回想と回帰
私は理学部の大学院を出て、晴れて研究助手となった。
そして、ミュンヘンにある研究所に研究員として派遣されることになった。
研究員という名がついてはいるが、実質は留学である。
勤務先は、半官半民でドイツの有名な物理学者の名を冠した研究機関だった。
初めて降り立ったミュンヘンの町はどんよりとした曇り空だった。季節は秋から冬へと変わるときだった。しかし、空港を出て中心街に降り立ったときは、おとぎの国のような美しさに心を打ちぬかれた。
初めての海外生活だった。
日本を離れてここで暮らすのかと思えば不安もあり、また初めての経験に胸を高鳴らせていた。
入った研究機関には、とてつもなく美しい女性がいた。
彼女は半年前に研究員になったばかりだった。
25歳にしては若く見えた。西洋人の顔は日本人から見ると年上に見えるような顔が多いが、少女の顔をそのまま持ってきたようで、とびぬけた美をもっていた。
その美しさには惹かれたが、いずれ日本に帰るつもりの自分が恋人になろうとは思わなかった....思っていなかった。
だが、一緒にいる時間が長かった。
私たちは仲間と一緒に英語で語り合った(※知識階級のドイツ人は英語が母国語並みに話せる。)。
彼女は奨学金をもらい、誰よりも真剣に研究に打ち込んでいた。
身体が強い方ではなかったが、夜も遅くまで研究室に残っていた。
そのせいかよく熱を出していた。
惹かれていると気づいたのはいつだっただろう。
彼女が故郷に残したボーイフレンドと別れて、マリエンプラッツの喫茶店でわんわん泣いた時だろうか。
雪の日にクリスマスマーケットでホットワインを二人で飲んだときだっただろうか。
それともオクトーバーフェストで二人でビールを片手に壇上で踊りあったときだっただろうか。
徐々に惹かれていく自分を自覚するのにはあまり時間はかからなかった。だが、そこからどうしようか、というアクションに結びつくことはなかった。
ドイツでの暮らしは全般としては楽しかったが、例えば、プール等に行くと白人だけがいた。街中にはあれだけ有色人種が溢れているのに。全ての人にそういう意識があるわけではないが、やはりドイツ人の中にも白人優位の意識が残っているということを感じざるを得なかった。
学識ある人たちは決して口にはしないが。彼女に対してもどうしてもそれが心につかえていた。拒絶が怖かった。今の関係を壊すのが怖かった。
だが、二人でオリンピアパークの丘で夕陽を眺めていた時だった。
ふっと言葉が漏れた。
Ich liebe dich.
ドイツに居ながらほぼ私はドイツ語がしゃべれなかった。
だが、この時だけは彼女の本国語で伝えた。
彼女は驚いて私の顔を見た。そして、私にキスをするように求めた。
海外には、日本のように告白して付き合うという概念はない。
ただ互いにボーイフレンド・ガールフレンドと呼び合うだけだ。
私たちの研究はとても忙しく、家に帰っても互いに論文を読み続けた。だが、二人で食事をするときは、異邦人であることを忘れる幸福な時間だった。
ミュンヘンの中心街から少し北に行った私のアパートで、2人は逢瀬を重ねた。
色々すれ違いもあった。彼女をすっぽかしてしまって、雪の中で一人待たせたこともあった。
私はこのままドイツに骨を埋めることも考えていた。
彼女は母だけしかおらず、その母を故郷に残していたので、日本に一緒に行こうとは言い出せなかった。
だから、もうすぐ留学期間も終わるころ、私はドイツに残る道を模索し始めた。
しかし、彼女には時間が残されていなかった。
急性白血病に倒れたのだ。
彼女は私を遺し、あっけなく逝ってしまった。まるで現実感がなかった。
彼女が私に残した言葉は、もっとあなたと生きたかった、という一言だった。
私は彼女からの言付けで、医師を通じて一房の遺髪をもらった。
彼女の葬式は覚えていない。喪失感に私は打ちのめされた。
そして逃げるようにドイツから日本に帰ってきた。ドイツの記憶は、私には重すぎて、それから10年以上も封印していた。あの日、彼女の髪の毛を見つけるまで。
私は結婚もして、人並みの生活を始めたが、その後も寝食も忘れて研究に打ち込んだ。
あまり家庭を顧みる方ではなかった。全ての力を研究につぎ込んだ。
****************
九条邸の自室で目が覚めた。
とても懐かしい夢を見ていた。
涙がスーッと頬を伝って落ちていった。
夢の中で彼女が最後に私に言った言葉。
「もっとあなたと生きたかった」
エーリカ。
十数年の時を経て、私は君の姿を借りて生きている。
あの実験。
全ての研究者が動物実験に失敗し、自らの身体で試みた人間に対しては神が残酷な仕打ちをもって報いたあの実験。
結局、私が最初のかつ唯一の生存者となった。
再現不可能な出来事は、奇跡としか言いようがない。
この奇跡は、彼女が起こした奇跡だったのではないだろうか。
君が、私と一緒に生きていくために、力を貸してくれたのだろうか。
明確な答えはない。誰も答えてくれない。
科学者が、このような非科学的なことを信じるべきではない。
だが、それ以外の説明がつかなかった。
だとしたら、私は二人分の人生をしっかり歩む義務があるのではないだろうか。




