表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『月が綺麗ですね』——世界を壊した極悪人と、何万回生まれ変わっても俺を探すと言った女神の話   作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/11

第八話 神は死なない

「神は死なない」

 黄金の扉が、開いた。

 最奥の間は、静かだった。  戦の喧騒も、鐘の音も、ここには届かない。白亜の柱が立ち並び、床は鏡のように磨かれ、天井には——天井はなく、満天の星が渦を巻いていた。

 その中央。  千段はあろうかという(きざはし)の上に、玉座があった。

「——よくぞ参った、人間」

 老神が、座っていた。

 白髪、白髭。深い皺に埋もれた双眸は、しかし淀んでいない。底の見えない井戸のような目が、階の下の二人を、静かに見下ろしている。

「大神……」

 結の声が、固くなった。

「天照よ。……いや、今は『結』と名乗っておるのだったか」

「!?」

「我が天で起きることに、我の知らぬことなど無い。——して、罪人・世一とやら」

 大神は、肘掛けに頬杖をついた。  慌てる様子も、怒る様子もない。庭に迷い込んだ野良犬でも見るような、退屈な目だった。

「和勇牛を従え、阿吽を破り、ここまで来た。見事である。人間にしておくには、惜しい」

 しわがれた声が、朗々と響く。

「褒美を取らせよう。——望みを申せ。財宝か? 力か? 女か? 永遠の命か? 神の座でもよいぞ。貴様の罪も裁きも、我の一存で帳消しにしてやろう。……我は、願いを叶える神。望むものは、すべてやろう」

「——だまれ」

 世一は、煙管に葉を詰めながら、言った。

「……ほう?」

「結。火」

「は、はいっ!」

 結の指先に灯った小さな神火が、煙管の先に移る。  ふーっ、と。世界の主の御前で、極悪人は紫煙を吐いた。

「てめえに用は一つだけだ、ジジイ。——その玉座の横の、珠。あれを壊しに来た」

 大神の頬杖が、ぴくりと止まった。

 玉座の傍らの台座で、珠が脈打っている。  淡い光が、満ちては引く。潮のように。鼓動のように。

「……宝玉を、壊す? くく、くははは。面白いことを言う」

「何がおかしい」

「貴様、あれが何か、分かって言うておるのか」

 大神は、立ち上がった。  階の上から、声が、神殿全体を震わせる。

「あれは『(ことわり)の宝玉』——この世のすべての『願い』が流れ込む、世界の心臓よ。人が祈る。獣が望む。草木が雨を乞う。そのすべてが、あの珠に集まり、我ら神の力となる。そして我らはその力で、願いを、叶える」

「…………」

「分かるか、人間。世界は、回っておるのだ。願う者と、叶える者。祈る者と、応える者。完璧な仕組み。完璧な円環。開闢より一度も止まらず、誰一人として零れぬ、慈悲の仕組みよ」

 大神は、両腕を広げた。

「飢えれば食を与えた。争えば敵を挫いてやった。怯えれば守ってやった。——外界に、不満なき世界を作ってやったのは、我らぞ。神に祈れば、すべて叶う。これほど幸福な世界が、どこにある?」

「…………ふーっ」

 世一は、煙を吐き切ってから、口を開いた。

「——ばーか」

「……なんと?」

「そんなもんは、生きてるとは言わねえんだよ」

 星の渦の下で、極悪人と大神の目が、合った。

「祈れば飯が降ってくる? 上等じゃねえか。——で、その飯は、旨いのか?」

「……何が言いたい」

「俺はな、ジジイ。ガキの頃から、誰にも何も貰えなかった。飯は盗んだ。寝床は奪った。生きるのに要るもんは、全部、この手で取ってきた」

 煙管の先が、大神に向く。

「だから知ってる。——飯ってのはな、自分で探して食う方が、旨いんだよ」

「………………理解、できぬな」

 大神は、本当に分からない、という顔をした。

「苦労なく与えられる方が、よいに決まっておろう。願いが叶う方が、幸福に決まっておろう。なぜ人間とは、こうも——」

「決まってる、ねえ」

 世一は、嗤った。

「じゃあ聞くがよ。——お前の作った『完璧な仕組み』とやらの中で」

 煙管の先が、すい、と動いた。  玉座から——その下に立つ、白い着物の娘へ。

「こいつが千年泣いてたのは、どういうわけだ」

「——っ」

 結の肩が、震えた。

「…………天照が?」

 大神は、結を見た。  本当に、初めて気づいた、という目だった。

「……願いを叶える側の話など、しておらぬ。あれは仕組みの一部。願いの『口』よ。人形が泣こうが笑おうが、仕組みは——」

「——それだよ」

 世一の声が、一段、低くなった。

「願う側は幸せ、叶える側は人形。完璧な円環? ——笑わせんな。てめえの仕組みは、最初っから、こいつ一人を磨り潰して回ってんだよ」

「…………」

「誰も零れねえ慈悲の仕組み、だったか? ——一人、零れてるぜ。千年もな」

 大神は、沈黙した。  長い、長い沈黙だった。やがて——心底、不思議そうに、老神は言った。

「……それが、どうした?」

「……っ!?」

 結が、息を呑んだ。

「神とは、そういうものだ。仕組みとは、そういうものだ。一人の人形の涙と、外界億万の幸福。秤にかけるまでもない。——天照もそれを分かって、千年、務めてきた。なあ、天照よ」

 大神の目が、結を射た。

「戻って参れ。此度の謀反、貴様だけは赦してやろう。元の務めに戻り、永遠に願いを叶え続けよ。それが貴様の生まれた意味、貴様の存在のすべて——」

「——私の名前は」

 結は、顔を上げた。  涙はなかった。千年分、もう泣き終えていた。

「私の名前は、結です。世一様が、くださった名前です」

 白い指が、隣に立つ男の袖を、きゅ、と掴む。

「私の意味は、私が決めます。——人形は、もう、やめました」

「…………愚かな」

 大神が、嘆息した、その時。

 世一が、歩き出した。

 階を、一段、また一段。玉座へ——否、その傍らの、宝玉へ向かって。

「……止まれ、人間」

 世一は、止まらない。

「止まれと言うておる。……よかろう、ならば力ずくで——む、ぬ……!?」

 大神が翳した腕が、震えた。  神力が、出ない。否——出てはいる。だが、目の前の男に向けた瞬間、霧のように、形にならない。

(な、何だ……この男、何故、神威が効かぬ……!? まさか——願いか? 外界から届く、億千の「声」が、この男を……!?)

 宝玉の脈動が、速くなっていた。  珠の中に、無数の光が流れ込んでくる。花の声。雀の声。草の、虫の、子供の——あの夜から途切れぬ、小さきものたちの願いが。

『——あのひとを、たすけて』

「ば、馬鹿な……塵芥どもの願いごときが、我が神威を上回るなど……!!」

 世一は、最後の一段を上がった。  脈打つ宝玉が、目の前にあった。

「よ、よせ……! それを壊せば、どうなるか分かっておるのか!! 理が消える!! 神が消える!! 我も、貴様も——天照も!! 世界そのものが、消え失せるのだぞ!!」

「——!?」

 階の下で、結が、凍りついた。

 世界が、消える。  神が消える。それは、いい。私も消える。それも、いい。けれど——

(世一様、も……?)

「世一様っ……!!」

 世一は、振り返らなかった。  ただ、宝玉を見据えたまま、静かに言った。

「……なるほどな。やっと分かったぜ、ジジイ」

「な、何……?」

「神は、死なねえ。斬っても、焼いても、死にゃしねえ。——願いが集まる限り、何度でも湧いてくる。そういう『仕組み』だ」

 煙管を、懐に仕舞う。

「なら——壊すしかねえだろ」

 世一の手が、宝玉へと、伸びた。

「仕組みごと。世界ごと。——全部、な」

「や、やめろ……やめろぉぉ!!」

「駄目ですっっ!!」

 結の悲鳴が、星の渦に、谺した。

お読みいただきありがとうございます!


評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ