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悪女が生まれるまで、あと300日  作者: サモト


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15/15

15話 破滅

 夜会まで、まだ時間がある。

 ルシアンと二人きりでいるのは落ち着かない。

 わたくしは席を立った。


「お姉様に挨拶してくるわ」

「では、私も」


 ルシアンもついてきてしまったけれど、密室で二人きりよりはましだ。

 アレクシアお姉様の控室に向かう。


「そんなドレスは認めないぞ!」


 開いた扉の向こうから、ガスパールの大声が聞こえてきた。


 その前で、お姉さまが肩をすぼめている。

 身に着けているのは、瞳と同じ青のドレス。

 胸元も背中もほどよく開いた優雅な夜会服だ。


 確かに普段のお姉様より大胆だが、夜会ならごく常識的な範囲である。


「あら、お姉様。よくお似合いね」


 同じ顔の人間が、一方的に怒鳴られているのは不愉快だわ。

 わたくしはするりと部屋へ入り込んだ。


「そのドレス、自分で選んだの?」

「ええ……前回、あなたの赤いドレスを着たら評判が良かったから」


「いいじゃない。それにすべきよ」

「だめに決まっているだろう!」


 ガスパールが吠える。


「そんな姿、他の男の目を喜ばせるだけだ。

 もっと胸元の詰まったものに着替えろ!」


 まあ、偉そうに。

 なんの権限があって言うのかしら。

 口を開きかけたら、お姉様に腕を引かれた。


「エリザ、やめて。火に油を注ぐだけよ」

「一度強く言い聞かせないと」

「危ないわ。ガスパールは、頭に血が上ると何をするか分からないところがあるから……」


 侍女たちも怯えていたけれど、わたくしはむしろ怒りが増した。

 こんな変態に屈してたまるものですか。

 腰に手を当て、怒鳴ろうとしたその瞬間――


「ご懸念はもっともです、ヴァレリー公」


 にこにこと、ルシアンが割って入ってきた。


「今宵のアレクシア様は、本当にお美しい。まぶしいほどです」

「だろう!?」


 我が意を得たりとばかりにガスパールが勢いづく。

 ちょっと、ルシアン! この変態を調子に乗らせないでよ!


「ですが、それが心配だからと否定してしまっては、アレクシア様はご自身を否定されたように感じてしまわれます」

「なら、どうしろというんだ」

「何も難しいことではありません」


 ルシアンは親しげに肩へ手を置く。


「婚約者として堂々としていればよろしいのです。

 見惚れる男たちに『この美しい女性は私の婚約者だ』と誇りなさいませ。

 それがパートナーの余裕というものですよ」


「……む。そ、そうか?」


 見る間に激情をしぼませるガスパール。

 あっさり丸め込まれているわね。


「だが、アレクシアがそんな軽薄な輩に惑わされたらと――」

「その時は、公がお守りすればよいのです。アレクシア様もさぞ頼もしく思われることでしょう」


 ルシアンは得意の弁舌を発揮しながら、ガスパールを部屋の外へ連れ出した。


 変態、退場。

 向こうは言いくるめられた自覚すらないわね、きっと。


「礼を言います、ノワイエ侯」


 戻ってきたルシアンに、お姉様が言った。


「いえ。家臣として当然のことをしたまでです。

 ――それに、エリザが巻き込まれて怪我でもしたらと見ていられなくて」


 ルシアンは肩を抱いてくる。

 馴れ馴れしいわね。

 でも、事態を収めた働きに免じて好きにさせた。


「それで、エリザ。何か用だった?」

「別に。暇だから顔を見に来ただけよ」


 お姉様は驚いた顔をしたあと、すぐに席を勧めてきた。


「このドレスね、本当は前回あなたがくれたドレスと同じ形にしたかったの」

「やめてよ。みっともない。次期女王が人の後追いなんて」

「ええ。みんなに止められたわ。……でも、あなたとお揃いがしたかったから」


 わたくしは口をへの字に曲げた。


「次期女王と同じドレスなんて、恐れ多くて」

「小さい頃はしたでしょう? しましょうよ」

「……一部を揃えるだけなら許されるのではない?」

「それは楽しそうね!」


 はしゃぐお姉様と、額を抑えるわたくし。

 思わず、二人で吹き出した。


「いつもと逆ね」

「本当に」


 笑いあったのなんて……いつぶりかしら。


 その後、夜会が始まっても、わたくしは姉のそばにいた。

 誕生日の時のように、補佐に徹する。

 陰口や冷たい視線はある。

 でも、前回ほどではなかった。


「エリザ様も、ずいぶん落ち着かれましたな」

「結婚して、大人になったのでしょう」


 そんな声が聞こえる。

 お母様が静かにうなずいた。


「エリザ。良き妻となり、領民に愛される夫人となるのですよ」

「はい、お母様」


 ――領主の妻として、決して目立たず無難に生きろ、ということかしら。

 そんな裏を、仮面のような表情に読んだ。


 それにしても。

 わたくしと姉が並んでいれば、人は寄ってくる。特に男が多い。


「まさにロズヴァルの双花ですな」

「甘い香りまで漂ってくるようです」


 陳腐な賛辞。

 でも、お姉様はそのたび困ったようにはにかんだ。


「……あれ、大丈夫かしらね」


 わたくしはルシアンに寄り添いながら、ガスパールを横目にした。

 夜会のはじめは堂々としていたけれど、今は両目が猟犬のようにぎらついている。


「ヴァレリー公も、夜会で取り乱すほど子供ではないでしょう」


 言いながら、ルシアンはぶどうを一粒、わたくしの口に押し込んできた。

 周りの男たちは指をくわえて見ている。

 お姉様も、こうして羽虫を追い払う芸を身につければよいのだけれど。


「エリザ、これもおいしいわよ」


 なんてわたくしに食べさせようとしてくる。

 先は遠そうね。


「これはこれは、アレクシア様で!?」


 大仰な声が割って入ってきた。

 ドラクールの第三王子・ギョーム、だったかしら。

 日に焼けた偉丈夫で、金の飾緒つきの軍装風の礼服がよく似合っている。


「見違えました。昼の乙女とはまた別のお美しさ……」


 ギョームは芝居がかった仕草で進み出て、よろめいた。片膝をつく。


「大丈夫ですか?」

「ええ、ご心配なく。あまりのお美しさに見惚れたもので」


 差し出されたお姉様の手を、ギョームはしっかり握った。

 まあ、なんて大根役者。お姉様以外には、わざと転んだとバレバレよ。


「美しいだけでなく、お優しいのですね」

「いえ、そんなことは……」


 お姉様が困り顔ではにかんだ、その瞬間。


「離れろ!」


 怒声が響いた。

 ガスパールだ。

 青白い顔を怒りで真っ赤に染め、ギョームを突き飛ばす。


「この不埒者! アレクシアの優しさに漬け込んで……汚い手で触れるな!」

「ガスパール、やめて」


「はは、王女殿下はずいぶん窮屈な婚約者をお持ちですね」

「帰れ! 出ていけ!」


 追い立てるガスパールを、お姉様は必死に止める。


「お願いだからやめて! 大事なお客様よ」

「僕は君の方が大事だ!」


 わめくガスパール。

 いつの間にか、音楽は途絶えていた。

 周囲が騒ぎに気づいて、こちらに顔を向けている。


「ガスパール、落ち着いて。みんな見ているわ」

「見ているならちょうどいい!」


 ガスパールはお姉様の腕をつかみ、引き寄せた。


「聞け!」


 会場中に声が響き渡る。


「アレクシアは僕の婚約者だ! 僕のものなんだぞ!

 おまえたちみたいな羽虫が、気安く目を向けていい相手じゃない!」


 ひゅっと、会場の空気が冷えた。

 お姉様の顔色は蒼白になり、ギョームは面白そうに片眉を上げる。


 ああ、あの変態、なんてことを。

 王族相手に、各国の貴人が集う場で。

 次期女王を「僕のもの」と言い切るなんて。


「そこの愚か者を追い出せ」


 一段高い王座から、冷えた声が降った。

 お母様――女王陛下のお声だ。

 白く美しいお顔は、静かな怒りに燃えている。


「思い上がりも甚だしい。

 ヴァレリー公、そなたとアレクシアの婚約は、今この場で破棄する!」


 命が下るやいなや、まっさきにロランが動いた。

 衛兵も粛々とそれに続く。

 ガスパールはなおも何か騒いでいたけれど、事態が覆ることはなかった。

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