喪失
私−神谷真は、四十二歳の研究者だ...いや、「だった」。
大学の再生医療研究室で、十年近く、一つのテーマを追いかけてきた。幹細胞――あらゆる細胞へ分化できる、いわば身体の素となる細胞を使い、損なわれた臓器を再生させる技術。それは私の人生そのものだった。
長い長い下積みを経て、成果がようやく論文として世に出たとき、筆頭著者の欄に、私の名はなかった。代わりに並んでいたのは、指導教授の名前だった。
抗議した。証拠を揃え、しかるべき委員会に訴え出た。
返ってきたのは、調査の打ち切りと、私自身の解雇だった。実験ノートは「紛失」し、共同研究者は口をつぐみ、メールの記録はいつのまにか消えていた。
組織というものは、守るべき者と切り捨てる者とを、驚くほど冷静に選り分ける。私は、後者だった。
それでもまだ、帰る家があると思っていた。
玄関の鍵を開けると、家の中が妙に広く感じられた。靴が減っている。妻の靴も、娘の小さなスニーカーも。
居間のテーブルに、一枚の紙が置かれていた。離婚届。妻の欄だけが、几帳面な字で埋められている。書き置きの類いは、何もなかった。説明する言葉さえ惜しまれたのだと、そのときわかった。
一縷の希望のような感情のままに、娘の部屋を覗いた。机も、本棚も、そのままだった。ただ、いつも枕元に置かれていたウサギのぬいぐるみだけが、消えていた。連れて行かれたのだ。要るものと、要らないものと。私は、要らないものの側に分類されていた。
私は、目眩がしてその場に崩れ落ちた。
それから何日が過ぎたのか、よく覚えていない。
食事をした記憶もない。ただ、研究室から持ち出した――いや、もはや誰のものでもない資料の束を、毎晩のように眺めていた。
失うものは、もう何もなかった。地位も、家族も、名誉も。手元に残ったのは、自分の身体ひとつ。それと、十年かけて培った知識だけだった。
ある夜、ふと考えた。私というものをここに残しておく意味はあるのだろうか、と。
家族に見捨てられた私。成果を奪われた私。四十二年かけて、何ひとつ確かなものを掴めなかった私。こんなものに、まだ値打ちがあるのか。
科学者の悪い癖で、絶望はいつしか問いの形をとった。
そもそも「私」とは何か。突き詰めると、「私」を形作るものとは結局身体なのではないか。
細胞は、置き換えられる。幹細胞に新しい遺伝子を組み込み、際限なく増殖する性質を与えてやれば――そう、がん細胞のように――理論上は、身体をかたちづくる細胞のすべてを、別の誰かの細胞へ置き換えられるのではないか。
それは自殺だった。同時に、再生でもあった。
無謀であることは、誰よりも私が知っていた。
がん細胞というのは、本来きわめて制御の難しいものだ。増えろと命じれば歯止めなく増え、止めようとしても止まらない。一歩間違えれば、私の身体は意味をなさない肉の塊となり、ベッドの上で動けなくなるだろう。
免疫の問題もあった。他人の遺伝子を持つ細胞を、私の免疫系が「異物」とみなして攻撃すれば、全身で炎症が暴走する。
変化の途中で、どれほどの痛みが生じるのか。それすら、予測がつかなかった。前例のない実験に、教科書はない。
倫理を口にする資格も、もう私にはなかった。これは人体実験だ。被験者は、私自身。同意書にサインするのも私なら、結果を引き受けるのも私だ。誰にも迷惑はかからない。そう思えること自体が、どれほど寂しいことか。
失うもののない人間ほど、速く走れる。私は坂を転がり落ちるように、計画を進めていった。
問題は、誰の遺伝子を使うか、だった。
変化は、顕著であるほどわかりやすい。検証という観点からいえば、自分とは正反対の存在であればあるほど望ましい。
極端に考えれば、性別が違い、人種が違い、何もかもが違っていれば、置き換えが成功したかどうか、より検証ができる。
そう考えたとき、ひとりの女性の顔が浮かんだ。
エーリカ。
ドイツに留学していた頃に出会った、白人の女性。淡い金の髪と、薄い色の瞳。私の、かつての恋人。
もう、この世にはいない。
彼女が遺した一房の髪が、古い手帳に挟まれたまま、ずっと私の手元にあった。形見のつもりで持っていたのか、ただ捨てられなかっただけなのか、自分でもわからない。
サンプルとしては、決して十分ではない。けれど、もとより完全を期す実験ではなかった。
まるで悪魔に手を引かれるようだ、と思った。あるいは、死んだ恋人に。
私は、自分の腸骨から幹細胞を採取した。
そこへ、レトロウイルス――遺伝子を細胞の内側まで運び込む、いわば配達人の役を果たすウイルスを使って、エーリカの遺伝情報をもとに組み立てたものを送り込んだ。
さらに、がん細胞の持つ二つの性質を加えた。際限なく増え続ける増殖能と、不要になった細胞をみずから死なせるアポトーシスの機能。増えるだけでは、肉の塊になる。古い私を「死なせ」ながら、新しい私を「増やす」。その均衡だけが、私を肉塊から救う、細い綱だった。
培養がうまくいったのか、失敗したのか、確かめる術はなかった。確かめている時間も、惜しかった。
最後に、机へ向かって遺書を書いた。成功の可能性は限りなくゼロに近い実験だ。誰に宛てるでもない。読む者もいないだろう。それでも、何かを書き残しておきたかった。神谷真という人間が、かつてここにいた、と。
注射器を手に取る。中で、白く濁った懸濁液がゆらいだ。
震える手で、左腕に、針を刺した。そして右手の親指でその液体を、自らの身体に押し込んだ。
ほんの少し、熱さを感じた。




