銃声
午後七時。
久世は古びた二階建ての建物を見上げていた。
元は運送会社の営業所兼倉庫だったらしい。
会社が移転してから十年以上使われてないらしい。
「で、何が出るの?」
ADが資料をめくった。
「銃声です」
「銃声?」
「夜、この辺を通ると建物の中から一発だけ聞こえるって」
「日本で?」
「日本で」
三上が横から言う。
久世は資料を受け取った。
投稿者は近所に住む二十代の男性。
深夜、帰宅途中にこの建物の前を通った時、乾いた大きな音を聞いた。
さらに。
「三十数年前、この建物で発砲事件があったとされている……?」
久世が読み上げる。
「そういう話が残ってるらしいです」
「事件記録は?」
「はっきりしたものは見つかってません」
「新聞は?」
「それらしい記事はなしです」
三上が覗き込む。
「じゃあ事件自体ないんじゃない?」
ADが尋ねる。
「でも一応、事件のイメージ映像撮るんですよね」
「それで尺ものばせるだろ」
*
建物の中は、思っていたより片付いていた。
古い机。
金属製の棚。
段ボール。
奥には細い廊下が続いている。
久世はカメラのモニターを見ながら歩いた。
「もう少し暗くできる?」
照明スタッフが答える。
「できます」
三上が聞く。
「再現から撮るの?」
「慣れないうちの方が雰囲気も出そうだろ」
「検証は?」
「夜中まで待つんだから、そのあとにできるだろ」
奥から声がした。
「監督ー」
振り返る。
小道具班の双子がいた。
昨日、三上にくだらないびっくり動画を見せていた二人だ。
片方が黒いケースを持っている。
「持ってきました」
「何」
「再現の銃」
「ああ」
ケースを開く。
中に拳銃の小道具が入っていた。
久世が覗く。
「妙にちゃんとしてんな」
双子の片方が笑った。
「持ってみます?」
「いいよ」
「怖いんですか?」
「何で小道具にビビるんだよ」
「じゃあ持てるじゃないですか」
「面倒くせえな、お前ら」
久世はケースから目を離した。
「とりあえず、画でそれっぽく見えればいい」
「任せてください」
三上が横から言う。
「こいつらが言うと不安になるな」
*
再現は短いものだった。
三十数年前。
夜。
建物の中。
男が廊下を歩く。
手元には拳銃。
扉の前で立ち止まる。
そして――。
「はい、そこまで」
久世が止めた。
出演者が振り返る。
「撃たないんですか?」
「撃つところは別で撮る」
三上が横から聞く。
「何で?」
「手元寄りある方良いだろ、尺も伸ばせるし」
「なるほど」
久世がカメラマンを見る。
「次、手元だけ」
「了解」
小道具の拳銃を持つ手。
指が引き金にかかる。
久世はモニターを確認する。
「そこ」
乾いた音。
カメラが少し揺れる。
「オッケー」
*
午後十一時。
検証が始まった。
出演者がスタンバイしている。
久世は建物の中に残り、モニターを見ていた。
「十二時過ぎが多いんだっけ」
ADが頷く。
「投稿だと」
「曖昧だな」
「噂ですから」
午前零時。
何も起きない。
零時十五分。
何も起きない。
零時三十一分。
三上が椅子にもたれる。
「眠い」
「寝るな」
「何時までやる?」
「一時まで」
「あと三十分」
久世はモニターを眺めた。
このまま何もなければ、それはそれでいい。
昔の発砲事件の噂。
再現。
投稿者の証言。
最後に何も起きませんでした。
編集次第で一本になる。
そう考えていた時。
外から。
パンッ。
乾いた音がした。
全員が止まった。
「……今の?」
*
結局。
音の正体は、近くの道路を走っていたトラックだった。
荷台の何かが跳ねたらしい。
「銃声じゃなかったですね」
出演者が言う。
「多分な」
「多分?」
「俺、銃声聞いたことないから」
「じゃあ比較できないじゃないですか」
「日本だからな」
笑いが起きる。
三上が久世を見る。
「これどうする?」
「どうするって?」
「トラックだよ?」
「ちょっと銃声っぽかっただろ」
「最後にトラック出すの?」
「出す」
「夢がないなあ」
「真相だからな」
久世はモニターを閉じた。
「終了」
スタッフが撤収に入った。
*
午前二時前。
建物の中には、まだ何人かスタッフが残っていた。
久世は撮影した素材を確認していた。
再現。
乾いた音。
出演者の驚き。
トラック。
「……まあ、いけるな」
三上が横から覗く。
「何分?」
「七、八分」
「昨日と合わせれば十分か」
「うん」
三上が伸びをする。
「俺、先に車行ってるわ」
「おう」
「コーヒーいる?」
「いる」
三上が出ていく。
久世はもう少しだけ素材を確認した。
数分後。
廊下へ出た。
建物の中はかなり静かになっていた。
歩いていると、前方の部屋の扉が勢いよく開いた。
男が出てくる。
小道具班の双子の片方だった。
「あ」
久世が声をかける。
男がこちらを見る。
一瞬だけ、動きが止まった。
「……お疲れっす」
「お疲れ」
そのまますれ違う。
男は少し早足だった。
久世が振り返る。
「何だあいつ」
呼び止めるほどでもない。
いつも落ち着きがある方ではない。
久世はそのまま歩いた。
男が出てきた部屋の前で足を止める。
小道具係が使っていたらしい部屋だった。
扉が少し開いている。
久世が何気なく中を見る。
「…………」
床に人が倒れていた。
双子の、もう片方。
うつ伏せに近い格好で、床に伏せている。
顔は横を向いていた。
その近くには、小さなカメラが乱雑に転がっている。
「何してんの」
返事はない。
久世は数秒その場に立っていた。
「おい」
反応なし。
昨日。
三上に見せていた動画。
突然現れる白い顔。
驚く三上。
それをスマホで撮って笑っていた二人。
久世はため息をついた。
「もういいって」
倒れている男は動かない。
「おい」
それでも反応がない。
久世が部屋に入る。
机の上には、さっきの黒いケースが開いたまま置かれていた。
その横。
再現で使った拳銃が置いてある。
久世はそれを見る。
床に伏せている男を見る。
少し考えてから、拳銃を手に取った。
さっきまで撮影で使っていた小道具だ。
「起きろって」
反応なし。
久世は倒れている男の背中へ銃口を向けた。
「起きないと撃つぞー」
男は動かない。
「三」
久世が数える。
「二」
まだ動かない。
「一」
乾いた音がした。
男は動かない。
「…………」
「おい」
近づく。
「もういいって」
返事はない。
久世は拳銃を机の上に置いた。
しゃがみ込む。
「おい」
肩を掴んだ。
揺らす。
反応がない。
「……おい?」
さっきまでとは声の調子が変わった。
久世は男の身体を起こそうとする。
横向きに身体が転がった。
その瞬間。
久世の手が止まった。
「…………」
胸元が真っ赤だった。
シャツの中央から、赤いものが広がっている。
「……え?」




