ことばの新たな定義と再定義2
自然哲学の概念として、哲学の世界からみっつのことばを借りてくる。すなわち、形而上学、形而下学、プラグマティズムである。
借りてきたことばに、別の意味(定義)をあたえる。
哲学的意味での形而上学とは、ひとが理解可能な哲学的概念の全体であると考える。形而下学とは、形而上学の部分集合であり実在する事象を対象とする概念であると考える。再定義する形而上学とは「哲学的意味での形而上学から形而下学部分を除いた残りの部分である」と定義する。
プラグマティズムとは、実験によって確認できる範囲のみを対象とするものであり、物理法則の存在すら形而上学的なものとしてその存在を認めない。
数学を哲学的意味での形而上学であると考え、これをふたつに分ける。ひとつは形而上学から形而下学的部分を取り除いたもので、これを「純粋数学」とする。残りは形而下学に相当する部分で、「物理学のための数学」とする。
物理学のための数学においては、純粋数学では正しいことが実在する事象の影響を受け正しくなくなることがある。例えば、三次元のデカルト座標を考え、みっつの軸をx軸、y軸、z軸とすると、物理学のための数学においては物理的制限によりxyzが互いに独立でない場合が存在する。つまり、偏微分ができない場合が存在するということであり、計算式のひとつひとつのステップにおいてこの計算は物理学のための数学的に正しいのかを確認しながら進まなくてはならない。
プラグマティズムは工学的概念であると考える。工学的概念においては、物理法則も実験式のひとつであると考える。物理法則もまた近似式であると考え、実験によって得られたデータのみをあつかい、データの外挿を許さない。
工学的概念が求めるものを「実事」と定義する。実事とは一種のオブジェクトであり、観測された事実(値)と観測の方法から構成される。正しく記述された学術論文がこれに相当する。
物理学のための数学が求めるものを「実真」と定義する。実真もまた一種のオブジェクトであり、実事とそれが構成する法則とからなる。残念ながら、完全な物理法則は知ることができないため、実真もまた完全なものとして知ることはできない。
ここで、新たにパラダイムという言葉を借りてきて別の意味(定義)をあたえる。
物理学的な意味でのパラダイムとは、ある期間において、ある集団が正しいと考える「実真」であると定義する。例えば、ニュートン力学は過去の一定期間において、物理学者にとっては実真であった。それが現在では「不完全な実真」であると考えられている。
純粋数学的概念が求めるものを「理真」と定義する。理真とは、定義、公準、公理から演繹的に導かれるものである。




