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荒野に日は暮れて

「俺たちが何者でも、あんたたちを助けていることに変わりはないだろう?それとも放っておかれたほうがいいのか」

 

 凡庸な容姿の青年に幾分辛辣に聞かれ、隊長は苦渋の色を浮かべる。離れた場所から心配そうにこちらを窺っている、歳若い主たちに視線を向け、男は息を吐いた。

 

「お前たちが例え魔王の配下だったとしても、今この瞬間は感謝している」

 

「安心しろ、今のところ魔王でも、その配下でもない。ルナ、あとの二人の治療も急げ。日が落ちる前に、岩場に戻るぞ」

 

 ユーリの背中に隠れるように怯えている少女に声を掛けると、ルナは不細工な眼鏡の下で涙を滲ませていた。

 

「わ、わたしのせいで、ごめんなさ…」

 

 自分が何か間違ったせいで男が怒ったのだと、すっかり萎縮してしまったようだ。

 

「命を助けられた上に責めるようなことを言う奴が悪い。気にするな、ルナ」

 

 棘だらけのセリフを吐いて、ユーリが治療師を慰める。さすがに気が咎めたのか、隊長が「すまなかった」と小声で謝る。しかし、その一言ではユーリの腹の虫は収まらない。

 

「ルナ、治療したくないならいいんだぞ」

 

「おい、ちょっ…悪かったと言ってるだろう。こちらも異変続きで疑心暗鬼になっていたんだ、勘弁してくれ。せめてバノスの手当てだけでも頼む」

 

 喋る元気がある男に比べ、もう一人バノスという男は意識が朦朧としているようだ。怪我人の必死の訴えにルナは小さく頷いた。後のことはユーリとルナに任せて大丈夫だろうと考えて、コウキは他の仲間たちのところに行った。

 

 

「馬が戻ったよ。ロウガ君が見つけてきた。賢いワンコだね」

 

 傾きを直した馬車の前で、脇役を職業にする男が黒い毛並みの馬を繋いでいた。コウキより幾分上背があるが、黒髪を鼻先まで伸ばした地味な青年だ。

 ハズレの仲間たち全員に共通することだが、冴えない風貌で特徴が捉えにくい。だが、何事も嫌がらずに引き受けるあたり、根っから生真面目なのだろう。

 

「よくやったな、ロウガ」

 

 灰色の小犬は主人に頭を撫でられると、嬉しそうに飛び跳ねている。この小さな犬がどうやって大きな馬を四頭も連れ帰ってきたのだろうか。闇獣という化け物に襲われた時、御者の老人は咄嗟に馬たちを放したようだった。命を落とした老人の機転のおかげで、再び馬車を走らせることができそうだ。

 

「しかし、よく馬たちが大人しくお前に付いてきたな。まあ、偶然だろうけどな」

「わう、わう、わう!」

 

 首を捻るコイキに、尻尾をブンブン振りながら、ロウガが何か訴えようとしている。腹が減ったのかと判断して、彼は小犬の頭をもう一度撫でる。

 

「よしよし、何か食えるものが見つかったら、俺の分も分けてやるぞ」

 

 だが、腹が減っているのは小犬ばかりではない。この世界に来ておそらく一日以上は経っているが、ハズレの仲間たちは、まだ一滴の水も口にしていない。しかし、今は余計なことを考える暇はない。

 

「大道芸人と職人たちはどこに行った?」


 この場にカエンと小柄な双子がいないことに気付いて、コウキは周囲を見渡した。それに、商人見習いのミハルは最初からここに来ていないようだ。


「ミハルは岩場に残ったのか?」

 

「ミハルさんは岩場の周りに食べられる植物を見つけたから、採取しておくって…。商人見習いだからいろいろ鑑定する能力があるらしい」

 

 グレンの反対側で馬を繋いでいたエドガーが答える。

 

「それと、双子はなんだか道具が手に入ったから、岩場を居心地しておくって言っていたよ。カエン君は遺体を燃やしに行った」

 

「御者の爺さんの遺体も連れて行ったのか」

 

「うん、雇い主のお嬢さんの許可は貰った。随分古くから仕えてくれた人だったんだって。自分の命より主の馬を守ろうとするなんて、切ない話だね」

 

 遠くで炎が上がるのを見て、エドガーは感傷的な言葉を口にする。

 

「あまり感情移入すると元の世界に戻る時にキツイぞ」

 

 諌めるように言いながら、コウキは果たして元の世界に戻れるものかと疑問に思う。元の世界がどういう場所なのかも覚えてないのに、それでもこの世界は『違う』と感じている。

 

「その前に、自分のことくらいは思い出したいね」

 

 ニートなどという訳の分からない職業に就いている、痩せたネクラそうな男が呟いた。たった一枚の紙に書かれた数行の情報が、彼ら自身の全てである。元の世界から召喚される際に、全ての記憶を消され、何の説明もなくどこかへ連れていかれる最中だった。

 闇獣の襲撃は、彼らにはある意味幸いだったのか、今の時点ではその答えは分からなかった。

 

 馬車が動かせ

 るようになる頃、怪我人たちの治療も一通り終わっていた。死に掛けの三人は、まだ意識が戻っていない。ユーリの提案で馬の背に彼らを括り付けることにして、念のためにルナがもう一度回復魔法を掛けている。

 コウキはグレンとエドガーを呼ぶと闇獣の屍骸の側に行き、口を開いた。

 

「彼らのことをどう思う。勢いで助けたが信用していいものか。この世界の情報は喉から手が出るほど欲しいが、俺たち自身の立場が不明だ。ハズレと言われて、厄介払いされたことを考えると、本当のことを話していいか悩むところだ」

 

「メイドさんたちが僕らと接触させないように頑張っているから、あの姉弟が貴族だということくらいしか分からないし、出来ればここでお別れしたほうがいいかもね」

 

 エドガーは彼らに深入りしたくないようだ。だが、グレンは彼の考えには反対だった。

 

「でも、僕らが生き残ることを考えたら、情報は必要だよ。この闇獣のことだって、自然に生まれたものとは思えない。この世界で何かが起きているのは確かなはずだ」

 

「あの貴族の娘…モニカとかいうらしいが、彼女は俺と話したそうにしていた。すぐにメイドたちに止められたから、言葉を交わす暇もなかった」

 

 コウキは思案しつつ言う。

 

「残念だね、きっとイケメンだったらメイドさんたちの対応も違っていたはずだよ」

 

 慰めるようにエドガーがコウキの肩を叩く。

 

「え、俺イケメンじゃないのか?」

 

 ショックを受けたように村人Aが目を見開く。

 

「どこからどう見てもフツメンだよ。安心して、辛うじてブサメンじゃないから」

 

 コウキの勘違いを正して、グレンも彼の肩を叩いた。

 

「あ~、まあ。ハズレだもんな、俺たち」

 

 どこか納得したようにコウキは頷く。そこへ二人の筋肉質なイケメンが近付いてきた。

 

「改めて礼を言う。俺は警護隊の隊長で、アエリックだ。こっちが副隊長のバノス。俺たちはお嬢様と若君を警護して、コティアの町に行く途中であの闇獣に襲われたんだ」

 

 動くことが出来るようになったアエリック隊長が、自己紹介を始めた。

 アエリックは三十半ばくらいの暗い金髪を短く刈り込んだ男だ。筋肉の浮き出た腕には無数の傷痕が覗く。バノス副隊長はアエリックより少し若く、生真面目そうな雰囲気の黒髪の男で、しきりに詫びてきた。

 

「隊長の失礼な態度をお詫びする。治療してくれてありがとう。あのままでは、我々どころか誰一人生き残れなかった。本当に助かった」

 

 そう言ってバノスはチラリと馬車を見る。彼らの主人である少年少女は、メイドに促されてとっくに馬車に乗り込んでいる。やはり、極力不審な者たちから遠ざけようとしている。

 

「馬車は動くようになったから、あんたたちはこのまま町に向うのか?俺たちは夜が明けるまで、安全な場所に逃げ込むつもりだ」

 

 コウキは探るようにアエリックに尋ねた。

 

「どこか避難できる場所があるのか?」

 

 すると、アエリックが食いつくように聞いてくる。さすがに夜の街道を先に進むのは、危険は大きいのだろう。

 

「エドガー、実際に見てきてどうだった?」

 

 カエンたちに逃げ込むように指示した岩場を実際に見たのは、エドガーだけだ。ミハルが岩場に残って帰りを待っていることを考えると、安全なことは確かだろう。

 

「見張りを立てれば安全だと思うよ。高さ五メートルくらいの岩が幾つか重なって、自然のシェルターのようになっていた。中には古い魔法陣が刻まれていたから、逃げ込む旅人もいたんじゃないかな」

 

 エドガーの説明を聞いて、アエリックが驚いたように呟いた。

 

「巨石…レアム族の遺跡だ。まさか、こんな街道の近くにあるなんて…」

 

「隊長、レアム族の遺跡なら地下に…」

 

 バノスが言いかけた言葉をアエリックが遮る。

 

「バノス、滅多なことは言うな。すまないが…俺たちもそこに避難させてもらっていいか。護衛が三人、まだ使い物にならない。それに、闇獣が荒野までやってくるのは異常なことだ。迂闊な真似は避けたい」

 

 理由はそれだけじゃなさそうだと思いながら、コウキはグレンとエドガーに目配せする。彼らの見つけた岩場にアエリックたちは興味を持ったらしい。だが、その理由を彼らに話す気がないのは明白だ。

 

「いいだろう。見つけたのは俺たちだが、俺たちのものじゃないからな」

 

 コウキの答えを聞いて、彼らは岩場に向かうことにした。夜が間近に迫っていた。


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