6歳が旅立つ訳ないじゃん
サードは、自分をケルベロスと呼んだ男に目を向けた。
どこで会ったかのう、と男の顔をじっと見つめる。頭には立派なツノが三本生えていた。
何となく面影のある顔に、古い記憶が繋がった。
「お主は……そうじゃ。あたしがまだ世界を飛び回っていた頃、デカいイノシシの魔物に追い回されていた、鼻垂れ小僧のバーギルか」
「鼻垂れ小僧は、もうよしてくれ。俺も、もう爺さんの仲間入りだ」
「もう、そんなに時が経ったか。それに、お主らの村はここから随分と東の方ではなかったかのう」
「ケルベロス、お前に助けられた俺たちの村は、あれから色々あってな。流れ流れて、こっちまで来たんだ。こんなところでまた会えるなんて嬉しいよ」
「あたしも会えて嬉しいぞ、バーギル。さっそくで悪いが、この村の山を越えた向こう側にドラゴンが住んでいるはずじゃ。何か知っておるか?」
バーギルは、少し険しい顔になった。
「ケルベロス……お前、ドラゴンと何か関係があるのか?」
「ここでは何じゃ。立ち話もなんだし、村に入ってから話そう」
「ああ。こっちだ」
バーギルが合図を送り、村の中へ入っていく。
サードは身体を小さくすると、その後についていった。
*
一方その頃、サイカはさっき出会った鬼の子供――ギンのことを考えながら村へ急いでいた。
――もし、あれが本当に鬼だとしたら、全然凶暴そうには見えなかったな。
子供だからかもしれないが。
そんなことを考えているうちに、家が見えてきた。
「婆ちゃん、ただいま」
「おやサイカ、遅かったじゃないかい。何かあったのかい?」
サイカは少し考えた。
――婆ちゃんに聞いてみるか。
「婆ちゃん、爺ちゃんには内緒にしてくれる?」
「なんじゃ、小遣いかいな。爺さんのへそくりなら、確かあったはずじゃ」
「いや、小遣いはもらっておくけど。洗濯のあと川上へ登っていったら、大きな滝を見つけたんだ」
お婆さんの顔がこわばった。
「あんなところまで行ったんかね! まだ子供じゃ。鬼が出たらどうするつもりじゃ」
「婆ちゃん、ごめんなさい。西瓜が流されてきた先が、どうしても見たくて」
少し間を置いて、サイカは聞いた。
「婆ちゃん、鬼を見たことある?」
「鬼を見てたら、こうしてお前を育ててないはずじゃ」
――まあ、そうなるよな。
こんな村、本当に鬼の集団が襲ってきたらひとたまりもない。
「じゃあ、この村で鬼に襲われた人はいる?」
「なんじゃ、お前さん。鬼に興味でもあるのかえ」
――鬼の子供を見たなんて、言わなくてよかった。
「そんなんじゃなくて、なんと言うか……」
その時、玄関の戸が開いた。畑からお爺さんが帰ってきた。
「爺ちゃん、お帰り」
「サイカや、表まで聞こえておったぞ。鬼のことが知りたいのか?」
お爺さんは、いつになく真面目な顔でサイカを見つめた。
「実はな、サイカ。それがお前の使命かもしれんのう」
「俺の……使命?」
お爺さんは静かに話し始めた。
「お前が西瓜の中で流されてくる前日に、わしは変な夢を見たんじゃ」
お婆さんがお爺さんを見つめた。
「お爺さんや、サイカはまだ六歳じゃ。まだ早い。言わんといて」
「いや、婆さん」
お爺さんは首を横に振り、話を続けた。
「その夢にな、変な格好をした爺さんが現れたんじゃ。そして、こう告げた。世界を救う赤ん坊を育ててほしい、とな」
――あの爺さんか。
お爺さんは、溢れそうな笑顔を浮かべた。
「ただの夢だと思ったし、一番はな、サイカ。お前が可愛かったから、すっかり忘れておったわ」
サイカは、生まれた時から今までのことを思い出した。
なぜか、しょっぱい味が口の中いっぱいに広がった。
「爺ちゃん、婆ちゃん……今までありがとう」
少し間を置いて、頭を下げる。
「そして、これからもよろしくお願いします。俺、まだ六歳だし」
お爺さんとお婆さんは顔を見合わせ、微笑んだ。
「そうじゃったな。サイカはまだ六歳児だったな」
サイカも笑った。
そして、二人をまっすぐ見つめる。
「それに俺は、ドラゴンの加護と火比べのことが知りたい。弥生姉ちゃんを救いたいんだ」
*
バーギルは、村の中で一番大きな建物へ入っていった。サードもその後に続く。
奥まで進むと、サードはバーギルの前に腰を落とした。
「鼻垂れ小僧が、今じゃ族長かにゃ」
「まあ、族長みたいなもんだ。ゆっくりしていってくれ」
「あたしもゆっくりしたいところだが、主人に頼まれたことをせぬといかんにゃ。そうゆっくりもできんな」
バーギルは目を丸くした。
「へぇ、ケルベロスにも主人ができたのか。そいつは、どんな生き物だ?」
「サイカは、ただの人間だにゃ」
「にゃって……ケルベロスは猫科だったのか?」
サードは、なんだか既視感を覚えた。
「……猫ではないにゃ。それよりバーギル、お主、ドラゴンのことを何か知っていそうだな」
「知っているわけではない。ただ……あそこにはドラゴンはいない」
「……なんじゃと?」
サードの三つの目が細くなる。
「俺たちがこの村に来た時には、すでにいなかった。三十年前のことだ」
「では、それ以前にはいたということかにゃ?」
「いや。俺たちがこの村に来た時、ここには誰も住んでいなかった。だから三十年前より前のことは分からない」
バーギルは少し間を置いた。
「ただ、八年くらい前に一度だけ見たことがある」
「何をじゃ?」
「二つ向こうの人間の村から、籠に乗せた人間を運んでいた。山の奥にある、ある場所へな」
サードの表情が変わった。
「……ある場所?」
バーギルは静かに頷いた。
「ドラゴンなどいないはずの山の奥だ」




