「アウレリア山と古都グラスゴール2」
日が沈む時は、だいたい紅い空になる。山上にそびえる巨城の背には、影の山脈と地平線しかなく、逆に城の前庭である化生蠢く都は東に向かって扇状に広がり、その向こうには肥沃な丘陵地帯と、そのさらに向こうに湿地帯と湖が5つあり、どこまでも続く草原が、グラスゴールとそれ以外の都を隔てていた。
空一面、赤に染まる頃、ショーンは革の外套の下にプレートを着込み、城壁をよじ登っていた。瓦礫に閉ざされた悪しき城門を通ることを諦めたからだ。それはショーンとしては偶然に得意なことであったからのだが、幸運なことに道なき道に道を通す事となった。
石壁を登ることを覚えると、ここに棲む化生の多くは壁を這い回らない事、逆に壁を自在に這い回るショーンに対し無防備になることを知った。
松明を灯し、設置されている松明灯台に輪投げの要領で投げ込むと、道を照らせた。壁から安全な物見櫓になる建物を見つけては、そこから弓を射掛ける、弓矢では倒せない魔物には槍を手投げした。幸い手投げ槍として使える槍に困ることはなかった。ここでは地面から壁から槍が取れるからだ。
城下町を自在に行き来出来るようになってからは、ショーンの興味は山上の城に移った。山を登り、城壁をよじ登ると、あれだけ固く門閉ざされていた城も、窓から歩廊から難なく賊の侵入を許すことになった。
城内は宵闇の暗さで、化生たちが這い回る。街の化生よりも動きが鈍く弱い、今にも崩れ落ちそうな体躯の化生ばかりだった。化生が血錆に侵食されているのだ。骨の髄までも腐り落ちても、化生は動ける限り生者への憎悪に駆り立てられ侵入者に反応する。使用人や衛兵姿のものが多いが、まともに歩けるもののほうが少なく、ランタンの光を浴びせると錆が酷くなり、四肢が崩れて倒れ伏すものも珍しくなかった。
化生共のうめき声も力ないもので、城は少しの化生を始末すればすぐに静寂に支配された。
廊下を進んでいくと、窓外に雷光が走って、雨が降り始めた。入口が半分瓦礫に潰された部屋を抜けて行くと、壁に穴が開いていて、そこからは外壁を壁伝いに移動すると、特徴的なテラスに降りることが出来た。
雨の音に混じり、メロディがショーンの耳を打った。窓の中には灯りがかすかに灯っていて、そこでショーンは──幽霊の舞踏会を見た。
一人の女の霊が舞い、それに合わせるように二組の霊が踊り、半透明のそれは影になり、散った。
深海の静寂の中で揺れるような踊りで、ショーンはずっと眺めていたかったが。その日以降、現れなくなってしまった。
ここは楽器があるだけの淋しい部屋になってしまったが、特徴的なテラスが外から侵入する際の目印としては重宝することとなった。
探索は、天井が崩落していたり瓦礫に埋もれて難航した。それでもショーンは執拗に探索した。何も考えていなかった。普段のショーンならばとっくに今日はここまで、というように帰還していただろう。
壁の亀裂から新しい廊下に入れた。進んでいくと、──宝物庫があった。ショーンは興奮して、下唇を噛みながら、松明を握った手に力が入らずにはいられなかった。これでどれだけの事が出来る? 女が買える? もう少しマシな拠点も購入しようか、そして都から出てしまうか⋯⋯ ショーンの中に様々な考えが浮かんでは消えていった。
宝物庫には大きな宝箱がいくつもあった。金銀財宝とはこのことかという風に、金貨や宝石が一杯に押し込まれている。それとは別に、台の上に──紫の王冠が飾られていた。恐ろしく巨大なダイヤモンドにルビーが埋め込まれていて、何かしらの魔性の力が漂っているように見えた。
この宝箱一つで一体いくらになる? 王都の中心地に屋敷がいくつも買えるほどではないか。この王冠は? これの価値は想像もつかなかったし、他にもまだ宝はあった。
月の如く鈍く輝く絹で覆われていた箱。中には魔法の紐が収められていた。銀板に文字が書かれており、この国の古の英雄の使った道具だということだった。
魔法の紐は、手首にはめるもののような気がしたが、使い方がわからなかった。宝物庫の中の宝を全て担いで城壁の昇り降りをすることは不可能だったので、ショーンは僥倖に恵まれつつも、慎重にならざるを得なかった。
魔法の紐は腕に巻き付けておくことにした。他に持ち帰るべきものは⋯⋯、王冠は目立つ気がした。これから、この宝物庫の宝を小分けにして持ち帰るために、何度もここへやってくることになるのだ。ショーンの住処に泥棒が入らないとも限らない、留守中に宝を守ることはできないだろう。まずはこの金貨を運び、新たな拠点やアジトを購入するべきだ。
グラスゴールのどの区画に拠点を持とうとも、この地で安心などできるわけがなかった。ショーンは守るべき宝が、夢にまで見た財宝が自らを縛り付け、重しを背負わせ始めているように感じたが、その不快感が財宝を捨てさせるような事はなかった。
拠点は違う都が望ましく、しかし他の都は、あまりにも遠い。──となると、候補は湖の周辺の森の中か、城の背にある谷底か山麓だった。
帰り道。城に魔術的な仕掛けがあり、突然間取りが切り替わるらしいこともわかった。
これが起きると招かれざる客を自然と返すように、多くの道が帰り道か、もしくは亡者の数が増えていく。また城内の温度が鎧を来ているのが苦痛で仕方ないほどに上昇するが、矛盾するように風が身を切るほどに冷たくもなる。
ショーンは窓から外に避難するか、諦めて帰還するよりなく。一度に持ち帰る宝の量は鞄ひとつ分にした。
最初に大量の金貨を持ち帰った。これはこの街では買えないものはないほどの価値があったが、そもそもこの街で買える価値あるものは浴場婦と質の良い蒸留酒と一部の不動産くらいだったので何に換金するかが重要なのだとショーンは考えるようになった。
ショーンはラウラとフィアにチップを弾み、交渉した。次に湖に続く街道で最も治安がマシな場所にある屋敷を購入し、更に馬車と馬を購入した。家と馬の面倒はもっぱら二人の浴場婦に任せることとなった。
城の魔術のおかげで、毎回宝物庫に行けるかは運次第だったが、さして気にしなかった。帰還時には、城壁の歩廊や監視塔から日の出を見ることが多かった。
化生がいれば始末して太陽を拝んだ。この地では日は早くに沈む。沈むと言うよりは暗い空に隠れてしまう。晴天が訪れるのは、日の出から昼前までで、その数時間だけが太陽の恵みの光を浴びれる時間だった。昼からは日の出の暗さになり、夕刻は空は真っ赤に染まり、それが数時間で終わることもあれば、時によっては朝まで続く。
日の出を拝むことは、彼の1日の中で聖なる時間になり、それは儀式にもなっていった。扇情に広がるグラスゴールの街の扇の頂点付近の地平線に巨大な岩があり、それがちょうど日の出の光と重なる。山上の城から見下ろすと、それが太陽を冠する岩なのだと思えた。実際に後で本当にそのような岩だと知ることになるのだが。しばらくショーンはその風景を世界で彼だけが見れる希少なものとして味わった。
下山する最中には、良く浴場婦のことを思った。特にラウラを。ラウラの形良い大きめの尻を、後ろから突いて性を吐き出すのを想像すると、それを達成することが己が生きているのだと、外からわかりやすく理解できる記録のようにも思えた。骨の髄まで凍えさせるような死蔓延る魔の地では、生命を生み出す行為がもっとも真っ当な慰めだった。
今日を明日に、かろうじて繋げるだけの日々は、化生となった市民を殺し、動く骸を斬り、病撒く人ならざるものを浄化し焼くことと、山を登り、城壁を登り、城に忍び込んでは何かしらを獲得し、酒場で、風呂屋で浴場婦に得た金を使うだけだった。殺しと酒はショーンを麻痺させるが、浴場婦との交わりや交流は唯一ショーンの精神を人間らしいものに戻してくれるものであった。
今必死に持って帰っては湖に、谷底に、拠点の屋根裏や地下に隠している宝も。人に盗られないようにしているのに、人のために使おうと思った。矛盾するようだがそうすべきだと思ったし、どう使うか、誰に使うかは、己で決めようと決めていた。
頭を働かせるために酒を気まぐれに辞めるとラウラとフィアが喜んだから。だからそのまま辞めた。たまに酒恋しくもなったが、女に集中している内に秋が来た。
この地に夏は最初から存在しない。あるのは秋と冬と春とは言えない程度のもので、基本は常に暗い空と泥濘と錆の季節だったが、この秋は久しぶりに良いものになった。
快晴が増えた。木々は紅葉に彩られ、落葉は泥濘の中の骸や錆びた武器を覆い、呪われた都市の姿をそれなりに見れるものにした。あちこちにある泥濘に気づきにくくなり、稀に足を滑らしそうになるが、それでも少なくとも気分をずいぶんマシにしてくれた。
この季節には獣の化生が活発になった。冬眠などしないくせに食いだめする気だけは満々の獣どもは、集団で人を襲うことを始めた。獣が活発になったのではなく、この秋を少しでも味わおうと人が多く外に出ているからだ。そういう者もいた。ショーンには、どちらかなのか分からなかった。
よそ者も秋にやってきた。元官史だとか、元貴族だとか、誰も気にしないことを抜かす者たちで、この地の人間の代表者に自分たちに尽くすように指示したが、その場で袋叩きにされ、従順でないものから獣の餌にされた。
また、それを指揮したこの土地の村長気取りのベテランも、他の市民のグループにやられた。そこで小さな抗争が起きていたのだとショーンは気がついた。彼らが争っていたのは、女、水、食料、縄張りと利権だった。憲兵や、その他の警官もそこに入って殺し合いになり、規模は大きくなり膠着状態へと入っていった。
ショーンは関わらないように拠点を移し、危険を感じたラウラとフィアを匿った。




