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滅び行く世界の中で

細かく文章修正しました。

「美味い上に効き目も確実だ。この先の旅のことを思うと、何本か手に入れたほうがいいよな?」


 不意にコウキが悪徳商人並みの笑いを浮かべて、ロイドに囁いた。


「そりゃ…できれば売って貰えたらな。でも、うちのご領主は中央に冷遇されていて、他領に比べても裕福とは言いがたい。薬代を払えるかどうか…」


 こんな機会はもうないだろう。そう分っているからロイドは悔しくなる。


「いや、ご領主と取引する気はない。ロイド殿には失礼だが、貴族様やお偉い隊長様たちには近づきたくない。だから、この取引はあくまでもロイド殿個人に対してになる」


 ロイドは風変わりな若者たちが、お嬢様や隊長を警戒していることを理解した。


「すまないが、俺個人じゃなおさら無理だ。弟を食わせていくので精一杯だ」


「欲しいのは金じゃない、情報だ」


 コウキは相手にしっかり視線を定めて続けた。


「詳しいことは言えないが、俺たちは全員記憶を奪われている。今分っているのは、名前と職業くらいだ。この国のことも、現在の状況も、地理だって何一つ分らない。自分たちの生存率を上げるためにも、情報が欲しいんだよ」


「どうしてそんなことに…君らはいったい?」


「あまり踏み込んだことは言えない。いや、聞かれても答えられないというのが、本当のところだ。どうする?必要なのは一般的な常識の範囲だ。交換条件として魔力回復薬を各二本、体力回復薬も各二本、ついでにクソ不味い万能薬を一本付ける」


 若者たちのリーダーらしき青年は、凡庸な見かけとは異なり、かなりの切れ者のようだった。提示された条件にロイドは心が揺れる。一般常識が欠如しているというのは、本当なのだろう。


「この取引は…隊長たちにも内密ということか?」


「まあ、そうしてくれれば有り難い」


 ゴクリと喉を鳴らしてロイドは頷いた。


「それで…何を聞きたいんだ?」


「ああ、ロイド殿は何も話さなくていいよ。ロウガ、来い」


 コウキに呼ばれて、子犬が駆け寄ってきた。グレーの毛並みの犬が嬉しそうに尻尾をゆさゆさと振っている。子犬はそのままロイドの膝の辺りにじゃれ付いてきた。思わずその場に膝を付いて、子犬の頭を撫でてやる。


「可愛いな、この辺りでは見かけな…」


 ロウガの顔を覗いて喋りかけていた魔道士が、不意に動きを止める。その目の間近で子犬は瞳を銀色に変えて、そこに膨大な量の文字を映していた。


「ひょっとして…その人間の記憶をダウンロードしてるの?」


 エドガーが興味深そうに動きを止めた一人と一匹を見て、コウキに尋ねる。


「ああ、手っ取り早いだろ。約束通り、一般常識だけだ。個人の記憶など深層にあるものには触れていないはずだ」


「この犬、そんなことも出来るんだ。凄いね」


「そもそも犬なのか?」


 脇からグレンがボソリと呟く。自分が認識している『犬』という生き物の範疇から逸脱している気がしてならなかった。


「そうだな、ロウガは出来る犬だ!」


 自慢げにコウキが答えるが、グレンの疑問の答えにはなってなかった。その短い会話の間に作業が終わったのか、ロウガが「あおん」と鳴いた。


「あれ…今、何が?」


 ロイドは自分の情報が読まれたことに気付かないまま、不思議そうな顔で首を捻っている。コウキは知らん顔で話しかけた。


「じゃあ、聞いて良いか?この星の名前はなんという?」


「ホシ?ホシってあの空に瞬く星のことか?」


 異世界人には星や宇宙の概念がないことが分り、コウキは言いなおした。


「いや…聞き方が悪かった。この世界はなんと呼ばれている?あと、大陸なのか島なのか。名前とどれくらいの国があるのか知りたい」


「そこからか…この世界はネブラエラと呼ばれている。俺たちがいるここは、昔はノリアム大陸と呼ばれていたが、千年前に『真大陸』と名前を変えた。その頃には大小十五の国があったが、百年前までに十に減り、最近になってまた三つ消えた」


 ロイドの説明にルナがぶるっと震えた。町が消失したと聞いたばかりだが、その本当の意味をハズレの仲間たちは理解していなかった。


「消えたって…戦争か何かで滅ぼされたってことじゃないのか?」


 コウキの質問に魔道士は首を横に振った。


「いや、跡形もなく消えたんだ。信じられるか?魔法で吹き飛ばされた村を見たことがあるが、そんなものじゃない。消えた国の国境から先には『闇』が広がっているだけだ。そこは覗き込むことも出来ないほど暗く、音もしなければ風も吹かない。『深淵地』と呼ばれ、誰も立ち入ることが出来ない場所だ」


 ぞっとするような話だったが、コウキは冷静な声で呟いた。


「この世界は神に見捨てられた…いや、遺棄されたようだな」


 あまりに小さな囁きで、それを耳で拾えたのはグレンだけだった。ユーリが横から尋ねる。


「この国で起こっている消失というのもそれと同じなのか?」


「いや、消失は一定の土地の上にあるもの…例えば建物や人間、動物、生えている木々に至るまで消える現象だ。この辺りも昔は豊かな田園地帯で街道沿いに村や町が点在していた。しかし、消失の後は見ての通り、荒野だけが残った。ただ、消失の直後数日に渡って、その一帯は闇に包まれ、そこから闇獣が発生している。だから、消失が始まったら出来る限り遠くに逃げるしかないんだ」


 なるほどとコウキは納得した。ジュリ伯爵領で起こった大規模な消失が、あの厄介な闇獣を生み出す原因になるということだ。


「そんな危険な場所に領主のお姫様が向かって大丈夫なのか?領民が心配なのは分かるが、危ないだろう」


 ロイドの説明を聞いたユーリが指摘すると、魔道士は「それは…」と口篭る。主人のことに関しては気軽に答えられないのだろう。


「無理に答えなくていい。もう充分だ」


 コウキが間に入って言った。欲しい情報はとっくにダウンロードしている。何も知らないロイドは拍子抜けしながら、グレンから回復薬を手渡されていた。

 それからすぐに意識がなかった残り二人も無事に目覚め、話し合いから戻ってきたアエリックたちと合流した。それを見届けてハズレの仲間たちは、自分たちの場所に戻っていった。



 焚き火に使っていた廃材が無くなったので、カエンが魔法で焚き火代わりの炎を作り出し、仲間たちはそれを囲うように座っていた。例の太ったトカゲも戻ってきて、焚き火の真ん中で転寝している。

 仲間たちは最初こそ、どうやって突っ込もうかと悩んでいたが、案外癒されるので触らないことにしたらしい。スルースキルは素晴らしく高い仲間たちだった。


「この世界の情勢はだいたい把握できた。今からざっと説明するぞ」


 夜も更けてきて、仲間たちは一様に疲れた顔をしていたが、コウキの言葉に体を起こした。離れた場所にいる貴族とその一行は、手持ちの保存食で食事を終えたようだ。一度、メイドの一人が水を分けて欲しいとミハルに声を掛けてきただけで、静かなものだった。


「まず、俺たちを召喚したのは、ルタニアという国の国教ヴァニタス神殿だった。ルタニは侵略戦争の最中のようだから、勇者様たちが何に使われるかは知れたようなものだ。まあ、そっちはどうでもいい。問題はこの世界が滅びかけているということだ」


 ざわりと仲間たちの間にざわめきが生まれる。


「はっ?滅びるって…それってどういうことだ?」


 双子の弟が食い気味に問いただす。


「千年の間に八つの国が消えて、その場所は闇だけになったという。この世界に神がいるのなら、理から外れたそのような状態を放っておかれるはずがない。神はすでにこの世界を見捨てられたのだろう」


 淡々とコウキは答える。


「それじゃ、俺たちはどうなるんだ?滅びていくこの世界と心中するのか?」


 双子の兄も声を荒げる。


「俺たちが生きている間に、完全に世界が消滅するかどうかは分からない。最期の日は数年後かもしれないし、数百年先かもしれない。だが、千年後にこの世界が残っていることはないだろう」


 物憂げに言うが、コウキのその顔は残念なことに平凡そのものだ。


「随分、きっぱりと言い切るな。いったいどこからそんな考えが出てきたんだ?」


 カエンが猜疑的な視線を向けると、コウキは真顔で答えた。


「さあな。ただ、俺には分かるだけだ。この世界に来てから、神の気配を一度も感じない。神殿に召喚されたというのに、そこに神の意思はなかった。おかしいだろう?」


「いや、コウキ君がおかしいよ。神の気配とか意思とか、ちょっと危ない系の人みたいだよ」


 即座にエドガーに反論され、コウキはショックを受ける。


「待て、俺が変なのか?」


「まあまあ…それはさておき。問題はいかに僕らが生き延びるかってことだよね。コウキ君は何か良い案があるの?」


 話が横に逸れないように、グレンが二人の間に入る。このままでは、本当にこの世界の厄介ごとに巻き込まれてしまう。


「もちろん、あるぞ。ロイドの話ではここら辺は一度、『消失』に遭っているようだ。にも関わらず、この遺跡は残っている。と、言うことはレアム族の遺跡は『消失』の対象として認識されないということだ」


 コウキの言葉に仲間たちは納得する。


「そうか、ここで暮らす分には安全ということか」


 ほっとしたようにイワオが息を吐き、コウゾも張り切って宣言する。


「よし、住環境は俺たちに任せろ!」


「後は食料問題だけか。肉はともかく、野菜や穀物をどうやって手に入れるべきか」


 町が消えているのでは買い物もままならないだろうと、みなで考え込んでいるところに、グレンが片手を挙げた。


「それなんだけど、暫くは僕のアイテム袋に入っている食料でなんとかなると思うよ」


 グレンがアイテム袋持ちだということは、すでに仲間たちに話してあったが、その中身についてはまだ打ち明けてなかった。


「食べ物も持っていたの?やったぁ!」


 ミハルが嬉々として両手を差し出す。細身の少女にしては食いしん坊のようだ。


「ラッキーだったな。なにを持っている?数日くらいは食い繋げそうか?」


 ユーリに尋ねられて、彼は深刻な顔で首を横に振った。


「数日どころじゃないよ。なんかね、僕のアイテム袋おかしいんだ。回復薬の数も無限になっていたし、食べ物もパンや調理済みの料理も無限になってる。これ、どういう現象だと思う?」


 身一つで勝手に召喚された者たちには、これ以上ないくらい有難い話だが、確かに異常な現象だ。


「それはアイテム袋という容量じゃないな。しかも、使った分だけ補充されているなら、異空間に倉庫があるようなものだろう」


 暫く沈黙が続いた後でコウキが断言した。


「ここは素直に喜んでおこうよ。働かなくても食べ物が手に入るなんて最高だね」


 やけに前向きにエドガーがみんなに向かって言う。


「うん、最高だと思うから…甘いものはない?お菓子とかケーキとか?」


 目を輝かせてミハルに催促され、グレンは食品に限定して何が入っているか調べてみた。残念ながらグレン自身甘いものに興味がないせいか、ケーキの類はなかった。


「チョコレートかクッキー、あとはポテチくらいしかないよ。数も嗜好品の類は無限じゃなかった」


 とりあえず、彼自身小腹が空いてきたので、石のテーブルの上に菓子やお握りを山盛り並べてみた。歓声が上がって、仲間たちが群がってくる。ミハルが作った食事だけでは、やはりもの足りなかったらしい。


「グレン、その倉庫の目録、可視化できないか?それと、一時的で良いから他のメンバーもアクセスできれば有難い」


 コウキの要請をグレンは検討してみる。食料や回復薬に関しては共有してもいいが、中には私的なものもあるかもしれない。それを考えると即座に頷くことは出来なかった。


「とりあえずでかい保管庫を一つ作って、グレンに食料を詰め込んでおいて貰えばいいんじゃないか」


「それは良い考えだな、兄よ」


 双子の提案にグレンは即座に「それはいいね」と答える。


「回復薬と食料はそこに詰め込んで、後は何が必要か言ってくれれば、僕の倉庫に入っているかどうか調べるよ」


 食料の問題が解決して、ひとまず仲間たちの顔に明るさが戻る。


(早いうちに倉庫に何が入っているのか、調べなくちゃなぁ)


 コンソメ味のポテトの袋を開きながら、グレンは何気なく頭の中で目録を考えてみた。


【分類項目】

 食料

 薬

 武器

 防具

 道具

 素材

 その他、特殊アイテム


 どうやら、第一階層の項目は以上のように分かれているようだった。今までグレンは項目をすっ飛ばして目的の物を探していたらしい。


(種類別に分かれているのか。とりあえず…武器はどうなっているんだろう)


 〔武器〕

 剣

 斧

 槍

 短剣

 弓

 杖

 その他


 武器だけで更に細かな分類に分かれている。彼は剣を選んでその先を視てみた。


 ■剣

 ロングソード×99

 ブロードソード×99

 バスタードソード×99

 クレイモア×99

 レイピア×99

 刀×99

 大地の剣※土属性×99

 炎の大剣※火属性×99

 嵐の双剣※風属性×99

 清流の刀※水属性×99


 魔剣アペルピスィア※魔王固有の武器

 神聖剣フォルトゥーナ※神子固有の武器



 所有武器を見た瞬間にグレンは固まった。まるで戦争でも出来そうな数の武器だった。剣以外は視ていないが、他も似たようなものだろう。すでに武器庫だ。しかも、項目の最後の二つには恐ろしい文字が踊っている。グレンはその場に膝を付いた。


「なにこれ、怖い」


 規格外な犬に驚いている場合じゃなかった。彼は『脇役』の範疇を踏み出しそうな現状にフルフルと震えた。


「俺、脇役だよね」


 念のために確認しようと取り出したカードにはこう書かれていた。


 名前 グレン

 年齢 17歳

 職業 脇役-2

 ギフト インベントリ


 何故か職業にマイナスが付いていた。

インベントリに常備しておきたいもの

猫砂×無限大

猫缶×無限大

猫カリカリ×無限大

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