14話 建国祭
その後、ルシアンは約束通り早く帰ってきた。
今朝の女性については、
「母方に連なる遠縁です。建国祭で王都に寄ったので、一晩だけ」
とのこと。
遠い親戚だなんて。なんてお粗末ないい訳かしら。
ただの親戚なら、どうしてあんな朝早い時間に、人目を忍ぶように出ていくのよ。
頬を寄せ合って、いやに親しげだったではないの。
疑念は消えなかったけど、口には出さなかった。
「昨晩は誓って何もやましいことはありませんでしたが……詳しいこと、気になります?」
なんて、ルシアンが嬉しそうに言ってくるから。
「何もなかったなら、それでいいわよ」
わたくしはそっぽを向いた。
詮索なんてしたら、完全に負けだわ。
「わたくしは侯爵夫人として、建国祭に出席するために帰ってきただけ。
おまえの私生活を見張りに来たわけではないわ」
明日の出発時間と段取りを軽く打ち合わせて、さっさとベッドに入った。
明日は朝早くから身支度しなければならない。
いつまでもルシアンなんかに構っていられないわ。
建国祭はドラクール国やペニシュラ国、その他親交のある国の貴人も招いて盛大に行われる。
まずは各国の貴人を迎えての謁見と祝賀。
わたくしはルシアンと共に王宮に参上し、お母様にご挨拶した。
次は、王都を巡るパレード。
それが終われば、王家主催の演劇。建国の由来が演じられる。
昔々、国ができる前、この辺りには邪悪な大蛇が棲み着いていた。
大蛇はいつもいつも、人々の育てた作物を台無しにしてしまう。
それを倒したのは、一人の乙女。
彼女は豊穣の女神デルメに選ばれし者と名乗り、黄金の鎌でもって蛇を退治した。
以来、彼女が王となり、ロセル王国の歴史が始まった――
十何回も見ている劇なので、退屈だ。
お姉様が建国の乙女を演じているので、少し離れたところにいるガスパールは真剣に見入っているけれど……眠い。
途中で意識が飛んでしまった。
気づいたら、ルシアンにもたれていた。
頭は、その肩に預けてしまっている。
あわてて姿勢を正した。
「お疲れですね」
「劇が退屈だっただけよ」
「昨日は目の下にクマが出来ておいででした」
心配そうな視線が、わずらわしい。
作り物の心配のくせに。
「今までどちらにおられたのですか?」
「関係ないでしょ」
「妻を守ることは、夫の役目です」
ルシアンの腕が、腰に回された。
振りほどきたくても、今はできない。
本来静かに鑑賞すべき観劇の最中だ。
「無理に連れ戻すことはいたしませんから。居場所だけは教えてください」
「わたくしの滞在先はお姉様のお墨つきよ。安全性の証明はそれで十分よね?」
拍手が起こった。
わたくしもすぐ手を叩く。
少し遅れてルシアンも、拍手を送った。
やれやれ。なんとか追求をかわせたわね。
劇が終われば、長い休憩を挟んで夜会だ。
控室へ移動していると、かるく肘打ちを食らった。
「――おまえな。ちゃんとアレクシアの活躍を観ろよ」
ガスパールだ。
手には、お姉様が壇上から撒いた花びらを持っている。
さすが変態。抜かりない。
「話しかけないでよ。滞在先がバレるでしょ」
横目に、ルシアンをうかがう。
ルシアンはペニシュラからの貴人と話し込んでいて、こちらには気づいていない。
「早く行って」
ここは人の流れが多い。
二言三言、立ち話を交わしたところで、不自然ではない。
それでも、見咎められないうちに追い払うに限る。
「その前に、最後におまえに渡した書類どこだ」
「渡したでしょ。後で読むといって、棚の上においてなかった?」
「ああ、そういえば」
ガスパールは納得して去っていくのと、ルシアンが話を終えて戻ってくるのは、同じようなタイミングだった。
「お待たせしました、エリザ様」
「長話だったわね」
いつもの調子で、ルシアンの腕を取る。
……ガスパールといたところ。見られていないわよね?
「大使閣下が、私たちの婚姻を祝ってくださったのですよ」
「まあ。律儀なこと」
「よければ、ぜひ二人でペニシュラへ遊びに来て欲しい、とも」
「ふうん。ペニシュラの港町なら、異国の品が山ほど並んでいそうね。退屈はしなさそうだわ」
そう反応すると、ルシアンは軽くペニシュラについて話し始めた。
……大丈夫そうだ。
ほっとして、割り当てられている控室へ入る。
侍女に手伝わせて、深い葡萄酒色のドレスに装いを改める。
仕立てた当時は色味が地味に思えて、一度も袖を通さなかった。
けれど、今は悪くない。落ち着いた色合いが心地よく感じられた。
首にはルビーのネックレスを合わせた。
誕生日に、ルシアンから贈られたものだ。
仕方ない。一番合うのがこれだったし、一度も使わず眠らせておくには惜しい品だ。
「よくお似合いです」
着替えを終えたわたくしを見て、ルシアンがいう。
細めた目が、本当に何かまぶしいものを前にしているようで、落ち着かなくなった。
わざとことさら高慢に返す。
「当然でしょ」
「少し、お痩せになりましたね」
嬉しそうにネックレス触っていたルシアンが、また心配そうな表情になった。
つっと、指先が鎖骨をなぞる。
「ちゃんと召し上がっていますか?」
「おまえはわたくしの親なの?」
「貴女がしばらく留守にすると仰った日。連絡があるまで、どれだけ心配したことか」
優しく包みこむように、抱き寄せられる。
「貴女が酷い目に合わされていないかと気が気でなく、何も手につきませんでした。
ご無事が分かったあとも、そう。今度は何か不自由な思いをしていないか、貴女のことばかりが気になって」
労る声音。
どれほど優しく言われても、心に響かない。この男は平然と人を作り変える。
傷つかないために、噛みついた。
「その割に、おまえ、一度も家出した理由を聞かないじゃない」
「理由の一端は察しているつもりです。私も関係しているのでしょう?」
その通り。
「お聞きしてもよろしいですか?」
「……」
そして、この時になってはじめて、深く尋ねられると自分が窮することに気がついた。
「不満があればすぐ仰る貴女なのに。
少し前から、貝のように私に心を閉じてしまわれている。
信じるに足らないと態度で示されるのは、堪えますね」
そっと、羽根が触れるくらい優しさで、ルシアンの指がわたくしの肌をなでる。
「……信用なんて、できるわけないでしょう。
おまえはお母様の命令で、わたくしのそばにいるだけなのだから」
「確かに。陛下のご意向がなければ、私は教育係にも、夫にもなっていなかったでしょう」
でも、とルシアンは心外そうにした。
「陛下の命だけで今があると思われるのは、不本意です」
「どういう意味よ」
「命令だけで、十年も一人に付き従えるほど私は善良ではありませんよ」
……じゃあ、なんなのよ?
ルシアンの手は肩口から腕へと降りていった。
軽い力で手首を握られる。
「もし私が陛下の命だけで動く人間なら、貴女が家出した日、すぐに無理にでも連れ帰ったと思いませんか?」
「……手紙あったように、本気で、わたくしの意志を尊重したというの?」
「それ以外にどんな理由が?」
苦笑されて黙る。
納得したからではない。
真意が読み切れないからだ。
無理に連れ戻せば反発するから、あえて泳がせていたということは十分考えられる。
わたくしがお母様の目を恐れて、長く留守にはできないことだって予想していたはずだ。
本当は、あわてふためいて対処しなくてもよいと思っただけでしょう?
「もう少し、私の心を信じていただきたいですね」
ルシアンはわたくしの紅く塗られた口元を見つめた。
でも、そこには触れなかった。
代わりに、まぶたに口づけてきただけだった。
「貴女のご寛容を、形で示していただけると嬉しいのですが」
「……厚かましいわね」
わたくしは少し考えて、頬にキスをした。
夫だからと我が物顔で触れてこない点は、好きだ。




