ハズレの治療師
「…気持ち悪い」
薄赤い体液で濡れた槍を振って、ユーリが呻く。バラバラ死体よりもこちらのほうが、彼女は苦手らしい。
「お、おい…アレを殺ったのか?」
傾いた馬車の陰から男の声が聞こえてきた。その声には荒い呼吸が混ざっている。どうやら怪我人のようだ。
「ああ、もう死んでるから出てきていいぞ」
汚れた剣を持て余しながらコウキが答えると、地面を這うように武装した男が出てきた。背中を深く抉られている。かなりの重症だ。
「酷いな。今、手当てす…」
そう言い掛けてユーリは困ったように眉を寄せた。
「どうした?」
コウキが不審げに尋ねると、村娘Bは「いや」と頭を掻いた。
「治療できる気がしたが、私にできるはずはなかったな」
「ルナを呼んできたらどうだ。見習いでも治療師だ」
彼の提案を耳にした怪我人が、不自由な体を半分起こして叫んだ。
「ち、治療師がいるのか!頼む、部下が…もっと酷い怪我をした仲間たちがいるんだ。なんとか…」
「わかった、わかったから、アンタも大人しく転がっていろ。ユーリ、皆を呼んでくれ」
彼女が駆け出したのを見送り、コウキは傾いた馬車に向って言った。
「それと馬車の中にいる人たちも…動けるのなら手伝ってくれ」
豪奢な造りの馬車の中で、複数の人間が息を潜めているのは分かっていた。恐らく助けに来た人間が、化け物より恐ろしいモノか否か見極めようとしているのだろう。だが、コウキの要請を怪我人自身が断った。
「すまんが、それは…許してくれ。勝手を言って申し訳ないが…」
「いえ、大丈夫です。礼も言わず、隠れていて申し訳ありません」
「お嬢様!いけません!」
召使いの制止を振り切るように馬車から出てきたのは、ミハルやルナと同じくらいの年頃の美少女だった。
ユーリが元の場所に戻って来た時、グレンたちは粗方の武器や使えそうなものを拾い、遺体を一箇所に集めていた。一旦慣れてしまえば、元は人間だろうがただの肉片だった。
放置すれば獣に食い散らかされることになる。あとで炎を使える大道芸人にでも焼いてもらおうと考えたのだ。
「良かった。まだ、ここにいたか。あっちでもう一台馬車が襲われていて、怪我人が出ている。治療師が必要だ。人手も欲しいから全員呼んでくれ」
槍を掴んだままユーリが一息に喋った。
「それじゃ、僕が呼んでくるよ」
すぐにエドガーが立ち上がると、集めていたものをグレンに渡した。
「これ、預かっておいてね」
「あ、うん」
すでに何振りもの剣や槍を抱えていたグレンは、心の中で、これ以上持ち物が増えるのは大変だと考える。
『それなら仕舞っておけばいい』
不意にそんな考えが頭に浮かび、それが正しいことのように思えた。しかし、どこへ仕舞うというのだろうか。何かもどかしいような気持ちになって、グレンは戸惑う。
昨日まで出来たことが、急に出来なくなったような、妙な喪失感だ。
「おい、何をしている。急ぐぞ」
ユーリに声を掛けられ我に返ると、彼は預かった巾着や指輪を上着のポケットに押し込んで、村娘Bの後を追いかけた。
いまだに傾いたままの馬車の前で、コウキとメイド姿の女性たちが怪我人を介抱していた。
なんとか意識のある怪我人が二人、虫の息の状態の青年が三人、すでにこと切れている老人が一人、地面の上に並べられていた。
その側にはドレス姿の少女と十歳くらいの少年が、小犬の側で不安そうに寄り添っている。
「コウキ君、何を手伝えばいい?」
真っ直ぐ馬車に向っていたグレンは、街道から外れた荒野に転がる化け物に気付いた。
「さっき襲ってきたのはコレだったのか」
ひっくり返ったままの蜘蛛型の化け物を凝視して、彼は何気なく呟いた。
「キメラ合成生獣だね。人と昆虫、それに金属まで混ざっている」
彼の声を拾ったのか、身形の良い子供がグレンに向って言った。
「物を知らぬ奴だ、それは闇獣だ。キメラとかいうものではない」
年に似合わぬ横柄な口調だ。
「フラン、失礼ですよ」
姉らしい少女のほうが嗜める。グレンはきにせずに、覚えたばかりの名前を繰り返した。
「闇獣というのか、なるほど…」
キメラでも闇獣でも呼び方はどちらでもいいが、よく平気でこんな恐ろしい合成をするものだ。彼はそう考えながら、コウキの側に行く。
「怪我人の装備を脱がして、傷を探してくれ。ルナにどの程度の治療が出来るかはわからないが、先に傷口だけでも綺麗にしておいたほうがいい」
腹を裂かれている男から胸当てを剥がしながら、コウキが指示してくる。ユーリもすでにメイドと協力して、他の意識のない青年の面倒を見ていた。初めて出会ったこの世界の人間たちを、グレンはチラリと見た。
どう見ても貴族の子女と御付のメイド、そして護衛たちという構成だ。彼の視線に気付いたコウキが小声で言う。
「自己紹介はしていないぞ、まだな」
行き掛かりで命を助けたものの、まだ信用していないのだろう。グレンもその判断には賛成だった。勝手に召喚され、ハズレと呼んだ挙句に護送車に詰め込むような国だ。用心に越したことはない。
エドガーに連れられてやってきたルナは、大勢の怪我人を前に怖気付いていた。
彼女のカードには、職業は治療師見習いと記されていた。だが、こうして怪我人を目の当たりにすると、どのやり方が正しいのか迷ってしまった。
一番怪我の酷い二十歳前後の金髪の青年は、鋭い刃物のようなもので心臓のすぐ側を貫かれている。幾つかの大切な血管が斬られ、出血が酷い。
「ち、治療師殿。アイクは…助かりますか」
護衛の隊長らしき男は、自分の怪我の治療を後回しにして、重傷の部下たちを助けてくれと言っていた。ぐずぐずしている暇はなかった。金髪の青年の他に、あと二人生死の境を彷徨っている男がいるのだ。ルナは息を呑んで、震える声で聞いた。
「あの…治療には精霊魔法が有効ですか?それとも、属性魔法でしょうか」
水の精霊の力を借りる治療魔法、水属性の回復魔法、あとは本人の魔力を活性化して治癒を促進する無属性魔法。
頭に浮かぶ方法はいくつかあるが、この世界で何が使われているのか、彼女には分からなかった。
「精霊って…そんなものは千年前に消えたぞ。なんで、そんなことも知らないんだ。本当に…あんたは治療師なのか?」
隊長は一気に警戒するように半身を起こす。剣に手を伸ばそうとする男の肩を掴んで、コウキが怒鳴った。
「おっさん、いいから寝ていろ」
他のハズレの仲間たちは、傾いた馬車を元に戻したり、逃げた馬を探したり、それぞれ忙しそうにしている。馬車の持ち主の召使いたちも、その手伝いで慌しく動き回っていた。
夕闇が濃くなり、夜が間近に迫っている。闇獣と呼ばれる化け物が再び襲ってくることを、コウキは危惧していた。責任の大きさにルナは胃がきゅっと締められているようだった。
「ルナ、精霊魔法がダメなら、属性魔法で試してみろ」
ルナの隣に立ったユーリが、怯える彼女の背中を撫でる。それに勇気付けられたように、ルナは死に掛けている青年の近くに両手を付いた。
属性魔法…治療に有効な属性は水か光か。水は軽症の怪我には即効性があるけれど、命に関わるような状況なら、まず魂を旅立たせないことが先決だ。ルナはそう考えて口を開いた。
「我が内なる光よ、闇に落ち行く者の魂を生者の道へ導き給え」
彼女の言葉と共に、怪我人の周囲に光の輪が生まれる。術が発動したことにほっとしているルナの耳元に、ユーリが囁く。
「輪を広げて、他の二人も同時に繋ぎ止められるか?そのほうが、魔力の消耗は少なく済むはずだ」
「やっ、やってみます」
村娘と自ら名乗るユーリの提案に頷き、彼女は意識のない他の二人も、光の輪の中に入れていく。やがて光が三人の体の中に染み込むように消えていくと、今度は水の魔法でそれぞれの傷を塞いでいく。
隊長が信じられないような顔で呟いた。
「今のは…魔法なのか?部下たちは助かったのか?」
「はい。すぐに動くことは無理ですけど、傷は治りました」
ほっとして地面に座り込むと、ルナは汗の浮いた額を拭った。しかし、隊長の顔は険しいままだった。
「魔法で治療なんて…聞いたことがない。お前は…お前たちは何者なんだ」
どうやら、ハズレの治療師は、この世界の治療方法から外れていたようだ。




