11話 実直な護衛ロラン
「ガスパール。エリザのこと、どうか匿ってあげてください。お願いします」
アレクシアお姉様にそう頼まれると、ガスパールは二つ返事で請け負った。
「もちろんだよ、アレクシア。君のためなら何だってする」
にやにや、でれでれ。
ガスパールは相好を崩し、お姉様の片手を両手で包みこんだ。
気持ち悪いくらい嬉しそうだ。
姉に頼られることなんて、めったにないのだろう。
「……」
その横で、ロランが憮然と立っていた。
視線は、いつまでもお姉様の手を離さないガスパールの手元に注がれている。
分かりやすい。
顔に「おもしろくない」と書いてあるわ。
「ロラン。あなたにもお願いがあるのだけれど」
「はい、アレクシア様。なんなりと」
ロランはぴしりと背筋を伸ばし、胸に手を当てた。
お姉様に声をかけられただけで、顔がぱっと輝く。
飼い主に呼ばれた忠犬そっくりね。
「エリザについていてあげてほしいの」
「……は?」
「エリザは今、ひとりなのよ。供が一人もいないなんて、さすがに不用心だわ」
ロランが嫌そうにわたくしを見る。
「お願いできる? あなたが一番、信頼できるから」
一番信頼できる。
その言葉は、よほど効いたらしい。
ロランは本音をぐっと飲み込み、うやうやしく頭を下げた。
「かしこまりました。お任せください」
「やれやれ。駄犬をお付きにしないといけないなんて、わたくしも落ちたものね」
「アレクシア様がおまえのために頭を下げているというのに、なんだその態度は!」
さっそくうるさいわね。
「アレクシアの爪の垢を煎じて飲め、この性悪女!」
嫌だわ、さらにもう一匹増えた。
「ああ、もう――」
ルシアン。
そう言いかけて、口をつぐむ。
以前なら、こんな時はルシアンが得意の弁舌で二人を黙らせただろう。
そして、わたくしをかわいそうにと慰め、甘やかしてくれたはずだ。
でも、もう違う。
わたくしは一人だ。
彼はそばにいないし、頼るつもりもない。
「行くわよ、駄犬、変態」
「おまえ! 危ない目に遭っても助けないぞ!」
「居候のくせに偉そうに先導するな!」
やかましい二人を従えて、わたくしは馬車に乗り込んだ。
公爵邸での暮らしは、思ったより快適だった。
衣食住の水準は王宮や侯爵邸と大差ないし、居候とはいえ肩身も狭くない。
「ガスパール。わたくし、着替えがないの。用意して」
「知るか。おまえの着替えなんて」
「お姉様に、あのこと言うわよ?」
ガスパールが押し黙る。
うふふ。気分がいいわあ。
「……衣裳部屋のドレスを使え。トルソーに着せていないものならな」
不承不承といった様子で言われ、衣裳部屋を開けた。
怖気が走った。
「……ここもなの」
整然と並ぶドレス。
暗い青、灰色、くすんだ藤色。
どれも、お姉様が好んで着ていたものばかりだ。
「トルソーのものはなぜだめなの?」
「他は模造品だが、それはアレクシアが実際に着たものだからだ」
「ハキハキ説明しないで、変態」
吐き気がする。
背後でロランも顔を引きつらせていた。
「地味ねえ」
ため息をつく。
「趣味じゃない。着たくない」
「僕だって、おまえなんかに使われたくない」
「少しは立場をわきまえろ。匿ってもらっている身のくせに」
ロランまで追従してくる。
何か言うたび二倍うるさくなるの、本当に煩わしいわ。
「ロラン。王家の血を引くわたくしに対して、言葉が過ぎるのではなくて?」
「ノワイエ侯に預けられたなら何も言わない。
だが今回は、アレクシア様が直々に頼まれたんだ。
おまえが問題を起こせば、傷つくのはアレクシア様の御名だ」
ぐっ。
この忠犬、今日は引かないわね。
「まったく……どれだけ甘やかされてきたんだ、ノワイエ侯に」
「着ないとは言ってないでしょう!」
かっとなって、一着つかむ。
「わたくしだって、我慢しないといけない時はちゃんと我慢するわよ!」
体に当ててみて、悲しくなる。
深緑色をした、流行も何もない質素なドレス。
まさか、馬鹿にしていた服を自分が着ることになるなんて。
「着替える前に湯あみしたいわ。用意して」
「メイドをつける。いちいち僕に言うな」
ガスパールは若いメイドを置いて去っていった。
「湯を使いたいわ。薔薇の香油を入れて、石鹸はサヴォア製。
髪を洗う水は別。あと湯あみの間に飲むザクロ水も。よく冷やしてね」
「は、はいっ!」
わたくしと同じくらいの年頃のメイドは、慌てて飛び出していった。
ロランが呆れ顔でこちらを見てくる。
「……なによ、その顔」
「よくもまあ、次から次へと湧き水のようにわがままが出てくるものだと感心してる」
「どこがわがままなのよ! 当然の要求でしょ!?」
むしろ親切でしょう。
細かく指示してあげているんだから。
なのにロランはますます呆れた顔になる。
「本当にどれだけ甘やかされてきたんだ……」
「何よ! ルシアンは、なんでも好きにしていいって言っていたわ!」
「……本気にしすぎだろ」
ついには眉間を押さえている。
むかつく。
何よ。何がおかしいのよ。
――何がおかしいのか、自分でも分からないのが歯がゆい。
「……じゃあ、お姉様ならどうするのよ」
「アレクシア様なら? 急に湯を使いたいなんておっしゃらない。前もって伝える」
腕を組んで説明してくる。偉そうね。
「突然そんなことを言えば、召使たちが困る。他にも仕事があるんだからな」
「どうしてこっちがそこまで考えないといけないのよ」
ロランが「これだから」とでも言いたげな顔をする。
腹立つー!
でも、ぐっと堪えた。
「……そんなに困ることなの?」
「当たり前だろう。大量の湯を運ぶんだぞ。
まあ、湯を沸かしたこともない王宮育ちのお姫様には想像もつかないだろうが」
「当然でしょ。そんなこと、わたくしがする必要ないもの」
そっぽを向く。
ロランは何も言わなかった。
「……遅いわね」
「まだ水を汲んでる最中だろうな。急に言われて気の毒に」
冷たい言葉が返ってくる。
「……足音がうるさいわ」
「おまえが無茶を言うからだ」
何とはなしに、扉を開けた。
すると、
「先に浴槽を洗って!」
「ザクロ水の支度も!」
「まだ厨房の仕事が……!」
召使たちが桶やタオルを抱えて駆け回っていた。
「ほら。言った通りだろう」
「……」
むっつり黙る。
言い返せない。
「……待たされるのは嫌いよ」
「だったら、あらかじめ言え。
人の上に立つ者は、下の者にも目を配るものだと、女王陛下もおっしゃっていた」
しばらく黙ってから、わたくしは言った。
「……そうね」
深く息を吸って、腹立ちを飲み込む。
「これからは、相手の都合も考えてやることにするわ」
ロランに教わったという事実は気に食わないけれど。
それが本来の当たり前なのだと、ようやく腑に落ちた。




