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炎の竜と異次元ポケット

集中投稿終了 また少しのんびりめになります。

「うおっ、結界の中は温かいな」


 震えながらコウキたちが結界に戻ってきたのは、仲間が交代で用を済ませたすぐ後のことだった。手綱を掴んで引っぱるように馬たちを中に入れ、それに続いて御者台と馬車の本体が続いてくる。


「夜になると一気に気温が下がる。スカート履いてて損した」


 コウキと同様に震えながら戻ってきたユーリが、そのまま火柱の側に駆け寄る。


「お帰りなさい、ユーリ様。ご苦労様でした」


 ミハルが村娘Bを笑顔で迎える。


「ここは…確かに暖かいな」


 強張った体を解すように御者台から降りて来たアエリックが、火柱に照らされた巨石の見上げる。


「アエリック隊長、早く馬車を安全な場所に」



 馬車の中から苛立ったような女の声が聞こえてくる。おそらくメイドのうちの誰かだろう。


「ミハル、案内してやってくれ。ルナは怪我人の様子を頼む。長いこと外にいたから、体が冷えきっているはずだ」


 コウキが仲間たちに指示を出しているうちに、カエンがようやく戻ってきた。


「外の火柱は消したぞ。この短い間に、三匹ほど巨大な虫が丸焦げになっていた」


「うわぁ」と誰かがぞっとしたように呟く。貴族の馬車はミハルの誘導で、遺跡の中に入っていく。それを見送ってコウキが口を開く。


「夜になって、例の闇獣とかいう奴がうろつきはじめていた。ここに逃げ込めた俺たちは本当に運がいい」


「あれは悪夢に出てくるような化け物だ。私が見たのは赤ん坊の頭が生えた芋虫だったよ。背中にいくつも目玉があった。動きが鈍いから良かったが、あれを殺すのは勇気がいる」


 ユーリが思い出したように身震いした。


「そうだ、頼まれたやつ出来ているぞ。兄が作ったトイレットペーパーと、ミハルに捩じ込まれて防音、防犯、あとは明かり付きだ」


 イワオがトイレの完成を報告するとユーリが「凄いな」と嬉しそうに笑った。


「よし、早速行ってくるか。男女別だろうな」


「当たり前だ!ついでに言えば水洗トイレだぞ」


 自慢したいのか、トイレに向かうユーリをイワオが案内しようとして、カエンを振り返った。


「なあ、トイレの前にもその火柱立てられるか?」


「ああ、井戸のところにも必要だな」


 カエンも二人に付いて行く。コウキも見学したい気持ちはあったが、貴族の一行の同行が気になって遺跡の中に戻ることにした。



 巨石の内部はやはり広々としていて外よりももっと暖かかかく感じられた。貴族の馬車は、ハズレの仲間が陣取った場所から一番離れたところに停まっている。


「うわ、やな感じだな」


 コウゾは小声で呟くと、そのまま焚き火の側に歩いて行った。相変わらず松明は持ったままだ。エドガーがそれに続くが、グレンはミハルとルナが気になるのか、しきりに馬車のほうを見ている。


「おい、一緒に来い」


「あ、うん」


 脇役の背中を押すようにして、コウキは様子を見に行くことにした。

 死の淵からルナが掬いあげた三人の護衛は、いまだにぐったりとしていて、アエリックとバノスが馬から下ろしているところだった。


「まだ目覚めないのか。大丈夫か、ルナ」


 不安そうに見守っている地味な眼鏡の少女にコウキが尋ねる。


「ごめんなさい。体温が下がっていて…」


 申し訳なさそうにルナが言うと、それを遮るようにミハルが大きな声で言った。


「この寒い中、虫の息の人間を連れ回したんだから、死にかけて当然よね。だいたい、健康なメイドが馬車の中でぬくぬくしているのが変でしょ。死ねって言ってるようなものよ」


「まあ、確かにな」


 ミハルが憤るのも仕方がないとコウキも頷く。しかし、それもこれも彼らの問題だ。


「ルナ、もう一度治療して、あとはあっちに任せろ。お前も疲れているはずだ。あんたたちもそれでいいか?」


 アエリックはその問い掛けに頷いた。


「ああ、すまんが頼む。俺たちは少し主たちと話をしてくるから、場所を離れる。その間だけでも見ていてくれたら助かる」


「分かった」


 コウキが了承する間にグレンも手伝って、三人の護衛は床に横たえられた。もう一度頼むと言い残し、警護の二人は貴族の馬車の向こうに姿を消した。どうやら馬車を壁代わりに、貴族一行はこちらから見えないほうの扉から外に出ているようだった。

 あくまでも関わりたくないという姿勢は、むしろ清清しいほどだと、グレンは思った。


 ルナは護衛たちが床に横たえられると、三人が入るくらいの魔法陣を描き、それに術式を練り込んでいった。そして、陣が消えないように微量の魔力を流し込み続けている。


「ルナさん、ここに座って…倒れるよ」


 ふらふらになる治療師を心配して、グレンは地面に突き出た岩の上に座らせた。よろける体を支えるため、つい手を伸ばして手首を掴む。女の子の細い腕に彼はびっくりする。


「あ、ごめんね」


 思わず謝るが、手を触れたことでルナの体に殆ど魔力が残っていないことに気付く。


「コウキ君、このままじゃルナさんも保たないよ。もうじき魔力が枯渇する」


「それは不味いな。ミハル、ユーリを呼んできてくれ。多分、俺たちの中で、一番ルナと属性の相性が良いはずだ」


 コウキの頼みを聞いて、ミハルが外に駆け出していく。ついでにコウキは焚き火に当たっている仲間たちに声を掛けた。


「誰か火を持ってきてくれ。あの変なヤツでいいから…」


 グレンは思わず聞いた。


「やっぱり、コウキ君もあの火のこと、変だと思った?」


「変というか、どう考えてもあれはカエンのペットか何かじゃないのか」


 いやいや、それもおかしいだろうとグレンは首を振る。


「お待たせ、連れてきたよ」


 そこに石製の柄杓を持ってエドガーがやってきた。柄杓の中ではチロチロと炎が揺れている。


「ほら、すでに松明のふりも忘れているよ」


 面白がるようにエドガーに言われて、思わず中を覗いたグレンは、炎の中で尻尾を抱えている太ったトカゲと目が合ってしまった。


「キュ…」


 見上げてくるつぶらな瞳から目を逸らして、彼はコウキに尋ねた。


「……で、これをどうするんだ?」


 それには答えず、コウキは柄杓の中の生き物に話しかけた。


「チビスケ、こっちに来い」


 炎の塊がジャンプするように柄杓から飛び出し、コウキの側に駆け寄った。


「よし、賢いな。怪我人が凍えないように、ちょっと大きな焚き火になれるか?」


「キュっ!」


 よし、まかせろと言わんばかりに、その場に大きな炎が上がる。


「大きすぎ、もうちょっと小さく」


「…キュウ」


 ちょっとションボリしたように炎が小さくなり、そのまま怪我人の近くに移動していく。


「暖かい、ありがとう」


 床に座り込んでいたルナは驚いたようにトカゲを見たが、少しだけ元気が出たように炎に向かって礼を言った。炎に包まれた尻尾がうれしそうに揺れた。



 そこにミハルに呼ばれたユーリが戻ってきた。


「ただいま、あの双子天才だな。まさかこんな荒野で水洗トイレに入れるなんて思わなかった。快適、快適。今度はシャワールームを作って貰おうか」


 すっきりした顔でユーリが楽しげに言う。


「お前、女なら少しは恥ずかしそうにしろよ。村娘B」


 呆れたようにコウキが突っ込む。


「生理現象に恥じも何もあるか、愚か者め。それよりルナ。魔力を使いすぎだ、顔色が悪いぞ。術式が完成しているのなら、あとは私が受け継ぐから少し休んでいろ」


「ユーリ様、ありがとうございます」


 治療師の消耗ぶりに気付いたユーリは、ルナが組み込んだ魔法陣に両手を付いて魔力を流し始めた。ルナとはまた違う質の魔力が白銀に浮かび上がる陣に込められていく。


「ユーリさんも治療魔法使えるのか」


 ルナが治療するよりあきらかに怪我人たちの顔色が良くなっている。それに気付いたグレンが訊くと、村娘は首を傾げてみせた。


「いや、ルナが術式を組み立てていたから魔力を通しただけだ。それにしても、ルナの消耗振りは尋常じゃない。何か理由があるはずだ」


 五分も経たずに治療を終えると、ユーリはルナの側に膝を付いて額に手を当てた。


「魔力が戻っていないな。時間とともに僅かでも回復するものだと思っていたが…」


 疑念を含んだ呟きにコウキが腕組みした。


「多分、精霊がいないせいだろう。ルナは怪我人を前にして、真っ先に精霊魔法で治療しようとした。と、いうことはそれがルナの一番得意な分野ということだ。だが、この世界では千年前に精霊が消えたという。精霊魔法を使う者は、精霊と同様に自然界からエネルギーを得ているはずだ。そのエネルギー自体が枯渇していいたら、ルナは消耗する一方だろうな」


 コウキの推察に居合わせた仲間たちは険しい表情を作る。


「ルナ、もう魔力は使うな。下手をすれば命に関わるぞ」


 厳しい口調でユーリに諭され、ルナは弱弱しく頷いた。


「どこかに回復薬があればなんとしても手に入れてくるのに…」


 不慣れな異世界、しかも荒野の真ん中にいることが悔しくて、グレンは呟いた。


「そういえば、あの神殿兵たちは何か持ってなかったのか?」


 コウキがふと思い付いたように訊いてきた。最初に襲われた場所に残って、護送兵たちから武器や道具を拝借したのはグレンとエドガーだった。


「僕は武器や防具のことしか頭に無くて…エドガー君は覚えている?」


 炎の竜を焚き火代わりに当たっている仲間をグレンは振り返って尋ねた。


「どうかな。連中の巾着や物入れをそのまま貰って…確かグレン君に渡したよね?」


 そう指摘され、グレンは思い出そうとする。怪我人がいるから治療師を呼んで来いとユーリに言われ、エドガーが仲間の元にいくことになった。その際に、確かに重い戦利品を押し付けられたはずだ。


「あれ?」


 あの荷物はどこにやったのか?

 両手に剣や槍を抱えていたから、邪魔になると思ってポケットに押し込んだはずだ。そこで違和感を感じる。あの量が本当にポケットに入ったのか?両手でブレザーのポケットやズボンのポケットを叩いてみるが、何の感触も無い。


「落としたのか?」


 コウキに訊かれ、彼は曖昧に頷いた。


「ご免、ポケットに入れたはずなんだけど…おかしいな」


 試しに右手を上着のポケットに入れて、エドガーから渡された小物入れの一つを思い浮かべてみる。ごそっという感触が指に伝わってくる。


「へっ?」


 どういうことだろうか。空っぽだと確認したはずのポケットに、何かが入っていた。取り出してみると、血に汚れた革の小袋が手の平に乗っていた。


「ああ、それだよ。中は何かな」


 エドガーの声で我に返ったグレンは、袋をコウキに押し付けて数歩後退った。仲間たちは彼の引きつった顔に気付かず、袋を広げて中を確認した。


「小銭が入っているだけだな。ほかは無いのか?」


「え?他?」


 何が起こったのか混乱しながら、グレンはもう一度ポケットに手を突っ込んだ。今度は明確に回復薬を探すつもりで頭に思い浮かべる。

 次の瞬間、手の中に冷たい瓶の感触があった。取り出したそれは瀟洒なグリーンの小瓶に入った液体だった。


「む?それは…回復薬か?」


 ユーリが立ち上がる。どう見ても一介の護送兵が持っていたものには見えない。グレンは途方に暮れて打ち明けた。


「どうしよう。僕のポケットが異次元になっている」


 その声は情けなく周囲に響いた。

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