第十話 ラーメン禁止令終了
二郎は、机に向かい、一人で会議を始めた。
――ラーメン禁止令。
ついに、終わる。
祖母は、今日、帰る。
つまり――自由だ。
後は、時間が過ぎるのを待つだけだ。
何もしなくていい。
時間を早く過ぎてくれ。
そこに母が現れた。
「二郎。おばあちゃんが呼んでるわよ。
あんた、また、何かしたの。」
――なんだって。
何もしていないはずだ。
……大丈夫だ。
僕が、祖母の部屋に着くと
祖母は、正座をして、静かに微笑んでいた。
僕も祖母の前で、正座をした。
「二郎さん。よく我慢しましたね。この前のカップラーメンをお返ししますね。」
「ありがとうございます。」
――なんだ、カップラーメンを返してくれるだけじゃないか。
「私は帰りますから、また、ラーメンを食べて良いですよ。」
――やった。
今日は、合法で食べられる。
僕は、ガッツポーズをした。
そして、勢いよく、カップラーメンの袋を開ける。
「二郎さん。今日は、ここで、食べていきなさい。」
――その声は、穏やかなはずなのに、逆らえない何かがあった。
嫌な予感がする。
本能が、そう告げていた。
「いえ、僕の部屋で食べます。」
「二郎さんが、どんな風に食べているか、気になりました。ここで、食べていきなさい。」
「そうだ。お湯、お湯入れないと。箸も……。」
「お湯と箸なら、ここに用意してあります。」
逃げ道を塞がれた僕は、カップラーメンの蓋を、そっと持ち上げた。
まるで、茶を点てる前の所作のように。
音を立てぬよう、ゆっくりと。
慎重に。
そして、湯気の立つポットを傾ける。
細く、細く――
糸のように、お湯を注いでいく。
カップラーメンに、お湯を注ぐ音だけが、部屋に響いた。
――間違ってないよな。
これで、大丈夫なはずだ。
祖母の目を見つめるが、まだ怒っている様子はない。
蓋をして、後は、待つだけだ。
「二郎さん。確か、カップラーメンは、三分でしたよね。」
「はい、そうです。」
「それでは、数えて下さい。
はい、一、二、三、四……。」
「一、二、三、四……。」
「声が小さいです。
背筋を伸ばして、胸を張って。お腹に力を入れて下さい。」
「一、二、三、四……。」
――き、きつい。
「今、少し猫背になりましたね。
二郎さん。数える時は、姿勢を崩さないで下さい。」
「……はい。」
僕は、背筋を伸ばし直した。
「では、もう一度、初めから、一、二、三、四……。」
「一、二、三、四……。」
「顎を引いて、視線は、まっすぐ前へ。」
何度やり直したか、分からない。
数えるたびに、姿勢を直され、
声の大きさを指摘され、
視線を正される。
――これじゃあ、終わらない。
地獄のカウントダウンだ。
「もう少しの辛抱です。美味しく食べられますよ。」
「一、二、三、四……。」
「はいよく出来ました。そろそろ、時間ですね。もう、良いでしょう。」
数回、繰り返すと、祖母は、時計を確認した。
――今までのは、何だったんだ。
ようやく、解放された。
僕は、ゆっくりと、カップラーメンに手を伸ばした。
「二郎さん。」
――なんだ。
手が、止まる。
「食べる前に、手を合わせて下さい。
……いただきますは?」
「……いただきます。」
「声が小さいです。」
「いただきます。」
「はい。」
――もう、大丈夫だろう。
僕は、割り箸を手に取った。
「二郎さん。背筋が曲がっています。」
「……気をつけます。」
「では、どうぞ。」
――やっとだ。
僕は、麺を持ち上げた。
湯気が、顔に当たる。
――やっと食べられる。
「音を立てないで下さいね。」
僕は、慎重に、麺を口に運ぶ。
すすらないように。
静かに。
――美味しいはずだ。
だけど、何かが違う。
「急がないで下さい。一口含んだら、よく噛んでください。」
僕は、無言で頷いた。
――もうすぐ、食べ終わる。
これで、最後だ。
僕は、麺を食べ終わり、スープを飲み干そうとした。
――まだ、スープがある。
ラーメンの基本は、スープだ。
スープさえ、飲めれば……。
「二郎さん。スープは、残して下さい。身体に良くありません。」
僕は、スープを残したまま、ラーメンを食べ終えた。
ラーメン記録帳
出来事
行儀の良い食べ方を強制された
教訓
ラーメンは自由に食べるべし
命名
食事指導事件




