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青い狸の残像と回復薬

お久しぶりです。ようやく夏のアレコレが終了。また、更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。

名前の間違えを修正しました。ご指摘ありがとうございました。0826


「なんか今、頭の中に青い狸が浮かんだ」


 コウキが眉を寄せて腕組みすると、ユーリも「ああ」と頷いた。


「偶然だな、私もだ。やたら頭がでかくて、ダメ人間製造機の狸だ」


「なんで狸の話なんか。真面目に聞いてくれよ、ポケットが異次元なんだぞ。こんなヤバイ服着てられないだろ?」


 必死に訴えるグレンの側でエドガーが首を傾げる。


「あの狸のポケットは異次元じゃなくて、四次元だったはず…」


「ぶっ…」


 凄く近いところで誰かが吹き出した。


「あ、すまん。目が覚めたら、青い狸の話ばかりで…ええと…」


 意識がなかった怪我人の一人が、半身を起こして喋っていた。二十代半ばくらいの栗色の髪の男だ。そこそこイケメンで口調も雰囲気も温和そうに見えた。


「助けてくれてありがとう、お嬢さん。朦朧としながら必死に励ましてくれたのを覚えているよ。君たちも…ありがとう」


 男はルナに礼を言い、続けてハズレの仲間たちにも声を掛けた。


「起き上がれるのならもう大丈夫だろう。仲間を呼ぶか?あっちで貴族のお嬢様たちと話しているぞ」


 コウキが聞くと、男は首を横に振ってみせた。


「いや…すまないが水をもらえないか。喉が渇いてたまらないんだ」


 男の頼みを聞いて、コウキは離れた場所にいる仲間に声を掛けた。


「ミハル、お湯を持ってきてくれ」


 ポニーテイルの少女が手を振って応える。飲み物がくる間に、男は体を起こして改めて口を開いた。


「俺や仲間を助けてくれて感謝している。俺はロイド。アエリック隊長の部下で、魔道士の端くれだ。さっきの…異次元ポケットは空間魔法の一種じゃないかな。それか、ポケット自体がアイテムバッグになっているのかもしれないよ」


 ロイドの指摘にグレンは「ああ!」と叫んだ。


「そうか、そういう魔法もあったな」


 指摘されて始めて思い出したようにコウキも頷く。


「でも、気をつけたほうがいいぞ。あまり大きなアイテムバッグだと奪われる可能性があるし、軍に徴用される危険もある。知られないほうがいい」


 声を潜めてロイドが忠告する。


「ロイドさんは内緒にしてくれるんですか?」


 厄介なモノを持っていると分かり、グレンは心配になって目の前の魔道士に聞いた。


「命の恩人を売るような真似はしないよ。君らはたった一人きりの弟も助けてくれたんだ。この話はこれっきりにしよう」


 真顔で言うと異界の魔道士は近くに横たわる若者に視線を向けた。一番怪我の酷かったアイクと呼ばれた警備兵が、ロイドの弟のようだった。


「一つ、聞いていいか?アエリック隊長やメイドさんたちが随分ピリピリしているけど、何か危急の事態での旅だったのか?」


 声を潜めてコウキは情報を集めようと尋ねた。


「隊長を差し置いて俺からは多くのことは言えないが…ジュリ伯爵領で大規模な消失が始まったらしい。王都のお屋敷にいた頃の知らせでは、境界付近の村や町が消えつつある。お嬢様は逃げ出した領民を保護するために、内密で領地に向かおうとしていたんだ」


 気の良さそうな魔道士から得た情報に、仲間たちは顔を見合わせた。村や町が消えるというのは、なにかの比喩なのか、それとも物理的になのか。今の会話だけでは判断しかねるところだった。


「そうか、領民が無事に逃げ出せているといいな」


 無難なところでコウキが言葉を返すと、ロイドは沈痛な面持ちで首を横に振った。


「消失は急激で、町一つが一瞬で消えたようだ。近隣の村人たちは集団で境界から逃げてこちらに向かっているが、闇獣がこの辺りまで出没するのでは無事とは言えないかも知れない」


 事態は思いの外深刻なようだ。



「お湯、お待たせ」


 会話が終わった直後に、コウゾが造ったらしいヤカンとイワオ作の石の湯呑みを持って、ミハルがやってきた。少し眠って元気になったのか、ロイドがその後ろをトコトコと着いてくる。

 湯呑みを受け取ったロウガはミハルに礼を言ってお湯を飲み、ほっとしたように溜息を吐く。頬に赤みも戻ったようだ。


「あ、そうだ。ルナさん、これ飲んでおいて」


 そこでふと思い出したように、グレンは握り締めていた回復薬を治療師見習いの少女のところに持っていった。ルナは受け取ることを躊躇しているようだ。


「でも…こんな貴重なもの、いただくわけには…」


 すると脇からミハルが回復薬を取り上げて鑑定し始めた。


「どれどれ?低級の魔力回復薬ね。そこまで貴重なものじゃないでしょ。飲んでおいたほうがいいわよ、ルナ」


 小瓶をポイとルナに渡してミハルが言い切る。が、ロイドは彼女の言葉に目を白黒させていた。


「魔力回復薬?そんなものがあるのか!」

「え?」


 そんなに食いつくことなのかと、グレンは仲間たちと目配せしあった。


「むしろ、魔力回復薬がなかったら、どうするの?戦闘の最中なら命取りになるじゃない」


 ミハルも不思議そうに聞き返している。


「だから…俺も弟も魔力を使い果たしては死に掛けたんだよ」


 ロイドの答えにグレンは信じ難い気持ちになる。曖昧な自分の感覚でも、回復薬は命綱だと思えるのだ。


「だったら、なおさら私は受け取れないです。売れば、この先の路銀の足しになるはずです」


 慌ててルナが言い募るが、グレンはポケットに手を入れてもう一本取り出して見せた。


「大丈夫だよ、ほら。まだあるようだ」


 そう言いながら、続けてもう一本取り出す。


「グレン、アイテムの残数は把握できるのか?」


 ユーリに声を掛けられて、グレンはポケットに手を入れる。残数を調べるにはどうすればいいのか、回復薬があとどれくらいあるのか、頭の中で考えてみた。


 低級回復薬×∞

 中級回復薬×∞

 高級回復薬×∞

 低級魔力回復薬×∞

 中級魔力回復薬×∞

 高級魔力回復薬×∞

 状態異常回復薬×∞

 最高級万能薬×∞


(は?え?なにこれ、これはダメだろ。これはまずい…っていうか、無限ってなんだよ)


 冷や汗がグレンの額に浮かぶ。


「えっと…けっこう沢山あるみたい…だ」


 口の中でぼそぼそと答えると、ミハルがキラリと目を輝かせた。


「よし!魔道士のお兄さん、今回死に掛けてよ~く分かったでしょ。回復薬は必要よね、あったら本当に助かるよね」


「あ?お、おお…」


 ロイドは商人見習いの勢いに押されるように頷く。


「売りましょう!がっぽり…いえ、がっちりと売りましょう。ね、グレンさん」


「はい?」


 一人アタフタしていたグレンは訳も分からず返事をしていた。


「そういう訳で、ルナちゃん。飲んで効果がどれくらいあるか見せてね」


「ええ?」


 ルナもどうしていいのか、ユーリとグレンの顔を交互に見ている。


「私からも頼む。このままではルナは弱っていくばかりだ。対処療法のようなものだが、当分は回復薬に頼ることになるだろう」


 ユーリに説得されて、ルナはグリーンの瓶を呷り、中の液体を飲み干した。一瞬、その華奢な体から魔力が光のきらめきになって現れた。フルというわけにはいかないが、魔力は随分回復しているようだ。


「す…ごいです。体が楽になった上に、アップル味で凄く美味しかったです」


 ほうっと溜息を吐いてルナが微笑む。


「マジで?一本飲ませて…」


 エドガーが羨ましそうに手を差し出してきたので、思わずグレンは一本渡してしまった。


「あ、グリーンアップルだ。美味しい」


「ちょっと、勿体無いことしないでよ。売り物にするのよ!」


 怒った口調で言いながらミハルも手を出してくる。


「中級はオレンジ味みたいだよ」


 グレンはオレンジ色の瓶を取り出すと、ミハルに手渡した。


「あ~、オレンジの炭酸だね。ユーリ様、半分飲みますか?」


「いや、その分なら上級もあるんだろ?」


 早く出せとばかりに村娘が催促する。


「これはストロベリーだね」


 出し惜しみする理由もないのでグレンは可愛い赤の瓶をユーリに渡した。


「うん、美味い。ルナ、残りを飲んでおけ」


 一口飲んだ上級の魔力回復薬をユーリはルナに手渡す。


「コウキ君も何か飲む?あとは…体力回復薬で、ライチ味、グレープ味、ソーダ味があるよ」


 回復薬の中身を確かめながらグレンが尋ねると、コウキは呆れたように腕組みしつつ言った。


「お前はここで飲料の売店でも開く気か。それで…コーラは?コーラ味はあるのか?」


「コーラだね。コーラは…状態異常回復薬になってるよ。あ…残念なお知らせが一つ。万能薬が納豆ヨーグルト風味だった」


「何の嫌がらせだ~!」


 コウキの叫びが大きく響いた。



 ロイドは呆気に取られて回復薬を水代わりに飲む若者たちを見ていた。


(ありえない。なんという無駄なことを…その一口で大勢の人間が助かるというものを!)


 今まで力尽きて命を落としていった仲間の顔を思い出し、ロイドは歯噛みする。彼らはいったいどれだけの金貨を積めば、それを譲るつもりなのだろうか。

 所詮、自分たちには手が届かないモノだ。それを水でも呷るように眼の前で飲まれると、理不尽な怒りが沸いて来る。

 そこへアイテムバッグ持ちの若者が近付いてきた。


「ええと…ロイドさんの魔力の総量なら、オレンジ味で全回復すると思うからどうぞ」


 手の平に乗せられた小瓶を見下ろし、ロイドは眼を見開いた。


「い、いいのか?どれだけ頑張っても金貨二枚くらいしか払えないぞ」


「え?あ~、売るのはまた今度で…今は飲んじゃって下さい」


 長く伸びた前髪の下でグレンは笑った。


「そうそう、ミハルさんが我に返る前に飲んだほうが良いよ」


 こそっと長い髪をダラリと垂らした青年が続けた。


「ちょっと、私を守銭奴みたいに言わないでよ。ちょっと利に聡いだけの、金銭感覚のしっかりした乙女なだけです!」


 ミハルが文句を言うが、仲間たちは苦笑いを返すだけだった。


 一瞬でも彼らを腹立たしく思ったことをロイドは恥じていた。弟とたいして年の違わない若者たちは、よくも悪くも無邪気なようだった。薦められるまま小瓶の薬を飲むと、体中に力が満ちてくるのが分かった。


「…美味い」


 そして、やっぱり感想はそれに尽きた。

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