異世界人と水洗トイレ
「ミハル、少しよろしいですか」
仲間たちがプチパーティのように盛り上がっているところに、遠くから硬い声が聞こえてきた。名前を呼ばれたミハルは食べかけのクッキーの箱をルナに押し付けると、焚き火の側を離れた。
「ええと…ケイッシュさんでしたっけ?五月蝿かったですか?」
「それも多少ありますが、少しお聞きしたいことが…その、皆さんはどちらにお花を摘みに行ってらっしゃるのでしょうか?」
栗色の髪を結い上げたメイドは、ミハルと同じ年頃に見えた。キビキビとした動作には無駄が無い。だが、若い娘らしく、やや恥ずかしそうに声を潜めての質問だった。
「お花を摘みに?えっと…」
何を聞かれたのか理解できなくて、ミハルは首を傾げる。そこへユーリが近づいてきて代わりに答えた。
「一旦外に出て、右手に回れば不浄場がある。結界の中だから安全だ。ミハル、使い方を説明してあげたほうがいい」
ユーリの言葉で、ようやくミハルは『お花を摘みに行く』の意味を理解する。
「わかりました。あ、でも男子トイレのほうはどうします?警備の人たちにも教えたほうがいいんですよね。そっちは男子に頼んだほうがいいと思います」
ミハルは焚き火の周りでのんびり寛いでいる若者たちに視線を向ける。一見、冴えない風貌の男たちばかりだが、その中身はなかなか侮れない。
村人のコウキは最初からリーダーシップを発揮して、みんなをぐいぐい引っ張っているし、カエンは炎の魔法を巧みに操る。そして、双子の兄弟はそれぞれ腕の良い職人であり、グレンの倉庫に関しては、今後仲間全員のライフラインになるだろう。
彼らが一緒で良かったと、ミハルは改めて思う。
唯一、エドガーだけは特に役に立つ力を持ってないようだが、本人は『働いたら負けだ』と可笑しな呪文を繰り返しながらも、細々と雑事を引き受けている。怠けたいといいながら、少しも怠けていないところが面白かった。
「エドガー、男子トイレの使い方を教えてやってくれ。造った奴は忙しそうだ」
この遺跡の中に住むことが決まってから、双子は妙に張り切りだしている。コウゾが造った紙に、仲間たちが意見を出し合って、大まかな設計図を作ろうとしていた。
ユーリの呼びかけにチョコレートの箱を持ったエドガーがゆらりと立ち上がる。ミハルの視線からは見上げるほどの長身だ。190くらいあるだろうか。だが、操り人形のように痩せているので、圧迫感は殆ど無い。
同じくらい長身のカエンは見るからに重そうな筋肉の持ち主で、隣に立てば大きな壁があるように感じるから、大きな違いだ。ミハルからすれば、無骨なカエンより、暢気なエドガーの方が側にいても楽に思えた。
猫背気味に歩いてきたエドガーは「いちいち説明するの面倒だから、全員一緒に来てもらったらどう?」と提案してきた。
しかし、会話を聞いていたケイリッシュは即座に断ってきた。
「いえ、結構です。場所さえ分かれば問題ありません。それでは!」
クルリと踵を返すとやけに姿勢良くメイドは立ち去っていく。それを見送り、ユーリが感心したように頷く。
「あれはかなり出来るな。幼い頃から武道を叩き込まれた者の所作だ」
「どうでもいいけど…礼の一言もなかったな。本当に偉そうだよね、あの人たち」
呆れた顔でエドガーが呟き、チョコレートの包みを一つ剥く。そのまま食べるかと思いきや、ミハルの前に差し出した。
「お疲れさん、ずっと働きっぱなしで疲れない?」
「あ、ストロベリーだ」
ピンクの粒が混じったチョコにパクリと食いつき、ミハルは笑った。
「ん、んまー。これ去年の期間限定のフルーツチョコだよね。グレンさん、去年から倉庫に入れっぱなしだったのか、勿体無い」
「なんか、ハロウィーンパッケージとか、クリスマス仕様とか、期間限定品が多かったよ。コンプリでもするつもりだったのかな」
エドガーとミハルの会話を聞いていたユーリが不思議そうに首を傾げる。
「そういう菓子はどこで売っているんだ?恥ずかしながら洋菓子店にも行ったことがないのだが…」
「ユーリさんってお嬢様だな。こういうのは普通コンビニで売っているものだよ」
「そうですよ。学園の敷地にも二件あ…ちょっと待って。私たち、今コンビニのこととかチョコのこととか、普通に話してましたよね?」
ミハルは自分の会話に違和感を感じて眉を寄せた。個人的なことは全く思い出せないのに、自分たちが享受してきた文明に関しては最初から記憶があった。そして今、ミハルは自分が通っていた学校のことをうっすらと思い出している。
「ああ、そうだな。完全に記憶が消されているわけじゃないのか。こんなふうに、会話をしているうちに少しずつ思い出していくのかもしれないな」
ミハルの発見にユーリが希望的予測を口にする。記憶がないというのは不便極まりない。商人見習いとカードに書かれていたが、ミハルは何かピンとこなかった。確かにお金に関しては執着している自覚はあった。
(記憶が戻ったら、もっと自分のことが分かるのかな)
その時が楽しみであり、少し怖くもあった。
「ちょっと!あれ、なんですか?」
ミハルが考え事をしていると、ズカズカと足音を立ててメイドが戻ってきた。
「あの小さな神殿のような美しい場所で用を足せというのですか?私たちに冒涜を犯せというのですか?」
何故かケイリッシュは激怒していた。どうやら使い方うんぬん以前に、トイレだという認識もないようだった。
「え~、だから使い方を説明しようと思ったのに…」
「面倒だね、全く」
ミハルとエドガーは盛大な溜息を吐いた。
その後、二人は貴族一行をトイレに案内し、使い方を伝授することになった。
ミハルは貴族の少女とメイドたちを連れて水洗トイレの使い方を教え、魔法で男性は入ってこられないことを伝えた。
メイドたちは目を白黒させていたが、実際に魔法陣を起動させて水を流してみせると、驚愕していた。
「信じられないわ。水の魔法にこのような使い方があるのですか?」
貴族の少女が感嘆している。
「この…この美しい薄い紙は何なのですか?まるで羽毛のようではありませんか」
最年長のメイド頭のニルダがペーパーフォルダーの紙を手に取り、うっとりとした顔で尋ねてきた。最年長といってもせいぜい二十歳過ぎくらいの、ダークブロンドを結い上げたキリっとした美女だ。
「それはトイレットペーパーです。要するの便所紙です」
トイレという単語自体、この世界では馴染みがないようなので、ミハルは使い方を説明した。
「なんと贅沢な…このような美しい紙、王宮にすら献上されておりません。ミハル、ぜひ譲って下さい!」
がしっと手を握られ、ミハルは「ひ~」と悲鳴を上げた。
「あ、あとで仲間に聞いてみます。それより、順番に使ってください!あ、音や匂いも外に逃げないように作ってもらいましたから!」
主である貴族の少女を一人残し、ミハルはメイドたちと一旦トイレの外に出た。カエンが造った炎の側では、護衛の兵士たちが暖を取っていた。貴族の子供が先にトイレを使っているようで、男子トイレからは「お~!」とか「うわああ!」など、感嘆の声が聞こえてくる。
どうやら男子トイレは防音の手間を省いたらしい。
「なんか、結界の中も気温が下がってきたね」
ぐったりとした表情でエドガーが話しかけてきた。
「そういえば、寒いね」
吐く息が白くなっていることに驚きながらミハルは空を見上げた。カエンの炎に照らされた結界の外に、白いちらちらとしたものが見えた。まるでドームに包まれたように、真上には何かがうっすらと積もっている。
「あ、エドガーさん。雪だ、雪が降っているよ!」
「雪って…そんな気候じゃないでしょ」
疑うように言って見上げたエドガーの目にも、暗い空から降りしきる雪が見えない天井に積もっていくのが映る。
「まさか、そんな馬鹿なことが…まだ秋だぞ」
二人の会話を聞いていたのか、アエリックがぎょっとした顔で空を見た。異世界の人たちも釣られて視線を上げ、不安そうな表情を浮かべた。
「気候が狂ってきたのですね。歪みが…ここまで押し寄せているとは…。夜が明けたらすぐに旅立ちましょう」
いつの間にかトイレから出てきた貴族の少女が決意を込めた声で言った。メイドたちに守られ、ハズレの仲間たちと出来る限り接触しないように遠ざけられていたが、ただの気弱なお姫様ではないようだった。
ミハルはさりげなく少女を観察してみた。
ピコン!
妙な音が聞こえた気がした。
名前 モニカ・ジュリ
本名 モニカ・コティア 16歳
職業 清めの聖女・元コティア国の王女
スキル 浄化・祈り・光属性の魔法
不意に貴族の少女の頭上に何かがポップアップした。ミハルは慌てて周囲を見渡し、エドガーと目が合ってバタバタと両手を振る。
「なに、どうしたの?」
「あ、あのね…鑑定スキルのレベルが上がったみたい。見えてはいけないものがいろいろ…」
どうしようかとミハルは慌てる。その頭にエドガーの骨のように細い手が乗せられる。
「落ち着いて、後で話そう」
コクコクとミハルは数回頷き、エドガーに促されるまま遺跡の中へ戻っていった。
「なるほどね、清めの聖女か」
石のテーブルに何枚もの紙を広げ、コウキが納得したように呟いた。テーブルにはカエン、ユーリ、グレンの姿はあるが、双子は焚き火の側で眠り込み、ルナは女子用の寝室に引き上げていた。
ほんの小一時間の間に、遺跡の中の温度も下がっている。結界は完全に外気を遮断できるわけではないようだった。
ミハルから鑑定のレベルが上がったことと、貴族の少女の正体を聞いたコウキは、紙の束の一番下から一枚のメモを取り出した。
「ロウガが読み取ったこの大陸の地図だ。ざっくりと見た感じを書き写してみた」
「うわぁ、汚い」
ミハルが忌憚のない意見を言う。
「天は二物を与えずというだろう。俺の唯一の欠点は絵の才能がないことだ」
「平凡顔が偉そうに何を言う」
ユーリが即座に突っ込み、「お前もな」とコウキにカウンターされている。睨みあって、フフフと笑いあう二人はどこか似ていた。
「二人とも説明の途中だよ」
遠慮がちにグレンが二人を諌めると、コウキは一度咳払いして続けた。
「コティアという国はルタニアの軍門に下った小国だ。今は属州扱いで、ルタニア貴族のジュリ伯爵が総督として治めている。王族はほぼ処刑されたが、当時子供だった王女が一人、ルタニアの王都でコティア総督の養女として保護されている」
「それがあの女の子なの?いろいろ重いね」
毅然とした態度の同世代の少女の顔を思い出し、ミハルは同情して呟いた。
「そして、今俺たちがいる場所は、かつてのルタニアとコティアの国境辺り。あのお嬢様は、養父が治めるコティア州に向かっているところだな。おそらく、今回の消失はかつての祖国で起こったんだろう」
「なるほど。元王女が監視されている王都から逃げ出して、祖国に向かったと知られたら、大問題だろうな。下手をすれば反逆罪に問われる」
貴族一行の用心深い行動を振り返って、カエンが納得したように言い、コウキがそれに頷く。
「それでも、あのお嬢様は祖国に行かなくてはいけない理由が、何かあるんだろう」
「そうか、そんな事情があるなら、僕たちのことも警戒しても仕方ないね」
グレンがしんみりと呟く。
「グレン君、ちょろ過ぎ。どんな事情があっても、無礼なものは無礼」
呆れたようにエドガーが溜息を吐き、それにカエンも賛成する。
「全くだ。下手に同情はするな。この世界の人間は信用ならん」
「う~ん、そうなんだけどね」
困ったように笑うグレンは、人と争うことが嫌いなタイプなのだろう。ミハルはその様子を見て、改めてグレンという青年を観察した。カエンとエドガーよりやや低いが、十分長身の男だ。
ただし、いつも俯きがちで前に出ようとしないため、存在感が薄い。性格は協調的で、気が付くと人の輪の近くにいるような感じだ。本人の職業が『脇役』だというから、それでいいのかもしれない。
ふと思いついてミハルはグレンを鑑定してみた。
名前 グレン・アモン
年齢 17歳
職業 脇役-2(高校生・アモンスタッフ所属・後継者)
スキル 調和
ギフト インベントリ
「マイナスが付いてる!やだ、グレンさん。脇役-2って!」
「鑑定したね!酷いよ!」
思わず噴出したミハルにグレンが赤くなって抗議する。
「ごめん、ごめん。だって、他の人も鑑定できるか知りたかったんだもの」
謝りながらもミハルのクスクス笑いは止まらない。
「それで何か他のことはわかったのか?」
興味深々でコウキが尋ね、ミハルは改めてグレンのステータスの詳細に気付く。
「グレンさんは、グレン・アモンが本名みたい。職業の脇役-2の後ろに、高校生・アモンスタッフ所属と出ているけど、謎なのが後継者という職業ね。それとグレンさんが使える倉庫のことだけど、ギフトでインベントリと出ているわ」
その場にあった紙にミハルはグレンの鑑定結果を書き綴っていく。
「僕の本名はグレン・アモンなのか…不思議としっくりくるよ。高校生って言われると確かに高校生だったと思う。アモンスタッフは…なんだろう?」
紙を見ながらグレンは首を捻り、思い出したように神官に渡された自分のカードを取り出してみた。
「おかしいね、こっちにはそこまで詳細なデータは書かれてないよ」
「え~、それじゃ私の鑑定がポンコツってことなのかな?」
不安になってミハルは自分のカードを取り出す。
名前 ミハル
年齢 17歳
職業 鑑定士
スキル 鑑定眼
最初と少しだけ変わっている。最初の職業は『商人見習い』だったし、スキルの記載もなかった。そこで彼女は自分を鑑定してみた。
名前 ミハル・ヒカワ
年齢 17歳(高校生・生徒会会計)
職業 鑑定士
スキル 鑑定眼・水属性の魔法
「え、なにこれ。私、魔法少女?」
結果、自分のステータスにミハルは声を上げることになった。




