地下道にて
午前二時。
地下道は、想像していたより短かった。
片側二車線の国道の下を通る、古い歩行者用通路。
両端の階段まで含めて、全長は七十メートルほど。
天井には蛍光灯が等間隔に並び、そのうち二本が点滅している。
通路は中央付近で緩く曲がっていて、入口から反対側までは見通せない。
久世は奥を眺めた。
「これだけ?」
ADが資料を見る。
「全長七十二メートルです」
「七十二メートルで怪談になるのか」
「距離関係あります?」
「長い方が怖そうだろ」
三上が横から覗き込む。
「で、どうする?」
「一人で歩かせる」
「タレント?」
「それ以外誰歩かせるんだよ」
「久世さん」
「俺が歩いてどうすんの」
*
タレントが地下道の入口に立っていた。
「何でこんなことやるんですか!?」
「そういう番組だから。はい、行って」
タレントが歩き始めた。
カツ。
カツ。
カツ。
地下道に足音が響く。
カメラは少し離れて、その後ろを追っている。
久世がインカム越しに言った。
「もう少し引きで。地下道も入れといて」
「了解」
画面の中で、タレントが振り返った。
「今、ちょっと聞こえた気がする」
久世が訊く。
「何が?」
「足音」
「止まってみて」
タレントが止まる。
静かになる。
「……ほら」
「反響ですね」
「だな」
「帰りましょうよ」
「もう一往復」
「何で!?」
「今のじゃちょっとなー」
タレントが嫌そうな顔をした。
「何が起きたら満足なんですか!?」
「何か起きたら」
「だから何が!」
久世は答えず、モニターを見る。
一往復目を終えたタレントが入口へ戻ってきた。
カメラマンが位置を変える。
「次、入口から引きで長めにいこう」
「了解」
「本人だけ先に歩かせて」
二往復目。
今度はカメラを入口付近に残し、遠ざかっていく背中を長めに撮る。
カツ。
カツ。
カツ。
タレントの姿が小さくなっていく。
久世が腕を組んだ。
「やっぱ普通だな」
ADが横で言った。
「反響でしたね」
「知ってた」
「じゃあどうします?」
「五分くらいにはなるだろ」
「五分? どうでしょう、素材的に……」
「写真館と合わせてどうにかする。それに他にも撮る予定あるし」
そう答えた時だった。
カツ。
タレントが止まった。
久世も顔を上げる。
一拍遅れて。
カツ。
「……え?」
タレントが振り返る。
誰もいない。
久世はモニターへ顔を寄せた。
「そのまま。寄らなくていい」
タレントが再び歩き出す。
カツ。
カツ。
少し遅れて。
カツ。
カツ。
「え、何これ」
タレントが止まる。
一拍。
カツ。
「うわっ」
振り返る。
やはり誰もいない。
そのままタレントは足早に地下道のカーブへ向かった。
久世はモニターを見たまま笑う。
「いいじゃん」
ADが目を見張る。
「マジ?」
「何これー!?」
タレントがカーブまで急ぐ。
「カメラ、追って」
久世の指示で、カメラマンも後を追う。
タレントが角を曲がった。
その先。
三上が壁際に立ち、踵をコンクリートへ打ちつけていた。
カツ。
「…………」
三上がカメラに気づいて顔を上げる。
「お疲れー」
「お前かよ!」
地下道にタレントの声が響いた。
三上が笑う。
「いいリアクションだったよ」
「ふざけんな!」
久世も笑った。
タレントが三上を連れて戻ってくる。
「ちょっと! 聞いてないんですけど!」
「俺も聞いてない」
久世が答える。
「はぁ!?」
三上が戻ってくる。
久世が聞いた。
「お前、いつ向こう行った?」
「二回目の準備してる時に、一回上出て先回りした」
三上が反対側を指す。
「向こうの階段から入って、カーブの先にいた」
「それで踵鳴らしてたの?」
「そう」
「そうなんだ」
「いいの撮れただろ?」
三上が得意そうに言う。
久世はモニターを確認する。
タレントが止まる。
一拍遅れて足音。
振り返る。
誰もいない。
カーブへ急ぐ。
そして、得意げに踵を鳴らしている三上。
「いいな、これ」
「だろ」
タレントが声を上げる。
「よくない!」
三上が久世を見る。
「いいの撮れてるだろ」
「そうだな。けどお前、あと三歩こっち出てたら映ってたぞ」
タレントが呆れた顔をする。
「どんな現場だよ……」
*
午前三時。
撤収が始まった。
久世はロケ車の横で、先ほど撮った映像をざっと確認していた。
前半。
普通の反響。
途中から三上の足音。
そして、タレントが本気で振り返る。
「ここ」
三上が横から画面を指す。
「いい顔してるなー。ここ使うんだろ?」
「いい絵だからな」
三上が笑った。
久世がモニターを閉じる。
「番組の最後に、お前が出てきた時の得意げなアホ面出す」
三上が顔を上げた。
「俺の顔出すの?」
「一応な」
「隠さないんだ」
久世はロケ車に機材を積みながら言った。
「足音の正体、お前なんだから」
「夢ないなあ」
その時だった。
「三上さん」
後ろから声がした。
三上が振り返る。
同じくらいの背丈。
同じような顔。
二人の男が並んで立っていた。
小道具班の双子だった。
「何?」
「ちょっと変なの撮れてたんですけど」
「変なの?」
片方が小さなカメラを差し出した。
「地下道」
三上が画面を覗く。
久世も横から見る。
さっきの地下道が映っていた。
固定したカメラらしい。
誰もいない。
「何これ」
「撮ってたんですよ」
「何を?」
「まあ見てください」
三上が顔を近づける。
映像の奥。
曲がり角の辺りに、何かが立っている。
「……俺?」
久世も画面を見る。
黒い影のようなもの。
遠すぎて顔までは分からない。
三上が眉を寄せた。
「誰だこれ」
「分かんないんですよ」
「スタッフじゃないの?」
「撮影前に撮ったので、違うと思います」
映像の中の人影は動かない。
三上がさらに画面へ顔を寄せる。
「これいつ撮った?」
「撮影前です」
「じゃあ誰――」
突然。
大きな音が鳴った。
同時に、画面いっぱいに真っ白な顔が飛び出した。
「うわっ!」
三上がカメラを落としかける。
双子が同時に吹き出した。
「お前ら!ふざけんなよ!」
二人は腹を抱えて笑っている。
三上が睨む。
もう片方の双子は、スマホをこちらへ向けていた。
「撮るな!ったく」
三上がカメラを返す。
ADが横から口を挟んだ。
「この前も俺に変なの見せましたよね」
「そうでしたっけ?」
双子がまた笑う。
三上はため息をついた。
「お前らな」
「三上さんも今日変なことやってたじゃないですか」
「一緒にすんな」
「人驚かせてましたよ」
「仕事だよ」
久世が言った。
「勝手にやってたけどな」
「お前はどっちの味方なんだよ」
三上が呆れた顔をする。
双子はまだ笑っていた。
その片方が、カメラをケースへ戻す。
「次は久世さんにも見せますよ」
「俺は撮る側だ」




