二話目 おいしさま
緊急警報案件"おいしさま"。その正体とは……!
八百万神務庁に唐突に鳴り響いた警報と絶叫に荒御魂・災異課のものたちが臨時体制をとる。しかしその後の絶叫を聞いた中堅、古参たちはため息を吐きながら各々与えられた仕事に戻り始める。
「うわーん!"おいしさま"事件ですーーー!!!」
鳴り続ける警報と聞こえてくる絶叫、それに対する中堅や古参たちの動きに荒御魂・災異課の新米は戸惑った。
中堅が警報の鳴った先を確認してから手を滑らせると警報が止んだ。
「今年もこの時期が来たか……。」
「ああ、やっぱり名称記録課だったか。」
やれやれと首を振る中堅、古参たちに新米が尋ねる。
「あの、警報なりましたよね?我々は向かわなくて良いんですか?」
困ったような表情を浮かべる新米に中堅は呆れた表情を浮かべてこう応えた。
「毎年この時期に名称記録課から鳴る警報には応じなくて良いんだ。」
「え、でも……。様子を見に行くことすらしないんですか?」
「見に行きたかったら見に行って良いぞ。」
「それじゃあ見に行くだけ……。」
そう言って、一匹二匹と出ていこうとする新米に、古参は真剣な表情でこう言った。
「行ったが最後、お前は明日から名称記録課所属になるぞ。」
名称記録課。八百万神務庁でも一、二を争う広さを誇るここで警報は鳴った。
「うえーん!終わりません〜!」
膨大な書類の中で埋もれる新米神使たちを皆気の毒そうな表情で見ていた。
「ああ、"おいしさま係"ね……。」
「今年も元気の良かった新米が配属されたみたい。」
そんな中、警報のおかげで様子を見に来た他の課所属の神使たちが集まってきた。その大半が今年配属の新米たちであった。
「これはどういうことです?」
そう尋ねる新米神使たちの近くにいた名称記録課の神使が応える。
「警報を鳴らしてしまって驚かせてしまったね、申し訳ない。いつものこと……いや、君たちにはきっとこの先毎年この時期に警報を聞かせてしまうと思う。だからこの時期の名称記録課からの警報は気にしないでくれ。」
「警報を気にしないで、とは……?」
「そういう行事だと思ってくれ。そして君が"おいしさま係"になりたくなければこの警報でここに来ない方が良い。」
そういう名称記録課の神使は心なしか、来たものたちを隠すように話した。
それを見ていたある神使が慣れたように笑いを含んだ声でこう言った。
「おーい!今年は"おいしさま"は何件なんだー?」
刹那、その場の時が止まったかのように静かになった。そしてケラケラと駆けていく音が聞こえた後、その場は爆発的に騒がしくなった。
「遂に百万件超えだ馬鹿野郎!!」
「こんな仕事なんて思わないじゃん!わーん!!」
「文字が認識できない……。」
「ねえ、こうなる前に情報管理してくださいよ!!」
まさに阿鼻叫喚であった。
「今年も来たか、他界連携課のネズミー!」
「追え!なんだかんだでアイツは仕事ができる。この場の責任を取らせるぞ!」
どんどん騒々しくなるこの場からの逃げ道を失いつつあった他の課の新米神使たちを救ったのは名称記録課統括者だった。
「ここにいては君たちもこの騒動に巻き込まれてしまう。逃げるなら今お逃げ。」
ニコニコと笑いながらその場を的確に見極め逃げ道を作ったその神使に礼を告げ、新米神使たちは蜘蛛の子を散らすように自らの所属先に戻るのであった。
「今年も"おいしさま係"は元気で良いねえ。"みつき"さん。」
「元気が良すぎるのも問題なのかもしれないです、少しも席を外すことすらできないなんて……。統括にもご迷惑おかけしてごめんなさいね。あとは私にお任せを。」
この神使たちを包む空気は和やかで、周囲の喧騒など聞こえていないようだった。泣き声、鳴き声、怒鳴り声、その中に響く綺麗な手の音。
「はいはい、"おいしさま係"は速やかに指定された場所に戻りなさい。百数えるうちに、私が席を立つ前の状態に戻しなさい。」
声の先を辿ると目に映るのは白い髪を高い位置で結いて仁王立ちする美しい女の姿をした神使がいた。
「"みつき"さあん!」
"みつき"と呼ばれる神使に多くの神使が抱きつく。
「終わりません〜何もかもが終わりません〜!」
「……もう……文字……見たくない……。」
「係長助けて〜!!」
「他界連携課のネズミ捕まえてきて良いですか?」
そんな声に
「とりあえずお片付けしましょうね?」
と返したみつきの声に
「鬼ーーー!!!」
という声が響き渡った。
「そもそも何でこんなに"おいしさま"に関する情報があるか、お前たちはわかるか?」
「わかりません。百万柱も石神様がいらっしゃるとは思いませんでした……。」
「そこから認識を改めろ。そもそも"おいしさま"が百万柱いらっしゃるわけじゃない。"おいしさまから照合される神務庁の情報上の候補が百万件を超えてる"んだ。」
みつきに首根っこを捕まえられ口に石を突っ込まれながら引き摺られてきた他界連携課のネズミの神使、通称赤先はそう応えた。
「赤先先生、どういうことですか……?」
目を回して尋ねてくる"おいしさま係"の新米神使に、赤先は口の中に残った石を吐き出しながら応える。
「神務庁で"おいしさま"で検索すると百万件HITする理由は、検索対象に"現存する神様"だけじゃなくて"消滅済み、神格化前、妖怪化、怪異化、別名登録、旧名、俗称、神仏習合時代の記録、同一存在と思われるが統合未完了"等……全てひっくるめた状態で出てくる。だから百万件なんて日本でもとんでもない数が出てくるわけだな。」
「……ひ、ひっと…?」
「HIT、ひっと。そうですね、発見という意味で理解して構いません。赤先、無駄に惑わせないでくださいね。お前の尾の先を切り落とし"赤先"の由来を無くしてしまいましょうか?」
みつきが鋭い目で赤先を睨む。
「俺は無駄に仕事は出来るから困るのはお前だぞ。」
赤先は顔の横で両手をひらひらさせた。
「えっと……えっと……つまり"おいしさま"は単に神様だけに絞ったものではないということですか……?」
空気など読む余裕のない新米がそう問い掛ける。
「そういうことだな。さっき俺の言ったことに加えて表記揺れも存在する。おいしさま、おいし様、オイシサマ、オイシ様、お石様、御石様……。」
「聞けば全部"おいしさま"!!」
「更にこれらは全て別のもので、かつそれぞれにまた複数枝分かれしていく。」
「何で?!」
「気を付けろよ。同じ"おいしさま"でも妖怪から名高い神様まで存在するからな。」
「しっかり区別してくださいよ!!」
「それをするために採用されたのがあなたたちです。」
「みつきさん、別のところに……。」
「あなたの居場所はこちらです。」
「うわーーーん!!」
「おうち帰りたいよー!」
あちこちで泣き声が聞こえてくる中、それを慣れたように見るのは赤先とみつき。そして名称記録課の新米以外の面々たちだった。
「……この光景を見ると新米が来たんだなって俺は思うんだ。」
「なんだかんだで私もこのやりとりがあるとそう思いますね。」
「だからって今年は"おいしさま"の説明を俺に投げるな。」
「あなたどうせ挑発しにくるじゃないですか。なのでそれまで今年は教育方針を変えてひたすら頭にぶち込ませようと。」
「……俺も新米も可哀想すぎるだろう……。」
「あなたは自業自得です。」
今年の"おいしさま"係の教育は始まったばかりである。
「赤先くん、ありがとうね。助かったよ。君のところにも顔を出すからよろしく伝えてね。」
「多賀様、お気遣いありがとうございます。それでは私はこの辺りで失礼いたします。」
新米たちの泣き声が小さくなってきた頃、赤先は一通りお茶菓子を食べ他界連携課に戻ろうとしていた。
「あの赤先が敬語使ってる?!え、統括って何者なの?」
驚きで書類を落とした神使に古参の猪の神使が声をかける。
「ああ、君確か一週間前に異動してきた鶴ね。統括は伊邪那岐命様の神使で、伊邪那岐命様から名をいただいた狼なんだよ。」
「ええ?!」
鶴の神使だけではなく、多くの神使の驚いた声がそこらで上がった。
「統括は聞かれないことはそう語ることもないですし、知っているものもそういませんよね。」
そう言葉を紡いだみつきは湯呑みの中のお茶が無くなったのを確認して立ち上がった。
「さてさて、おいしさま係の皆さんはそろそろ泣き止める?」
「……お心遣いの疑問符ありがとうございます……。」
「その言葉が出てくるのなら大丈夫そうですね。」
意気消沈。
先程まで説明を受けていたおいしさま係の新米たちを一言で表すならこれ以上に合う言葉はないだろう。未だに意識がここではないところにいっていそうなものはいたが、半分以上の神使の意識は戻ってきていた。
毎年この光景に立ち会ってきたみつきはこの結果を良しとし、今年のおいしさま係教育再開を決定した。
「おいしさまについての基本説明は先程赤先がしたので理解したかと思いますので、次は班分けをします。古参のおいしさま係の皆さん、班分けの準備をお願いします。」
みつきがそういうと、おいしさま係の書類群の何処からかゴソゴソと音が聞こえて板を持った神使が何匹か出てきた。それぞれの板には別々の文字が書かれている。
「準備ありがとうございます。新米の皆さん、各神使が持っている板の文字の意味がわかる場合、その板を持つ神使の前に並んでください。」
新米神使たちはズラッと並んだ先輩神使たちの持つ板をじっくり見て判断をしていく。
「みつき係長ー、これ一つだけわからないんですよ。それ以外は全部わかる場合どうしたら良いですか?」
「その列の一つのみわからないんですね?ならあなたはとりあえずそこに並んでください。」
名称記録課の新米がおいしさま係へ配属されることは多い。今年も多くの新米が入ったおいしさま係の作る列を、おいしさま係以外の名称記録課は生暖かい目で見守っていた。
「……全員並び終えましたね。では各列に紙と紐を配ります。その中で自身がもっとも得意とする文字に丸印をつけてこの箱に提出を。紐は腕なり足なりに解けないように結んでおいてください。」
そう言うみつきの前に、また別のおいしさま係の神使が箱を持ってくる。そしてテキパキと統率の取れた動きで新米たち全員に紙が配られた。
「んー……。最も得意な文字なら……これかな。」
「……これ文字なの?」
「係長、二つに自信がある場合はどうすれば?」
「自信のあるものには全て丸印をつけてください。」
「この白い紐には何の意味が……?」
「後ほどわかります。」
質問や悩む声は提出するものが多くなるにつれなくなり……そのうち全ての新米神使が紙の提出を終えた。
「はい、皆さんお疲れ様です。少々お待ちくださいね。」
提出された紙をおいしさま係の先輩神使たちが凄まじい勢いで仕分けていく様子を見て、ある新米神使は嫌な予感を感じていた。
トン、と紙を整理するために机で揃えた音がしてみつきが口を開く。
「はい、これで班分けも終わりました。」
他の仕分けていた先輩神使たちはおいしさま係以外の名称記録課からお茶をご馳走になっていた。
「今後は班長を中心にそれぞれ振り分けられた班で頑張ってくださいね。班は先程皆さんにつけてもらった紐の色で確認を。ではそれぞれの班長を紹介します。」
その言葉と共に五匹の神使が前に出てきた。
「ももはひらがなのいろ、ひらがなたんとうでえす!ひものいろがももいろになったこはわたしのところね!」
「ミドリはカタカナね。ワタシのトコロに集合ー。」
「紐が青になったものは漢字組ですのでこちらに。」
「紐が濃紺なこは古文字だよ、漢字組と似てるけど間違えないでね。」
「橙は外つ国。紐が橙のこはコッチ〜!」
みんななんだかクセ強いな!紐の色って白じゃなかったっけ……って白じゃなくなってる?!新米たちの心は一気に乱れた。
「では各々の得意分野で頑張りましょうね。」
「はーい。」
みつきはにっこり笑って、それに新米神使以外の神使たちはいつものように返事を返した。
が、新米神使はそうはいかない。
「待って、待ってください。色々……色々ついていけません!」
「ついてこれないなら走れ!おいしさまは待ってくれないんだよ?!」
「説明求……あ、この神使力強い!」
「漢字班じゃないんですか?何ですかこの文字?!」
「崩し字もわからないのに漢字に丸印つけたのか?!お前いくつだよ!」
騒がしくなったおいしさま係を、他の名称記録課の神使たちはしみじみと見つめていた。
「今年も始まったね……。」
「ああ、改めて今年もよろしくな。」
「わ、私初日に元気じゃなくて良かった……。」
「あ、君仕事できるからおいしさま係ね。」
「え、嘘じゃん……。」
名称記録課のおいしさま係配属初日は毎年このような光景が繰り広げられるため、最早風物詩になっていた。全体的にとてつもなく忙しい名称記録課でも、この日ばかりはおいしさま係以外少しだけ休まるのであった。
「うんうん、みんな元気でなによりなにより。」
名称記録課統括である多賀は片手で書類を書きもう片手でお茶を啜りながら微笑んでいた。
八百万神務庁は今日も仕事に追われている。
次回、
「僕、鹿の神使で……。」「私は兎の神使で……。」
「新手の宗教お断り!」
「神道は昔から日本に根付くものなんですけど?!」
奈良県の鹿公園の神使ですら神使と認められない?!
次回、人界折衝界新米の苦難
「このアルミホイルは供物になるのかな……?」
「何言ってるの……?」




