七話目 稲荷部
「こちらうちの野干ですね。確認とれました。この度は八百万神務庁にご迷惑おかけして申し訳ない。」
「いえいえ〜。もう二度と、二度となければ良いですよ。」
「二回言われた……。」
頭にたんこぶを一つつけた狐と獄卒が白狐に向けて頭を下げる。そんなこの場所は地獄である。
「お前何で人間のところに勝手に行ったんだ。というか牛頭と馬頭がいたのにどうやって行ったんだ?」
そう言う獄卒に
「ガキどもがコックリさんなんてことをするもんだから面白そうでね。あれは良いよ〜、召喚術だから俺たちは何の縛りもなく行けちゃうもんね〜!」
忍者の代表的なポーズをとりながら野干は「ニンニン」と戯けてみせた。
「あ、コイツ懲りてねえな。」そう思った獄卒がもう一つたんこぶを増やそうとした時、
「そんなのでこっちに迷惑かけるなこの野郎!」
白狐は鋭い平手打ちで野干の頬を殴った。そのうえ胸ぐらを掴むと
「八百万神務庁稲荷部がどれだけ忙しいか知ってるのか?!お前のその軽はずみな行いが今この瞬間も私の時間奪ってる自覚はあるか?!今この瞬間どれだけ稲荷部が忙しいかわかってるのかー!!」
と、最終的に白狐は野干を背負い投げした。白狐は荒くなった息を整えると、
「獄卒さん、大変失礼しました。」
とニコリと笑って獄卒の方を向いた。背負い投げをきめられた野干は目を回していた。
「いえ、本当にうちの馬鹿がすみませんでした。」
獄卒は白狐に深く、深く頭を下げたのだった。
「にしてもそんなに稲荷部って大変なんですか?」
「大変ですよ。大変より大変を表す言葉があればそれに当たるくらい大変です。」
「一言で四回も大変って言った……。」
あの後、申し訳なさすぎた獄卒は白狐にお茶をご馳走させてくれと申し出た。白狐はそれを断ろうとしたが獄卒がそれを引き留めた。迷った白狐が八百万神務庁稲荷部に連絡をとると班長から"せっかくだから地獄に稲荷部の話を聞かせてやれ"との一言をもらったため、ここでお茶をすることにしたのだった。
お茶菓子を用意したのはたんこぶ一つに頬には手形、そして背中に激痛を抱えた野干である。ちなみに野干もこの場にいるが、飲んでいるのはお茶を淹れた際に残った白湯である。
「獄卒さん、稲荷部に配属されたものたちに最初に出される問いを聞いてみますか?」
「え、何それ純粋に興味ある……。」
思わず素が出た獄卒を気にせずに白狐は地面に"お稲荷様"と書いた。
「獄卒さん、この文字がどなたのことをさすかわかりますか?」
「お稲荷様……?」
「読みは合ってますね。」
……これは頓知か何かだろうか。白狐は八百万神務庁、いわゆる天界のものである。ならば普通なら宇迦之御魂神のことだろう。でもそれは稲荷にとっては当たり前のこと……。獄卒はそんなことを考えていた。この獄卒、無駄に頭が回る獄卒であった。とりあえず無難にいくか……。と思った獄卒は
「宇迦之御魂神……様ですよね。」
と自分が出した答えを言った。
それに対して白狐が言う。
「不正解です。」
即切りだった。
あーやっぱり当たり前すぎたよな。じゃあもう一柱のお方かな。と獄卒は続けて
「では荼吉尼天様のことだろう。」
と返した。
白狐の回答は
「不正解です。」
先程と同じく即切りだった。獄卒はズルりとコケた。そこへ野干が
「狐神様でしょ?」
と割り込んだ。
「お稲荷様は範囲が広い。神使様も意地が悪いや。こんな狐以外中々辿り着けそうにない問題を出すなんて。」
そうケラケラ笑う野干に"それがあったか!"と獄卒は野干の方へ振り向いたが、そこにはもう野干はいなかった。素早く鋭い白狐の平手が野干を吹っ飛ばしたのである。
「不正解だ!」
「じゃあ誰だよ?!」
野干が吹っ飛ばされた先で叫ぶ。
「わかりません。」
その白狐の言葉に獄卒も野干も驚きを隠せなかった。
「どういうこと?!」
獄卒のその言葉に白狐は姿勢を正してこう応えた。
「お稲荷様。これだけでは情報不足なのです。」
「え。」
「その狐が言ったように、"お稲荷様"は範囲が広く、この文字だけではどなたか判断できないのです。ですのでこの場合は所在地、祭祀対象、由緒、御祭神、呼称、祈願内容、その他細かいところまで確認する必要があるのです。」
「この文字と言葉だけでそこまで調べるんですか……?」
「そうですよ。」
これはペンですか?はい、そうです。それと同じように白狐は応対した。
「稲荷部に配属されたものには最初にこの問いを出すのが通例なのです。ちなみに私が知る限り、初見でこれの答えを正確に言えたものはいません。」
そりゃそうだ。獄卒と野干の心の声が一致した。初手から求められるものが多すぎる。
「稲荷部はその名の通り中津国中の"稲荷関係"のものが集まります。宇迦之御魂神様、荼吉尼天様、民間信仰のお狐様関連はもちろん……"狐"、それだけで「とりあえず稲荷部に持ってくか」とそういったものまで入ってきます。そして私たち稲荷部の神使はそれらに対応しなければなりません。」
「うわあ……。」
獄卒はそれを想像して恐ろしくなった。どれだけ稲荷関係のものが日本にあるのか、そしてそれらを受け付けている稲荷部。……どう想像しても仕事量はエゲツなかった。
「その顔を見るに少しは私たちの仕事をわかっていただけたかと思います。」
「はい……。」
獄卒は顔を青ざめて頷くことしかできなかった。
「ただでさえ私たちは主様への奉仕……仕事で忙しいのです。…………だから野干が起こしたこんなことを対応する時間すら惜しいんだよ!」
「本当にごめんなさい!」
野干のたんこぶが一つ増えた。
「荒御魂・災異課がコックリさんで"狐だから"って稲荷部に投げてきた時のこっちの気持ちがわかるか?!こっちは主様に尽くしたいわけ!お前のせいで主様に尽くせる時間が減っているのがわかるか?!わかったら二度とするなよ?!狐じゃなければ荒御魂・災異課に投げ返せるんだからな!」
「案件の投げ返しとかお役所仕事すぎる……。」
「八百万神務庁は立派な役所ですよ!」
白狐の声が轟いた。
「今回は貴重なお時間本当にありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ。少しでも私たち稲荷部の大変さをわかっていただけたなら良いです。」
天界と地獄を繋ぐ道で別れを告げ合う獄卒と白狐の神使。おまけで地べたに突っ伏す野干。
天界への道を行く白狐がふと振り返る。
「もう一つ教えておきましょう。」
「はい?」
唐突な白狐の言葉に獄卒は疑問符を浮かべた。
「稲荷部の白狐ですが、宇迦之御魂神様の神使は赤、荼吉尼天様の神使は青の印を尾に刻んでいます。それだけでだいぶ見分けは楽になるかと。……ですので尾に何の印も刻んでいない狐を見かけた際は……お気をつけを。」
そう言って白狐の神使は今度こそ振り返ることなく天界へ帰っていった。その尾には青の印が刻まれていた。
「ただいま戻りました。」
「はいおかえり。地獄はどうだった?」
「あ、班長。そうですね……地獄は悪くなかったのですが……。やっぱりコックリさん案件は今度は荒御魂・災異課に投げられませんか?」
「…………ものによる。」
「今度また、コックリさん、狐、で私が対応したらその狐ぶち倒しそうです。」
「んー……。今度そういう案件きたら自分が行くよ。」
「班長自ら?」
「うん、境界案件課と荒御魂・災異課に"多少手荒にしても良いよね"って許可とって行ってくる。」
「…………。」
「それで許可が出ないようなら跳ね除ける。」
「職権濫用……。」
「こっちもいい加減たまってるし、ね。」
そんな班長に大勢の神使が
「その時はお供させて!」
と叫んだのだった。
八百万神務庁稲荷部は今日も大変、大変である。




