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「こんにちは。マクイッドさん」

「ワン!!」

「ぎゃあ」


「おぉリュカ。それにクロとニヴラも。今日もギークに会いに来てくれたのか?」

「今日はギークとサザと川釣りに行ってきます」

「それはいいのう。みんなで楽しんでくるといい」

「はい。お土産期待していてください」


 相変わらずマクイッドさんは上品なお爺さんだった。

 俺もこんなふうに歳をとりたいものだ。





「こんにちは」



 俺は村長の家の西側にまわり扉の呼び鈴を鳴らした。

 西側の扉は家族用の出入り口なのだとこの前教えてもらったのだ。 



「はーーい」


 のんびりとした男性の声が聞こえた。


 この声はテオさんだな。


 テオさんは宿屋のご主人で新しく村長補佐になった人だ。

 急遽行われた村の選挙で決められた。

 こう見えてなかなかの切れ者だと聞いている。



「テオさん。こんにちは」

「こんにちはリュカ。ギークとサザには声をかけといた」

「ありがとうございます。村長補佐のお仕事は慣れましたか?」



「まだまだ。ま、そのうち慣れるさ」

「本業の宿屋のほうは大丈夫なんですか?」

「そっちは大丈夫。俺がいなくても回るようにしてあるし」

「さすがですね」


「リュカ。うちのティナはとてもいい子だぞ。それにとてもかわいい」

「僕もそう思います。将来が楽しみですね」

「ははは。お前は賢いけど鈍いよなー」



 テオさんと楽しく世間話をしていると廊下の奥からドタバタと音が聞こえた。


「じゃあな。土産よろしく」

「はい。任せてください」




 「お前また来たのか?!どれだけ暇なんだよ?!」


 ギークはいつも通り元気いっぱいだ。

 右手に釣り竿を背には大きな籠を背負っている。

 魚をたくさん釣るつもりらしい。


「……リュカ…クロ…ニヴラさん…こんにちは……」

「こんにちはサザ」

「……今日は…晴れて…良かった…」

「そうだね。雨だったらどうしようかと思ったよ」


 サザの左手には釣り竿が、右手にはバスケットが握らていた。


「もしかしてパースさんがお弁当を作ってくれたの?」

「……うん…僕も…ギークも……がんばった…」

「ありがとう。お昼が楽しみだ」


 パースさんとサザはいま村長の家で生活している。

 グレイ村長とメルザさん、そしてマクイッドさんに頼まれたのだ。

 パースさんもサザもそれを快く引き受けた。


 パースさんは奥さんを亡くしているのでいつのまにか家事全般が得意になってしまったらしい。

 奥さんが病で亡くなってしまったのはサザが3つのときだったそうだ。

 サザは奥さんにそっくりなのだと、サザの頭を優しく撫でながら俺に教えてくれた。



「俺を無視して話を進めるな!!!」


 ギークも川釣りを楽しみにしてくれていたようで嬉しいかぎりだ。



「さ、行こうか」

「ワン!!」

「ぎゃあ!」


 魔獣ふたりも元気いっぱいだ。

 ニヴラは魚をたらふく食べるつもりらしいので俺はそれを阻止しなくてはならない。



「お前が仕切るな!!!」

「……魚…たくさん…いるかな…?」



「たくさんいるさ。沢山釣って、大人たちを驚かせてやろう」

「…うん……僕…がんばる……!」

「お前には絶対負けないからなリュカ!!!」




**



バシャバシャ…



 下流の方でニヴラとクロが遊んでいる。

 とてもかわいい。

 

 ニヴラは足の爪で上手に魚を捕まえていた。

 クロも負けじと魚をくわえている。

 俺も負けられない。



「…リュカは…釣りも…上手なんだね…」

「釣りは得意なんだ。色んなところで釣りをしたよ」

「だからいつの話なんだよそれは!!!」




 ギークもサザも元気いっぱいだ。

 俺は二人の笑顔が好きだ。

 二人が笑顔を取り戻せて本当に本当に良かった。

 


 …あれからもうひと月か。


 ここにくるまで決して順風満帆ではなかった。

 




 

 ギークは落ち込んだ。

 誰も部屋に寄せ付けない日々が続いた。


 自分の父親の異変に気付きながらも何もしてあげることが出来なかったのだとギークは自分を責め続けた。

 しかしそれは違うと、強引にギークの部屋に立ち入ったパースは言った。


 グレイは被害者だが、彼は村長だ。

 彼には村を守る義務がある。

 彼も必死に村を守ろうとしていた。

 彼はひとりで抱え込むことでそれを遂げようとした。


 でも…やっぱりグレイのやり方では村を守ることが出来なかったんだ。

 だから神さまがね…この村に御使いをくださったんだと思う。

 

 僕もね、あれからずっと罪悪感に圧し潰されてしまいそうなんだ。

 それでも僕は…この村を守ると約束したから。

 そのためにはギーク、君の力が絶対に必要なんだ。

 


 パースの想いを聞いたギークは泣いた。

 

 両手をぎゅっと握りしめ静かに泣いた。

 二人のやり取りを見守っていたサザはたまらずギークを力いっぱい抱きしめた。

 


 ギークがいない間に俺はこっそりサザにそう教えてもらった。






 元代官がランス辺境伯の主要地である『ヴァルキル』へ連行されてから二日後。

 村人たちはランス辺境伯に仕える側近の長であるキース子爵によって広場に集められた。


 二年にわたる不当な税の搾取の犯行がすべて元代官とその元補佐によるものだとキースは告げた。

 元代官はそのすべてを獄中で自供した。

 頼りの綱である実兄が自分をあっさり切り捨てたことが相当に堪えたようだった。

 つまりグレイ村長は、違法な薬物によって元代官に洗脳されてしまっていたのだと釈明した。

 


 当然、不当に高い税を払わされた村人たちは怒り狂った。


 そんな話で納得できるわけがない。

 俺たちだって死ぬ思いで生活してきたのだ。

 それに安い税だった者たちはなぜ教えてくれなかったのか。

 グレイ村長は本当に洗脳されていたのか。

 元代官と”良い仲”だっただけなのではないか。

 村人たちは思い思いの気持ちと身を焦がすような激しい怒りをキース子爵とグレイ村長にぶつけた。

 キースとグレイは村人ひとりひとりの話を想いを、真摯に聞き続けた。 


 その結果、数十時間にも及ぶ話し合いの末になんとか村人たちの怒りが収まり始めた。 

 元来、キースには村人たちからの絶大な人気と絶大な信頼が置かれていたことが幸いした。

 冷静さを取り戻しつつあった村人たちはこの場に来たのが財務官長ではなく、ランス辺境伯の側近中の側近であるキースが来たことの意味に気づき始めた。

 

 

 次の代官はキースにより直々に選定された『イコル』という小柄な男性だった。

 キースに紹介されたイコルははじめは緊張した面持ちだったが覚悟を決めた顔で静かに村人たちに向かって話し始めた。

 

 自分はみんなと同じランス辺境伯様の領地で育った農民だ。

 ただ幸運なことに自分は王立学校で領地経営学を学ぶことができた。

 

 村人たちの怒りは痛いほど良く解る。

 男爵家への深い憎しみも、救い出すことができなかった我々への深い憎しみも当然だ。

 払い過ぎた分の税金は絶対にランス辺境伯様が戻して下さる。

 納めた税金が少なくとも税金を追加で払わせることも絶対にしない。

 

 この村はもとの穏やかなナハロ村に戻ったのだ。 

 ナハロ村の敵はもうどこにもいないのだから。

 

 村人たちは人目もはばからず泣いた。

 声をあげて泣いた。

 そして不敬なことを散々言ってしまったと地に頭をつけて謝った。

 

 キースは村人に向かって『あんたたちは何も間違ったことはしていない。これから先も変わらず共に生きていこう』と言った。

 グレイ村長は多くを語ることはせず『本当に申し訳ありませんでした』と涙ながらに頭を下げた。

 グレイ村長は誰よりも誠実な村長だった。

 村人もそう思っていた。

 ただ、いつの日からか村人の前からその姿はパッタリと消えてしまったのだ。

 


 それで幼稚で邪悪な魔女を退治してくれたのはいったい誰なのかと、村人は聞いた。

 他ならないランス辺境伯様のご子息様だと、キースは告げた。

 それを聞いた村人たちから大歓声があがったのは言うまでもないだろう。


 こうして、一昼夜にわたる大集会は終わりを告げたのだった。 




 余談だが、さすがのルーシュも酷く落ち込んだ。

 パン屋の営業も休まざるを得なかったくらいだ。

 ルーシュが倒れてしまうのではないかと俺も気が気ではなかった。

 

 しかしルーシュは持ち前の明るさで乗り切ってみせた。

 『落ち込んでいても、幸せもお金も飛び込んできてくれないもんね!』

 そう言ったルーシュを俺は力いっぱい抱きしめたのだった。


 

「…そういえばランス辺境伯のご子息様って誰なんだろう?」

 

 俺は釣り針に子エビをつけながら独りごちた。



「はぁ?!そんなことも解らぬのか貴様は…?」


 俺の肩に戻ってきていたニヴラが我知り顔で言う。

 


「ニヴラはあの場にいなかったじゃないですか…。いいですか?あの時衛兵はジェドを含めて3人いたんですよ?」

「そんなもの、話を聞けば解るであろう!それにロロも解っているようであったぞ!」

「そうなんだ…ロロはともかく、ニヴラもなかなかあたまが切れるんですね」

「貴様は基本的にとんでもなく鈍いのだな……よく解った」

「…俺は平凡なんです。ロロと比べないでください」

「ロロに限った話ではないわ!」



「…お、またかかった」


 俺は竿を引き上げた。

 釣り針に大きな魚が刺さっている。

 俺は魚を外すとうしろに置いてある籠の中にそれをいれた。


 籠いっぱいに魚がとれた。

 これだけあれば十分だろう。

 俺は昼ご飯の支度にとりかかるとするか。


「…リュカの籠……いっぱいだね…!」


「サザもけっこう釣れてるじゃないか。ギークは…」

「俺は量より質を重視するんだよ!!!」

「…ギーク……前より…上手になったね……」

「そうだろう!俺は成長が早い男なのだ!!!」

「わふ?」

「ぎゃっぎゃっぎゃ!」 



 ふむ。楽しそうで何よりだ。








「ただいま戻りました!」


「おぉ、ギーク。お帰り」

「見てくださいおじい様!こんなに釣れました!」

「そうかそうか。なんともうまそうな魚ばかりじゃな。ギークありがとう」

「へへへ…」


 俺とサザは少し離れたところからギークとマクイッドのやり取りを見ていた。

 

「ギークは嬉しそうだね」

「……ギークは…おじいさまが…大好き…」

「そうなんだね。素敵なおじいさんだもんね」


「…リュカも…ルーシュ…好きでしょ…?」

「そうだね。でも同じくらいサザとギークも好きだよ」

「……うれしい……僕も…リュカ…好き…」

「じゃあ両思いだね」


 

 こんな平和な日が続けばいいと切に思う。その為にも俺はこの村のことをもっと知っていくべきなのかもしれない。

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