14 友の怒り
「いや、ちょっと待ってよ。いきなりどうしたのヴォルフ?」
「わふ?」
「…ぎゃあ」
もうこの村を出るだなんて一体何があったんだ?
神父様と喧嘩でもしたのか……
それにもう夕暮れだ。
神父様もシスターも子どもたちも、みんな心配している。
「…別にいきなりじゃねーし。前から考えてたことだ」
…そう、だったのか?
ヴォルフもなんだかんだ言って楽しく過ごしているのだと思っていた。
じゃあ俺には話してもらえなかったわけか。
…すこし寂しくはあるな。
「…だとしてもだよ。今日はもう遅いから、」
俺はヴォルフをなだめようとヴォルフの肩に触れようとした。
しかしその手は、ヴォルフによって振り払われた。
「お前が俺をガキ扱いすんじゃねぇ!」
「!」
「わふ?!」
「お前だって俺と同じ6つじゃねーか…!!!なのに……なんでお前ばっかり……」
ヴォルフの荒げた声が次第に小さくなる。
「ヴォルフ…」
「くーん…」
俺は怯えてしまったクロを静かに抱き上げた。
…驚いた。
ヴォルフは本気で怒っている。
そしてヴォルフの怒りはどうやら俺に向けられている。
ただその視線は、俺ではなく肩の上のニヴラに向いていたように感じられた。
「…じゃあヴォルフはこれからどうするつもりなの?」
前から考えていたというのなら何かあてでもあるのだろうか。
「…さぁな。どうにでもなんだろ」
ヴォルフにあてはないようだ。
それでも『どうにかしてやる』というヴォルフの強い覚悟を感じる。
「……」
……どうしたもんか…
裏山でクロと出会ってから俺自身色んなことがあった。
その間ヴォルフとあまり会えていなかったと思う。
だからなのだろうか。
俺にはヴォルフの激しい怒りの正体がわからない。
その上何を言っても拒絶されそうな予感しかない。
それでもこの状況がまずいことは俺にもわかった。
「ヴォルフ、」
『少し落ち着いて話そう』
俺はそう言うつもりだった。
しかし俺の言葉はヴォルフによって遮られた。
「元気でな。リュカ」
そう言って、ヴォルフは大人びた顔で笑った。
そして俺に背を向けて歩き始めた。
『あ、もう会えないかもしれない』
俺はふと、そう思った。
そうしたら俺はヴォルフの腕を掴んでいた。
「い、っ…?!」
ヴォルフが小さな悲鳴をあげる。
「ご、ごめん」
俺は強く握りすぎてしまったようだ。
なので少しだけ力を緩めた。
「ヴォルフがひとりで行くつもりなら僕も行く」
子どもをひとりで行かせられるわけがない。
「…は?お前に関係ねぇだろ…!」
ヴォルフの目が吊り上がる。
「関係なくないよ」
「ねぇよ!!」
ヴォルフは頑なに拒んだ。
その様子に俺もだんだんと腹がたってきた。
「…それにヴォルフは見目が良いんだから、夜にふらふら歩いてたら危険だ」
「何言ってんだお前…こんな小さな村だぞ?それに俺は男だ!」
「ヴォルフは解ってない。色ごとに男も女も関係ないし何があるか解らない」
俺は学生時代のことを思い出していた。
それに平和に見えるこの小さな村で人知れずにあのようなことが起きたのだ。
俺は元代官の邪悪な笑い顔を思い出して心底嫌な気持ちになった。
「さっきから偉そうによぉ……お前は一体なに、」
ヴォルフも我慢ならなくなったらしい。
ヴォルフが自由な方の手で俺の胸元につかみかかろうとしたその時だった。
「ふたりとも少し落ち着け」
「「!!」」
良く通る男の声が俺たちの耳に届く。
そして俺たちは同時に振り向いた。
「よっ」
「テオさん…」
いつもと変わらないテオさんの姿がそこにあった。
俺の肩の力が抜けていく。
それと同時にさっきから黙りこくっているニヴラの存在を思い出した。
俺もヴォルフにつられかなり焦っていたらしい。
「まったく、こんな村のど真ん中で何をしてんだよ?」
「そうですよね…」
見上げると空はいつの間にか藍色に染まっていた。
人通りがまばらだったとはいえ俺たちはかなり目立っていただろう。
そう考えると俺は急に恥ずかしくなった。
ヴォルフに至ってはじっとテオさんを見つめていた。
この反応からして多少の面識はあるようだ。
「とりあえずうちの宿にこい。あと、リュカが言うことは最もだぞ」
テオさんがなんてことのないようにヴォルフに告げる。
「…俺は男だ。それにそんな気色悪い奴がいたら、速攻で返り討ちにする」
ヴォルフはそう言うと手のひらの上に猛火を包み込む風の玉を創りだした。
「ほう!これは凄い才能だな」
テオさんは感嘆の声をあげた。
「でも、リュカには勝てないようだな?」
「……」
ヴォルフは何も言わずにぐっと唇を噛みしめた。
「ここにいたら神父様に見つかるのは時間の問題だ。やっぱり教会に戻りたいというなら、話は別だけどな」
「……」
ヴォルフは眉根を寄せて逡巡している。
そんなに教会に戻りたくないのかと思うとなかなかに切ない。
そしてヴォルフが大きく息を吸い、細くながい息をはく。
「…………行きます」
ヴォルフははっきりとそう伝えた。
「おう。そうしろ」
テオさんは小さく頷いた。
「僕も行きます」
俺もすかさずテオさんにお願いする。
今のヴォルフをひとりにしたら何をするかわからない。
「いや、何でだよ…」
ヴォルフは心底嫌そうな顔をしている。
それを見た俺はとても悲しくなったが折れるわけにはいかない。
「来い来い。場所が変われば、気分も少しは変わるだろ」
「ありがとうございます。テオさん」
「………ありがとうございます」
「おう」
テオさんはヴォルフの頭をポンポンと優しくたたく。
ヴォルフはおとなしくそうされていた。
「…おい、いい加減離せ」
「あ、ごめん」
俺は慌ててヴォルフの腕を離す。
ヴォルフは俺には冷たかったがヴォルフが逃げることはなかった。
*
「…という感じで。ナッシュ頼んだ」
「はい。わかりました」
そういうと、ナッシュさんは足早に出かけて行った。
ナッシュさんはテオさんの一番の部下で宿の副責任者だ。
衛兵上がりらしく体はがっしりしている。
それに寡黙だがとても優しい。
ナッシュさんは神父様とルーシュのところへ説明に行ってくれたようだった。
とても申し訳ないが本当にありがたい。
ルーシュも心配しているに違いない。
「とりあえず今日はここに泊まれ。代金はいいから」
「テオさん。そうはいきません」
「子どもに金を払わせるほどうちの宿は暇じゃないから」
「……」
「でも…」
「じゃあ今度ティナと遊んでやってくれない?」
「それは勿論かまいません」
「飯は運ばせるから、今夜はこの部屋にいること。いいな?」
「わかりました。ありがとうございます」
「…ありがとう」
「おう」
テオさんはひらひらと手を振ってから扉を閉めた。
「……」
ヴォルフは部屋に入ってから押し黙っている。
というかヴォルフも俺も二人っきりになってから一言も発していない。
ヴォルフに至ってはずっと窓の外を眺めている。
そういう俺もベッドの上に寝ころんで天井を見つめていた。
ちなみにニヴラはさっさとロロの家に帰っていった。
『ガキの子守は面倒だな…』とかなんとか言っていた。
…まったく失礼な竜だ。
確かにニヴラに比べたら俺は子どものようなものだろうが俺はもう30だ。
それをガキの子守などというなどさすがに許せん。
「くぅ…」
クロも疲れたようで俺の横で寝息を立てている。
かわいい…。
そんなクロを見ていると俺もすこし眠たくなってきた。
俺はいつものようにクロの横っ腹にひっついた。
「…おい」
「…なに?」
「お前ってほんと…ぼやっとしてるよな…」
「そうかもね…」
四半刻ぶりのヴォルフの声はとても落ち着いていた。
さっきまでの激情が嘘のようだと俺はぼんやり思った。
時折賑やかな声が聞こえてくるがきっと隣の酒場からだろう。
隣の酒場もテオさんが経営しているらしい。
「……お前こんなにお節介だったんだな」
「そう、なのかな?」
「前はもうちょい距離感あったぞ」
「そうだっけ…」
「……つーか、お前ってなんかズリィよな」
「…え?」
「お前は何食わぬ顔してさ、俺が欲しいもんいっぱい持ってんのな」
「…」
「あんなに力がつえーなんて知らなかったし」
「ごめん」
「いつのまにか竜を使役してるわ、”クソ女”とも揉めてみたらしいじゃねーか」
「クソ女って、元代官のこと?」
「あいつマジでクソ以下だったんだな。神父様のお説教もたまには役に立つわ」
「え、何があったの?」
「別になんもねーよ」
「ヴォルフが欲しいものって何?錬金術?」
「そりゃあそうだろ。お前が本気になれば大賢者にもなれるだろうし、上流貴族入りだって夢の話じゃない」
ヴォルフはつまらなそうに呟く。
「錬金術は確かに神様からの贈り物かもしれない」
確かに俺もそれは感じている。
でもそれは『リュカ』への贈り物だ。
俺にはとても使いこなせる代物じゃない。
「それ以外は平凡だよ」
「…平凡、ね」
俺はアルトを思い出していた。
弓だけは俺の方が得意だったがそれ以外でアルトに勝ったことはない。
「…お前ときどきすげー遠くを見てるよな」
「あ、ごめん。何?」
「なんでもねーよ」
俺をずるいと言ったヴォルフを横目で見る。
漆黒の髪に透き通るような白い肌。
少し長めの前髪からのぞくルビーの瞳。
今もかなり整っているが成長すればとんでもなく美しい男になるだろう。
どこぞの姫様が迎え入れたくなるレベルなのは間違いない。
ましてやヴォルフは口調こそあれだがこう見えてとても思いやりがある。
ノアや子どもたちがヴォルフを慕っているのが良い証拠だ。
それに先ほどの魔法だ。
俺も魔法は詳しくないがこの歳で魔法を並列で行使できるのは凄い。
そもそも無詠唱魔法を初めて見た。
「…僕は魔法の方が羨ましいなぁ……さっきのヴォルフみたいに無詠唱で炎を出したり、風を操って自由に空を飛んだり、雷の矢で魔獣を一気に狩ったり、いきなり土を陥没させて魔獣を閉じ込めてみたり…あとは闇魔法を研究して暗闇を…」
「興味あるものになると興奮するのは変わんねーのな…」
「あー…なんか……全部どうでもよくなってきた……」
「ごめん…?」
「…………いや…俺の方こそ………悪かった」
「いいよ。ただし、いきなりいなくなるのはやめてね?」
「解ってるよ。お前どこまでも追ってきそうだもんな?」
「そう思う」
俺の返答を聞いたヴォルフが楽しそうに笑っていた。
そのあとまもなくして運ばれてきた料理を食べた俺たちは、いつのまにか眠っていた。
*
「昨日はよく眠れたか?」
テオさんが朝ごはんの乗ったお盆を俺たちに手渡す。
「よく眠れました。ありがとうございます」
俺はありがたくそれを受け取った。
「ワン!!」
クロの分の朝ごはんまで頂いてしまった。
クロはテオさんに撫でて貰っている。
「ありがとうございます」
ヴォルフもすっかりいつも通りだ。
昨日のことが夢のように感じられるほどだった。
「…で、ヴォルフはどうすんの?」
テオさんが俺の横に腰をおろす。
「……俺はやっぱり、この村を出たいです」
ヴォルフはパンを飲み込んでからはっきりと言った。
「何かしたいことがあるのか?」
「俺は外の世界を見たいんです。リュカみたいに、自由に」
「ヴォルフ……」
ヴォルフの目に俺は…いや『リュカ』はそう映っていたのかもしれない。
才能ある人を羨ましく思う気持ちは俺にも解る。
俺にとってはいきなりに思えたヴォルフの行動だったが、ヴォルフからしてみれば確かに『前から考えていたこと』だったのだ。
この時俺はやっとヴォルフの気持ちを理解できた気がした。
「じゃあ、俺のところで働かないか?」
「「……え?」」
ヴォルフと俺の声が重なる。
「俺もそろそろ商売を広げたかったところだし、ヴォルフみたいに優秀な人材は大歓迎なんだよね」
テオさんは事も無げに話す。
「、でも…」
ヴォルフは明らかに戸惑っている。
まさか誘われるとは思っていなかったようだ。
「すぐに答えをださなくて良いし、その間はこの部屋を好きに使えばいい」
「……そんなの」
「神父様には世話になってるしな。これくらいさせてくれ」
「……」
ヴォルフの瞳が揺れ動いている。
俺もヴォルフには残って欲しい。
でもヴォルフにはヴォルフの人生がある。
俺は何とも言えない気持ちで二人のやり取りを見守った。
そして、ヴォルフがゆっくりとを顔あげた。
「よろしく、お願いします」
ヴォルフがテオさんに向かって今度はしっかりと頭をさげた。
「こちらこそよろしくな、ヴォルフ」
テオさんは嬉しそうに笑った。
そして優しくヴォルフの頭を撫でた。
ヴォルフはひとまずこの村にとどまることを決めたようだ。
俺がその後何食わぬ顔でやってきたニヴラと喧嘩したのは言うまでもない。




