八話目 その祈願は保留です
まあるいフォルムがなんとも可愛らしい、狐のフィギュア。プラスチックで出来たそれは量産されたガチャポンの品。そんな品にホッコリした人間はこう言った。
「可愛いし、ちょっと拝んでみようかな!良いことありますように!」
そして三分にも満たない、ちょっとした祈りを捧げたのである。
「祭祀管理課、少し変わった?」
「最近窓口担当者たちの意見を聞いて手を加えたみたいだよ。」
「良いね、助かる〜。」
「今度の統括会議次第ではもっと大きく変えるらしいよ。」
「……この仕事しながら……?」
「…………わかんない……。」
そう話すのは鹿の神使とネズミの神使だった。祭祀管理課では自分の順番が来るのを待ちながら雑談するものは多く、ここで情報交換を交わす神使たちは多い。
ズラリと並んだ神使たちを見ながら雑談し、今か今かと自分の番を待つのであった。
「豊穣窓口はまた増えたんだね。」
「あそこはこういったことがあれば増えるからね。」
様々な窓口がある中、一際多い窓口を見てそう話す。
「もし大改変したら稲荷専門窓口ほしいよね……。」
「わかる……。」
豊穣窓口で次々と稲荷部に送られている神使たちを見て、皆の気持ちは一体となっていた。
「稲荷部専門窓口は純粋にほしいけど、それだけで豊穣窓口が増えてるわけじゃないんだよなあ。」
「確かに宇迦之御魂神様が豊穣の神様として有名すぎるのはわかるんだけど、豊穣を受け持てる神様が何柱いらっしゃると思ってるんだ……。」
「本当それな。」
そう話しながら、馬の神使から渡された書類に祭祀管理課の蛇が判子を押す。
「豊受大神様への願い、受け付け完了だ。」
「ありがと。確認するが、あとはそのまま我が主様に届くんだよな?」
「何の問題なく受理出来たから安心して良いぞ。」
「了解。」
豊受大神様の神使である馬は嘶くと八百万神務庁を後にした。
「確かに豊穣案件の多くは稲荷部に行くけど、全部が全部そうじゃないって。」
「そうだったら稲荷部発狂してるよ……。」
蛇の神使の呟きに、隣で受け付けをしている牛の神使が同意した。そして、
「でも僕の窓口に運ばれてきた君の報告書は稲荷部案件だから稲荷部行って。」
と、今受け付けていた書類をつき返した。
「豊穣の神様って全国にいらっしゃるからね……。民間信仰もお稲荷様だけじゃないんだよね。」
それにうんうんとお互い頷きながら次の書類を確認する。そして二匹同時にこう言った。
「これは稲荷部で。」
別のある窓口。そこの受け付けに立てられていたのは"ただいま受け付け停止中"。その先で頭を悩ませていたのは兎の神使だった。
「……俺のところにもきたよ……。」
この兎の神使の窓口に音も無くあった書類。それには"祭祀対象、プラスチック。願い、良いことありますように。宛先、不明。その他備考、不明。"と書かれていた。
「"迷子書"が俺の卓に置かれてたー!」
そう叫んだ神使に両隣の神使が気の毒そうな顔をした。
「迷子書は仕方ないよねえ……。こればっかりは窓口作れないし……。」
「とりあえず"投げ出し案件班"に持っていきな。それで君の窓口サッサと開けて。」
それに兎の神使は
「わかったよ……ちょっとなげてくる……。」
と席を立った。
祭祀管理課の窓口の何処かへ、音もなくひょっこり置かれる書類がある。中身をみると祈願以外は大体全て不明のこの書類は"迷子書"と呼ばれており、それらは祭祀管理課にある"投げ出し班"へ運ばれていく。
「投げ出し案件班ー、来たぞー!」
「…………ハッキリ言っていい?」
「……おう。」
「正直喜んでいいのかわからない。」
「…………それはわからんでもないが、俺たちが言って良いのか……?」
祭祀管理課・投げ出し案件班。通称・投げ出し班。ここでは八百万神務庁の窓口にいつの間にか現れる、宛先不明等不明の書類、"迷子書"を請け負っている。
ちなみに班名と書類名を付けたのは祭祀管理課の統括である。統括いわく
「わかりやすくて親しみがあって良いでしょ。こういうものに名前がない方が辛いよ。」
とのことであった。
「だってさ、迷子書って基本的にどこにも割り振れないんだもん!モヤモヤするんだもん!」
投げ出し班に集まる迷子書には、"届け先のない祈願"が多い。
「君の持ってきた書類見たけどさあ、祭祀対象がプラスチックってことと願い以外全部わかんないじゃん!せめて由緒とかないの?!」
「それを調べるのが投げ出し班の仕事だろうが!そっちの気持ちも色々とわかるから頑張れ!」
兎の神使はそう言って窓口の業務へ戻っていく。それを見送りながら書類を受け取った蛙の神使はため息をついた。そして書類を投げ出し班に設置されている池へと向かう。池へと向かい礼をした後、迷子書を池へと浸した。すると祭祀対象の姿と願いが行われた所在地が紙に浮かび上がってきた。
「……丸いかたちの狐が祭祀対象で、東京都からの願いなのか……。」
それを確認するとまた池に礼をし、蛙の神使はさらに詳しく調べるために自らの席へ戻った。
この投げ出し班に設置された池は、迷子書の多さに頭を抱えた神使たちの声を聞き開かれた統括会議の結果、直毘神(なおびのかみ/かむなおびのかみ)様と大国主大神様に協力を仰ぎ設置していただいたその名も"現縁の池"である。
この現縁の池に迷子書を浸せば、神使だけでは得ることが難しい情報を得ることができる。そのためこの投げ出し班にとって無くてはならないものとなっているうえ、直毘神様と大国主大神の神使を中心に八百万神務庁の聖地の一つとして知られている。
「どうだった?」
そう口にしたのは蛙の神使の隣席に座る雀の神使だった。
「祭祀対象の姿と祈願の所在地はわかったよ。でも他は不明のまま。」
「ちなみに祭祀対象の姿は?」
「……プラスチックの丸い狐。」
「…………。」
二匹は無言になった。ここで稲荷部へ渡せないところが迷子書の厄介なところなのである。
祭祀対象は狐の形をしているが、この段階でそこに宿っているものが稲荷部案件のものなのかわからないため、稲荷部へ迂闊になげられないのである。そもそもこの祭祀対象の中に宿っているものがいるのかすらもわからない、本当にただの狐の置物である可能性があるのだ。
「……とりあえずいつも通り一週間様子をみようか。一週間過ぎても祈願が続くようなら境界案件課に繋げよう。」
蛙の神使はそう言うと、その迷子書を祈願保留箱に入れた。
投げ出し班のこれまた違う場所でもため息が聞こえてきた。
「この祈願、結局どなたにも届けられなかったよ。」
狸の神使は悲しそうにそう言った。
書類の分類は迷子書、一週間前に届いたもので、祈願内容と所在地以外全て不明。祈願内容は"病気が少しでも良くなりますように"、所在地は愛知県だった。
とある人間の本当にふとした切実な願いだったのだろう。しかし八百万神務庁は、その祈願を届ける術を持っていなかった。
隣にいた烏の神使が肩を叩く。
「仕方ないよ……。せめて祭祀対象があればもう少しどうにか出来たかもしれないけど、本当に祈願内容だけだから私たちにはこれ以上打てる手がないんだよ……。」
二匹は悲しそうに肩を下げ、その迷子書を処理する。この八百万神務庁では人間の祈願の思いを無碍に扱うことはない。
しかし届けられない、保留にせざるを得ない祈願も数多い。そしてそうなってしまう祈願に対して喜ぶ神使などいない。
"届けられるものなら全て届けたい。"
それは八百万神務庁で働く神使たち皆が思っていることである。その思いを解消する難しさを最前線で感じているのがこの投げ出し班なのだ。
そんな中、投げ出し班に祭祀管理課の統括がやってきた。
「統括、わざわざどうしたんですか?」
「いや、三年前に迷子書で報告が上がってた案件があったんだけどね。境界案件課から最近動きがあったみたい。今境界案件課と荒御魂・災異課が調査してる。投げ出し班が暗くなってたから少しでも嬉しくなることを持ってきたよ。」
「統括ううう!!!」
投げ出し班の心は祭祀管理課の統括の言葉で今多少なりとも救われたのだった。
今日も八百万神務庁の祭祀管理課投げ出し班にはどこからか、迷子書が届いている。




