四話目 そなたはなにや?
境界案件課から来たとある案件。これに対して荒御魂・災異課が完全武装でその案件に立ち向かう……!
「この辺りって報告だったよな?」
「ああ。境界案件課からはそうあがってる。」
とある山の道なき道を、武装した神使たちが進む。彼らは八百万神務庁の荒御魂・災異課に所属するものたちである。
今回彼らがここへきた理由は、同じく八百万神務庁にある境界案件課から
"詳細不明のものが現れた。災異か神様かわからない。力はあるようなので、荒御魂・災異課に調査を頼みたい。"
という報告を受けたからである。事前に名称記録課にそのものに名前があるのかを聞きに行ったが、名称記録課もそのような存在の記録はないとのことだった。
"生まれも名もわからない。しかし力はある。"
八百万神務庁でもこれしか調べられなかった、謎の存在が出てきたのである。
「山だし力もあるってことは荒御魂様かな……?」
「山だからこその災異もあるだろう。」
そう話をしながら神使たちは進む。
さて、そも荒御魂と災異とは何か。
荒御魂とはざっくり言ってしまえば"神様の別の側面のこと"である。"落ちた神様"と人間には認識されがちだが、荒御魂は神使たちからすれば"怒れる神様"という認識である。人間の中には"穢れてしまった神様"ともいわれることがあるが、神使たちにとっては"穢れてしまった"といわれることは大変遺憾である。神使である彼らからすれば
「穢れた?荒ぶられた理由をつくってるのは九割九部人間のせいだぞ!ふざけるな!」
である。人間よ、何いけしゃあしゃあと物申すか案件だ。怒れる神様を近くで見て感じる神使たちにすれば、今の日本に染みついた荒御魂への認識を改めたいところである。
では災異とは何か。
神使たちの多くはこちらを"荒御魂以外の力あるもの"と認識している。そしてそれが八百万神務庁の荒御魂・災異課と境界案件課を主とした神使たちを悩ませている。
神様への対応は神使たちであるならば当然
「おまかせあれ!」
と言えるのだが、これがそれ以外となると難しい。災異の対応は人間への対応より難しいとは神使の間では有名である。
神様には神様への対応を、人間には人間の対応を、としっかり分けられるのだが、それが通用しないのが災異である。
災異でもしっかり"害するもの"と固定されていればまだマシで、"害するもの"として対応ができるが、不明なものには用心しなくてはならない。
不明なものが害をなしたため、害するものとして対応したら後日神様だとわかった日には荒御魂・災異課と境界案件課の担当者、その他大勢が供物を持って頭を下げにいくのである。
害あるものを荒御魂として扱い、後日災異だとわかったときはそれはそれで境界案件課から名称記録課まで話がいき、荒御魂・災異課はまた接触を試み、それを明らかにするかたちになる。
八百万神務庁に配属したての新米神使たちはこの荒御魂・災異課のことを
「かっこいい。」
「強そう。」
「書類仕事少なそう。」
と思いがちだが、配属されている神使たちからすれば上二つまでは受け入れても"書類仕事少なそう"には"そんなわけないだろう?!ここは役所だぞ!"である。
不明なものたちを明らかにするための情報整理には境界案件課も関わるが、荒御魂・災異課も同様である。
しかも彼らの仕事にはそれらとの接触も含まれている。それらとの接触には天界基準の物理的接触、いわゆる争いになることもあるため命の危険もあるのだ。
書類仕事に肉体労働、荒御魂・災異課は新米が思っている数百倍は大変な場所なのである。
「力はあるって言ってたから俺たちが感じとれてもおかしくないよな?」
「そこなんだよなあ。近くまで来てるならそれができるはずなんだけど……。」
辺りを見回す中堅たちに地図を見ていた新米がおそるおそる声をかけた。
「あの……すみません。多分、ここ違います。」
その声に中堅、及び古参たちは驚いた。
「何で?!」
「えっと、中々着かないからこう……地図を回してみたりして辿り着いたのがここなんです……。」
「典型的な地図を読めないやつじゃん!読めないなら最初から申告して?!恥ずかしいことじゃないから!」
「最初からやり直すぞ!」
そんな大声のやりとりに、やまびこも参戦した。
「ん、やまびこか……もしかしたら場所を教えてくれたりしないかな。」
「やってみたら?」
神使たちが山の入り口に戻ろうとする中、とある古参の神使がそう口にした。
「面倒ごとを増やす気か?」
「んー……ぶっちゃけ今もうこの時点で面倒だから良くない?」
その言葉に地図を持っていた新米が土下座した。
「まあまあ、これくらいなら良いでしょ。」
「もし面倒なことになったらどうするんだ。」
「その時はその時。名称記録課と境界案件課になげる。そんでこっち来たらこの新米になげる。」
「それなら良いか。」
「すみません、何も良くないです!」
古参たちの会話の最後で唐突に仕事をなげられた新米は慌てて止めようとしたが、百戦錬磨の古参神使に対して新米神使にそれができるはずもなく……。
「おーい!最近わからぬ気配を感じたかー?感じたならどの辺りか教えてくれー!」
という古参神使の声に
「そこからまるっきりはんたいばしょにー!」
となにものかの声が返ってきた。
「ありがとうなー!……よし、ここからそのまま反対の場所ならわかりやすいな。」
「ああ、山を降りる手間が省けてなにより。」
神使たちはワイワイと移動を始めた。
「あ、新米のお前はこの仕事終わり次第今の件を名称記録課と境界案件課に持ってけよ?」
「うう……わかりました……。」
あわれ新米神使は配属初っ端から卓に報告書が増えるのであった。
「うん、確かに感じるな。」
「今回は全て不明案件だからな。一班は供物の準備、二班は交渉の、三班はいつものように臨機応変に動けるように体制をとろう。」
やまびこの案内で辿り着いた場所には確かに何ものかの気配を感じた神使たちは素早く準備を整える。
「急げ!もうすぐそこまで来てる!」
「よし、全班いつでも大丈夫だ。」
荒御魂・災異課の神使たちに緊張がはしり、古参の神使たちもゴクリと唾を呑み込んだ。
"全て不明"の案件で最も緊張するのはこの邂逅の瞬間である。
神様か災異か、そこからのそれぞれへの対応の初動、この瞬間であらゆる対応が決まるのである。
ガサっと草木を分ける音がして、彼らの前に"それ"が姿を現した。
「何で吾輩の気配を感じとれた?」
それは真っ黒で四足歩行をした猫の姿をしていた。
「……あなた様は、神様ですか?」
交渉班である二班に配属された神使がそう尋ねる。
「吾輩が神?そんなわけにゃーな。」
黒猫が欠伸をしながらそう応えると神使たちが雄叫びをあげた。
「よし、災異案件決定だあ!しかも穏やかにすみそうだぞ!」
「一班は供物下げて三班は敷物出してー!」
そんな神使たちに驚いた黒猫は逃げようと踵を返したが、その先にはすでに"臨機応変に動ける"よう準備万端だった三班の古参たちが笑顔で退路を塞いでいた。
「まあまあ、ゆっくりしていって。」
「供物はないけど魚とかなら出すからさ。」
黒猫はこれ以上の面倒ごとはごめんだと観念して、逃げるのを諦めた。
「つまり君は猫又じゃなくて"けっとしー"という妖精なんだね?」
「その通り。吾輩の飼い主はアイルランドから日本に来てな、吾輩を残して亡くなったのだ。吾輩は元から普通の猫ではなくケット・シーだから人間が先に死ぬのは仕方にゃーこと。アイルランドでは飼い主が亡くなれば別の飼い主へと繰り返し暮らしていたのだがな、今回は日本で飼い主を亡くした。日本でまた別の飼い主を探すのも良かったが、長い妖生の中初めて日本に来たのだから吾輩はせっかくなので日本を堪能することにしたのだ。」
敷物の上で赤飯を食べながらケット・シーと名乗った黒猫は応えた。
ちなみにこの赤飯は一班が供物を片付けている時にケット・シーから要求されたため渡された、元供物である。胡座をかきながらスプーンで赤飯を食べるケット・シーは続けた。
「日本は平和で良い。非常に猫にとって過ごしやすい。吾輩と同族のような"ネコマタ"の集会に参加した時は面白かった!そしてその時に聞いたのだ。"日本を満喫したいなら山が良い"と。」
もぐもぐと赤飯を頬張る黒猫の姿は愛らしい。そう、かなり人間くさくても。
「ここに来たのは最近のことだが凄いぞ。木の葉が緑から赤や黄色に模様替えだ。あれは栗だろう?あれも一気に色が変わって毎日あれを見るのが楽しかった。」
満足そうに黒猫は何度も頷いた。
和やかに流れ出した空気に、山の幸を馳走になっている神使や武具の手入れをする神使が出るなど、調書をとっている神使以外は皆完全に休息時間に入っていた。
「ふむふむ……外つ国の妖精だったか。これは全て不明でも無理ないな。」
調書を書いていた神使たちは息を吐いた。
「……それにしても、吾輩に聞きたいことはそれだけなのか?」
「え、まあそうだね……。あなたがなにものなのかはわかったし……。ああ、今後も日本にいるよね?なら名前とか聞いておきたい。あとこの鈴つけておいて。ああ、これについては安心していいよ。鈴の音は人間には聞こえないし君にも聞こえない。つけておくだけで良い。」
「吾輩の名前?ずっと"アルク"と呼ばれてきたが……。」
「"けっとしー"の"あるく"ね。……よし、これで大丈夫。」
「……この鈴をつけなかったらどうなるんだ?」
紐と共に渡された鈴を手の上で転がしながらケット・シーが尋ねる。そんなケット・シーの疑問に鈴を渡した神使はニッコリこう応えた。
「我々が再度こうやって君のところを怒りながら訪れるだけだよ。」
その応えにケット・シーは静かに大人しく鈴をつけるのだった。
「それにしても……吾輩のこんな話を聞くためだけにこんなに数を集めたのか?」
ケット・シーのその一言に神使たちは固まった。
そしてその数秒後
「そうだよ!君の"こんな話"を聞くためだけのこの数と武装だよ!」
「仕方ないじゃん!なにもわからない状態だったんだから!」
「そんなこと言わないでよ……色んなことが悲しくなるじゃん……。」
という神使たちの溜まっていた言葉が飛び交った。
「神様か災異か姿も名前もわからないものとかこわすぎるよー!」
「初めて出動したけどもう嫌だ……。」
「な、なんで神様が出てくるのだ……?」
「だって私たち神使だもの!神様の使いだもの!こういった案件に対応しなきゃいけないんだものー!」
「にゃ?!神様の使い?!つまり天使様なのか?!」
「そうだよ、僕たちみーんな天使だよ!」
それを聞いたケット・シーは驚いてひっくり返った。
「て、天使様が吾輩のこんなことを聞くために……こんなに大勢できた……?!吾輩どうにゃーの?!」
「その鈴つけてくれてたらもういいよ!」
「いくらでもつける!」
「あ、それの配布は基本一個だから。無くしたら近くの神社に申し出て。」
「天使様からの贈り物を無くすわけにゃーって!」
この賑わいはしっかりこの山の神様に聞かれていて、後日この神様から"報告しなくてごめんね"という旨の手紙と山の幸が荒御魂・災異課に届けられ神使たちは嬉し恥ずかし顔を赤くするのだった。
「あの山のけっとしーさん、えっと……あるくさんですね。しっかり鈴をつけてくれているようでなによりです。それに山のものとも上手くやっているようで!」
境界案件課の新米がそう言って先輩神使に書類を渡す。
「まさか外つ国から来たものだとは思わなかったね。」
「でも最近は外つ国から移ってくるものも増えてるし、ウチもそういうところもう少し力入れていこうか。」
「そうだね。」
新米から書類を渡された神使が隣の席の神使とそう話しながら判子を押した。
「にしても先輩、外つ国の妖精を災異扱いして大丈夫なんですか?」
「あー、いいの。災異の分類って実は八百万神務庁の既存の分類には収まらない力ある存在・現象のことだから。」
「そうだったんですか?!」
「神使の多くは"基本的に荒御魂以外の力あるものは災異"と認識してるからそうなるのも無理ないね。」
そんなやりとりが行われている中、境界案件課統括に報告書を提出しに来た神使が統括に声をかける。
「……統括、あの書類見ました?」
「もちろん。君が気になってるの、件の"天使様"についてでしょ?良いんじゃない、私たちまごうことなき"天使"だし。アイルランドでの話はここではしなくていいのよ、ここは日本だから。」
境界案件課統括はそう言うと積まれている書類の山の中から一枚の書類を手に取った。
八百万神務庁は今日も日本独自の道をゆく。
仏教と神道は密接かつ複雑な関係である。
新人も入ってきた今、他界連携課仏教係である係長の思明は"仏界特例日本支部"との会議を開くことにした。
次回、外つ国と中津国神様事情!




