彼奴との激突
一方、サイカたちは――。
「ベヒモス、お前すごいやつだったんだな。これならサードたちより先にアジトへ着けそうだ」
ベヒモスの身体は石と土に覆われ、巨大な獣の姿へと変わっていた。その背中には、サイカとセツナが乗っている。沿岸部を、ベヒモスは地面を揺らしながら駆け抜けていく。
「えっへん。あっしを見直したでやすか」
「ベヒちゃん、すごいですね。わたしも何かできたらいいんですけど……」
「セツナさんは、いてくれるだけで、あっしは頑張れるでやす」
「ふん。オレ様の方が速いけどな」
上空を飛んでいたシルフィードが、前方へ目を向けた。
「サイカ、見えてきたぞ。あそこだ」
「シルフィード。前に入った時はすぐ見つかったって言ってたな。何かを感知する仕掛けがあると考えた方がよさそうだ」
「ああ。オレ様たちが入った途端、待ち構えてやがった。間違いないぜ」
サイカは少し考え、アジトへ目を向けた。
「なら、正面から行くしかないか。セツナは合図するまで、ここで待っててくれ」
「……はい」
サイカはシルフィードとベヒモスを見る。
「よし。正面から叩く。行くぜ、シルフィード、ベヒモス」
その次の瞬間――。
「グオォォォン!」
怒号のような咆哮が響き渡った。
声と同時に、サイカたちの前方で激しい地響きが起こる。岩が砕け、無数の石礫がこちらへ飛んできた。
ベヒモスの目が光る。
飛んできた石礫が軌道を変え、吸い込まれるようにベヒモスの身体へ集まっていく。石と岩が次々と身体を覆い、巨体がさらに大きくなった。
やがて砂煙が収まり、地響きを起こしたものの姿が現れる。
「……でかっ」
馬鹿でかいゴリラのような姿。だが、その身体には四本の腕が生えていた。
「グオォォォン!」
再び雄叫びを上げ、四本腕の巨獣が襲いかかってくる。
巨体に似合わぬ素早い動きで一気にベヒモスとの距離を詰め、拳を振り下ろす。ベヒモスが両腕で受け止めた、その直後――残る二本の腕が左右から襲いかかった。
ドガァン!
身体を覆っていた岩の装甲が砕け散り、ベヒモスの巨体が吹き飛ばされる。
すかさず、シルフィードが反撃に移った。
「チッ……吹き飛べ――暴風流!」
巨大な竜巻が巻き起こり、周囲の石を巻き込みながら巨獣を覆い尽くす。
「グオォォォン!」
巨獣はたまらず顔を腕で覆い、後方へ大きく飛び退いた。身体には、竜巻に巻き込まれた無数の石が突き刺さっている。
だが、巨獣は怯まない。
その場で身体を勢いよく回転させると、突き刺さっていた石が一斉に弾き飛ばされ、飛礫となって周囲へ襲いかかった。
「なにっ!」
油断していたシルフィードの身体に、数個の飛礫が突き刺さる。
「シルフィードさん、下がってください。あっしの方が相性よさそうでやす」
吹き飛ばされていたベヒモスが起き上がる。周囲の石や岩が再び身体へ集まり、今度は巨大なサイのような姿へと変わった。
頭部には、太い一本の角が伸びている。
「いくでやす!」
ベヒモスは地面を蹴り砕き、まだ回転を続けている巨獣へ真正面から突進した。
ドズンッ!
巨大な角が巨獣の腹部へ深く突き刺さる。
だが――回転は止まらない。
「なっ……」
その勢いに弾き飛ばされ、ベヒモスは再び地面を転がった。一方、巨獣の腹部からは大量の血が噴き出している。
「グオォォォン!」
再び雄叫びを上げた、その時だった。
毛に隠れていた額が、紫色に光り始める。
サイカが目を見開いた。
「額が紫に光ってる。祈祷師の時と同じだ。回復するぞ!」
サイカはすぐさま二人へ叫ぶ。
「回復する前に一気に畳みかけるぞ!」
「言われなくても、そのつもりだ!」
シルフィードが大きく息を吸い込む。
「これで終いだ――雹暴覇! いけぇぇっ!」
凍える冷気と無数の雹が竜巻に巻き込まれ、巨大な氷嵐となって四本腕の巨獣を飲み込んだ。
「グオォォォン!」
巨獣はたまらず逃げるように跳び退く。だが、氷嵐はその動きを追うように進路を変えた。
その時、巨獣の目が光る。
四本の拳を自らの胸へ何度も叩きつけ、大きく息を吸い込んだ。
「グオォォォォン!」
凄まじい咆哮が放たれ、衝撃波が氷嵐を正面から押し返した。
「なにっ……」
だが、巨獣も無傷ではない。全身の肉は至るところで削れ、鮮血が噴き出している。
ついに巨獣が片膝をついた。
シルフィードは傷だらけの身体を空中に浮かべながら、巨獣を睨む。
「チッ……あれでまだ治りやがるなら、さすがに面倒だぞ」
その時、ベヒモスの雰囲気が変わった。
「我の力を見くびるでない……ケダモノがぁ!」
周囲の岩が一斉に浮かび上がり、ベヒモスの身体へ集まっていく。
岩は次々と積み重なり、巨大な人型の巨人を形作った。ベヒモスが右手を掲げると、岩が一つに重なり、巨大な剣へと姿を変える。
「グオォォォン!」
四本腕の巨獣も雄叫びを上げた。
次の瞬間――四本あった腕のうち二本が、異様な速さで伸び始める。その長さは五メートルほど。
「なんだ、あれは!」
鞭のように伸びた腕が、空中のシルフィードへ襲いかかった。
シルフィードはすかさず身をかわす。
だが、伸びた腕が空中で軌道を変えた。
「しまっ――」
バキィッ!
腕がシルフィードを横薙ぎに捉え、その身体を吹き飛ばした。
「シルフィード!」
ベヒモスが巨大な岩の剣を振り抜く。
ズバァッ!
伸びた腕の一本が切り飛ばされ、地面へ落ちた。
「グオォォォン!」
巨獣が苦しげな雄叫びを上げる。
だが次の瞬間、サイカは目を疑った。
巨獣が地面へ落ちた自分の腕を掴み――そのまま牙を立てた。
「なっ……自分の腕を」
グチャッ、グチャッ、と肉を噛み砕く音が響く。
同時に、巨獣の額に埋め込まれたジェイドが、これまで以上に強い紫色の光を放ち始めた。
*
桃太郎は、国継が向かった方へ駆けていた。
先ほどの場所まで戻り、傷を負って座り込んでいた役人へ駆け寄る。
「父上はどこへ行った」
役人は首を横に振った。
「一人が人質を取りまして……国継様は、その後を追って行かれました。それから戻っておりません」
「父上が……」
そこへ、傷を負った玉藻が追いついてきた。
「桃太郎、国継はどこじゃ」
「人質を取った者を追って行ったそうです。まだ戻っておりませぬ。もしかすると――」
桃太郎が言い終えるより早く、玉藻の表情から先ほどまでの柔らかさが消えた。
「桃太郎。お主はここにおれ」
「玉藻様」
「後は、あたしに任せるのじゃ」
そう言い放つと、玉藻は四本角のアジトへ向かって駆け出した。
「玉藻様、待ってくだされ!」
桃太郎が呼び止める。
だが、玉藻は振り返らない。その小さな身体が闇の中へ消えていく。
桃太郎は、その後ろ姿を見て目を見開いた。
先ほどまで一本だったはずの尾が――。
三本に増えていた。




