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悪女が生まれるまで、あと300日  作者: サモト


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6話 試行錯誤

 リゼットの屋敷に来るのは数年ぶりのことだった。

 名を告げると、召使いがあからさまに迷惑そうにした。

 厄介者と評判の王女と関わり合いたくない、という心情がみてとれる。


「エリザ殿下……今、お嬢様は不在で」

「なら、ここで待つわ」


 召し使いを押し退けて、屋敷に入る。

 ホールのソファに腰を下ろすと、付き添いのマルグリッドがおずおずと意見してきた。


「僭越ながら、エリザ様。お約束のない訪問ですし、勝手に人のお屋敷に居座るのは……」

「この屋敷だって、元を正せば王家のものでしょう?」

「『君主徳義論』に、このようなふるまいが正しいと書いてありましたか?」


 ……ない。

 むしろ『王家の者は己の言動を律し、他者の家においてはその主を立てよ』とあった気がする。


「でも、王家の人間たるもの堂々としていないとって」

「その教えは……ノワイエ侯の?」


 わたくしは押し黙るしかなかった。


「その……たしかに威厳あるふるまいは大事ですが」


「いい。分かったわ。威厳と横暴は違うといいたいのでしょう。

 『王たる者、己の威を誇るにあらず。場に応じてその身を低くし、礼をもって人を従えよ』ね」


「さすがエリザ様でございます。本の内容を、すぐに覚えてしまわれるのですね」


 わたくしはマルグリッドに預けかけていたショールを、もう一度きちんと肩にかけ直した。


「正しくない振る舞いだったわね」


 唇を、噛む。

 自分がいかに世の常識からずれているか思い知らされた。

 やすやすと良いようにされていたことが、口惜しい。


「……今さら、直るかしら」

「大丈夫です、エリザ様なら。女王陛下やアレクシア様の真似をすれば良いだけです」


 マルグリッドは躊躇なく、わたくしの弱気を切り払った。

 ……彼女がいてくれて、よかったかもしれない。


「――エリザ?」


 退出しようとしたら、ちょうど、玄関からリゼットが入ってきた。

 ああ、懐かしい。優しげな緑色の目に、そばかすのある素朴な顔立ち。


「急に……どうかなさったの? エリザ王女殿下」


 他人行儀に呼び直されて、知る。

 この旧友の耳にも、わたくしの悪評は届いているのだと。

 わたくしはドレスのすそをつまんだ。


「なんの前触れもなく、急な訪問をしてごめんなさい」


 まずは丁寧にお詫びする。

 礼儀正しい態度に、リゼットが目を丸くした。


「どうしても会いたくて……お時間いただけないかしら?」


 言葉柔らかにお願いすると、リゼットの警戒がゆるんだ。

 穏やかな緑色の目が細まる。


「ええ、大丈夫よ。来てくれて嬉しいわ。手紙を読んでくれたのね」

「――いえ。読んでいないわ」


 ぐさりと、リゼットの一言が胸に刺さった。

 やっぱり。やっぱりリゼットは手紙を出してくれていたのだ。


「ねえ、リゼット。変なことを聞くけれど、昔、わたくしが相談したいことがあるって手紙を出したのを覚えている?」

「いいえ? 覚えがないけれど」


 愕然とした。

 あれも、途中で消えたのだわ。


「エリザこそ。私が誕生日会の招待状を出したの、覚えている?」


 少し責めるように、リゼットが尋ねてくる。

 知らない。そんなの。


「わたくし……呼ばれなかったから、メッセージカードを贈ったのだけれど」

「誕生日の一ヶ月後に受け取ったわ」


 唖然とした。

 嘘だ。絶対その日に間に合うよう、余裕を持って贈ったのに。


「あなたは忙しいから、私と文通をする暇もないのだと思っていたのだけれど……違うの?」

「違うわ。誰かがあなたとわたくしのやり取りを邪魔していたみたい」

「邪魔って。そんな。わたしとのやりとりなんて、他愛ないものなのに」


 リゼットは半笑いだったが、わたくしは本気だ。

 ただのミスでこんなに何通も手紙を失くしているのなら、そんな無能は即刻クビよ。


「……ともかく。何か手違いがあって、わたくしの元にあなたの手紙が届いていなかったようなの」

「そうだったの」

「今日はそのことを伝えに来たの。長年の不義理を許してもらえる?」


 リゼットは笑った。

 昔と変わらない笑い方に、胸がじんわり温かくなる。


「みんなは、あなたは変わってしまったと言っていたけれど。

 変わってないと信じて、手紙を出してよかったわ」

「わたくしも。会いに来てよかったわ」


 わたくしたちはお互い胸を開いた。

 ……こうやって友人と抱擁を交わすのは、何年ぶりだろう。嬉しい。


「ところで、リゼット。わたくしが忙しいなんて、誰が言っていたの?」

「ノワイエ侯が。『申し訳ありません』って」


 ぎり、と奥歯を噛む。

 もう完全に確信した。全部全部、ルシアンの仕業だったのだわ。


「それで、エリザ。ノワイエ侯よ。彼と婚約したのよね」


 無邪気に、リゼットが手を叩く。


「手紙を出したのは、そのことなのよ。お祝いを贈りたくて」


 友の心からの祝福に、半笑いになる。

 何がめでたいものですか。

 ルシアンとの結婚は、一生の檻よ。


「ごきげんよう、リゼット」

「お邪魔しますわね」


 玄関ホールに、新たに数人の令嬢がやってきた。

 わたくしの姿に、みなうろたえる。


「ごきげんよう、皆様」


 礼儀正しく挨拶したけれど、場の雰囲気は固いまま。

 旧知の顔を見つけ、わたくしは声をかけた。


「お久しぶりですわね、セレーヌ嬢。

 最近、ボーモン家のパーティーにはいらっしゃいませんのね。

 奥様が残念がって――」


「あなたが、残念なのでしょう?

 私のおかしなステップが見られなくて」


 毒をたっぷり含んだ口調で返され、わたくしの方が狼狽した。


「確かにあなた、ステップをまちがえていたけど、おかしいなんて……」

「まあ、白々しい。取り巻きの男性たちと、私をあざ笑っていたくせに」


 事実無根のいいがかりに、カチンときた。


「ご自分の失敗を笑われたと決めつけて、責任を他人に押しつけるなんて。

 ずいぶんとお可哀想なご性格ですこと」


 言い返したら、別の小雀がわめき出した。


「とぼけるつもり? 贈り物を、無神経に突き返してきたくせに」

「無神経はそっちでしょう! 匂袋に虫の死骸なんて……」

「そんなものいれるわけないじゃない!」


 またも、食い違い。

 わたくしは真実を叫んだ。


「違う! わたくしのせいじゃない! 全部ルシアンのせいよ!」


 場が、白けた。はっきりと。

 みな、わたくしと距離をとった。

 見下した表情で。


「……まあ、本当に。評判通りですこと」

「なんでもかんでもルシアン様」


 冷ややかな声。

 カッと体が熱くなる。


「嘘じゃないわ! 本当にルシアンのせいなのよ!」

「都合が悪くなったら、人のせい」

「大変ねえ、ノワイエ侯は」


 だれも、わたくしの言葉には耳を傾けてくれない。


「お気の毒だわ。お優しくてご優秀なばかりに、こんなわがまま王女のお守りを任されて」

「しかも、一生」


 どっと、笑いが起きる。

 悪意に満ちた笑いが。


「エリザ……」


 おろおろと、リゼットが声をかけてくる。

 わたくしは歯を食いしばって、踵を返した。

 入ってきた時同様に、召し使いを押し退けて屋敷を出た。


「……何よっ……何よっ!」


 何も知らないくせに。

 帰りの馬車の中で、わたくしは拳を握った。

 ぽたぽた涙が落ちる。

 悔しい。悲しい。痛い。


「……エリザ様」


 そっと、マルグリッドの手が肩に触れる。

 無礼と払いのけることも思い付かなかった。


「……わたくし一人が悪いわけじゃないのに」

「存じております」


 うなずかれると、こらえられなかった。

 彼女にすがりついた。


「どうしたらいいの? だれも信じてくれないなんて」

「地道に、世間の誤解を解いていくしかないかと」


「でも、ダメだったわ」

「さっきの一度では、無理ですよ。もう何年もかけて、悪い印象が積み重なっていますから」


 心も体も重くなった。

 全身に重たい枷をつけられている気分だった。


「何年かけて誤解を解かないといけないの……?」

「大丈夫。絶対にできますわ、エリザ様なら」


 ぽんぽんと、背中を叩かれる。

 むっとした。

 わたくしは赤ん坊ではなくてよ。


「マルグリッド」

「はい」

「わたくしのそばを離れてはダメよ」


 ぎゅっと、背をつかむ。


「おまえは一生、わたくしのそばにいるのよ」

「喜んで。わたしの姫様」


 一番の忠臣を名乗る侍女の満面の笑みは、なんか気持ち悪かったけど。

 そのうち見慣れるだろう。


 もう手放す気にはなれなかった。

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