味はない。
「わぁうれしいですありがとうございます」
それにあいにく俺は女性ではないので嬉しくないし中身は30のおじさんなんです。
「お前かわいくねぇな…」
「かわいい6歳児ですよ僕は」
「お前は飛べよ?」
「ぎゃぁ?!」
ニヴラもレイさんに運んでもらうつもりだったらしい。
「ほれ」
レイさんが背中を指さす。
「おねがいします」
俺はまぁいいか、と従った。
「俺が走った方がはえーんだよ」
「もっと走れますよ?」
「お前はとりあえず馬を用意しろ」
「それは、すみません」
「ほら、行くぞ。つかまっとけ」
「はい」
俺はおとなしくレイさんの首もとに腕をまわした。
レイさんは宣言通りとても足が速かった。
今の俺では到底勝てないだろう。
レイさんの背中に揺られながら時々漂ってくる柑橘系の香りは嫌いではないとぼんやり思った。
「…すぅー…」
「寝顔は普通のおこちゃまなんだけどねぇ」
「ぎゃっぎゃ!」
「お前は知ってんの?」
「ぎゃあ?」
「…ま、いっか」
「ぎゃぁ」




